あらすじ
バベルが供給する、銀を用いた魔法によって世界を支配する大英帝国。通訳として広東を訪れたロビンたちは、イギリスが阿片貿易を口実に清朝政府に戦争をしかけ、中国が持つ膨大な銀をわがものにしようとしていることを目の当たりにする。そしてロビンは、後戻りのできないひとつの決断をする。帰国したロビンたちは、戦争を食い止めるべく奔走するが……言語の力を巡る本格ファンタジー。ネビュラ賞、ローカス賞受賞作。
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Posted by ブクログ
当初思っていた内容とは違っていて、初めはあまり進まなかったのだけど、上巻の中盤くらいからグッとギアが上がって、そこからはもうグイグイと引きずり込まれて、怒涛の展開に翻弄され、読み終わったいまではぐったりと虚脱しながらこの感想を書いています。
広東で幕を上げるこの作品、なにが起こっているのか明らかにならないまま、あれよあれよと物語は進み、舞台はイギリス、ロンドンからオックスフォードへ。
ほぼ史実通りのなか、たった一つのフィクションが紛れ込まされ、主人公はそのフィクションにまつわる大きな事件へと巻き込まれていきます。それは、「銀」を媒体とした「翻訳の魔法」。異なる言語で、同じ言葉を刻み込んだ銀は、言語間を翻訳した際に発生する「揺らぎ」が、様々な効力を発揮する、という設定になっています。
とはいえ、そのフィクションは、本作にとってはエッセンスにすぎず、主題は異なるところにあります。白人主義全盛の19世紀前半のイギリスを舞台に、その傲慢な植民地主義や、それを支える異文化の「奴隷」たちを通して、現代まで続いている人種差別や文化の搾取といった問題を鋭く抉り出し、また、若者たちの壮絶な青春絵巻を描き切っています。
「銀」に刻み込まれる言葉は、翻訳のときに失われるニュアンスが大きければ大きいほど効力が増すとされているため、ヨーロッパ圏の言語間のように、ニュアンスの差異が少ないものではなく、例えば広東語、例えばサンスクリット語のように、ヨーロッパ圏とはかけ離れた文化圏の言語と対にすることで、その効力が増していく、とされています。
また、「銀」は刻むだけでは効力を発することが出来ず、刻まれた2つの言葉を口に出すことで初めて効果を発揮します。しかし、口に出して効果が出るのは、刻まれた2つの言語を、言語として意識しないレベル、つまり母語として使いこなせるレベルでないといけない、という縛りがあります。
そのため、「銀」による覇権を謳歌している英国における「銀」研究の中枢であるオックスフォードでは、植民地や、それに準ずる国の子供に、母語を使わせながら、英語の英才教育を施し、マルチリンガルの話者へと教育したうえで、「銀」を使いこなせる「翻訳者」として囲い込み、「資源」として活用するということが行われているわけです。
オックスフォードを、そして英国そのものを運営する白人たちは、こうして集めた子供たちをただの道具としてしか見ておらず、有色人種の子供たちは、学校から一歩外に出れば、いえ、「塔」から外に出るだけで、オックスフォードの他の学部の白人たちから偏見にさらされ、女性に至っては更に過酷な状況を受け入れなければなりません。
さらに、集めてきた子供たちの母国に至っては、白人からすれば「蛮人の住む未開地」であり、「劣った人種」と完全に見下している有り様です。
この歪な状況に巻き込まれた主人公たちは、こうした白人主義、植民地主義への抵抗を行う集団と出会い、歴史のうねりに巻き込まれていきます。
これは、今でも根強く世界中にはびこっている白人中心主義や、様々な差別への異議申し立てであり、いわゆる先進国が行っている文化の搾取というもののグロテスクさを描いた作品なのだなあ、と。
そして、世界という大きな視野でなくとも、近現代における日本における、地方の優秀な学生を東京へと吸い上げ、囲い込む施策と同じであり、同様に労働力を確保している手段と同じじゃないかと思ったりしました。地方から労働力を充分に吸い上げられなくなった近年では、その食指を海外へと向けていますね。
コンパクトシティという一見正しそうな理屈には、それぞれの地方にはそれぞれに根ざした文化があって、そこには生活している人達がいる、という側面を完全に無視し、都会から見た「効率化」だけを一方的に押し付けるものだと自分は思っています。それぞれの地域が、それぞれの文化を持ち続けることが、一つの国家の中に多様性をもたらし、国力そのものを底上げしていくものだと思うのですが、中央官僚の視野の狭さでは、そういう視点は持てないのでしょう。
レティという登場人物の、残酷なまでの描かれ方は、この人物こそが影の主人公なのではないかと思ってしまうほどのものでした。物語の中では裏切り者であり悪役ですが、自分をその立場に投影した時、果たして違う行動が取れるだろうか?というのは、非常に大きく重い問いになる、と思います。
本書が世界中で絶賛され、ネビュラ&ローカスのダブルクラウンを初めとした様々な賞を受賞しているということは、まだまだこの世界は捨てたもんじゃない、という気持ちにさせてくれますね。「バベル」が崩壊せず、その奇蹟を世界中で共有できるような、そんな世界がいつか実現されて欲しいものです。
Posted by ブクログ
物語は佳境に入り、登場人物がどんどん死んでいく。
バベルの塔を占拠しストライキを決行。ラッダイトやチャーチストと同盟し、議会の中国との戦争決議を阻止しようとする。同盟がすぐに結ばれるのは聊か安直。
「翻訳とはー他人の話に耳を傾け、自分の偏見を越えて、相手が言おうとすることをわかろうとすること。自分自身を世界に示し、ほかのだれかが理解してくれることを期待する。」
Posted by ブクログ
まさかのバッドエンド!
そう来たか。主人公が生き残るわけじゃないんだな。予想できる結末じゃない点には満足。人種差別が何をどうしてもなくならないことも伝わった。
ダークアカデミアな雰囲気、大人よりの魔法、勉強、語学、オックスフォードが好きなので、設定は間違いなかった。
ただ、読むに従ってここまで人種差別が描かれているとは思わず、後半で「もういいよ」と満腹になってしまった。また、私はレイシストなので、主人公が中国人という時点で、実は本屋でTBRリストには入れなかった本でもある。
イギリス人が読んでいるのを見たけど、どのように捉えるのだろう。私は損得感情が大きいので、自分が少しの得をするなら、他の知らない人たちが苦しんでいようと知らないふりをする。そしてそれはこの小説が示している通り、ほとんどの支配する側に共通することだ。私自身は支配する側である認識はなく、人種差別を受ける側にいるけど、支配側が近くにいないだけだと思う。
人種差別撤廃運動ではなく、もっと学生生活を楽しみたかったな。ああいう環境で勉強に浸りたい。語学が好きになってしまった人にはわかる、「翻訳をするとそれはもう原語を伴っていない」ということはとても共感できた。
ただ、注釈が多すぎることで物語に集中しにくかった。メタ発言ではなく、物語の裏話的なことも多い。普通はそれらを本文で書くので珍しかった。
Posted by ブクログ
難しかったけど、面白かった。
人種差別のあった中で行きていくために、ロビンが殺された人達を思い、暴力で打ち負かそうとすることは認められないけど、理解は出来た。
最後まで仲間がいたことは良かったと思う。
Posted by ブクログ
上巻で積み上げられた「翻訳の魔法」という独創的な舞台装置は、下巻に入ると一転して、救いのない破滅へと突き進む。
全編を通して流れるのは、あまりにもダークで閉塞感に満ちた空気だ。最終的にロビンたちが選ぶ「自決」という結末にはほとんど希望が残されず、読み進めるのはなかなかに苦しい体験だった。
読後、強く感じたのはこの物語が持つ重層的な「政治性」だ。
銀のパワーで世界を牛耳るイギリスに対する「翻訳者たちの人生を賭けた儚い反乱」という構図。それは単なる歴史ファンタジーの枠を超え、現代における「アメリカ・英語・テクノロジー」という覇権に対する強烈なアンチテーゼのように映る。著者のルーツを思えば、効果的な翻訳対として中国語が選ばれていることも偶然ではないだろう。
ただ、設定については好みが分かれるところかもしれない。
「銀に刻まれた言葉の差異がエネルギーを生む」というアイディアは面白いが、それが国家インフラを支える絶対的な力であるという設定は、歴史の重みに比して少々ファンタジーに過ぎる、浮いた印象も受けた。私が歴史的な事実に惹かれる性質だからかもしれないが、地に足のついた説得力という点では一歩譲る感がある。
また、本作を取り巻く「大人版ハリー・ポッター」という宣伝文句やTikTok(BookTok)での熱狂的な支持は、興味深い現象だ。これだけ「痛みを伴う読書体験」が熱狂的に受け入れられる背景には、読者側の切実な感情的ニーズがあるのかもしれない。ただ、マーケティングと作品の評価が不可分に結びつく現代の受容環境において、その熱量がどこまで純粋に文学的共鳴によるものかは、一読者として素直に判断しかねる部分もある。
唯一、わずかな希望として残されたヴィクトワールの存在が印象深い。彼女の母語が、支配者の言葉と現地の言葉が混ざり合った「クレオール」であるという点。それは純粋な革命や魔法のシステムからは弾かれるものの、泥臭く生き延び、世界を形作っていく人間の逞しさと諦念を象徴しているようで、著者の文学的な意図を最も強く感じた部分だった。
「読む価値があったか」と問われれば、正直なところ判断に迷う。しかし、今この時代にどのような「怒り」や「物語」が世界で求められ、消費されているのか。それを知るための非常に現代的な資料として、興味深い読書体験であったことは間違いない。
Posted by ブクログ
差別や格差の構造的な問題を銀と翻訳の魔法の世界を使って読者に分かりやすいように表現したかったのかなと思った。あまりに分かりやすく説明されたため、この物語で重要なのはその問題を説明することであり登場人物たちや銀と翻訳の魔法は説明用に都合よく設定され用意されただけの存在に思えた。魔法は斬新な設定で登場人物たちも特殊な出自でどれも面白いのに、その魅力を味わえる話があまりなかった。語源の話は普通に面白かった。ロビン以外の主要キャラの退場がアッサリすぎて悲しい。いやほんと、世界観の作り込みはすごかったけど気持ちいい展開が無くてずっとストレス。ご都合主義な展開が好きというわけではないはずだが。普通に好みじゃなかっただけ?本国ではバズったそうだし翻訳が合わなかったという可能性もある。読み応えはあった。
追記:思い返せば上巻までは本当に面白かった。ラストでラヴェル殺すの激アツだった。下巻の展開が気に入らなかっただけなのかも