山平重樹のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
暴力団は押し並べて、社会のクズだ。が、なかには、砂浜で探す一粒の金砂のように、本物の侠がいたことは事実であろう。本書を読めば、それがよくわかる。
現代にこのような侠たちが実在したことは、奇蹟ともいえる事象かもしれない。
奇蹟が素晴らしいのは、それが人知を超えた天祐であるからではない。奇蹟は、それが稀に起こるから素晴らしいのだ。だからこそ、人は任侠に惹かれるのであろう。
解説の文章が「任侠」というものに対する認識を見事に語っていると思ったので、そのまま引用。
奇蹟だからこそ、この上ない魅力があるんでしょうな。フィクションの中にしかいないと思っていたけどなぁ。 -
Posted by ブクログ
出だしは快調だったが、後半はチカラがゆるい。
第1章 決断力がなければ始まらない;
決断力はリーダーの生命線
トップを掴みそこねた男の乾坤一擲の決断力
果断たる決断を支えるのは信念―山一抗争の引き金を引いた男たち
自分の信奉する筋に従って決断するのがベストである―北海道ヤクザ史を変えた男の決断
決断で大事なことは本人の信念である―禅僧になった元一和会最高幹部
第2章 ヤクザという生きかたを決断するとき;流れに沿うのも運命かも知れない
自分の生きかたに自信と誇りがあればこその決断である
これしかないという不退転の決断から活路は開けるのだ
決断はやるかやらないか、二つに一つである―中途半端じゃ意味がない
一瞬の魂の触れあいに賭けてみるのもいい
「われわれの世界で何より重要なのは、やくざの筋というものであり、面子なんですよ。・・われわれの世界じゃ、筋や面子の方が人命より重い。いや、筋や面子じゃきれいごとだというなら、組の利益といいかえてもいい。」
三島由紀夫が鶴田浩二を論じて言う
「彼は正義の戦争ができないようになっている。その基本的情念は困惑であり、彼が演ずるのは困惑の男性美なのだ。・・・その困惑においてだけ、彼は男になるのである。それこそはやくざの世界であった。・・・人間の情念の純粋度が、ある澄明な知的な思慮深さに結晶する姿が見られる。考えれば考えるほど殺人にしか到達しない思考が、人間の顔をもっとも美しく知的にするということは驚くべきことである。」
「思えば私も、我慢を学び、辛抱を学んだ。・・・自分ではまさか自分の我慢をうつくしいと考えることは困難だから、鶴田のそういう我慢の美しさをみて安心するのである。」 -
Posted by ブクログ
「ヤクザ」は自分とは縁遠い存在です。
でも、その存在は長い年月、時代や環境に応じて、
その組織を維持し続けてこれた「人物」や「戦略」がある。
大きな組織を束ねている現役の組織人が読んでいたことから、
手にした一冊でしたが、漠然としていた日本のヤクザ像が
少しだけ分かり、視野や考え方が広がり有意義でした。
どこの世界にも、伝説的な人がいる。
どこの世界でも、規律・戦略・情報は軸であり、
時代に適応することが大事。
そして、相手にどう見られているのか、どう見せたいのか、
冷静に状況と自身を俯瞰できる分析力と戦術。
カタギの会社組織にも、またサラリーマンにも、
読み進めることで、我が身と照らし合わせることも。
登場するヤクザの親分やその世界を非常に魅力的に描いている山平氏。
この世界に関する本がかけるほど、この世界と微妙な距離感で
人間関係を維持している著者自身の処世術にも自分は興味が湧きました。
他の著書も機会があれば、読んでみたいと思わせた1冊でした。 -
Posted by ブクログ
山平 重樹の【ヤクザに学ぶ指導力】を読んだ。
なんとも物騒なタイトルではあるが、実用的エッセイとしてビジネスマンに熱狂的に支持された【ヤクザ
に学ぶ】シリーズの作品だ。
僕もこのシリーズは愛読していて、他に【〜交渉術】【〜恋愛交渉術】【〜決断力】を読んでいる。
ヤクザと言ってしまえば聞こえがなにかと悪い感じがするが、このシリーズで多く語られているのは古き
良き時代の「親分衆」の伝説的事柄が多い。
つまり、庶民に慕われた「弱きを助け強きをくじく」任侠道である。
ヤクザ組織がいかにして若い衆を指導していくかが、数々のエピソードを交えて語られている。
時代というべきか、ヤクザ社会にあっても「最近の若いものは・・・」と嘆く言葉が往々にして聞かれる
という。
ヤクザ社会はまず、徹底的に礼儀から叩き込まれる。俗に「飯炊き三年、雑巾がけ五年」と言われるよう
に若い衆は親分の家に住み込んで掃除、炊事、洗濯、使い走りなどをしながら礼儀作法や稼業のことを学
んでいくという。こういった新人教育システムが近頃では、親分がマンション住まいであったり、近隣の
住民の迷惑を考えたりで、なくなってしまってきているという。そんな時代の中での冒頭の言葉なのだ。
その中で親分たちは、試行錯誤を繰り返しながら教育をしている。
ヤクザ組織の中で重要なのは親分子分の絶対的な信頼関係であるという。若い衆が「この親分のためな
ら」と思わなければ組織は生き残っていけない。逆もしかりで親分が「若い衆のために」と思わなけれ
ば、誰もついては来ないというのだ。
おそらく、これは一般企業の組織も同じことが言えるはずで、上司は部下を思い、部下は上司のことを思
わなければ業績のUPには繋がらないだろう。
この作品には様々な角度から、一般企業と共通する組織論や指導論が示されていて、非常に興味深い。
中でも印象に残るのは「部下を惹きつけるのは力ではなく心である」という人望を重要視する項と、「組
織の理想は釣鐘方式」という組織論の項目であった。
人望については説明の必要はないだろう。読んで字の如く、トップに立つべき人間の「人間的魅力」であ
る。名を残した人物に共通して言えることは「決断力」と「義理と人情を重んじる心」そして「指揮官先
導型」であるということだろうか。トラブルが大きくなればなるほど、けじめはトップが自分で取る。部
下に見本を見せるべく自らが先頭に立つのである。これこそが上に立つ者の在り方ではないだろうか。
釣鐘方式の組織論というのは読んでいて本当に関心してしまう。釣鐘はゴーンと鳴らせば、釣鐘の中では
不協和音が反響しあい、それはものすごいことになっているだろう。しかし、外に聞こえる音はそれこそ
ゴーンというひとつの混ざり気のない音色である。つまり、組織というものは内部では喧々囂々と討論を
し合うべきである、しかし組織の外に出る方向性は混ざり気のないひとつの音でなければならないと言う
ことだ。組織の外に不平不満が伝え漏れるようではその組織は一枚岩と化してはいなく、歪が出来ている
ため弱いというのだ。なるほど言う通りかも知れない。
基本的に僕は任侠物の本や映画などが好きでよく見るのだが、けしてすべてを賛美しているわけではな
い。好きなのは任侠道、つまり「極道」(道を極めるという意)であり、暴力団ではないのだ。
同じではないかと言われればそれまでだが、僕の中では違うのだ。
いかなる理由であれ暴力で物事を解決するのは許してはいけない。ましてや堅気の人物に後ろから引き金
を引くなどと任侠道の風上にも置けない。ヤクザがどうこうというより人間として許しがたい愚行だ。
「堅気さんにだけは絶対に迷惑をかけてはいけない」昔の大親分たちは口をそろえてこう言っている。
昨今、世間を騒がせる暴力団絡みの事件に名を残した先代の親分衆の言葉は届かないのだろうか。