あらすじ
反権力とキリスト教など、著者の歴史観、人間観、信仰観をより深めた作品といわれる歴史ロマン大長編。
キリスト教に帰依したおりき(のちの宗恩)とやっと夫婦になった利休(宗易)だったが、権力を握った秀吉にとって茶の湯は使命を終えたものでしかなかった。無形の自由、精神の自立、心の昇華を追求する利休の運命は・・・。そして、それを支えるおりきは・・・。著者の歴史観、人間観、信仰観をより深めた作品といわれる歴史ロマン大長編。
「三浦綾子電子全集」付録として、著者がアマチュア将棋誌『将棋ジャーナル』に寄稿したエッセイ、伊豆大島にて静養中の写真を収録!
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Posted by ブクログ
本当に、お互いに必要な存在であれば、諦めなければ、何年待っても、どんなに離れても必ず一緒にいることができる。
神様は全てを完璧なタイミングで与えてくださる。もう少し早く出会っていれば、そうではない。今出会えたことに神様の大きな意思を感じる。
千利休はひたすらに茶の湯の道に生きたかった。それを理解してくれる人、高めてくれる人、同じ方向を向いて生きて行く伴侶として、おりきを神様が与えてくださったと思う。
どれだけ裕福に暮らしていてもお稲は最後まで幸せではなかっただろう。
しかし、お稲の態度は現代でも、私を含めて誰しも心当たりがあるのではないだろうか。
逆に言うと夫を尊敬し、一番の味方でいれば千利休がおりきと結婚することは無かっただろうし、お稲も幸せのうちに生きれたであろう。
Posted by ブクログ
下巻には利休が秀吉と出会いその茶頭となり、世に名を馳せ、切腹でその生を終えるまでがドラマチックに描かれており、ページを捲る手が止まらず一気に読み終えた。利休と秀吉の立場や心境の変化、利休の立場が上がるにつれ生じる秀吉の側近との摩擦、おりきと心の通った夫婦関係、茶の湯を通して築いた師弟関係、そして茶の湯に対する真摯な姿勢が三浦綾子氏の筆で鮮やかに描かれている。
Posted by ブクログ
当時の人々の価値観や生活そして恋愛が巧くまとめられている。
美談へと仕立て上げたいのは人間の性なのだろう。
それを必要としている人もいるから、需要あるところに供給あり、
というところか。
綺麗に締めくくる為には、実際どう在ったか、ではなく、
どう見られていたか、が結局のところものをいう。