工藤隆のレビュー一覧
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口誦ならではの詩的構造
大学の「日本文学の歴史」の参考書として購入。授業2週分のテーマ“神話と国家と”“ウタから歌へ”に関し、文字表記される前の姿を想像する糸口になった。アジア各地に今も残る「歌われる神話」や歌垣の文化を参照して、日本の古代文化や神代のあり方を探る。
聞き書きした歌と比較することで、古事記の歌謡ではない地の文も、詩歌として捉えると理解が深まることが示される。古事記には名前の似た神が何組も登場するが、これは複数の神が存在するというより、歌の対句表現に過ぎないとの説明に、今まで私が感じていた神話の違和感が解消され腑に落ちた。
その他、黄泉国や倭建の死の記述に、葬送儀礼の歌詞との類似性を見出しており、弔いの文化を窺い知ることができる。また古事記だけでなく風土記や万葉集からも引用して、歌垣やかつて筑波山で行われていたという嬥歌を取り上げる。現代もその風俗が残る地域を取材し、生の掛け合いを詳細に観察しており、実態のイメージがつかめて良い。著者が目標に掲げる「リアリティーある<古代>像」は本書で果たされていると言えるだろう。
しかし「短く見ても縄文・弥生期にまで遡る~研究者なら誰もが認めている」と言うにはあまりにも時代がかけ離れているし、その根拠を示さずに現在伝わる文化に基づく考証に終始する点には、疑念を抱いてしまう。
目次
0.古事記研究の現在
○古事記をどう読むか
1.古事記はどのように研究されてきたか
2.原型生存型民族の口誦表現モデルで読む
○古事記を読み解く
3.激変の時代が突出させた復古精神―臣安万侶言す(「記序」)
4.無文字の古層と文字の新層の交錯 ―天地初めて発けし時
5.排泄物利用の技術革新―イザナミの死
6.死と折り合いをつける―黄泉の国神話
7.分析を拒絶する混沌―スサノオ神話
8.古層の死生観で読み直す―ヤマトタケルの死
9.民族サバイバルから恋愛へ―サホヒコ・サホヒメ
10.歌垣と政治の交錯―志毘臣と袁祁命の歌垣
11.古事記と日本 -
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古代史について。
日本最古の書物のひとつである古事記に、律令国家としての正統性だけでなく、無文字時代の縄文弥生時代から連なる呪術的等の文化の影響力を重点においている本。
古事記について詳しくないので、分からない点も多いが、古事記に書かれている不可解な記述等も、縄文弥生時期(著者は「古代の古代」と呼んでいる)の文化の影響力のせいという点は、非常にロマンを感じた。
中国少数民族や沖縄の歌の文化を古代の古代の源流のひとつと考えている。
結は非常に共感できる内容だった。古代の古代の文化と国家段階に求められるリアリズムは反する方向性のものだが、日本は古来その矛盾した状況が連なってきた。明治の近代化や大戦等で限界に達しつつも、現在までなんとか連なってきた。近代国家としてのリアリズムから考えると、古来の文化である天皇制は非常に矛盾した存在になってしまうが、古来からその矛盾した状況を柔軟に対処してきた文化を残していくべきという点は同感。 -
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2012年は古事記誕生から1300周年。だが古事記の成立については懐疑的な見方も多い。
本書の構成は以下の通り、、、
・まず、古事記の「序」が本当に712年に書かれたものかを検討(点としての誕生)
・次に、古事記の背後にある古い無文字時代の要素を探る方法論を解説(線としての誕生)
・さらに、アメノイワヤト神話を題材に、実際にその方法論を適用して考察
・最後に、現代日本にとっての古事記についてひとくさり
現存する古事記の最古の写本は1371,2年筆写の真福寺本。オリジナルから実に600年以上後の写本である。また、すぐ後の『日本書紀』・『続日本紀』に古事記についての記述や引用が見られない。よって、本当はもっと後世に成立したのではないかと言う古事記偽書説が唱えられることになる。この偽書説は、「序」と本文をあわせた古事記全体に対するものと、「序」に着目してそれだけが偽書だとするものがある。
偽書説に対する著者の見立ては、肯定も否定も確証はないと断った上で、仮名遣いなどから判断して本文が712年頃か少なくとも遠く離れていない時期に成立したことは間違いないだろうと。「序」についても、偽書説が指摘するような不自然さ(なぜ日本書紀と同時期に似たような歴史書を編纂するのか)は説明可能(日本書紀:公的、合理的な歴史書。古事記:私的、古いアニミズムを称揚する目的)とする。
線としての誕生についての方法論は、前著と同様。あきらめないで中国奥地の「原型生存型文化」にヒントを求めましょうというもの。また「話型」「話素」の分析だけでなく、歌われるのか語られるのかといった「表現態」。どのような場で歌い/語られるのかといった「社会態」にも注目しましょうと。観光客や調査に来た学者相手に語って聞かせるのと、ムラの行事や歌垣で歌うのとでは全然原型のとどめ具合が違うということ。
→面白いのだが何か白黒つけるような確証は普通得られないのが大変なところだろう。白川静的?
サンプルとして掘り下げるアメノイワヤト神話からは、皇室儀礼(神祇令)の鎮魂(たまふり、魂を揺さぶって活を入れるイメージ)、新嘗、大嘗祭などのルーツが大変に古い層にあること、酔って吐くのが神懸りのしるしとされていたであろうこと、アマテラスが岩屋に隠れるのに卑弥呼の死のイメージが重なること、長江流域少数民族の神話との共通点が見出せること、などが分かると。
また、ここでアマテラスを引っ張り出す準備をするくだりの長ーい一文からは、これがもともと語られるか歌われるかしていたもの、文字文化以前の特徴を残していることが読み取れる。 -
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古事記研究に、アジアの少数民族の神話・歌垣との比較により、さらに原始的な古代とのつながりを探ろうとする意欲的な議論。
古事記は既に国家化・文字文化が芽生えていた成立当時の日本の姿を反映して、口伝であった原始的な神話の姿を失いかけているが、そこにはまだ原始の形跡が残されているとする。そうした原始的な神話、一種のアニミズムを中央集権国家の精神的基盤にそのまま取り込めたのがヤマト民族の特徴であり、しかもそれを現代まで引きずっているのは珍しいと(なるほど皇位継承問題で父系がどうとかの議論になる由来もそのあたり?)。中国と海で隔てられていたためだ。そのため一神教的文化にはない柔軟性を長所として持つわけでもある。
正統な漢文ではない和文表現的な漢字使いを見て、古事記が当時既に、流入する中国文化への対抗意識、独自のヤマト文化の称揚をしようとした懐古主義的な書物であった、そのためにアニミズム的世界観を強く残している、と指摘する。
著者の研究は、実証的な説得力がまだ十分ではないかもしれないが、ヤマトタケルへの挽歌を死者に対する別れの口実の歌をベースと読み直したりするのは、腹に落ちる感があった。
全くの余談)雲南省ペー族の歌垣の歌い手の女の子は、日本人みたいな顔だ。かわいい。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
古事記は、八世紀に編纂された日本最古の書物のひとつである。
しかし古事記は突然出現したのではない。
縄文・弥生期から連綿と続く、無文字時代の神話がその源にあった。
著者は、無文字文化の「生きている神話」「生きている歌垣」が今なお残る中国長江流域の少数民族文化を調査し、神話の成立過程のモデルを大胆に構築。
イザナミやヤマトタケルの死、スサノオ伝承、黄泉の国神話、糞尿譚などを古事記の深層から読み直す。
[ 目次 ]
序論 古事記研究の現在(古事記の四つの顔;生きている神話;古事記神話の古層・新層・中間層;昔話と原型的な神話の違い;リアリティーある「古代」像を目指して)
第1部 古事記をどう読むか(古事記はどのように研究されてきたか;原型生存型民族の口誦表現モデルで読む)
第2部 古事記を読み解く(臣安万侶言す(「記序」)―激変の時代が突出させた復古精神 天地初めて発けし時―無文字の古層と文字の新層の交錯 イザナミの死 ―排泄物利用の技術革新 黄泉の国神話―死と折り合いをつける スサノオ神話―分析を拒絶する混沌 ヤマトタケルの死―古層の死生観で読み直す サホヒコ・サホヒメ―民族サバイバルから恋愛へ 志毘臣と袁祁命の歌垣―歌垣と政治の交錯 古事記と日本)
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