【感想・ネタバレ】台湾の少年3 戒厳令下の編集者のレビュー

あらすじ

一九六〇年,ようやく釈放された蔡焜霖は幼馴染の「きみこ」と再会し,結婚する.「前科」のために就職にも苦労したが,やがて漫画雑誌の編集者となると,新たなアイディアを次々と実現し,児童雑誌『王子』を創刊するなど八面六臂の活躍をみせる.だが,その陰には常に「人より一〇年出遅れている」という思いがあった.※この電子書籍は「固定レイアウト型」で作成されており,タブレットなど大きなディスプレイを備えた端末で読むことに適しています.また,文字だけを拡大すること,文字列のハイライト,検索,辞書の参照,引用などの機能は使用できません.

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Posted by ブクログ

ネタバレ

蔡焜霖の人生、緑島から出所後、台北で家族のもとに住みながら仕事探し。前科があるからなかなか仕事に就けなかったが、中日翻訳の能力で出版社に就職。その後、出版社は潰れるが、漫画雑誌を出してる会社に編集として再就職。その後、子供向けの漫画出版社を立ち上げ。広告代理店に転職するが、出版社に戻る。雑誌の仕事は成功していたが、利益は出ておらず、方々に借金を重ね、台湾を襲った台風のために会社も印刷所も打撃を受け、立て直す資金が尽きて無一文になり破産するまでの話。

蔡焜霖がパワフルで、働きながら大学に行き仕事も掛け持ちし、24時間働けますか状態なのがすごい。

そして、台中の学生時代から好きだった相手が台北で教師をしてるのに再会し、結婚し子供も産まれている。

経済成長する、ネオンの煌めく台湾だけど、戒厳令の時代の中、前科者に対する警察の目は厳しく、蔡焜霖はホーソンの「緋文字」に自らの境遇を重ねる。

台湾の漫画界の初期は著作権の概念がなく、日本の売れてる漫画を買ってきて、それを台湾で模写したりちょっと手を加えたりしたものを出版してた、って言うのが今じゃ考えられない時代で面白い。そして、台湾の漫画が日本の漫画の影響を受けてるのって、こう言う時代の影響が強いんだなと思った。鬼太郎を訳してるシーンが出てきて、まさに水木しげるや手塚治虫の時代の漫画が、台湾でも強い文化的影響を与えてたんだなと興味深かった。台湾オリジナル漫画としては武侠ものが人気だった。

この時代の若者はもう日本語が読めない、ジェネレーションギャップというには大きい世代間の隔たり。

日本の「少年倶楽部」みたいな雑誌を作ろう!という文昌出版の始まり。

蔡焜霖が国華広告代理店で働くことになったというコマで大写しになってた、台北の松下電器のネオン、映画「台北ストーリー」でも印象的に使われてたやつだ!1960年代台北のアイコン的存在だったんだろうな(今もあるのかな?)

蔡焜霖は日本語能力を買われて、松下電器の専門室主任になる(日本の影響の大きさをこういうとこでも感じる)

台湾の漫画は、1966年に、編印連環図画補導法で検閲されるようになり失速。路頭に迷った文昌出版の人たちを集める形で、雑誌「王子」を創刊。

子供の教育に関わりたいという蔡焜霖の夢は、教師になる道は前科のせいで閉ざされたけど、児童向けの教育娯楽雑誌を出すという形で報われる。

台湾野球ブームに火をつけた、紅葉小学校野球チームの優勝。台北の大会に参加できるように、車を出して協力したのは雑誌「王子」だった。紅葉小学校は、ブヌン族の山の学校。他民族社会台湾ぽい。

(「台北ストーリー」でも野球が大きな意味を持つものとして描かれてたのはこういう時代背景があったんだな)


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2026年02月05日

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