あらすじ
物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。
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Posted by ブクログ
何とか読み切った。前半スローペースでしか読めなかったけど、後半アリョーシャが兄の元を訪ねたりものを言付かったりするあたりからガンガンと。
難解だけど、これは確かに読む価値あるわ…
神の存在とは?私達は自由を必要としてないものなの?血は争えないものなのか?等、色々と疑問が湧いてきた。続きを楽しみに中巻へ… それにしてもアリョーシャ以外はキャラが濃い人ばかりで胸焼けがしそうだった。アリョーシャが可哀想。。
Posted by ブクログ
やっと読み始めることができたのも束の間、なかなか読み進められない日々が続いたが、段々登場人物一人ひとりが魅力的に思え、読み進められた。
特に印象的だったのは、誇りや卑劣かどうかを重視していること。これは中巻・下巻にも繋がる一つのポイントなのだと思う。誠実でありたいという登場人物たちの思いがこういった言葉に表れているのではないかと思う。
また、名高い大審問官のパートを読み、人間だもの、綺麗事だけでは生きていけず、パンや目の前の現実を直視・重視せざるを得ないことについて、私も否定できないなあと思った。ただ、この大審問官のパートは理解し切れていないように思う。あの長い話によって著者が伝えたかったことを掴み切れなかったと感じる。ただ、まだまだ序盤。今回の挑戦ではこのパートには理解が及ばなかったが、再読時の宿題とすることにしてとにかく読み進めてみる。少し時間を置いて再読した時に自分がどう感じるか楽しみである。
Posted by ブクログ
名著であり、とても面白いと評判の本作をいつか読みたいと思いながら、買ったまま読めずにいた。
読み始めてみてやはり、登場人物の名前がロシア名なだけに覚えづらく、先に漫画版を読んだ。
無神論者イワンの考え方が面白い。神がいるならなぜ助けてくれないのか。いかにも異常者として成長しそうなスメルジャコフ話も面白い。
対して、フョードルは清々しいほどのクソ野郎でありながら、イワンやアレクセイに嬉しそうに語りかける無邪気さもあって憎めないところもある。
一番面倒くさいのはドミートリイ。フョードルがクソ野郎なのはごもっともだが、ドミートリイもドミートリイだ。
第一編・ある家族の歴史
カラマーゾフ一家の紹介。
典型的な成金で酒と女が好きなクソ野郎な父・フョードル。
父親に似た直情型で退役軍人、がはは、俺に任せとけ!な長男・ドミートリイ。
合理主義・無神論者でインテリ系次男・イワン。
純粋で優しく皆に可愛がられる、修道院に入った三男・アレクセイ。
そこに絡んでくる使用人と女たち。
フョードルは二度結婚し、1人目との子が長男、あとの2人は2人目との子であり、各母親や、各子供らの生い立ちについて。
第二編・場違いな会合
相続に関して特に父と長男は揉めがちであり、第三者であるゾシマ長老を交えて家族会議をすることに。(ゾシマ長老の凄さを見れただけで、大して進展はないが笑)
グルーシェニカとドミートリイの出会い、婚約者のカテリーナの金を浪費しつつもグルーシェニカを選ぶ。しかし、金を返したい。父から元々自分のものだった金を3000ルーブルでもいいから奪いたい。
また、イワンはカテリーナに惚れていた。
第三編・好色な男たち
グリゴリーの過去、スメルジャコフの生い立ち。(畜生なフョードル)
猫を殺して葬式ごっこするのが好きだった。
グルーシェニカを取り合う父と長男。
カテリーナがドミートリイを慕う事情。
第四編・病的な興奮
アレクセイが謎の少年に中指を噛まれる。正体は二等大尉スネギリョフの息子・イリューシャ。ドミートリイとグルーシェニカの出会いのきっかけとして、単に仕事として頼まれたので手形の売買しに来た大尉に対し、父の企みだと考えたドミートリイは興奮し、大尉の髭を掴んで街中を引っ張り倒して好き放題言われ、それを目撃していた住民もおり、息子は情けない父親を持っているとしていじめの対象になった。
スメルジャコフがイリューシャに猫を殺させ、それも同級生にバレていじめの一因に。
また、イリューシャは病気。
カテリーナはドミートリイを思い、謝罪金としてアレクセイに大尉へ渡してくれるよう頼むが、金で解決すると思っているのか、と跳ね除けられる。
第五編・プロとコントラ
カテリーナをイワンにくっつけたいドミートリイ。
イワンの悩み、人の愛し方、神はいるのか?
肝心なのは、おのれに嘘をつかぬとです。おのれに嘘をつき、おのれの嘘に耳を傾ける者は、ついには自分の内にも、周囲にも、いかなる真実も見分けがつかなくなって、ひいては自分をも他人をも軽蔑するようになるのです。だれをも尊敬できなくなれば、人は愛することをやめ、愛を持たぬまま、心を晴らし、気をまぎらすために、情欲や卑しい楽しみにふけるようになり、ついにはその罪業たるや畜生道にまで堕ちるにいたるのです。これもすべて、人々や自分自身に対する絶え間ない嘘から生ずるのですぞ。おのれに嘘をつく者は、親を立てるのもだれより早い。なにしろ、腹を立てるということは、時によると非常に気持ちのよいものですからの、ではありませんか?なぜなら本人は、だれも自分を総録した者などなく、自分で豚手に侮をこしらえあげ、体裁をととのえるためにはをついたのだ、一つのシーンを作りだすためにおおげさに誇張して、言葉尻をとらえ、針小棒大に騒ぎたてたのだ、ということを承知しているからです。それを自分で承知しておりながら、やはり真っ先に腹を立てる。腹を立てているうちに、それが楽しみになり、大きな満足感となって、ほかならぬそのことによって、しまいには本当の敵意になってゆくのです……ゾシマ長老p102
とすれば、あの世にもこの世にも自分の利益や美が見あたらないために、せめて自分の皮くらい守ろうとしたからといって、なぜわたしが特に罪深いことになるんですか? だから、わたしは神さまのお慈悲を大いに当てにして、すっかり許していただけるだろうという希望をいだいているんですよ……スメルジャコフp323
俺はこの神の世界を認めないんだ。それが存在することは知っているものの、まったく許せないんだ。俺が認めないのは神じゃないんだよ、そこのとこを理解してくれ。俺は神の創った世界、神の世界なるものを認めないのだし、認めることに同意できないのだ。イワンp592
Posted by ブクログ
文庫本上巻にして667ページあった。修道者の三男アリョーシャを中心に、頽廃的な父フョードルや長兄ドミートリイ、虚無的な次兄イワンとのやりとりを描く。妖婦グルーシェニカをめぐる父と兄のゴタゴタや、敬愛するゾシマ長老に対する家族の不敬の数々に巻き込まれるアリョーシャが不憫すぎる。イワンとのやりとりは、聖書を深く踏まえた上でのニヒリズムや自由の苦しさについて、深いと思ったけれどもう一度ちゃんと読まないと全部は理解できてない気がする。無垢で無辜の幼い子どもを残虐に殺す大人たちでさえ赦されるというなら、それはいっそ救いではないし、生きるためのパンのために自由を抛つ弱い人間が大多数なのだから、イエスの与えようとした自由など無意味だということだろうか。悪魔の誘惑は、石ころをパンに変えればパンを求める人間の心を得ることはできるが、その人間はパンのために信仰するに過ぎないのだからそれは自由な信仰にはなり得ず、イエスはそのような奴隷的な信仰のあり方を退けたのだというのがなるほどな解釈だった。
生きる意味を見つけなければ人間はまともに生きていけないから、金の上に淫蕩生活を送るカラマーゾフ的な生き方で生きるしかない、というのが多分あって、「カラマーゾフ的」って形容がちょいちょい出てくるのが面白い。
Posted by ブクログ
ロシアが生んだ巨匠の名作です。
しかし、ここまで読み終わった後にどっしり疲れる作品はあるでしょうか。
読み始める前のページの重たさ、そして気合いで読み続け、意地で読み終えました。
ストーリーは世界で読まれるくらいの名作ですので、言うまでもなく素晴らしいです。
罪と罰もそうですが、人間の感情をむき出しにできる文章は素晴らしいです。
何が善で何が悪なのかも登場人物の目線で変わりますが、その切り替えもさすがでした。
強いて言えば、ロシア人の名前が全然入ってこなくて、「こいつ誰だっけ?」が頻繁にありました。
Posted by ブクログ
アリョーシャが好き!!上中下でしかもそれぞれページ数も多く読み始めはちゃんと読み切れるのか不安だったけど以外と飽きずに読み続けられる。下巻も最後の方にもなるとすっかりこの世界感もお馴染みになり、もうアリョーシャに会えないのかと思うと急にさみしくて読み終えたい気持ちと読み終わりたくないがせめぎ合う。スネリギョフも好き。スネリギョフが出てくる話はだいたい哀愁が漂って泣ける。
出てくる人物みな個性強くてキャラ立っているんだけど、みんな情緒不安定でヒステリック笑
気持ちがコロコロ変わるので次の瞬間にはどんな行動に出るか予想がつかない。アリョーシャは唯一まともかと思いきや女の子に告白されるとなぜか使命を感じて急に結婚申し込んで相手にドン引きされたり、信仰心強すぎて地面にキスしながら泣いたりとやっぱり予測できない情緒…。素直で純粋な性格だけに、シンプルに実は一番やばい人なんじゃないかとも思えてくる。実際未完のこの作品の続きは父親殺しの真犯人は実はアリョーシャで、その後テロリストになるって説も多くあるみたい。
やかましく永遠にしゃべってる登場人物たちの話を聞いてあげるのは確かに気合いがいるけど読んだ後は人間の多面性が強く印象に残り、善悪で人を決めつけない見方を鍛えられる作品だと思う。読んで良かった。
世界の多くの人はキリスト教という作り話(信仰していない者からしたら)をなぜそんなに大切に信仰しているのかとずっと疑問だったが、そういう根本的な様々な疑問に関してもドストエフスキーの答えと哲学が記されている。
次は悪霊、白痴なども挑戦したい。
Posted by ブクログ
序盤は本当に読むのがツラかった...
何度も挫折しかけたが、名作なんだと自分を奮い立たせて読みました。
中盤以降やや面白くなり始めスラスラ読めた部分もありましたが、最後辺りまたツラくなりました。
聖書の内容が大まかにしか頭に入ってないからかも?とも思いました。
中巻下巻面白いことを信じて読みたいと思います。
Posted by ブクログ
重たすぎる腰を上げて読み始めた。2回挫折しているのでこれで3回目。今回こそは読み切りたい...。ちなみに前回のチャレンジから10年以上経っているのでストーリーは何一つ覚えていない。
まーじで本名に加えてニックネームまで書くの禁止にしてほしい...!笑 ただ最初の200P強に渡る紹介文が後々響いてくるので読まずに進むのは惜しい、というところ。父と長兄の醜すぎる争いと共に、徐々にストーリーが動き始める。
大審問官...うーん、とても難解だし捉え方があってるのかすら分からないけど興味深い。
キリストは全ての罪を背負い人に自由を与えたはずなのに、人は自由すぎると途端に迷いだす。そのため指導者を置いて指南すると、迷わなくて良いとたちまち服従する。...これって、現代人にも言えることなのかも。選択を誤って非難されるのは怖いし考えを放棄するほうが楽だけど、迷うことも必要なのかな、と。
ただ、明日パンの1つも食べられず、天上のパンを祈る生活になったらどうだろう。やっぱり信仰より地上のパンを選んでしまうかも。なら信仰って何のためにあるんだ?答えのない問いが続く...。