早瀬利之の作品一覧
「早瀬利之」の「石原莞爾 アメリカが一番恐れた軍師 若き男たちの満州建国」「石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
明治の最初の十年間は、日本史上で最も改革が進んだ十年間と言える。集権的な近代国家の構築というグランドデザインの下、既得権と封建的制約を一気に廃し、有能の人材が自由に伸びれる社会を作った。戊辰戦争の勝者である薩長が敗者の徳川の遺産を分捕る、という体制になっていたら、日本の近代史はもっと違うものになっていただろう。
本書はその十年のうち、岩倉・大久保らによる海外視察の前後も含む明治4~6年の物語。廃藩置県を薩長の力で断行した後、留守政府の首班は西郷に任され、その内閣で山縣、井上、大隈、江藤、板垣といった人材が縦横無尽に働く。その成果は太政官改革に宮内庁改革に止まらず、地租改正に秩禄処分、司法体系に徴兵制、更には義務教育と近代日本社会の礎の殆どがこの時期に作られている。
その後、征韓論を唱えた西郷は大久保らと対立して下野した、と教科書には書かれている。戊辰戦争とその後の大改革を成し遂げた仲間たちにも、主導権争いはあった。西郷は朝鮮の武力制圧を考えていた訳ではない。しかし、大改革の後の疲労とか、戊辰戦争を支えた士族たちの不満とか、色んなことが思いの中にあったのは間違いない。
明治6年の政変の結果、大久保・伊藤を中心とする薩長は主導権を回復し、野に下った者たちのうち西郷・江藤は不平士族の反乱に身を投じ、板垣・後藤は野党を立ち上げた。明治の最初の十年のうち、最も重要な西郷内閣の二年間のことはあまり語られない。勝者である大久保・伊藤のプロパガンダは巧妙だった、ということなのだろう。
Posted by ブクログ
石原莞爾に興味をもったので読んでみた。
この人は戦争終了時ガンにかかっていたそうだ。
石原を東京裁判(東京リンチ)の被告として呼んだら、色々と面白かったろうに。
石原曰く「第一級の戦犯はトルーマンだ。アメリカの飛行機が日本に落としたビラに"もし日本国民が銃後において軍とともに協力するならば、老人、子供、婦女子を問わず、全部爆撃する。だから平和を祈念して反戦態勢の機運をつくれ"と。トルーマン大統領名で書かれている。これは何だ。国際法では非戦闘員を爆撃するなと規定があるにもかかわらず、非戦闘員を何十万人も殺したではないか、このビラがそうだ。立派な証拠である。」法務官「あれは脅しだ。」石原「そうではない。このビラのとおりに実行したではないか。(中略)広島、長崎には原爆を落とした。これは一体どうしたことかね。世界の道義に訴えて世論を喚起すべき性質のものであろう。トルーマンの行為は第一級の戦犯だ。一国の元首である大統領ともあろう者が、こんなビラを出したのは蛮行である。」
Posted by ブクログ
満州事変を引き起こしたの張本人、石原莞爾の戦後を描いた本。戦犯と言えばかなりの戦犯候補だと思うが、何故か東京裁判では被告人とならず、参考人として尋問を受けたのみである。しかもわざわざ酒田に臨時法廷を設けての尋問だから重要視をされていたわけである。
確かに東京裁判で石原を被告人席に立たせたら面白いことになっていたと思うのである。何せ稀代の戦略家ではあるわけだから連合国の検事をやり込めた可能性はありそうである。
石原が戦争を指揮していたら日本はアメリカに勝てないにしてももう少し時間を稼げた可能性はあると思うが、なんといっても石原には日本の指導者になる力量、才覚は無かったのである。そこが政治屋東条との違いであるし、戦争になったら少々問題児でも戦争のうまいやつに任せるアメリカとの違いとも言えるだろう。
日本の敗因を問われ、日本が民主主義でなかったからと言う回答をする石原莞爾はやはり面白い人物ではある。
ほかに面白いと思ったのが、満州事変が誰の指示に基づくものであったかと言う事の尋問を受ける部分である。