ここのところ、古処誠二さんの戦争小説の舞台はビルマが続いている。最新刊の舞台もビルマだが、一つとして同じ物語はない。部隊の数だけ人間模様があり、兵士の数だけ苦悩がある。本作はいわゆるインパール作戦の失敗後という局面を描く。
終戦後、英国の俘虜となって尋問を受ける、見習士官の北原。英国人大尉は言
...続きを読むい放つ。ひとつでも偽りを述べたらわたしはあなたを殺す。質問の真意を慎重に探りつつ、記憶を呼び起こす北原。物語は回想形式で進む。あのとき何を考えていたのか?
主に後方支援を担っていたが、戦況の悪化により前線に放り込まれた北原。歩兵たちは、階級は上でも経験の浅い北原に、侮蔑を隠さない。北原が率いる部隊の中で、特に厄介なのが佐々塚兵長だった。佐々塚は物語の鍵を握る人物だ。
佐々塚は兵士として一本気な人物には違いない。瀕死の敵兵に懇願され、迷わずとどめを刺す。敵側が戦争犯罪だと煽ることなど承知の上だろう。彼に保身という発想はない。だからこそ、上官への抗命すら厭わない。戸惑いを隠せない北原。
英国人大尉の指摘は一理あるだろう。日本は末端の兵士に至るまで義務教育が行き届いている。それ故に、どれだけ犠牲が出ても、残った兵士で任務を続行しようとする。北原や佐々塚も然り。上層部の多くが、保身に走ったのとは対照的に。
評判がよいとは言えない佐々塚だが、その慧眼を戦後復興に生かせなかったことは無念でならない。死が近づく局面でも、佐々塚は北原の指摘をはぐらかす。決して歩み寄らず、相容れないまま終わるのは、彼なりの意地なのか、美学なのか。
終章で語られる真相を、北原も英国人大尉も知らない。佐々塚は情にほだされたのか? この男の本質は、そんなに単純ではあるまい。敗戦を意識した後の日本兵の振る舞いは様々だろう。自身が助かることを最優先しても、誰が責めらるのか。
傑作『いくさの底』は、軍という組織の価値観を背景にした戦場ミステリーだったが、本作は個人の価値観を描く戦場ミステリーと言えるかもしれない。