【感想・ネタバレ】センス・オブ・ワンダーのレビュー

あらすじ

先駆的に化学物質による環境汚染を訴え、今に続く環境学の嚆矢ともなった『沈黙の春』の著者であり科学者であるレイチェル・カーソン。そのカーソンの最後に遺した未完の作品が『センス・オブ・ワンダー』だ。本書は独立研究者・森田真生による新訳と、「その続き」として森田が描く「僕たちの『センス・オブ・ワンダー』」で構成する。カーソンが残した問いかけに応答しつつ、70年後の今を生きる森田の問題意識に基づいた、新しい読み解き、新しい人間像の模索を行う。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

「沈黙の春」で農薬に含まれる化学物質が自然に与える影響を指摘したレイチェル・カーソン。一歳の甥のロジャーを抱いて海鳴りに包まれ「感じること」の大切さを訴える。著者は言う。多くの親御さんが「自然の素晴らしさを教えてあげたいけれどそんな知識もない」と尻込みする。人間の「知識」など「感じること」に比べたらごくごくわずかな、些細なものに過ぎません。ただ子供と一緒に、自然の不思議さを「感じ」て下さい、と。しかし著者は途中で亡くなり半分は訳者・森田真生氏のエッセイ。(2024/07/12記)

 カーソンのパートは一歳八か月の甥のロジャーを毛布にくるんで、彼女が嵐の夜に彼を抱いて海辺に降りていくシーンから始まる。雨が降りしきって二人を濡らす。嵐の海は波音を轟かせる。腕の中に感じる確かな命を抱いてカーソンは、自然の咆哮の中に包まれていた。そこでカーソンは腕の中の小さな命と、自分を飲み込みかねない嵐の海という大きな命の二つを全身で感じていた。
 森田氏のパートも同じこの「ミクロとマクロの共通点」を、虫やカエルに目を輝かせる子供の目を通して見出していく。多様な虫が、多様な力関係で命をつなぐ傍ら、人間もまた人間たちで活動して命をつないでいる。これらすべてを受け入れる「地球の懐の深さ」に森田氏は感嘆する。

 中には「生成AI」についての言及もある。虫の中には枝に擬態するものもある。AIは人間を擬態している。けれど肉体を持たない彼らの言葉は、人間のそれとはまったく違う。こうした指摘は森田氏の文章自体から強く伝わってくる。
 当初私は「ふわっとした感傷的な日記風エッセイが始まるんだろうな」と思っていた。けれど、彼の文章は彼自身の「五感」に根差すものだった。子供たちが目を輝かせる虫や爬虫類に、自分もまたルーペを持ち出して一緒に観察し、一緒に触れた上で書いている。だから読んでいるこちらも、虫の描写が生々しければ悪寒を感じながら読むことになるし、カブトムシを27匹も孵化させたというシーンに、「カブトムシって採ってくるだけじゃないんだ」と驚かされたりする。彼の言葉は常に彼の体から発されていた。

 ラスト、飛び立つセミの姿が描かれている。セミはわずか数日の寿命を懸命に鳴いて過ごす。地球から見れば人類もまた、セミのように短い命をつなぐ存在に過ぎない。生き物はみな、こうしたマクロ(巨大なもの)とミクロ(極小のもの)が完全な相似形を成していて、それが同じ地球で何ら破綻することなく折り合って生きている。破綻を生じさせているのは人間が科学技術で作ったものばかりだ。

 カーソンの甥のロジャーが彼女に言った。「きてよかったね」。

 命はある時突然この世に現れ、自然にその子と一緒の物語が紡がれ始める。地球にとってみれば人間は「訪問者」であり、人生は旅のようなものだ。「きてよかった」と子供が思える地球を続く世代に残していくこと。そのために「センス・オブ・ワンダー」がある。身近なものに驚異を感じ目を輝かせる力。知性はその中から生まれ、決して逆行しない。カーソンは「子供に教えられることなんてない」と自信を持てないお母さんたちに「ただ一緒に、感じるだけで十分なんですよ」と言っている。地球が人類をセミを、命を包容するように、感じる力は「知」を包容している。(2026/5/25記)

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2026年02月11日

Posted by ブクログ

ネタバレ

冬至を過ぎて。
痛み差し込む空気の鋭さは、アウターいらずの春の陽気と交互に訪れ、つるべ落としだった夜の幕開けはゆるりと始まるようになる。
仕事場横の川にはサギや川鵜、カモだけではなく、カモメが訪れ季節を告げている。
何種もの鳥の鳴き声、川のせせらぎ、川沿いを走る風の音、耳を澄ませば多様な音楽が耳を楽しませてくれている。

センス・オブ・ワンダー《驚きと不思議に開かれた感受性》。

美しさの感覚、新しくて未知なものに出会ったときの興奮、共感や哀れみ、称賛や愛情ーこうしたさまざまな感情から、心を動かされたその対象をもっと知りたいと思うようになる。

『知りたい』と思うように導くことの大切さ。

自然を探索することは、身の回りにあるすべてをもっと感じ始めるということ。自分の芽と耳、鼻と指先の使いかたを学びなおしながら、使わなくなっていた感覚の経路を、ふたたび開いていく。

変化し続ける偉大なる自然がもたらす、五感に問いかける美しさや驚異。

日本には四季があり、温度変化があり、生き物の移り変わりがある。

それらを表す日本語の美しき言葉たちの数々。

空色、雲の移り変わり。
雨の形状、匂い。音。ぬくもり。
波の大きさ、形。etc.

レイチェル・カーソンが言うセンス・オブ・ワンダーを体験してみませんか。


●幼年期は、この土壌を豊かにしていくときです。美しさの感覚、新しくて未知なものに出会ったときの興奮、共感や哀れみ、称賛や愛情ーこうしたさまざまな感情がひとたび呼び覚まされた後になってようやく、私たちは心動かされたその対象を、もっと知りたいと思うようになるのです。

●消化の準備すらできていない事実を、次々と与えようとしなくてもいいのです。まずは子どもみずから「知りたい」と思うように、導いてあげることが大切です。

●子どもと一緒に自然を探索することは、身の回りにあるすべてをもっと感じ始めること。自分の芽と耳、鼻と指先の使いかたを学びなおしながら、使わなくなっていた感覚の経路を、ふたたび開いていく。

●日々のなかにどんな悩みや心配があろうと、その思考は、内なる充足と、生きることの新鮮な感動に至る道を、やがて見つけることができるはずです。

●自然がもたらすワンダーに開かれた感受性ーこれをカーソンは、「センス・オブ・ワンダー」と呼んだ。そして、この感受性を子どもが失わないためには、「生きる喜びと興奮、不思議を一緒に再発見していってくれる、少なくとも一人の大人の助けが必要」だと綴った。

●人が生きるという営みが、いかに人間ではないものたちに支えられているかを、子どもたちに学び続ける日々であった。

●変化にあらがうのではなく、変化とともに生きていくこと。季節に応じて、大胆にその姿や生き方を変えていく植物や虫たちは、その生きる姿を通して、見事に体現している。

●いまの僕たちにできることがあるとするなら、それは人間の力を否定し、排除しようとするだけではなく、人間の力をも一つの力として受け入れ、これを生かしていく道を探していくことだと思う。

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2026年02月08日

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