あらすじ
「愛した彼は体を売って、生きていた」。
2023年初春、本作品の映画化が決定。出演は鈴木亮平、宮沢氷魚。文庫版には鈴木亮平の特別寄稿を収録。
「母が死んで、『死にたい』と思っていた僕の何かは死んだ」。14歳で母を亡くした浩輔は、同性愛者である本当の自分の姿を押し殺しながら過ごした思春期を経て、しがらみのない東京で開放感に満ちた日々を送っていた。30代半ばにさしかかったある日、癌に冒された母と寄り添って暮らすパーソナルトレーナー、龍太と出会う。彼らとの満たされた日々に、失われた実母への想いを重ねる浩輔。しかし、そこには残酷な運命が待っていた・・・。
龍太と母を救いたいという浩輔の思いは、彼らを傷つけ、追いつめていたのか? 僕たちは、出会わなければよかったのか? 愛とは、自らを救うためのエゴだったのか? 浩輔の心を後悔の津波が襲う。人は誰のために愛するのか。賛否両論渦巻く、愛のカタチ。
※この作品は単行本版『エゴイスト』として配信されていた作品の文庫本版です。
感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
若くして母を亡くした浩輔と、18歳にして母の闘病費のために身体を売るしかなかった龍太。
そして、自分の病気のせいで息子に負担をかけ続けていることに、ずっと後ろめたさを抱えている母親。
浩輔は、亡き母への未練をどこかで埋めたくて、龍太とその母を支えようとする。龍太もまた、母を救うためならプライドなんて捨ててでも、金を稼ぐしかなかった。
そんな3人は、“エゴ”と“金”で繋がった関係やった。
浩輔と龍太は、ちゃんとお互いを愛してる。
でも、その関係がエゴと金の上に成り立ってるって分かってるから、どこかでずっと引っかかってる。
好きやのに、それをまっすぐ信じきれへん。そんな状態のまま、エゴと金の関係はどんどん深くなっていくのがしんどい。
そんな中で龍太は過労で亡くなって、さらに母親からも金を拒まれて、浩輔は全部を失って絶望する。
でもそこで金なんかなくても、この関係はちゃんと成立してたんやってことに気付く。龍太の母は、それでも浩輔を我が子みたいに受け入れる。
その瞬間、「エゴやと思ってたもんが、ほんまはただの愛やった」って分かるのが、もうあかん。ラストはほんまに涙止まらんかった。
Posted by ブクログ
サブスクで映画を観て、これは原作を読まないと本質がわからないと思い手に取りました。
本作のタイトルを『エゴイスト』とした著者のセンス。皮肉とも現実的とも取れる、自分に向ける視線の客観性。すごいを通り越して、脅威的ですらある。
そして、これを演じ切った鈴木亮平さんと宮沢氷雨さんの演技力の高さ。原作を読んでも一切、印象が変わることがなかった再現性の高さに、おふたりの覚悟と原作へのリスペクトを感じました。
浩輔と龍太、そして龍太の母は互いの存在に支えられ、そして互いの中に『母』を見て、過去の自分を癒し癒されて辛い現実とも向き合っていきます。
人は他者との関係性の中でしか癒されないし、その中に占める『母』の役割って想像以上に大きいということを改めて実感しました。
浩輔にとっては、龍太や龍太の母にしたことは『エゴ』だったのかもしれませんが、それは2人にはしっかり『愛』として受け取られていて、そもそも人を愛することは多少のエゴを含むのではとも思ったり。
いやぁ、映画も原作も衝撃的すぎて。
定期的に読み返したい、見返したい好きな作品が増えました。
Posted by ブクログ
(⚠映画の話もちょっと含む)
同性愛について というよりも
"その事情は踏まえておいて"
という軸で、
それよりも際立つ 人間味の生々しさ みたいなものの描き方に
とても気持ちをつかまれた。
本には描かれていなかったけれど
主人公·浩輔を演じる鈴木亮平と、龍太演じる宮沢氷魚が
動画を撮りあったり、
仕事で疲弊して泥のように眠る龍太に ハンドクリームを塗ったりするシーンがある。
このシーンがとても好きだったのだけど
映画オリジナルだったのかなあ…。
普段 インスタントのような、沸いては消えていく範囲にある漫画を読み捨てるように読んでいて(失礼⚠️)、
「そこに愛はあるんか?」
という思いで眺めながら終わることが多い。
インスタントのような出会い
インスタントのような始まり方
インスタントのような関係性の繋がり…
それに慣れていた頃、
小説の空気感をなぞる様に映像化されたシーンを見て
「これが愛じゃなければなんなんだろう…」
と思わされた。
映画始まりで知って読んだ小説だったけれど
小説からでもきっと好きになったと思う。
読み終わったあと、
いろんな気持ちが胸にせまって
少し ほぅ… としてしまうような小説だった。
Posted by ブクログ
エゴな愛し方って相手にとっても自分にとっで不幸か幸せか。本作は肯定的な希望を持っている作品だと思う。
しかし、少しドラマチックに描かれすぎなのではという印象も受けた。もちろん、創作物なのであるからリアルに則する必要はないのであるが、ここまで綺麗な関係を紡げるものだろうか。自分が歪んだ見方をしていまっているのだろうとも思うが。
情景描写の目の付け所が際立って魅力的。文章表現も淀みなく読み進められる筆運びで読者を惹きつける。テーマが作者個人の経験とどうしても紐づけて考えてしまうが、小説としての作品完成度がとても高い。
Posted by ブクログ
ブリアンさんが宣伝しているのを見て、読み始めました。
同性愛の話かなと思っていましたが、母親への懺悔の話でした。
自身のセクシャリティに対する苦悩や親の気持ちなどが繊細に表現されています。
愛について考えさせられるストーリーでした。
おもしろかった
正直もっとどくどくとした作品なのではないかと思っていたがすごく美しい作品だった。わたしは男が好きか女が好きかよりも人間的な魅力がある人なら愛してしまうのはしょうがない。逆にそちらの方が人間の本能なのではないかと思っているので、この作品は多くの人に読んでもらいたいなと思う。
映画でも涙が止まらなかった
浩輔が龍太を「買う」ところまで、想像はついていた。
しかし物語は、浩輔と龍太、龍太の母、三人の物語になっていく。
映画化により、セクシャリティを表現することへの注目が集まる本作だが、本質はそこではないと思う。
現に、浩輔も龍太も自分のセクシャリティに強く悩むシーンは少ない。そう見せているだけかもしれないが、「そう思う」のも違う気がする。
浩輔に関して言えば、子どもの頃に偏見を受け、生きることを手放そうとした時期がある。
そこから、彼がブランドファッションやステイタスで心身を固めるに至るまでは、社会のありかたが問われるだろう。
しかし浩輔の苦悩は、セクシャリティに限らず、他人が形成した「こうあるべき」のフレームに当てはまることができない人たち、共有のものである。
そして、この他人が作った苦悩を和らげていくのも、ちがう他人との関わりなのだ。ここに、ひとはひとりでは生きていけないという真実と、ジレンマを感じる。
いっぽうで、仮に母と二人の息子の関係が、
母と娘二人、父と娘二人だったら、今回と同じ感想を持ったかはわからない。
それは、私自身にバイアスがあるためであり、
つまりはセクシャリティや立場に「こうあるべき」の
価値観があるからなのだろうな、と思う。
良い作品に出会えて良かった
「龍太が亡くなり浩輔が沢山泣く」この場面で号泣してしまいました。特に龍太のお母さんが龍太と浩輔の関係に気づいていたと明かしている辺り、、、涙が止まりませんでした。
最後の終わり方、先が気になりました。
P.S.みんなが、家族が、出会えていますように。
Posted by ブクログ
映画のあらすじがおもしろそうだったので、買って読んでみました。これは実話、なんですよね。まさかの展開で、読みながら泣いてしまうとは思いもしませんでした。映画も気にはなりますが主人公の演技が私のイメージと違いそうなのがひっかかっていてですね。小説読む限りだと大人の男って感じなんですが、映画はあえてなよっとさせているっぽいので。アマプラの対象になったら観てみたいと思います。
Posted by ブクログ
男性同士の恋愛を通した愛をテーマにした作品。
感想を文字にするのは難しい作品
愛を与える・受け取る側で描かれており、どちらも極端だと心に負担を感じてしまうのだなと思い、個人的に少し共感する部分もありました。
恋愛以外にも家族愛にも触れていて、主要な人物は肉親を早くに亡くしており、関係性は複雑ですが、故人に対して違うように見えて、皆同じ後悔や感謝や責任などの複合した感情を思いやっているのが印象的でした。
与える・受け取るを昇華させ共有できるようになると、お互いの負担が少ないのではないかと気が付くきっかけになりました。
言葉の奥にある、愛情や優しさ感謝や後悔などの気持ちがたくさん感じられじーんとしました。
Posted by ブクログ
登場人物がストーリーの中で死を迎える話はつい警戒してしまう。本作では、同性の恋人である龍太と、その母が亡くなる。どうしたってドラマチックになりやすいので、安易なのでは?と思ってしまう。
ただこれは現実に起こったことを小説にしたものということなので、となれば事実はこれより奇なるストーリーなのかもしれない。
この小説を読む時同性愛者の恋愛という視点を忘れてはいけないと思う。
途中、龍太のただの仕事相手として葬儀に出なければならない場面などはその際たるもので、関係性が親族に歓迎されていれば身内に近い扱いをされる交際相手も、カミングアウトをしていない場合必要以上に悲しむことすらできない。厳密には、できる、できないを事前に双方確認しておければよいのだけれど、死んでしまったらそうもいかない。怪しまれることを亡き人が望まない可能性があるなら、押し殺すしかない。あと、ここには「よほどのことでない限り男が涙を流して悲しむなんて」という規範も関係する。
今回は、龍太の母に理解があったからよかったけれど、たいていは怪しまれる。友人には友人の、仕事相手には仕事相手にふさわしい悲しみ方がある。そんなのも本来自由なはずだが、知らず知らずのうちにそういった「様式」に縛られて生きている。
こういった同性愛をテーマにした本で、これは同性愛なんて関係ないただただ愛だとか言われたりすることがあるけれど、とんでもない話で、多様性はその昔からずっとあるのに、それにまつわる社会のまなざしは全然多様じゃないことがよくわかるエピソードだと思う。文庫の初版が2022年と思えば、当人たちがよければそれでよし、の社会ではまだまだない。