あらすじ
私は子供を捨ててもいいと思ったことがある――。
衝撃のラストが議論を呼んだ直木賞受賞作。
野心家の元刑事・内海も、苦しみの渦中にあった。
ガンで余命半年と宣告されたのだ。
内海とカスミは、事件の関係者を訪ね歩く。
残された時間のない内海は、真相とも妄想とも夢を見始める。
そして二人は、カスミの故郷に辿り着いた。
真実という名のゴールを追い続ける人間の強さと輝きを描き切った最高傑作!
解説・福田和也
※この電子書籍は1999年4月に講談社より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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Posted by ブクログ
登場人物それぞれが少しの隠し事や嘘によって真実を覆い隠し、物語に深みを増しています。
最終盤の白日夢が読者に余白を残しつつも作者としての事件の真実と読み解きましたが、そう受け取っていない人も感想には多いようでわからなくなりました。が、私は大満足の作品です。
真相は藪の中という楽しみ方も出来るのではないでしょうか。
Posted by ブクログ
全く予備知識なしに読みました。失踪した娘をどう探すかというわかりやすいカタルシスをイメージしていたので、読み終わった直後は「え?」となりました。解説を読みこの本のテーマを初めて認識し腑に落ちました。この本のテーマは「人は取り返しのつかない喪失をどう抱えて生きるか」ということで、カスミや内海や石山などの登場人物がどうしようもない現実に対してどう生きるかを読者は突きつけられます。現実にはどうにもならないこともあると思います。この本はこれを読んだ読者にとても深い示唆を与えてくれる素晴らしい作品だと思います。
Posted by ブクログ
失踪した娘の行方は明らかにならない。幾つかの可能性が示唆されるに留まる。失踪事件が起きなければ変わらなかっただろうそれまでの人生が大きく変わっていく人々の姿を描いた小説。上下併せて1日で読み終えるくらい面白かった。新興宗教教祖の章と石山の漂泊の章はあんなに分量割かなくてもよかったような気もするが。
Posted by ブクログ
普段最後がすっきりしない話はあまり好きじゃないのだけど、この話は途中も、終わり方も、とても良かった。
解説も良かったんだけど、曰く"行方の解明というカタルシスを拒否して、…結末にいたった読者は、たちつくすとともに、自らの胸の奥を、深く、深く、覗き込まずにはいられないだろう"と。
読み終わった後は本当にぼんやりどうしようか、たちつくしてしまう感があった
最初の激情から、失踪を経ての戸惑いや怒りがあって、最後には諦めや達観に到達する…というのが人生のようで、落差に心抉られつつも最後にはほっとするような、羨ましいような、謎の感覚があった。
Posted by ブクログ
この作品を読み終えてから皆さんのレビューを拝見しました…そりゃあ評価分かれるよね(u_u)
事件なのか事故なのか?
真相は分からないままだものね〜
子どもが失踪するという現実
カスミという女の母性と肉欲
ひたすら探し求める母親
現実を受け入れて先に進もうとする父親
記憶にない姉の犠牲になる妹
カスミは自分の感情のままに生きる女で、共感からは程遠いけど妙にリアルなのですよ。
事件に関わる人たちが最後まで全員胡散臭いのが
また作品自体を暗くする。
わたしが読む北海道は何故こうも暗いの笑
死期が近い元刑事が途中カスミと行動を共にするんだけど…真相は霧の中っていう笑
現実なのか白昼夢なのか
犯人と子供の描写が何度も人を変え出てくる
それがまた全てリアルなの(゚-゚*;)(;*゚-゚)
まぁとにかく上手いよね〜
こんな終わり方嫌いじゃないわε- (´ー`*) フッ
カスミという一人の女の人間ドラマでした。
Posted by ブクログ
解説にもあったけれど、結局何が起こったのかわからないところが、容赦なくてカタルシスがない。
個人的には、最後の、有香のモノローグだけ本当のことだったのかなと思った。
(誰が犯人でも、成立するし)
カスミと内海の、奇妙だけれど嘘がない関係が不思議だった。
Posted by ブクログ
登場する人物が全員自分のことしか考えていない
その心理描写がすごい
生々しくて魅力的でどんどん読んでしまいます
最後まで救いはありませんでしたが
だからこそ色々な解釈ができる
なぜなのか説明はできないけど
カスミが心の拠り所にしていた
バスの教会のシーンが好きです
Posted by ブクログ
『OUT』の2年後の1999年に刊行され、直木賞を受賞した桐野夏生さんの初期長編である。
5歳の娘が北海道支笏湖付近で失踪する。見失われた長女を捜し求める母親・カスミと、癌を患い退職し、死期を間近に迎えつつある男性の元刑事・内海との、奇妙なランデブーがストーリー中メインの骨格となっている。この両者は「現実と折り合いを付けることが出来ない」点で共通点を持つとされている。
一般的な写実的描写に基づく小説ではリアリティが大切であり、描かれゆく人物・心理・光景・出来事などが、いかにあり得るものであるか・ありそうであるか・ありがちであるか、といった尺度で現実解と比較し計測され、総合的に見てリアルな感触が得られない場合は「つまらない小説」ということになってしまうだろう。実は先日中村文則氏の『私の消滅』という小説を読んだがこれが酷いクズで、いかなるレベルのリアリティも皆無であり、ただの理屈に基づいて設計された非-人間的なアイディアを垂れ流すだけであって、文学を自称するのは僭越だろうという程度の駄作であった。これが芥川賞作家なのか、芥川賞って全然たいしたことないじゃん、というのが感想だった。
初期の桐野夏生さんの小説は、もっと後の時期のものと比べて「普通のリアリティ」がより多くあり、ストーリーはリアルな日常世界の中を突き進む。しかし桐野さんの文学の面白さはそういう「普通のリアリティ」に留まらず、もっと野放図な「想像し、創作することそれ自体」が導き出す自己組織化的な言語ストリームがその余りの自在さと勢い故に、しばしば「普通の小説」の型を食い破ってしまうという事態にある。そしてこの次元では、「言語ストリームそれ自体のリアリティ」が前面に押し出されてくるのだ。
本作では、元刑事の内海やカスミが目の当たりにする白昼夢や妄想が何度か現れる。この挿入された「夢のテクスト」では、誰が何故どのように少女を誘拐したかという「真相」がその都度語られ、読者のパースペクティヴを書き換えるかのような衝撃を惹起する(これは本格推理小説の「あっと驚く意外な結末」と同等の装置である)。しかし、これら夢のテクストが暴いた真相は真相ではなく、次々と切り捨てられる。
失踪した少女という文字通りの<不在のシーニュ>は、何故(誰によって)拉致されたか、生きているのかあるいは殺されたのかというミステリ的な「真相」を含んでおり、ミステリと同様に<不在のシーニュ>への欲望がストーリー(言語ストリーム)を押し進めてゆく。そしてこの不在という空白=死が、ガンによる病死が刻々と迫る内海という人物にも表象化されている。主人公カスミはかくして空白=死との不思議なランデブーを辿る。
そして、この小説では、ついに事件の真相はわからない。娘は最後まで不在であり、真実は不可知であり、圧倒的な空虚さを抱えた主人公の心理描写やモノローグ、ダイアローグが連ねられた末に、結局全ては空白のままだ、しかしそれでも生きていかなければならない、生はまだ延々と続いていくのだ、という展望と共に作品は終わる。
挿入された「夢のテクスト」は結局どれも「夢」でしかないのであって、ディスクールは反転し、捻転しつつもすべてが中心にある<ゼロ>へと帰着するのである。
この作品の核心にあるのは、空白=死の周りで苦痛にうめきながら自己生成されてゆく言表の生々しいリアリティと、救いの無い現実界の手触りとを兼ね備えた、未知の能力を秘めた創作-場のエネルギーの猛々しさである。
Posted by ブクログ
分かったような分からないような?
もやっとするんたけど、読み終わったあとになぜかしっくり来る。この結末に納得してしまう。
真実を追い求めて、現実と妄想のはざまを行ったり来たり。読者も揺さぶられます。
誰にも分からない真実、それが現実。
これをどう受け止めて生きていくのか。
真実のその先を考えさせられる。
深い。面白かった。
Posted by ブクログ
昔見たドラマの印象だと、カスミが娘を永遠に探し続ける印象だったけど、違ってたのかな?カスミと内海の妄想で何通りもの可能性が描かれ…。有香の行方は本題ではないのかもしれないけどもやもや。
Posted by ブクログ
同じような絶望感や孤独感を抱えた、失踪した一人娘を探す母親と、末期癌を患った余命幾許もない元刑事の捜索の旅。過酷な現実に向き合えない2人が、旅を通して変化していく心情描写が印象的。
娘が犯人に殺害されるシーンが夢として出てきたりして、現実が曖昧になり、徐々に娘の行方とか犯人探しとかどうでも良くなってくる。なんともスッキリしない雰囲気に包まれた内容だった。
ある意味、失踪した家族を探す行為のリアルはこんな感じなのかもしれない。