シェリーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ要再読。ゆっくりしっかり読み込みたい。
ふがふがフランケン。
思っていたのと全く違う話だった。
決して手に入ることのない母からの愛を求め続ける「子」。
その創造主、フランケン博士。
2人の感情の物語。
人間が自然に逆らい命を与える。
結果がわからない。
責任が取れないこと。
神の領域。
農作物や医療においても。
名前がない。
見てくれで呼ばれるから、怪物。
その怪物を造ったのは親。
子を産み育てるには、かなりの責任が伴う。
歳をとるだけで、「大人」に成長できるもんじゃない。
もし美人に産まれてきてたら、愛されたんだろうか。
作者のメアリーは産まれてすぐ母を失っている。
夫は浮気性。
母からの愛を求めるのは全ての生き物共通。
それが得られないなら、異性からの愛を欲する。
愛が得られなかった「子」。
映画グラディエーターとストーリー的に同じだと思った。
親からの愛が得られなかった子が親の愛する人達を殺していく。
いつの時代もテーマは愛。
愛を循環させる人間でいたい。
愛のない人生は破滅。
愛のある場所で愛のある人と生きていきたい。
健康的な食事と外見で。
次は、クララとお日様を読みたい。
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無料版購入済み
面白かった。
ずっと気になっていて、でも値段もなかなかお高いので『後で買う』に長らく入っていた本です。一冊無料になっていたので読んでみたらすごく良かった。レビューでBLっぽくないってあったけど、まだ年齢が若いのでがっつり性描写あったらちょっと引いたかも。まだ序盤で、ほんのり自分の中に芽生えた気持ちが友情なのかそれ以上なのかを育てていく期間なので、萌えもあるしちゃんとBLですよ!
あと、絵師さんの思う美形キャラとワタシの好みは大分違うので、頭のなかで美形に変換してましたね。まあ問題なしです。
この先のお話も気になるし、絶対面白いと確信しているけど、やっぱりお値段と合ってない感じ。電子だから本を買った感覚は薄くて、モノが手元に残らないのにちょっと吹っ掛けすぎ。
何年かたって半額くらいになったら買います! -
Posted by ブクログ
廣野由美子さんの「批評理論入門」を読みたく、まずはその本に置いて題材にされている作品を読もう!とのことで手に取った。レビューを見ていると同じ動機の方が結構いらっしゃるのでこちらの批評理論入門の名著ぶりがよくわかる。
また動機こそ外発的なものではあったが、(当然と言えば当然だが)本作自体も歴史に残る名著だった。200年近く前の作品だとは思えないほどのすさまじい出来の作品である。『科学者が人造人間をつくる』というアイディアを流用した形で多数の映像作品やフィクションが作られたことからして発想も一級品だし、作品の中に含まれる思想や主張も現代にも通底するものがある。「産む」という行為に接続する恐怖をこの時代の女性がここまで生々しく描き、かつそれを直接的に女性で表現せずに「男の科学者」として演出して見せたのはまさに「発明」と感じた。
仮にこの作品が「女性科が人造人間を産み出す」という筋書きだったならそれは単に「女性の問題」だけに片付けられていたように思う。それを「男性の科学者」として設定することで、「産むという恐怖」を性別やジェンダーに囚われない人類に共通の感情だと意味づけたのだ。「妊娠出産とは女性という性に紐づけられたものである」と片付けるのではなく、「どのような人間であれ、自分が何かを産み出し、それが自我をもって自らに迫りくるということはある種の恐怖を伴う」という命題を提示し、「現状、女性という性だけが引き受けることになる妊娠という行為はどのような恐怖を孕んでいるのか」ということを全人類に向けて問いかけている。男性が「産む」という側に立った時にどういうことが起こるのか。母性神話やキラキラしい生殖賛美だけではない「妊娠」というものに対しての根源的な再考を促す問いをこの作品は投げかけているようにも思う(勿論通常の出産と今回の人造人間の製造は何もかもが違うというのも承知のうえである。また私自身妊娠出産をしている人に対しての批判の意図は一切なく、それが尊く素晴らしい行いであることに異論はないことは念のため) -
Posted by ブクログ
この本は、廣野由美子先生の『批評理論入門』を読むために読みました。だって、廣野先生、『フランケンシュタイン』をバラバラに解剖するようなので、元ネタ知らなきゃ苦しいでしょう。
だから、この感想は廣野先生に課題を提出する気持ちで書きました。(あくまで気持ちだけです。内容はいつもの感想で~す!)
まずはじめに、この本の感想を書くひとのお約束なので、わたしも怪物とフランケンシュタインの関係について書いときます。(ここは形式的なものなので、飛ばしてください!)
「みんなが知ってる怪物くんは怪物で、そのお伴のフランケンも怪物です。一方、この本の怪物はもちろん怪物ですが、フランケンシュタインは怪物ではないけれど、怪物をつくったある意味怪物です。したがって、みな怪物です。」以上
※お願い・・・次に感想を書くひとは、江川卓さんとか松坂大輔さんでお願いします。
さて、本題に戻りましょう。
本書はひとことで言うと「ツッコミ所にあふれた小説」と感じました。つまり、解釈の余地が大きいのです。レマン湖とかネス湖くらいあります。
わたしがヘタにつっこむと、廣野先生にピシッと指摘されそうで、簡単には手が出せません。
それでも勇気をふり絞って、書いておきます!
勇気その①、ひとつは「科学」についてです。
文庫うらの内容紹介には「天才科学者フランケンシュタイン」と書いてあります。本文中にも、フランケン(あと略)は科学に興味あるような書きっぷりです。
しかし、彼は理系臭がゼロ?わたしは感じないです。彼、たいがい「秘密」ですまします。
作者のメアリー・シェリーさんが「科学」を小説に取り入れたのは、その当時、「科学」が時代的に無視できない存在になっていたからではないでしょうか。
もしも「科学」を取り入れなければ、怖さのリアリティは消失し、単なる魔法話や昔話になってしまうように思います。
だから、最近の「クローン生物」みたいなのを先取りしたというよりも、神ではなく人間が人間をつくるお話に「科学」を組み合わせたアイデアがよいのかなと思います。
それでは、勇気その②です。
小説の構成がよいです。三層構造です。まるで、丸ごとの栗がはいった、栗まんじゅうです。もちろん、木の実好きの怪物は栗です。すばらしいハーモニーです!
そして文章がよいです。やわらかな、詩情・旅情あるれる文章です。登場人物たちは、きっとお目目がキラキラだと思います。そうなんです、この本は「少女マンガ」みたいな感じです。
もう、面食いな美男美女しかいないように感じてしまします(除く怪物)。
だから、もしもわたしが、作中に登場してしまったら「醜悪」とかいわれないか心配です。言語能力や運動能力ではわたしをはるかに上回る怪物ですが、さすがに容貌は怪物には勝っていると信じたいのです。(笑)
もともと怖いお話として書きはじめられた本書です。怪物も登場するホラー小説なので、読み手は自分の怖いものを思いながら読むのがよいと思います。
わたしはというと、お目目がキラキラした、とっても少女マンガな、命に向きあう愛の小説として読んじゃいました!
廣野先生から赤点もらいそうです。(^_^;) -
購入済み
割りと爽快。
購入を迷っていてずっとフォローだけしていましたが、積み本を消化したので手を出して見ました。
またハズレ作品だったら嫌だな〜と不安だったのですが、思っていたよりも面白かったです。
今の所、BLファンタジーというより、BL要素を含むファンタジーという感じなので、頭の中が少年漫画で腐向け妄想してる時のような楽しみ方になってしまっています(笑)。
初めはあらすじの主人公のドアマットっぷりに苦手意識があったのですが(ドアマットは苛々する)、前世を思い出してからが爽快というか痛快というか。
残念なのは絵師さんの画力が低めなところ。そのせいで美形を美形と感じにくいです。
なので、その特徴(アウトライン)だけ覚えて頭の中で好きなように美化する作業が必要。
2巻まで読み終わったら、アルファポリスまで続きを読みに行こうと思います。 -
Posted by ブクログ
その名を知ってる人はかなり多いと思うが、実際この小説を読んだ人は少ない。私ももちろんその中の一人だった。
この小説を読んで一番驚いたのは、実はFrankensteinは化け物の名前ではなくてそれを作った創造主の名前だってことだ。生まれつきから親とも言える創造主から恐ろしく思われ、一生をかけ愛情の欠片すら貰えなかったこの有名な化け物には名前すらいない。
この名前のない化け物はもちろん小説の物だが、実は彼のように社会に敬遠され自分や周りを苦しめる物は山ほどある。もちろんその原因が化け物にだけあるとは限らない。彼らを融和できない社会の方に問題があるかも知らない。ただ重要なのはそういう葛藤が世の中に確実に存在しているということだ。
この小説を読みながらむかし読んだことあるある記事を思い出した。敏感な話しになると思うが、韓国では東南アジアとのハーフの社会不適応が社会問題化としてる。基本的に韓国人は自分と異なった外見を持つ人を難しがる。それだけではなく、通計をみると大学などの進学率で韓国人とハーフは極めく高い差が見られる。教育現場では既に何年前からこれを警告していた。その異質的な差のゆえ社会に融和されなかったFrankensteinの化け物が苦痛を味わったことと同じことが身近で起こるかもしらない。主人公のFrankensteinは結局それを解決できず皆を不幸に追い込んでしまった。我々はそれができるか。私には知らない。
古典が古典である理由、それは何百年が経ってもそれらは読者たちにいろいろ考えことを投げてあげるからだと私は思う。Frankensteinはいい古典小説だ。 -
Posted by ブクログ
フランケンシュタイン
あまりに有名な固有名詞でありながら
それが怪物の固有名詞ではないと
全然しらなかった!
この年まで、何から
フランケンシュタインの自分のイメージを
作り上げてだのだろう?
手紙を通して
話は展開していく
切なく、悲しい
最後、つまらない終わり方だったら嫌だなー
と思ってたけど
最後の最後まで、切なく、きれいな文章だった
強いて言えば、旅の途中の情景のへんや
繰り返される、感情表現のいくつかは
読んでいて、すこしだるくなる
それを、味わって読むものと思えば
5点。
最後の解説で、作者メアリー・シェリー
についての系譜も載せられていたけど
お子さんやご主人を亡くしたりと
大変な人生を歩まれており
彼女自身も、興味深いと感じました。
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Posted by ブクログ
ネタバレ探検家の手紙から始まる物語。
探検家がフランケンシュタインに出会い、その話を書き記すというのが序盤だった。
正直、出だしは全く惹かれない。失敗したかなと思った。
探検して、氷に阻まれて進まない……なんだそれ。と。フランケンシュタインの語りも、最初は人が次々に出てきてよく分からない。でも、怪物が出てくるあたりから面白いと思い始めた。
最終的に怪物が、いろんな人を殺し続ける……という狂気に陥るのだけど、ちゃんと堕ちていく過程が描かれているので、共感しやすい。で、思う。
これ、毒親と毒親に育てられた子供の話じゃないか。……そーいえば、名著でも、そんな話があったような…なかったかな。
愛情を注がれない事がどれだけ人を、歪に変えていくのか。
怪物と言われるものも、最初は『何も分からない無垢なるモノ』
その見た目から、周囲に怯えられて迫害されて、どんどん狂気を育てていく。
フランケンシュタインの『生命を作りたい』という感覚には一切、共感できないケド。
でも、『生命を作りたい』は普通に考えれば、大半の人が『子供をもつことが幸せ』と考えてるのと同じものなんだろうなと思う。
それらも含めてやっぱり『毒親(親になれない親)』の話なのだろうなと。
最終的に怪物は、創造者であるフランケンシュタインを憎んで、周囲の人を殺していく。そして、最後に創造者に「自分を追いかけさせる」ことにする。怪物を追いかけて殺す事がフランケンシュタインの役目になる。
なぜ、怪物はフランケンシュタイン(創造主)を殺せないのか。というのも『親だから』の一言に尽きる。
最後にはフランケンシュタインは怪物を殺すことなく、死んでしまう。
怪物も一人で誰もいない場所へ行って、死ぬことに決めて物語が終わる。
殺し合うほど憎み合いながら、殺すことは出来ない。
怪物といわれるものを作った後悔はあっても、怪物にしてしまった後悔を持つことがないフランケンシュタイン。なんていうか……あまりにもリアルな毒親家庭の図を読まされている気分になった。最終的に怪物は『自分だけを追いかける親』を手に入れている。
子供が必死で自分だけを見てと言うのと同じだな……と思いながら読んだ。
最初に戻る。最初は探検家の話だった。
探検家の方は探検を諦めて帰る……というオチになっていた。
そして、探検家には帰りを心配している家族がいる。平和で幸せな探検家の家族と、憎しみと恨みで拗れた家族。
その対照が、ますます怪物とフランケンシュタインの影を際立たせているのかな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ⚫︎受け取ったメッセージ
人間らしさとは
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
天才科学者フランケンシュタインは生命の秘密を探り当て、ついに人造人間を生み出すことに成功する。しかし誕生した生物は、その醜悪な姿のためフランケンシュタインに見捨てられる。やがて知性と感情を獲得した「怪物」は、人間の理解と愛を求めるが、拒絶され疎外されて…。若き女性作家が書いた最も哀切な“怪奇小説”。
⚫︎感想
いろいろなテーマが含まれている
・科学至上主義の暴走
・外見の美醜が持つ圧倒的な力
・内面と外面
・創造主と被創造主のパワーバランス
・愛とは何か
非常に悲しい物語である。
本能として、似て非なるものが最も恐ろしく感じてしまうのだと思う。彼がロボットでもなく、人間でもないという見た目のみに、人は恐怖する。人の心を持つが故に悲しみは憎しみへと増大する。彼はコミュニケーションの第一歩も踏ませてもらえない。
「人を見た目で判断してはいけない」とは言うものの、情報を得る場合、五感の割合は知覚が83%であるという。いかに直感的に人が視覚で物事の判断しているかがわかる。
彼が、創造主であるフランケンシュタインにだけは愛されたいと願ったがそれも叶わず、産み出してくれるなと訴えた。まさに今、現実世界でも生きるのが苦しくて同様の気持ちを持って生きながらえている人は居るだろう。特に親に拒否されるというのは耐え難いことであろう。
フロムは「愛することは技術であり、努力である」というようなことを「愛について」で説いている。外見の良さというものは、いとも簡単にファーストステップをクリアする力がある。これは致し方ない事実である。しかし、愛することが技術であり、努力であるならば、そこにまだ希望はある。 -
ネタバレ 購入済み
面白いけど要注意
BLを期待している方はご注意下さい。ほんのりどころかほぼ香りません!
舞台はBLありの世界ですが、中身は少年少女の友情物語となっております。これ、いっそBL設定なしでも良かったのではないでしょうか?
主人公が前世を思い出したとたんにキャラが変わるので、美少年設定をちょいちょい忘れます。いや、面白いんですけどね。
ケット·シーが可愛くてお気に入り。うちにも遊びに来てほしい! -
Posted by ブクログ
ネタバレ怪物もフランケンシュタインも加害者であり被害者である。しかし、一番の加害者は怪物を作り出し、責任を放棄したフランケンシュタインだと私は考える。
怪物は生まれながらに醜い姿だったから、他者から受け入れられず、拒絶されて、一人で生きてきた。フランケンシュタインは親であり、怪物は望まれない子どもの様に思えた。
怪物がフランケンシュタインが死んだ後、今後は誰のことも傷つけないと言ったことが怪物が求めていたのは最初から最後までフランケンシュタインの優しさだったのではと思えて心が締め付けられた。
怪物とは誰のことだったのだろうか、そして誰が作り出したのだろうか。 -
Posted by ブクログ
フランケンシュタインを初めて認識したのはアニメの怪物くんの中のキャラだと思う。それが後に一般的?なキャラであることを知り、大人になって随分経ってから、古典の文学作品であり、しかも怪物の名前ではなく科学者の名前であることを知った。で、機会があり読んだのだけど、いろんな意味で想像とまったく違う作品だった。
怪物がとても人間的な性格で、かわいそうで同情してしまった。時代が違うと考え方も違うのだろうけど、どっちかというとフランケンシュタインの考え方の方が理解しにくいというか、突っ込みどころがありすぎて、、なんだかなぁと思ってしまった。風景描写などは印象的で、時代が変わっても美しい風景を感じる心は変わらないんだなと思った。 -
Posted by ブクログ
ギレルモ・デル・トロ監督の映画を観て、読みたくなった。
ヴィクターの苦しみは、自ら生み出した怪物への嫌悪感とそれへの恐怖で、そこには自分の行いへの罪悪感はあまり描かれていない。
それは、1,800年前後がそういう時代だったのか、ヴィクターがそういう人間だったからなのか。
おそらくは、後者。
終盤、さまざまなことがあって失意や絶望味わっているときも、その気持ちは翻って復讐へと向かう。
あまりにも自分本位。
怪物は、彼の語るところを読むと、最初驚くべき清らかな精神を持っていて、それがいくつかの経験を経て自分の姿や存在そのもので苦しむようになるのが、読んでいて辛かった。
彼の願望は、生きている以上当然かもしれない。
最終的に拒否されて、復讐に向かうのも、同意したり受け入れたりはできないけれど、そういうふうになってしまうのかもと。
怪物もキリスト教関係の本を読んでいたので、罪悪感を感じるのではという気もするが、感じてはいない。
自分を憐れむ気持ちが大きすぎるからかも。
和解することなく、復讐と復讐への復讐。
そして破滅。
ヴィクターと怪物の物語は、でもその話を聞いていて、瀕死のヴィクターを友達と呼んだ船の上のウォルトンの健康的な前向きさによって救われている。
デル・トロの映画とは一部ストーリーも違うし、描かれ方も異なるけれど、読んでおきたかった一冊。