太平洋戦争下の兵士たちの姿を描いた作品を9編収録した短編集。
古処さんの戦争小説は単なる戦争下での悲劇を描いた反戦、厭戦の小説ではないことが大きな特徴であるように思います。
もちろん作中では飢えやマラリア、死体や傷病兵など戦争の悲惨さを描いた表現も出てくるのですが、決してそれらを感傷的に描
...続きを読むかずあくまで冷徹に、戦争の中の日常として古処さんは描くのです。
そして古処さんが問いかけるのは、そうした極限状況の中での兵士たちの姿から浮かび上がる人間性です。不信や絶望が混沌と渦巻く中でそれぞれの状況に置かれた兵士たちは何を思うのか。
特に印象的だった短編は「銃後からの手紙」「蜘蛛の糸」「豚の顔を見た日」の3編。
「銃後からの手紙」は敵兵の死体から見つかった母親の手紙によってある一部隊の兵士たちの心中にきしみが走る短編です。
敵兵の母親の手紙から内地の家族を思う心情というものがとてつもなく哀しく思えた短編でした。そして一方でそうしたものを弱さと切り捨てつつも、そこにすがらなければならない兵士の姿もまた哀れを誘います。
「蜘蛛の糸」は戦闘中の怪我により片足を切断し、戦闘地から後送されることが決まった兵士が主人公。
この後送というのは怪我だけでなくマラリアなどにかかった病兵も送られるわけなのですが、戦闘中の怪我と病兵ではどうしても扱いが違うわけでそこから生まれる嫉妬や差別の思い、
また死を覚悟していたはずが、名誉の片足切断の負傷ということで内地で幸せに暮らせるのではないか、と考える主人公が野戦病院で過ごすうちに何を思い始めるのか、
そうしたことがとてもリアルに書かれていました。
「豚の顔を見た日」この作品の豚とは敵兵のことです。
この短編の主人公の沢井は豚である敵兵と向かい合いある恐怖を感じます。その恐怖の内容というのも戦時での状況でしか感じようのない恐怖で、そうした心理を描く古処さんのすごさを感じます。
インタビューによると古処さんは戦争関連の資料を1000冊以上読み込んでいる一方で、戦争体験者に対しての聞き取りは一切行っていないそうです。その理由は直接話を聞けば、その話の内容を否定しきれず縛られてしまうからだそうです。
豊富な資料と想像力、冷徹な視点で紡ぎあげられた古処さんの作品は、現代の小説界においてどんな作品とも被りようのない場所にいるような気がします。