【感想・ネタバレ】三浦綾子 電子全集 続 泥流地帯のレビュー

あらすじ

ちっぽけな人間が大きな自然や運命に抗して生き抜く姿を描く、著者渾身の長編。

十勝岳大噴火によって、祖父母、姉、妹と家田畑を失った拓一・耕作兄弟。流木と泥だらけの地の再興を決意し、懸命に働くが……。ちっぽけな存在である人間を苦もなく押しつぶしてしまう猛々しい自然。過酷な運命や自然に抗して、人間としての存在を守ろうと生き抜く姿を描く長編。

「三浦綾子電子全集」付録として、夫・三浦光世氏による「創作秘話」、日新尋常小学校に立つ記念碑の写真を収録!

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Posted by ブクログ

ネタバレ

十勝岳の山津波の後、硫黄に汚染された大地を耕し、復興を目指す拓一や村長。それに対し、無駄な努力で負債を増やし、街のものにその損害を負わせていると反対する深城を始めとする反復興派は、村長に無実の言いがかりをつけて反対運動をしている。そんな中耕作を庇って反復興派に殴られて拓一は不具となる。正しい者が不幸に遭い、悪を行う者が蔓延る世界に疑問を持つ耕作だが、母の聖書のヨブ記を読み、また拓一の揺らがぬ姿勢を見て、因果応報は現実ではなくて人の願いに過ぎず、現実は善因善果とは限らないことを悟っていく。それでも最後は拓一の稲が実り、深雪楼に売られていた福子は深城の娘の節子が救い出して汽車に乗せ、きっとこれから拓一と結婚していくだろう…というところで小説は終わる。最後の、福子と節子を乗せた汽車から、福子の救出に成功した印の白いハンカチが振られるシーンは劇的だった。
復興派と反復興派の対立は、中道左派と極右の対立そのものな感じがして、今の外国人政策や日本ファーストの論調と近かった。というかその流言蜚語も含めて、今も昔もやってること同じじゃんと思った。
村長の家の前を遠足で通る時に、泥棒村長と叫んだ生徒たちへの耕作の対応がとてもよかった。そう言わせているのは親たち大人たちであり、純真な子どもたちに罪はないと考えて、そう叫ばせてしまった先生が悪いと頭を下げて、村長の娘に生徒たちが自分から謝罪できるような心持ちに持っていけるのがすごい。貧しくて弁当に芋しか持ってこられない生徒のプライドを立てながら、彼が堂々と他の子たちの中に入っていけるように働きかけていくところとか、教師として優しさと機転と声がけの達人だと思う。

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2026年02月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

前編、続編含めて、苦難の意味は何かというのがテーマだ。
十勝岳爆発後の泥流地帯で生きていく家族の話。心で物事を考える長男拓一と、頭で考える耕作が様々な苦難に見舞われながら、何が正しい選択なのか考えていく。
耕作の言うことはもっともだ。でも、拓一の言うことには心を動かされる。
泥流にのまれた土地の復興に向けて汗を流す拓一だが、みなはその努力を笑い、無駄なものだと嘲った。ただ、拓一は思うのだ。もし、この努力が報われなくてもそれはそれでいい。自分の生涯に何の報いもない難儀な時間を待つのも、これは大した宝になるかもしれない、と。実りのある苦労なら誰でもする。しかし、全く何の見返りもないと知って、苦労の多い道を歩いてみるのも一つの生き方ではないのか。そう思って、自分は努力しているのだ。
勇気とは、突き詰めれば愛であると思う。愛には恐れがない。その人のために命を捨てる、これより大いなる愛はない。
善因善果、悪因悪果、いわゆる因果応報の考えは、そうあって欲しいという人間の願望に過ぎない。理想に過ぎない。願望と現実は違う。ヨブは、神から見ても当時一番正しい人だったが、それが子どもを一度に失ったり、財産を一挙に奪われたり、死ぬよりも苦しい腫物が体中にできたり大変な苦しみにあった。人間の思い通りにならないところに何か神の深い考えがあるのだろう。大事なのは、苦難にあった時、それを災難と思ってただ嘆くか、試練だと思って奮い立つか、その受け止め方が大事なのだろう。それでも正しい者に災難があるのは納得いかないと思うかもしれないが、苦難を試練だと受け止めて立ち上がった時に、立ち上がった人にだけ、苦難の意味がわかるのではないだろうか。

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2020年07月27日

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