あらすじ
北ビルマでの米支軍との戦いは、退路を断たれ、苦戦を余儀なくされた。
独歩患者は中隊から切り離され、経験のとぼしい見習士官を付けられて分進隊として転進する羽目に陥る。
イラワジ河をにわかづくりの筏で下る際、敵機に襲われ、すさまじい火力で河面が叩かれる。
各自中州までようよう泳ぎ着くが、そのさなか、伍長が胸の一突きで殺される。
あの極限状態のさなかで、いったい誰が? 大河の両岸には百姓ゲリラが控え、中州からの脱出もままならない。
籠城はできても3日。日本兵たちはやがて、一人、またひとりと命を落とす――。
中州を脱出してひとり安全圏の渡河点にたどりついた兵隊から転進の行程を聞いた下士官は、話に違和感を覚え、兵隊に銃をつきつける。
「お前、足手まといになった連れをひとり残らず殺して転進して来ただろう」――転進の道で鬼とならざるを得なかった人間の弱さ、優しさ、哀しさ。
人間存在のままならなさを静かに深く掘り下げた、サスペンスフルな戦争小説!
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Posted by ブクログ
前作『いくさの底』は、ミステリーとしても高く評価された。古処誠二さんの新刊は、今回もミステリー的要素を含むが、軍隊・戦場における価値観や、それらに基づく現場の苦悩を、より深く抉っている点に注目したい。
北ビルマの戦いで、独歩患者は分進隊として切り離される。要するに、怪我人は厄介払いされる。丸江と戸湊伍長の2人も、そんな分進隊の生き残りであった。彼らは、イラワジ河の渡河点で、1人の奇妙な兵隊に出会った。
その兵隊と行動をともにしながら、1人になった経緯を尋ねる戸湊伍長。何やら疑いを持っているらしい。その兵隊の転進中の経験が、並行して語られる趣向である。経験の乏しい見習士官に、侮蔑を隠さない面々。現場では階級が絶対ではない。
敵機の襲撃を受け、命からがら中州に漂着すると、そこには朝永伍長の遺体が…。ある責任を感じ、抜け殻のようになっていたという朝永伍長。見習士官は殺害を疑うが、他の隊員は自決だと主張する。それが戦場の価値観だから。
見習士官は、見習だけに戦場の価値観にどっぷり浸かっていないし、頭は働く。それだけに、隊員は疎ましく感じる。そんな彼らだから、いつまでも思い悩む朝永伍長も、理解できなかった。戦場で当然のことをしただけではないか。
ゲリラに包囲された状況下で、疑心暗鬼に陥る隊。見習士官の考えは正しい。しかし、戦場は正しさが役立たない世界。彼の考えも、彼なりに正しい。当時の日本軍の兵の多くが、同意するかもしれない。戦場とは、こんな判断の連続だ。現在でも。
戸湊伍長がその事実を指摘した瞬間は、さすがに驚いた。頑なな兵隊も、観念した。本作はあくまでフィクションだが、このような判断を迫られた局面は多々あったのではないか。毎年終戦の日が近づいても、外地の苦悩はあまり語られない。
こういう出会いも、邂逅と言ってよいのだろうか。1人の兵隊は、誰かに吐き出したかったのかもしれない。