作品一覧

  • 失われざる十年の記憶 一九九〇年代の社会学

    失われざる十年の記憶 一九九〇年代の社会学

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,640円 (税込)
    経済不況、雇用の流動化、新自由主義の台頭、敗戦後五十年、インターネットの普及、趣味の多様化-「失われた十年」として記憶される一九九〇年代の一面的な理解にあらがい、浜崎あゆみ、アイドル、『セーラームーン』『スワロウテイル』、SF・サイコ小説、神戸連続児童殺傷事件などを読み込みながら、この時代がはらんでいた可能性をすくい上げる。

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  • 記憶の社会的枠組み

    記憶の社会的枠組み

    ビジネス・実用

    -
    1巻5,280円 (税込)
    エミール・デュルケムの集合意識論を批判的に継承し、フランス社会学派第2世代の中心を担ったアルヴァックス。近年、海外でも再評価が進むアルヴァックスが1925年に執筆した「記憶の社会学」の嚆矢が本書である。 社会のメンバーがみずからの過去を想起するとき、「記憶の社会的枠組み」がいかに機能するのか、過去の出来事の記憶を社会のメンバーはどう組織化し、「集合的記憶」を形成するのか、「集合的記億」は社会にどのような影響を及ぼすのか――。 アルヴァックスは本書でまず、個々人の夢や記憶などを論じるベルクソンやフロイトなどの哲学や心理学を緻密に検証する。そのうえで、「家族」「宗教」「社会階級」などを切り口に、社会集団にとって記憶が、人々を統合するばかりでなく、ときに分断もするというその社会的な機能を析出する。 記憶をどう継承するのか、歴史と社会の関係をどう考えていくのかが様々な局面で問われる今日にも、集合的記憶という視点から問題提起を差し向けるアクチュアルな古典的名著。
  • 郊外の記憶 文学とともに東京の縁を歩く

    郊外の記憶

    小説・文芸

    4.0
    1巻3,300円 (税込)
    戦後の郊外住宅地の開発は、そこにあった地域生活を大きく変容させ、平板で奥行きがない空間を作り出してきた。一方で、近年では郊外や街の何げない場所に過去の痕跡を探り、その土地の固有性に光を当てる「街歩き」や「聖地巡礼」が注目されてもいる。では、郊外という均質な空間に眠る固有性は、どうすれば掘り起こすことができるのだろうか。 多和田葉子や三浦しをん、北村薫が東京の郊外を舞台に描く小説を読み、その街を実際に訪れ、ありふれた風景のなかを1人でゆっくり歩く。そしてあらためて小説を読み、また街を歩く――。この実践を繰り返すことで、場所・時間・物語の交差点に浮かび上がる「土地の記憶」に光を当てる。 東京の縁を読むことと歩くことを通して、郊外に眠る戦争の残痕や失われた伝統、開発の記憶、人々の生活史をよみがえらせ、「均質な郊外」に別のリアリティーや可能性を浮上させる。
  • 「心の闇」と動機の語彙 犯罪報道の一九九〇年代

    「心の闇」と動機の語彙

    ビジネス・実用

    4.5
    1巻1,760円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 神戸連続児童殺傷事件など、1990年代の犯罪事件の新聞報道を追い、「心の闇」という言葉が犯罪や「犯人」と結び付くことで、私たちの社会に他者を排除するモードをもたらしたことを明らかにする。そのうえで、他者を理解し関係を再構築していく方途を示す。
  • 個性を活かす経営と人事 認知・非認知の経営学

    個性を活かす経営と人事 認知・非認知の経営学

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻2,750円 (税込)
    【内容紹介】 一部の先進企業と研究者が知っている 「個性」の具体的な活かし方 「個を活かす経営」「個を活かす人事」とよく言われるが、「個」や「個性」とは何を指すのか――この難題に対して、捉え方の理論的枠組みは、国内において十分に提供されていない。  しかし、国内外の先進企業は人的資本が内に秘める個性や個を見つけて育てる目を養い始めている。また欧米を中心に、長きにわたって展開されてきた学術研究では、個性や個を捉える理論的枠組みが提供され始めている。  本書は、それらの世界の英知を解説しながら「どんな個性の要素が高いとジョブ・パフォーマンスが高いのか」「どんな個性がどんなタスクで活かされる可能性が高いのか」「採用時に見極めるべきはどんな個性なのか」など、日本の実業界ではあまり知られていない個性の具体的な活かし方を紹介する。経営・人事の実務家や研究者必読の書。 【目次】 第1章 個の起源 ―個はどこからきて,どこへ向かうか 1.1.個はどこからきたのか ―種の起源を超えて 1.2.個はどこへ向かうのか ―現代経営組織への展開 1.3.個を活かす先駆者たち ―世界的企業の取り組み 第2章 非認知特性の現代史と人事戦略 2.1.非認知特性の系譜・歴史 2.2.経営組織における非認知特性の重要概念 2.3.非認知特性の人事戦略 第3章 非認知能力の現代史と人事戦略 3.1.非認知能力の系譜・歴史 3.2.経営組織における非認知能力の重要概念 ―人的資本経営で求められる「自律」 3.3.非認知能力の人事戦略 第4章 認知能力の現代史と人事戦略 4.1.認知能力の系譜・歴史 4.2.経営組織における認知能力の重要概念 4.3.認知能力の人事戦略 第5章 個の3要素モデル 5.1.理論から実践を理解する ―アカデミアからビジネスを見る 5.2.『非認知特性×非認知能力×知的能力』の3要素モデル ―求める人物像の論理
  • 採用面接論 無意味論を超えて

    採用面接論

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻4,290円 (税込)
    そもそも人材採用の面接で分かることとは何か。 面接が正統性を持つ評価につながる方法とは何か。 1980年代までを支配した「面接無意味論」を脱し、20世紀後半から今世紀に至るまでに、面接が意味ある方法へと進化した背景には何があったのか。構造化面接法、面接者配置法、知的能力やパーソナリティを含む非認知的特性の構成概念研究などの面接理論の現代思想史をレビューしつつ、日本における採用・就職慣行とそれが変化しつつある現在において「会って話す」意味とその手法を考える。 【主要目次】 序章 変化する日本の採用・就活――その本質とは 新規学卒者の採用・就活環境/変化の本質/日本企業の偏った現代化/世界的研究動向と日本企業の課題/理論的布置 第Ⅰ部 面接研究の見取り図 第1章 面接の構造――選抜研究の視角 選抜の全体像/選抜手法の構造/選抜構造の前提条件/選抜構造の周辺 第2章 面接の正統性――意味ある面接とは何か 面接の正統性/適性検査の正統性/エントリーシートの正統性/日本的採用慣行と欧米の面接現代史 第Ⅱ部 面接の現代史 第3章 20世紀史――就活面接無意味論の支配と反旗 1980年代:採用面接無意味論の支配と歴史的転回/1990年代:面接の妥当性を生む要因探求 第4章 21世紀史――構造化面接からパーソナリティなどの構成概念の時代へ 2000年代:選抜基準の内容特定/2010年代以降:動画・オンライン面接の影響検証 第Ⅲ部 面接で分かること 第5章 採用面接による人事評価予測――入社前後4年間の追跡調査 面接と行動評価の基礎理解/データと手法/結果と考察/総合考察 第6章 採用面接の信頼性と構成概念――入社前後4年間の追跡調査(2) 面接の信頼性の基礎理解/データと手法/結果と考察/総合考察 終章 面接設計論の展望――ポスト新卒一括採用時代に向けて 面接現代史を今に活かす/現状を数値で正しく把握する/会って話す面接を作り直す/選抜過程全体で選抜妥当性を獲得する
  • 柴崎友香の世界 つながるものとつながらないもの

    柴崎友香の世界

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻3,740円 (税込)
    柴崎友香の作品に魅了された文学社会学者が読み解く、物語の広がり、記憶や空間の交差、つながるものとつながらないもの。   『きょうのできごと』『寝ても覚めても』『わたしがいなかった街で』『千の扉』の4作品を取り上げ、人物や物語を精緻に読解する。また、作品に描かれた土地を実際に歩き、空間的な視点からテクストの情景を私たちの目の前に浮上させる。 私とあなた、昨日と今日、日常と戦場、現在と過去――。柴崎作品が偶発的なつながりから日常に潜む危うさや生きることの不安定さを描き、私たちに謎や問いをそっと提示する、その巧みな手つきや魅力を明らかにする。 柴崎が描く物語世界で様々なつながりは日常的な振る舞いのなかで生まれ、ときには偶発的に持続し、またときにはあっけなく消失する。そのつながりのもろさのはざまで懸命に生きる私たちの「生」のありようを浮き彫りにする文学評論。
  • 部下のポテンシャルに疑問を持ったら読む本 高業績者が持つダーク・パワーの秘密

    部下のポテンシャルに疑問を持ったら読む本 高業績者が持つダーク・パワーの秘密

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻2,200円 (税込)
    「少し問題あり」の人材が、仕事ができる!        は本当だった。    6.6万人超のデータが浮き彫りにした   高業績人財たちに秘められたパワーの源泉。  多くの職場に、協調を拒み、ケンカ腰で、揉め事を起こす人がいる。自分勝手な都合を優先し仕事を途中で放棄し後始末に困る人。自分が特別扱いされないと不機嫌になる人。嘘で問題を隠蔽する人。出世のために平気で周りを蹴落とす人。部下の気持ちを考えず限界まで追い込む上司……。経営学や心理学においては、こうした社会で望ましいとされるものとは逆方向の行動を「反社会的行動」という。  最近の研究により、こうした反社会的行動は「ダーク・トライアド」という性格特性によってかなり説明されることがわかってきた。そして従来、主に社会とは相いれない(反社会的な)人の代表例として扱われてきたその存在について、近年の先端的研究は、そう事は単純ではないという人間の深みを解き明かし始めている。  本書は、最新の研究成果をもとに、高業績人財と反社会性の関係性の理解に基づく人材育成・人事施策への活用の可能性を説くもの。誰もが持ちうる反社会性と向社会性の両面のうち、向社会的に働くものを「ダーク・パワー」と定義し、その根幹をなし人間に存在する強いエネルギーを持つ力であるダーク・トライアドについて、いかにすれば向社会性への行動変換をもたらし、強力なプラスのエネルギーとして発現する高業績人財、次世代リーダーに変えていくことができるか、科学的人材育成の基礎概念と実践手法を、事例も紹介しながら解説する。
  • 村上春樹と物語の条件 『ノルウェイの森』から『ねじまき鳥クロニクル』へ

    村上春樹と物語の条件 『ノルウェイの森』から『ねじまき鳥クロニクル』へ

    小説・文芸

    4.0
    1巻3,300円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 村上春樹の主要作品のなかから『ノルウェイの森』と『ねじまき鳥クロニクル』を取り上げ、二つの物語の内に私たちが生きている現実世界の痕跡を読み取っていく。「記憶」「他者」「身体」という共通の主題がそれぞれの物語をいかに起動・展開させているのかをたどりながら、恐怖に満ちたこの世界を生き延びるためのスタイルを模索する。

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ユーザーレビュー

  • 柴崎友香の世界 つながるものとつながらないもの

    Posted by ブクログ

    『自分が何に惹かれているのかがわからないということだ。そしてもう一つは、その仕掛けを読み解いていくと、一作家の文学的な個性を超えて、私たちが生きている世界、この時代の現実をとらえる新しい視点が得られそうな気がすること』―『序章 時空間をめぐる小説』

    ああ、自分と同じような感覚で柴崎友香を読む人が居る。頁を幾らも捲らない内に、そう思う。何に惹かれるのかを言語化できないまま、読み続けている作家。まさかその作家を読み解こうとする学者が居るとは。それが本書を手に取る切っ掛けではあったけれど、自分の中に巣食うもやもやとした印象や思考が言葉に置き換えられている、という錯覚を覚える。著者である社会学者、鈴木智之の論説全てに首肯する訳ではないけれど、著者の主張の土台となるもの、あるいは問題の定義の志向には、自分の中にあるものとの同質性を感じる。それは柴崎友香の文体に顕著に表れる叙景と叙情の取り合わせに注目しているということ。

    『これは「寝ても覚めても」に限らないが、柴崎の小説には、世界がその経験の主体の前に現れるさまを描きながら、その世界が人々の主観に包摂されない外部性をもっていることをあらわにしてしまう場面がたびたび登場する。その世界を構成する時間は、人々が生きている物語の内部に生起するのではなく、経験の主体を置き去りにして「勝手に」進んでいく。物語、または語りの担い手としての意識存在は世界の中心にはいない』―『第2章 顔と反復』

    著者である鈴木は、「寝ても覚めても」の中で、恐らく作家が意図的に多用している「だった」という表現についての読みを試みている。そしてそこに「主観的世界」と「非・主観的世界」の同時存在を、作家が強く意識していると読む。果たして作家がそのことを意識しているのか、作家にとっての世界の在り方が鈴木が読み解いたような哲学的思考の末にそう受領可能なものになったのかは、定かではないとは思う。どちらにせよ作家に見えている世界の言語化は独特で、柴崎友香をほぼ最初に評価した保坂和志の言によるところの、柴崎友香の「動体視力の良さ」ということと同義のことを、鈴木なりに噛み砕いているということなのかも知れない。一つ言えるとするなら、自分が関与しなくても回って行く自律的な世界との折り合いをどう着けるべきなのかを常に意識しているのがこの作家であるとは思う。

    『世界のなりゆきは、その人の生のリズムを超えて自走する。したがって、変化はいつの間にか生じ、起こってから目撃される。そういう酷薄さが基底にある』―『第2章 顔と反復』

    確かに柴崎の文章からそのような世界観が立ち上がってきそうではある。ただそうは思うものの、自分はここに「写真」という行為との類似性を作家は見ているだけなのではないか、とも思う。写真を「撮る」行為は撮影者の主体性が在って初めて為る行為だが、撮影者が写そうとするものだけが映像として切り取られる訳ではない。切り取ろうとした対象と、その対象がそこに存在することを「担保」している「背景」も同時に一葉の写真には写り込む。そしてその背景は、見返してみて初めて何故自分がその対象に惹かれたかを教えてくれる。外界の自律性は揺るがし難いけれども、その中に置かれた対象(無機質なものであろうと、生を伴うものであろうと)を通して、間接的に自分が外界の一部であることを否応なく指し示すものとの共鳴。そんなことを柴崎は見ているような気がする。更に言うなら、そこに切り取るという言葉で表現され得るような「自意識の抗い」の要素がないのがこの作家の凄みであるような気がする。自分はあくまでも撮影機であって撮影者ではない、と宣言するような凄みが。

    『こうした場面を振り返っていくと、日々の生活のなかに「自分の生活」と呼びうるものが欠けていると「わたし」が語るときには、物語秩序の不在と偶発性の顕在化だけでなく、実在の世界に触れていないという感覚が込められていることがわかる。言い換えれば、彼女がその奇妙な探索行為によって探し求めているのは、日々の現実に「日常」という言葉にふさわしいだけの質感を与えるような接触の経験である』―『第4章 テレビ・戦争・住宅地』

    この鈴木の言説こそが、この作家が映像記憶の人であるが故の反動が表れている部分であろうと、ほぼデビュー時から読み続けている読者としては思うところ。前述の写真との類似性で言えば「撮影」行為に対する関与の希薄さとでも言えばよいか。文体としては、その定まらなさが、「何も起こらない」とか「ただただ日常が描かれる」というような評に繋がりがちだと思うのだが、柴崎の本質は「撮影された写真」の意識的な撮影対象だけでなく、映っている全ての物語を読み解こうとするところにあるのだと思う。その意識的な物語の言語化と、背景から読み解いた客観的な物語の言語化が同時に進行するので、単純な物語を希求しがちな読者には受けないこともあるのだろうと想像する。

    『一つの体制のもとで追い求められた可能性は、時代の変化とともにしばしば放棄
    され、新しい計画が持ち込まれる。そこに断層が生じるのだが、過去の生産物は
    きれいに一掃されることなく、古い地層あるいは痕跡として露出する。鈴木が東
    京の各所に見いだしているものも、かつそこに生きた者たちの企ての残存物、ときにはついえてしまった夢の痕跡である』―『第6章 歴史の地層、痕跡の露出、生活の履歴』

    第6章は、柴崎友香という作家の読解からやや離れて、街を描くということ全般に秘められている人間の思考の読み解きに移ってゆく。様々な哲学者の読解も交えながら、この章は社会学者としての思考の蓋然性を、一部柴崎友香の作品、あるいは作家が無意識に行っているかも知れない描写の中に、求めている章だとも言える。これはそんな論説の本質的な部分ではないのだけれど、引用した文章の中で用いられている地質学用語「断層」は、著者が意図する時間差による「断絶」を表現するのには適切ではないような気がする。この後の文章での用いられ方も視野に入れて、一応地質学を専らとするものとして考察するに、ここは「不整合」という地質学用語を当てる方が良いと思う。余計なお世話ですが。ついでに言うなら「露出」も地質学用語で揃えて表現するなら「露頭として顕れる」みたいな言い回しが思い浮かびます、はい。

    『持続的な努力によって傑出した何かを達成するような人物はほとんど現れない。確かな方向性がみえない日々を生きる「普通の人」の日常。その場所にかつてあった、何らかの出来事の痕跡。同時代を生きる、誰かしらとの接近。そうした、文字どおり「小さな」、「目につきにくい」物語を生きていく人々の、どこか楽天的な姿勢。そこから生まれる緩やかな肯定感、さらにいえば幸福感。それが、柴崎友香の世界に基調を与えている。そして、小説の登場人物たちとともに、私たちもまた離接的な世界を生きているのだと思えるのだ』―『終章 この離接的な世界で』

    この終章における鈴木智之の柴崎友香の作品解釈には全面的に共感する。一方で作家の思考は、本書で取り上げた作品以降、似てはいるものの、少しずつ変化しているようにも思う。著者自ら「あとがき」の中で告げている、それらの作品の読解にもまた期待したい。

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    2026年06月08日
  • 「心の闇」と動機の語彙 犯罪報道の一九九〇年代

    Posted by ブクログ

    1990年代以降の少年犯罪報道に焦点を当て、そこにおける「心の闇」なる言葉の使い方から犯罪報道の社会的役割について述べられた論考。少年犯罪言説で頻繁に使われるようになった「心の闇」なる言葉が、現代の若年層そのものをある種の「病理」として描き出し、そこから社会を「理解」してしまうスタイルが如何にして広がっていったかが立証されている。

    少年犯罪者、さらには若年層をめぐる「不可解さ」をめぐるメディア上の(読者も含めた)やりとりが社会の転換すら生み出してしまうという点を指摘しているという点で、おそらく多くの社会学者に反省を迫るものであるかもしれない。1990年代から現在に至る若い世代を「切断」してしまう言説(そしてそれには当の若い世代自信も関わっている)を批判的に捉えるために欠かせない一冊だ。

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    2013年12月12日
  • 部下のポテンシャルに疑問を持ったら読む本 高業績者が持つダーク・パワーの秘密

    Posted by ブクログ

    私は、部下の問題行動に困って、本書を手に取りました。結果として、部下の問題行動を変えられるかは微妙なところです。

    しかし、それよりも、もっと人間の行動原理なる部分や、ダークトライアドという特性について理解することができ、非常に参考になりました。
    なぜなら、自分自身にも、この『ダークパワー』なる部分に思い当たる節があったからです。

    完璧な人間はいない。
    まさにその通りです。

    いかにして、
    自分の反社会的な部分な、
    弱みを、
    表や行動に出さず、
    組織に適合する、あるいは、
    その職場に適切と認められる行動を取れるか、
    それが組織の中で活躍するには不可欠であるし、
    まさにそこがキーポイントだと思います。

    どうやって反社会的でなく、向社会的な行動に変容させていくか、そのアプローチの一種の方法として、非常に新鮮なものでした。
    また、問題行動は常にダークパワーと一体ではないため、その問題行動は本人のどこから発する部分なのか、ある意味特性として理解して、ワークレディネス(心構え)を整えるというところから考えていきたいと思います。

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    2026年08月02日
  • 個性を活かす経営と人事 認知・非認知の経営学

    Posted by ブクログ

    個性の違いと採用後のパフォーマンスとの相関やその後の教育による成果がどこに出てくるかなど、経営と人事にまつわる最近の研究成果がよく分かる1冊。特に解雇の難易度が高い日本では、採用を誤ると教育に手が取られてしまうなどの失敗が繰り広げられることになるが、戦略的な採用にまで遡って取り組もうとするには、このような研究の進展が有効だと思った。

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    2025年10月19日
  • 採用面接論 無意味論を超えて

    Posted by ブクログ

    採用面接の学術研究がしっかりと書籍になっていることは想像していなかった。入職後のジョブ・パフォーマンスを予測して採用面接の質問を考えることは重要なことと思いますし、日本企業では対応が遅れていることも実感しています。早く戦略的な採用面接を実施していかないと、双方で小手先の面接対応が横行して、日本企業のパフォーマンスがどんどん落ちていくことになるのではないかと心配になった。

    0
    2025年10月05日

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