あらすじ
押見修造に、幻滅せよ。
『惡の華』『血の轍』の鬼才、戦慄の回顧録。
これは、兄弟の話なのか。
それとも、漫画に生かされた、ある男の自省なのか。
己の本性を抉り抜く、容赦ない回顧。
その先に待つのは――
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匿名
自分と重なる部分があって読んでてしんどかったです。
思い出したくない過去の記憶から解放されたい、救われたい、
それにはやっぱり瘡蓋を剥がして傷口をじっと見つめるしかないのでしょうか。
ほかの方法もあるんだろうけど、自分も家族も許せないのかもな。
先生も救われるといいな、同じような苦しみを抱えた人たちも、瘡蓋剥がさなくてよくなって、傷が治って、傷跡が薄れて、もうとらわれずに済みますように。
自伝
押見先生の自伝。鉛筆書きの下書きのような漫画で、まるで荒い白黒のテレビを観ているような味がある。思春期のときに自分の感情やしたいことを親に認めてもらえず抑圧された。それで若い彼は死んだように感じた。それを読んで今私は子育ての最中なので、子供の感情を尊重しようと思った。しかしその後に、彼は生き返るために漫画を描いたと言っている。ということは抑圧されて辛かった経験があるからこそ数々の作品が産み出されたのか。本人はどう思っているのだろうか。
Posted by ブクログ
押見修造の作品は自身をかなり投影したものが多い印象だけど、今作は自伝で人生そのもの。過去の作品で描かれた思春期の鬱屈や吃音、家族観の根本が見えてくる。
人物の表情が生々しい。心象風景の描写がすさまじい。鉛筆のタッチが記憶を刺激する。
自分と真摯に向かい合うことも、自分を曝け出すことも、気力を使う。魂を削って描いている、という感じがする。
Posted by ブクログ
私の思春期の辛さ、親や家族との感覚の隔絶はどこから来ているんだろう。と言うのは、私の人生の命題だ。
それを絵で表してくれた。血を流して。ここまで開示してくれた押見さん、尊敬する。読者は押見さんのずっとこれを読みたかったのだから。
私の中学一年の時にも、ルドンがいてガロがあってシュールレアリスムの入り口があった。
自分を異なるものと思っていたし、おかしいと思っていたので、出自を問うていたし、病気ではないかと感じていた。
周りのことあまりに違いすぎて、、家族でも浮いていたのでひとり、であった。
その後彼氏ができ人に恋愛され恋愛をすると、新しい感情の扉と世界が開いた。そこを堪能するには広すぎた。新しい学びが必要だった。
絵や創作やガロやルドンシュールなものを全て忘れて、「悪い子」を演じていた。そんなもの、知らないよ。と。
今やっと自分でいい、自分を愛することができている。思春期を忘れていたが、忘れてなくてもいいんだね。
なぜここまでするの?
おそらく押見修造の自伝のようなもので、弟を中心にこれまでの人生を振り返っているのだろうが、これを描くだけで改めて自分を
傷つけているような描きっぷり。こっちも辛くなる。
いまだにみえない
押見修造が、今度は何を狙っているのか、本当に回顧譚なのか、弟とは実在ではなく、主人公自身の業ではないのか、彼が問うている相手は、彼女ではなく、本当は読者ではないのか。いや「本当に」などという疑問が、形容が無意味なのか。
Posted by ブクログ
家族から理想を押し付けられて生きる苦しさ、あるがままの自分を受け入れてもらえない苦しさ、思春期の葛藤、押見さんの作品からはいつも そんな 思いが感じられます
Posted by ブクログ
これは……ちょっと……押見先生の今までの作品の原液だということはわかったが、あまりにも原液すぎて、どう考えていいものか。
読んでいるこちらもエグってくる。
Posted by ブクログ
重い、とにかく重い。他の押見先生作品の終盤のような入り。押見先生の自伝のようなので、自身の闇を自らが得意とするマンガの世界でカミングアウトするということなのだろうか。最終巻は1冊丸々黒塗り位の結末が待っていそうで、恐くもあり楽しみでもある
【主人公】作者の少年時代
【概 容】作者の少年時代の闇を描いた自伝的な物語
【文字の量】少なめ ●〇〇〇〇 多め
【コマ割り】少なめ ●〇〇〇〇 多め
【非日常性】薄め 〇●〇〇〇 濃いめ
【目の描写】薄め 〇〇●〇〇 濃いめ
【このマンガ好きな人にオススメのマンガ】
・私の胎の中の化け物 中村すすむ先生
・るなしい 意志強ナツ子先生
・わるいあね 三輪まこと先生
・水色の部屋 ゴトウユキコ先生
・ルックバック 藤本タツキ先生
ノンフィクション?
押見修造の自伝的作品。
Wikipediaの本人の項と比べる限り、かなりリアルな自伝のような気がするが、どこまで事実なんだろうか?
仮にほぼ全て事実だとすれば、中学生の頃から少し他と違う感性を持っており、それが彼の作品に反映されているという事だろう。
漂流ネットカフェの遠野とか、血の轍の母親とか、本作と通ずるものがある気がする。
一方、鉛筆での手書きのような絵のタッチやその内容など、「押見修造」をある程度知っている人でないと「なんだこれは?」となると思う。
その意味では読む人をかなり選ぶ作品と言える。
惡の華・漂流ネットカフェ・ぼくは麻理のなか・ハピネスなどの作品を購入しており、血の轍なども知っている自分には興味深く読めたが、万人にお勧めできるかと言われれば難しい作品。