あらすじ
武林館トーナメントは佳境へ。命懸けの死闘が繰り広げられ、一人、また一人と、選手たちがリングに身を沈めていく。そして、その果てに迫り来る運命の瞬間。鬼のごとき実力者たる羽柴彦六と久我重明がついに拳を交える! 誰しもが固唾を飲んで見守る闘いの行方は!? 強き者たちが織りなす超絶格闘エンタテインメントシリーズ、感動と興奮に満ちた堂々たる完結編!
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
闘いを究めようとする男たちの熱い闘いを描いた格闘エンタテイメントシリーズの完結編。
読み終わった時についに終わってしまったという感じがしました。
次から次へと強い男たちが登場し、その度に強烈な闘いが展開され、誰がその頂点に立つのか、最後まで目が離せませんでした。
結末は、自分の中で受け入れるのに、しばらくは時が必要になるかもしれません。
いずれにせよ、高校生の時に読み始め、30年を経て結末を見られたことで自分の人生を振り返るきっかけともなりました。
物語はこの後も別の展開を見せるようなので、楽しみにしています。
Posted by ブクログ
夢枕獏『獅子の門 鬼神編』光文社文庫。
夢枕獏の傑作格闘大河小説、全八巻の最終巻。初文庫化。ノベルズ版では全巻既読なのだが、七ヶ月連続で文庫版が刊行されると聞き、全巻購入して再読。再読しても、なお面白い。
30年あまりの時を経て大傑作格闘大河小説が完結した。まずは夢枕獏に『ご苦労様』と声を掛けたい。30年とひと口に言うが、これだけの年月に他の連載をこなしながら、これ程のレベルの作品を書き上げる努力は想像を絶するものだったに違いない。
文庫版の後書きに『久我重明のこと』を収録。
前巻で開幕した武林館の総合格闘技トーナメントも佳境へ!日本の格闘技界に殴り込んできた黒船・ブラジリアン柔術と日本の格闘家たちとの死闘。諸行無常は世の習い。第一巻から活躍していた室戸武志、芥菊千代、加倉文平、志村礼二、竹智完を差し置いて鹿久間源が脚光を浴びるのも束の間。武林館の総合格闘トーナメントで柔道家・岩神京太と空手家・鳴海俊男の両雄が激突する……人は、何故闘うのか一番強い男は誰なのか……
そして、ついに羽柴彦六と久我重明の怪物同士の死闘が始まる。羽柴と久我の闘いを見詰める四人の若き獅子たち……室戸武志、加倉文平、志村礼二、竹智完……
羽柴彦六と久我重明の生命を賭けた死闘は、これまでの格闘小説や格闘漫画では目にしたことが無いほどの迫力のある描写だった。絶対に結果は言うまい。この結果は最初から最後まで真面目に読んだ者だけに許される特権なのだ。
長い余韻と未来を感じさせる終章……本当に終わってしまったのだな……
Posted by ブクログ
夢漠の大作「獅子の門」を読み終えた。
作者自身が一番楽しんだんだろうと感じられる、
まさしく趣味で書かれた小説だろう。
最後のメインヒーローとダークヒーローの闘いは結末も含めて楽しませてもらった。
ストーリーとしては読者を選別するだろうが、男なら何故か惹かれる単純だけど骨太な小説だった。
Posted by ブクログ
やはり最初から読んできた小説を完結まで読み切る事が出来るという事は幸せです。
栗本薫、田中芳樹、夢枕獏という壮大な話をぶち上げて放り出す人達に翻弄された少年期でありましたが、ようやく獏さんが重い腰を上げてくれました。本当にうれしい。
臨場感とスピード感のある格闘シーンはやはり獏さんの独壇場です。
最後の結末はびっくりしましたが、これだけは絶対にここには書けないです。知りたければ読むのだ!と同年代で読むことを辞めた人たちに強く言いたい。読みなさい。
さて、でも苦言もあるんですよ、山ほど。愛するからこそですけれど。
剣豪小説に同時代性を求めないのと同じで、その年代で書いたのであれば「プロレスと空手どちらが強いか」という牧歌的な時代のままで書き続けてもらえたらというのが偽らざる感想です。
格闘技を愛するあまり、現在の潮流を無視する事が出来なかったのはとても理解できます。それでも当初の若者達ではない、総合的な格闘技者がなだれ込んできたおかげで悲哀や詫び寂びの部分が欠落してしまったような気がしました。
芥菊千代、志村礼二、竹智完、室戸武志、彼らをもっと描いて欲しかったし、特に芥の母との確執は全く出て来なくなってしまい、その異常性がいつの間にやら有耶無耶になってしまったのは残念。慟哭のシーンがもっと欲しかった。竹智がブラジリアン柔術に行く必然性もよく分からなかった。あと金的蹴りをみんな多用し過ぎでしょと。そりゃ急所攻撃が一番効果的なのは分かるけれど、反則負け、勝ちが多すぎて大会がめちゃくちゃになってしまうのがちょっといらっと来た。
打撃系の格闘技が今の時代、最強対決の中では不利なので、当初のコンセプトの中ではキャラが動かないのも理解できた。だからこそ前述した通り、同時代性を求めず限られた時間軸の中で書いて欲しかったと思うのであります。