伽古屋圭市の作品一覧
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Posted by ブクログ
著者の小説は「かすがい食堂」しか読んでいない。
ちゅうか「かすがい食堂」も続きを読まねば~。
あちらも面白いので、猫というテーマがやや気にはなるけど(そこまで猫好きではない)(ほんなら何で借りるんな)、棚刺しで目が合ったので手に取った。
なんちゅうか、著者は好きなので、
「いずれ読むやろう」
と、思っていた本が目の前に来たから読んだみたいな。
「かすがい食堂」よりももっと「同年代の男性が書いた小説」ちゅう感じ。
悪口ではない。なんちゅうかこう、文章から感じる印象が…?
ちゅうか著者が女性やったらすいません。
なんやろね、それこそ昭和末期平成初期にわたしが読んでいた小説の雰囲気が残る文章というか…? うまくいえん。
降矢さんは正直ちょっとめんどくさいな~、と、思いつつ読んだけど、途中からがらりと雰囲気がかわったね…。
さすが著者。
降矢さんのめんどくささは、なんかこう、「いまどき」な感じが…?(笑。失礼)
今どきっていうか、おしなべて年少者に対して抱いてしまう「めんどくささ」かもしれん。
(降矢さんが必ずしもそうであるとは言えないけど)自分から見てあきらかに
「経験値がない」
人が並べるごたくを聞く、みたいな、そういう面倒くささ。
つべこべいわんととりあえずやってみたら?
て、言いたくなるような感じというか(笑)。すいません。
そのあたりが途中でどう変わったのかは何とも言えないけど、降矢さんの事情の解像度が上がったからかなあ?
なるほど、この子もこの子なりにいろいろあっていろいろ考えてるんやな、ちゅうのが伝わったから、ちゅうか。
シュークリームのあたりもそう。
作ることに興味はないけど、作る過程に同席する、そう、そういうことなんよね。
自分のポリシーは持ってていい。むしろそれを主張できるなんて、わたしらよりずっと芯があると思う。
でも、それはそれとして、ポリシー外のムーブをすべて否定するのではなく
「とりあえず従ってみる」
ちゅう柔軟性があるかどうか、そこらへんに、めんどくさいかそうでないかがわかれるんかなと…何いうてんねん…(笑)。
「理解してもらおう」と、ポリシーを押し付けるのはあまりいいことではないかもしれないけど、「伝える」と、いうことを放棄するのも、逆のベクトルであまり褒められた行動ではないのかもしれないな。
伝えることを放棄したくなるほど閉じこもる気持ちもわからなくもないけど、案外人って、「知りたい」って気持ちはみんな持っている気がする。
農耕民族やからかな(笑。突然話がでかくなったな)。
知りたいという気持ちは他者のものなのでそこはこちらがどうこうできることでもないし、知った結果どうなるかは個人差と状況にもよるやろうけど、そこまで他者に無関心な人もすくないんちゃうかなあとか。
そういう話ではまったくない。ないけど(笑)、でも、いろいろな生き方があるな~と思えたかな。
そこまででかいテーマでもないので(何やねん)、気軽に、こう、気軽に…。
智花が一番「知りたい」のベクトルを誤解しているかもしれない。
彼女の登場も解像度があがったな。
あ、なるほど、こうなるのはあまりよろしくないな、と、感じたというか。
智花もべつに他意はないというか、悪い人ではない(たぶん)のがなおのこと、
「おしつけはいかんな」
と、思った。そう思うのは、わたしが智花系の人間やからかもしれへんな。
Posted by ブクログ
シリーズ第3弾。今回は『結婚』そして『パートナーシップ』を考えるの巻き…でした。
こういうネタ?については最近よく見かけるようになったと思います。
私は、結婚するのが当たり前。
育児も家事も女性がやるのが当たり前。
そんな風な中生きてきました。
だから、今回の主人公の久住利恵50歳の(大分歳は違うけど)気持ちがわかるのでとても興味深く読めました。
これから何十年も生きる若いひとたちはパートナーのことをいろんな角度から選択できるようになっていくのでしょうね。
羨ましいことです。
どんな選択をしたとしても法律婚と同じ権利が認められる日本になってほしいですね。
読んで良かった1冊になりました。
Posted by ブクログ
ドラマ作りに憧れて、映像制作の会社に入ったものの、給料に合わない激務で心身ともに疲れ果て、過労と睡眠不足で仕事中にロケ先の山で滑落してケガをし、それをきっかけに20歳代半ばで退職。何かしなくてはとブラブラしていたところに、祖母から何10年も経営していた下町の駄菓子屋をやらないかと声をかけられます。祖母もそろそろ店を畳んで隠居するつもりでいたとのことで、「駄菓子屋かすがい」を継ぐこととなります。20代なのに店に来る子どもたちから、「駄菓子屋のおばちゃん」と呼ばれて働く、春日井楓子が主人公の物語です。
深刻な問題を抱えて困っている子どもたちに、「駄菓子屋かすがい」の閉店後、束の間の居場所と、温かい晩御飯と、気軽に話や相談できる場所を提供するために、店の奥の座敷で「かすがい食堂」を始めたという、「かすがい食堂」「かすがい食堂 あしたの色」に続くシリーズ第3弾です。
前々作や前作同様に、第1話から第4話まで別々の4つのストーリーが描かれていますが、それぞれが繋がっていてひとつの物語として構成されている作品です。
第1話のヤングケアラーを題材にしたストーリーから始まり、第2話の子どもの躾や教育についての問題提起、第4話の「夢のゆくさき、絆のかたち」は、第1話と第2話の総括ともいえるストーリーで、このシリーズ第3弾のメインになる内容であると思います。
それにしても楓子さん、ちょっとお節介な気もするけど、困っている子どもを察知するのが鋭くて、見て見ぬ振りはもちろん、絶対に放っておけない性格なんだと感心してしまいます。
シリーズ3作を読み終えて、社会的弱者であった子どもたちが、世話焼きキャラの楓子さんのおかげで「かすがい食堂」に通うことになり、豊かな個性を失うことなくしっかりと成長している姿や、楓子さんと交流したことで、今は「かすがい食堂」を卒業していても、しっかり自分の夢を抱いて強く生きている子どもたちの姿が描かれ、さらには子どもを取り巻く問題提起もされており、善意による社会奉仕の物語で終わらず、それとは一線を画し、思っていた以上に内容の深い作品であったと思いました。
Posted by ブクログ
ドラマ作りに憧れて、映像制作の会社に入ったものの、給料に合わない激務で心身ともに疲れ果て、過労と睡眠不足で仕事中にロケ先の山で滑落してケガをし、それをきっかけに20歳代半ばで退職。何かしなくてはとブラブラしていたところに、祖母から何10年も経営していた下町の駄菓子屋をやらないかと声をかけられます。祖母もそろそろ店を畳んで隠居するつもりでいたとのことで、「駄菓子屋かすがい」を継ぐこととなります。20代なのに店に来る子どもたちから、「駄菓子屋のおばちゃん」と呼ばれて働く、春日井楓子が主人公の物語です。
深刻な問題を抱えて困っている子どもたちに、「駄菓子屋かすがい」の閉店後、束の間の居場所と、温かい晩御飯と、気軽に話や相談できる場所を提供するために、店の奥の座敷で「かすがい食堂」を始めたという、前作に続くシリーズ第2弾です。
前作同様に、第1話から第4話まで別々の4つのストーリーが描かれていますが、それぞれが繋がっていてひとつの物語として構成されている作品です。
感動したのは第3話「母の真っ赤なオムライス」。楓子の小学生の頃の思い出の話で、両親の仕事が忙しいために、それまで祖母の家で晩御飯を食べることが普通と思っていたところ、友だちから言われたひと言にショックを受け、祖母に泣いて訴えたことで、次の日、仕事で忙しい両親が、仕事を早く終わらせて祖母の家へ来て、オムライスを作ってくれた話です。祖母の話を聞いてすぐに飛んできて、決して得意でない料理を子どもに振る舞う母親。「誰よりも楓子を愛している」と言う母親と、「お母さんより自分の方が楓子を愛している」と言う父親。「何張り合ってるの?」とつぶやく祖母。そんな両親と祖母に囲まれて食べたオムライスは、卵が不格好でもケチャップ多めでも愛情たっぷりの美味しいオムライスだったに違いなかったと思います。
第4話「わたしの色、あしたの色」は、おそらくこのシリーズ第2段のメインになる物語だと思いますが、先に来日して働いていた母親に呼び寄せられて、ベトナムから来た女の子を「かすがい食堂」に招いたのをきっかけに、私たちを取り巻く社会問題を題材にした内容となっています。
何気なく無意識に使っている言葉が、言われる側にとっては差別的あるいは暴力的な言葉となり得ることに気づかされました。
例えば、肌の色や人種の違いで差別しませんという概念を、「カラーブラインド」というそうですが、平等主義として良い意味で認識される一方で、マジョリティに有利な状況を維持してしまう(強いてしまう)という、表面的な平等主義を装ってしまう可能性も指摘されているそうです。マイノリティの人たちからすると、かえって差別的に感じる場合があるとのことです。
分かりやすい例でいうと、性差別の問題があります。「俺は男とか女とか関係ない。完全に能力だけで判断する。」と平等主義を声高に宣言する男性の管理職がいますが、無意識的なのか意識的なのか、その時点ですでに男女差別を行なっているわけで、こう言う人って、「男らしくない」とか「女らしくない」って、平気で口走っちゃうんだろうなと思います。また残念なことに、未だに女性の仕事を軽く見たり、雑用は女性の仕事と思っている時代錯誤的な人も、年齢問わず少なくないのではないかと思います。
人種差別と性差別を同列に扱うことは適切ではないかもしれませんが、ストーリーを通じて、世の中には、無意識に発せられる小さな偏見や差別が、実に多く蔓延していることに気づかされた物語でもありました。