ウォーターゲート事件の印象が強いニクソンだが,本書では彼が主導した三つの
外交成果(対ソ緊張緩和,対中接近,ベトナムからの名誉ある撤退)に絞って,
その世界史的意義を論じていく。タイトルに反してキッシンジャーはかなり脇役。副題の方が内容をよく表している。
反共の闘士として頭角を現しながら,中道政策を
...続きを読む掲げて「普通のアメリカ人」
(=サイレントマジョリティ)の支持を調達,イデオロギーを排して地政学とパ
ワーバランスに基づく外交を繰り広げたニクソン政権。その現実主義的な政治姿
勢が,実は多分に理想主義的な使命感に裏打ちされていたことまで踏み込んで考
察している。もちろんニクソン・キッシンジャー外交が寸分の隙もなく成果を挙
げていったというわけではない。第三世界の動きに関しては偏見から脱すること
ができず,印パ戦争などでは対応を誤ったし,ニクソンの北京訪問成功は,中国
での権力闘争の状況を読み違ったために実現した瓢箪から駒的な僥倖だったとも
いえる。林彪によるクーデタ計画を察知していたら,あの時期の北京訪問は危険
すぎてできなかった。
本書はまったく評伝ではなくて,大統領就任以前の話については,かなりの程度
端折られている。生い立ちや海軍時代はもちろん,フルシチョフとのキッチン討
論,ケネディに負けた60年の大統領選の話題など,ニクソンにまつわる魅力的な
エピソードも収められていない。ウォーターゲート事件についても触れる程度。
現職大統領が辞任した前代未聞のスキャンダル,ニクソンとキッシンジャーの明
暗を分けたこの事件について知りたければ,他の本にあたる必要がある。