あらすじ
そういえば、あの本のこと、なんにも知らずに生きてきた。
一度は読みたいと思いながらも手に取らなかったり、途中で挫折してしまったりした古今東西の「名著」を25分間×4回=100分で読み解きます。各界の第一線で活躍する講師がわかりやすく解説。年譜や図版、脚注なども掲載し、奥深くて深遠な「名著の世界」をひもときます。
■ご注意ください■
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■「語りえないことについては、沈黙しなければならない」。
前期の『論理哲学論考』の最後に、そう記した意図とはなんだったのか。後期の『哲学探究』で提示した、「言語ゲーム」という独創的な概念とは。〈言葉〉について考え抜いた哲学者の人生を辿りながら、代表作のエッセンスを掬い上げる。
■講師:古田徹也
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Posted by ブクログ
NHKの番組「100分de名著」でウィトゲンシュタインの回を視聴し、たいへん興味深かったのでテキストも読んだ。
特に後期の『哲学探究』の箇所が面白かった。
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AIは、本当に言葉を理解しているのか
現在の自然言語処理系AI(以後はこれをシンプルに「AI」と呼びましょう)は、私たちと驚くほど自然な会話ができます。でも、AIは本当に言葉の意味を理解しているのでしょうか。統計的なパターンに則り、確率的に高い“次の言葉“を出力しているだけではないのか。少なくとも現在のAIは、いうなれば穴埋め問題を解いているだけで、言葉の意味を理解しているわけではないのでは、という疑問も出てきます。
しかし、それを言うなら、人間だって同じようなことをしているだけ。人間の言語理解や思考も、AIがやっていることと大差ないのではないか——。そんな問いが、返す刀で私たちに跳ね返ってきます。実は、これこそが後期ウィトゲンシュタインの思索の、本当の出発点なのです。
(テキスト本文)
(P60)
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意味とは本当に、言葉の使われ方ということに尽きるのだろうか。言葉の使用が生活と噛み合う、その仕方なのではないだろうか。
というより、そもそも言葉を使うということ自体が、我々の生活の一部なのではないだろうか。
「素晴らしい」という言葉について、人々がこれをどのように、そしてどんなときに使用するかを知りさえすれば、私はこの言葉を理解したことになるのか。それだけでもう、自分でこの言葉を使うことができるのか。つまり、いわば確信をもって使用することができるのだろうか。
使い方は知っているが、理解せずにそれをなぞっている、ということはありえないだろうか。(ある意味で、鳥のさえずりを真似るときのように。)理解というものが成立するのは、何か別のことにおいてではないか。すなわち、「自分の胸の内に」感じること、当該の表現を体験することにおいてではないだろうか。
(『哲学的文法』)
(P63)
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痛みを感じたことが一度もない人に、「痛み」という言葉は理解できるのだろうか。
(『哲学探究』第一部)
(P67)
Posted by ブクログ
感動しました。
この本のおかげでウィトゲンシュタイン愛が最近高まってて、いつか論考と探究を原書で読むことを目標にした。
言語ゲームについて、こんなにわかりやすく説明されたことがなかった(p46〜)。名著の解説にとどまらない、古田先生がウィトゲンシュタインの人生について書いておられるところの書き振りが本当に素晴らしくて、ぶーぶー鼻をかみながら読みました。古田先生の他の著作をもっと読みたいです。
Posted by ブクログ
100分で名著、2026年4月のテキスト並びにアーカイブ視聴済。とても深い内容でした。言葉、心、AIと心、そして哲学(人生の)について考えさせられました。言葉、心は文脈の中にのみ存在すると。納得です!
Posted by ブクログ
思いの外、心にストンと落ちる哲学者の本。心は自分の中ではなく、他者とのコミュニケーションの中には、まさしくそう思う。そしてその他者との予見不可能なことが、コミュニケーションを深めることができる。
Posted by ブクログ
ジョン・ロールズについての新書を読んでいたら、ウィトゲンシュタインの名前が出てきて、別の日に書店に行ったら、この100分de名著のテキストが積まれていました。
以前読んでいたある精神科医の文章に、時折、ウィトゲンシュタインの名前が出てきていました。はじめは病跡学の対象としてその精神科医も関連文献を読まれたのでしょうが、その後の文章に、家族的類似性や境界に関する箴言が取り上げられていたのでした。しかし私には、ウィトゲンシュタインは神秘のベールに包まれたままの存在でした。
このムックはぎゅっとコンパクトに集約されたテキストで、私にも分かりやすいです。明日からのオンエアが楽しみです。
自分にどのような貢献が出来るか。ウィトゲンシュタインの社会に対する態度には心打たれます。そして彼のように誠実に考えていけるか、私の課題です。