杉原保史のレビュー一覧
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ネタバレ著者の杉原保史先生の研修を受けたことがきっかけで、先生の著書を調べていたら出会った一冊。
先生自らがうつに悩まされた実体験や、うつに悩み苦しんでいる方へカウンセリングを行う際に伝えておられることをまとめられています。
先生の愛情深い、優しい語り口にナビゲートしてもらいながら、うつが個人だけの問題ではなく、現代社会との関連性も多大にあることを改めて気づけたし、うつを「よく分からない近寄りがたいもの」としていた自分が少し恥ずかしくも思います。
うつについての本ですが、この本を通じて自身の心の持ちようについて再点検できる人も多いのではと。
折をみて読み返したい本です。 -
Posted by ブクログ
・人は何かを見ようと意気込んでみるとき、見たいものしか見ない。
・オープン、クローズクエスチョンは、形式ではなく働きで区別する。
つまり、それまでの対話の流れを元にして相手の自由な反応を促進しているか、逆に、自由度を狭めて話題をよりフォーカスしているかだ。
・相手が言うことによって前に進める言葉は繰り返し言ってもらう。
・面接者から見て「どうでもいい話」と思えるような場合でも、すぐにそう決めつけず、じっくり聞いてみると、そこから意味深い展望がひらけることがある。
・客観で話す人を、うまい具合に主観で話してもらう。
・直接「なぜ?」と聞くのではなく、他者から客観的に見た様子を答えてもらう。
「その時あなたの周りにいた人に、私が『〇〇さんはどんな様子でしたか?普段とは違うどんなところに気づきましたか?』と尋ねたとしたら、その人は何というでしょうか?」
・相手に責任がある領域の質問を直接聞かない。
・面接者に必要なのは、相手がどう受け取るだろうかという観点で質問すること。
そして率直に答えることに伴う相手の重荷を少しでも取り除き、相手のプライドを守ること。
・質問する人は、質問によってかなりの情報を相手に伝えている。
たとえば、「その事を奥さんに言うとしたら、どんな感じがするのかな?」=「私はあなたが奥さんに言ったほうが良いと思います」
しかも、あからさまなアドバイスの形にならずに済む。
相手を褒める時にも有効。
また、特定のイメージを考えさせる時にも有効。
・自分が主流文化にいる時は、マイクロアグレッションしてないか注意。
・前後の脈絡なく唐突に雑談のようなトーンで比喩的な話がされる時がある。これらを無意識的なコミュニケーションかもしれないととることで、面接におけるコミュニケーションが豊かになる。 -
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ちょうど関心のあるテーマだったこともあって、興味深く読むことができた。序盤の図を見れば、もはやカウンセリングは、面接室内のやり取りだけでどうにかなるものでもないときがあるということがよくわかる。臨床家は、目の前の来談者の困り事や病理を個人に内在化するのではなく、社会という広い文脈の中で捉える視点を養う必要があるだろう。
そのための教育や養成プログラムの章は参考になることが多かった。思い返せば、自分が受けた頃の専門家養成カリキュラムでは、生物-心理-社会モデルのうち、生物と社会の側面に関する内容はほぼ扱われておらず、今になってようやく自分で学んでいる最中である。今後、アドボカシーの実践者としての臨床家が多く養成されることを期待したい。
セルフケアを求める組織に関するテーマも、本書の内容理解を促進する上で印象的な内容であった。 -
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心理支援領域で社会にアプローチする本書のような物が出版されるのは隔世の感がある。特に我が国の心理臨床の状況ではなおさらである。20世紀の心理療法のパラダイムシフトでは第1勢力として精神分析・力動療法、第2勢力として行動療法と認知行動療法、第3勢力として実存主義的心理学と人間性心理学、第4勢力として多文化カウンセリング、そして2000年代に体系化され第5勢力と呼ばれるようになった社会正義アプローチとのことで、北米では学会の教育や倫理規定にも影響を及ぼすようになっているとのことである。社会正義アプローチはsocial justiceの訳語だが、正義を入れることの編者の葛藤もあったようだが、編者のカナダで教員をされている和田氏の「社会正義アプローチとは、ためらい、迷い、疑心悪鬼になりながら、自身の内面や時代精神を凝視し、他者の声に耳を傾け、既存の知識の前提や限界の挑戦しながら模索するものだと考える」という言葉に凝集されている。本書では何回か医学医療ではSDHの概念が広がっているとの言説があったが、残念ながら日本では伊大知部にとどまるのが現状である。おそらく心理領域でのSDHと考えてもいいのだろうが、本書をきっかけに教育や現場でこの概念が広がることが、今後の多様性が広がる我が国の心理臨床の質の向上につながることを期待したい。
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ネタバレ①Information (客観的な情報)
多くの人が「共感されたい」と思いつつ「絶対共感されたくない」という側面を持っている
その人にしか分からない、分かり合えない領域がある前提で一体となろうとする営みが「共感」である
考えるな!感じろ!
→ 一生懸命聴いていても、聴き手の頭の中で何かを「考えて」いて、自分が「感じて」いることに注意を払っていなければ共感と言えない
→とにかく「自我」を捨てて、相手の表情や姿勢、声色、視線の投げ方をひたすらに感じる
→話の内容ばかりに気を取られるな、機微の変化も察してFBしてあげると気づきにつながる
アイコンタクト、話す前の「間」、呼吸で集中力を整えることを意識する
時には相手を「信じて」、自分の胸中を思い切って伝えてみる
愚痴を聞く際は、相手の気持ちにフォーカスしてあげる
→その時どんな風に感じたんですか?どんな気持ちだったんですか?
共感を「拒絶」された時の返し方
→あなたの辛さは誰にも分からないね、共感できないのかもしれないね
負の感情そのものに害はない、むしろ負の感情による被害を妄想して、逃げ続ける方が破滅を招く
→感情の体験を避けることが、結局はその感情を増幅させる悪循環になってしまう
鸚鵡返しの上位互換
→もう頑張れない〜限界まで頑張ってきたんだね
→いい加減なまま辞めて良いのか〜辞めてしまいたい気持ちなんですね
②Insight(〜かもしれない、〜なはずだ)
共感と、「相手に寄り添った気になって満足する」は紙一重なのかもしれない
互いに独立した生き物だからこそ、無理に交わろうとするのではなく「存在承認」から始めるのが、相手の心を開く一歩になるはずだ
③Intelligence (学びや改善点、ネクストアクション)
上記学びをコーチングや家族恋人との会話で実践する -
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【目次】
第Ⅰ部 イントロダクション
第1章 社会正義カウンセリング概要:その歴史と特徴
1.心理に政治を持ち込むな?
:社会責任に応える心理学の歩み
2.治療同盟における「社会的背景」という死角
3.第5勢力としての社会正義アプローチの興りと特徴
4.人権に基づくアプローチと心理支援における人権教育
5.社会不正義への加担を自己監視する批判心理学という視点
6.おわりに
第2章 社会正義アプローチにおけるコンピテンシー
1.社会正義とは
2.心理支援者の役割の拡大
3.社会正義と倫理
4.国内における社会正義
5.コア・コンピテンシー
6.アドボカシー・コンピテンシー
7.多文化と社会正義カウンセリング・コンピテンシー(MSJCC)
第Ⅱ部 多様な学派からのアプローチ
第3章 心理支援におけるフェミニスト・アプローチ
1.はじめに
2.北米におけるフェミニスト・セラピー
3.日本におけるフェミニストカウンセリング
4.心理支援におけるフェミニスト・アプローチ
5.フェミニスト・アプローチによる心理支援の例
6.心理療法はフェミニズムと両立しうるのか
7.おわりに
第4章 コミュニティ心理学と社会正義
1.コミュニティ心理学における重要概念
2.コミュニティ心理学における「社会正義」
3.コミュニティ心理学実践例としての大学における障害学生支援:社会正義の観点に注目して
4.おわりに
第5章 ナラティヴ・アプローチと社会正義:「当たり前」に抗う,その可能性を求めて
1.はじめに:ナラティヴ・アプローチと「支配的なディスコース」
2.きっかけ:精神科リワークでの臨床経験から
3.職場サイドのリスクとみなされる
4.心理臨床の世界が抱えてきた課題
5.「休む」ことにまつわる支配的なディスコース
6.倫理的課題と社会正義アプローチ
7.ナラティヴ・アプローチの視点から取り組む社会正義
8.社会構成主義の叡智を頼りに
9.おわりに
第6章 心理力動的心理療法における社会正義アプローチ
1.はじめに
2.心理力動的心理療法の落とし穴
3.心理力動的心理療法における社会正義アプローチ
4.セラピストの姿勢
5.心理支援の実際から
6.日本の心理療法の被植民性
第7章 パーソンセンタード・アプローチと社会正義
1.パーソンセンタード・アプローチにおける社会正義をめぐる議論
2.社会正義実現に向けたPCAの可能性
第8章 認知行動療法における社会正義アプローチ
1.はじめに:心理学と社会正義
2.“王道” としてのCBT
3.改めて,CBTとは何か
4.CBTと多文化共生
5.CBTにおける社会正義の実践例
6.おわりに
第Ⅲ部 トピックス
第9章 新自由主義と現代人の心
1.社会や政治と個人の心
2.資本主義社会とそれに成立させる個人のメンタリティ
3.新自由主義が作り出す心理
4.心理支援者に対する示唆
第10章 新植民地主義と心理臨床における文化盗用:マインドフルネスを例に
1.はじめに
2.マクドナルド化したマインドフルネス,表出するマインドフルネス批判
3.マインドフルネスは文化盗用か
4.“Naturalize” されるマインドフルネス
5.おわりにかえて
第11章 スティグマ
1.スティグマとは何か
2.スティグマが及ぼす影響
3.スティグマ問題への対応
第12章 マイクロアグレッション
1.マイクロアグレッションの定義
2.マイクロアグレッションの研究
3.マイクロアグレッション理論の特徴
4.心理支援の場において
5.マイクロアグレッションの具体例
第13章 インターセクショナリティ
1.はじめに
2.インターセクショナリティの起源とその理論
3.認識論としてのインターセクショナリティと心理研究
4.心理臨床におけるインターセクショナリティと社会正義
5.誤用・悪用への注意喚起:「複数のアイデンティティ」で終わらせないインターセクショナリティ
6.インターセクショナリティの日本での展望
7.おわりに
第Ⅳ部 トレーニング
第14章 カナダの大学院プログラムから:カルガリー大学カウンセリング心理学科を例に
1.カルガリー大学カウンセリング心理学科の概要と取り組み
2.実践例「アドボカシー・ポートフォーリオ」
3.実践例「実習受け入れ機関の社会正義分析」
4.実践例「MSJCCを取り入れた事例発表・SVの実践」
5.おわりにかえて:特有の困難と課題
第15章 公認心理師・臨床心理士養成課程における授業実践
1.社会正義を実現するための心理支援者のコンピテンシーとその教育・訓練
2.社会正義を実現するための心理支援者のコンピテンシーの養成を目指した心理支援者養成課程における教育実践
3.教育実践に関する報告の内容
4.まとめ -
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ネタバレ共感とは人と人がかかわり合い、互いに影響しあうプロセス
相手とぴったり同じ気持ちになることでなく、互いのこころの響きあいを感じながら、関わっていくプロセスであり、それを促進していくための注意の向けかたや表現のあり方
共感が伴わないコミュニケーションが横行している
共感は人間を強くし、自分自身への共感は自信となる
あなた自信が自分の気持ちや思いをよく実感し自覚し理解していくことが大事
不安なこと怖いこと恥ずかしいこと寂しいこと腹が立つことなど、存分に味わい、だからどういきるのか
試行錯誤しながら自分で答えを見つけるそれが豊かな人生といえるのです
共感的コミュニケーションをすると決めたのなら相手中心に考えましょう
もし離すのがしんどいなら三分でいいから離しましょう、これ以上離すのがしんどいとおもったらいってください、そうしたらすぐに止めますから
かいくんがどうしたら学校にいけるようになるか、引きこもりから抜け出られるか、僕と一緒に考えましょう
一人ではできないことを一緒に考えてくれるひとが必要なのです
一緒になって悩んでくれるひとが必要なのです
一緒になって悩んでくれて孤独な道のりを共に歩んでくれるひとが必要なのです
受容と共感と変化の促進能力
少年にとっては怖さをわかってくれた上でその怖さをどう乗り越えていくかを一緒に考えてくれるひとが必要なのです
くちにだすことが共感を豊かに表現していくために必要な基礎技術
アイコンタクト、呼吸、ま
共感は自分のうちに隠れている感情を促進してやらなきゃいけない、寂しいと相手に素直に言えるようにガイドしてやらなきゃならねぇんだ
やめたくないんだな、秋の本心はこの仕事を続けたい、劇団をやめたくない、そうだな?
どうしたら親父さんが納得してこの仕事を続けさせてくれるか一緒に考えよう
共感は訓練や経験によって開発されていく技術でもある
共感の能力は自分がひとから共感される経験似よって身に付く
苦学力行の士
ひとにひつよういじょうにきをつかい、自分の気持ちを押し込めて人にあわせようとする、そんな君を見ていると、わたしは痛々しくおもうときがある
バカにされたりいじられキャラは嫌だけど孤立するよりましだ、そんな風にどこかでおもってキャラを演じている
そういうやりとりそのものが深い共感
性急すぎる
二つの相反する気持ちがあって辛いんですよね
大事にされていない状態だと感じている自分の感情を否定し可愛がられている状況なのだといみづけしなおして、強引に自分を納得させようと、頑張って、
僕は自分が目上の人に大事にされるとは手放しで信じられないのです、自分は大事にされる存在じゃないんです
苦しみはわけあえばは
共感社になるには空いての思いを受け止め、注意を向けてひたすら話を聞くことです。
相手を中心に考えていくときに感じられるのが共感です。
空いての立場にたって理解する、これが共感的理解です。自分自身の評価や判断から離れ、それをほおっておきましょう。そしてひたすら相手に注意をおき続けるのです。
共感とは人と人がかかわり合い互いに影響しあうプロセスなのです -
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プロのカウンセラーの共感の技術】
教師や子どもと関わったり人と関わったりするすべての人に必須の本です。
私が、誰かと話をしていて「残念だな」というか「悔しい」と思うのが、
しゃべっている時に話を遮られたり、
「それ違う」と否定されることです。
あるいは、
自分の課題に入ってこられて、「つまりそれってこういうことだよね。こうするべきなんじゃない」と頼んでもいないのに解決されようとすること。
全て「善意」なのかもしれませんが、
それをされるとカチンとくる。
絶望的な気分になる。
それは、自分の話を聞かれていないというか、受け止められていないんだな、というふうに感じて哀しいわけです。
抜けない釘が心に刺さったみたいないやーな感じが続き、
イライラが治らず、
心の中で相手を裁いてしまっている心の狭い自分に対しても自己嫌悪が続き、、、となる。
「どうせわかってくれない」。
ここまで書いて、
「うわーーー!これやっちゃってる!自分やわ!」
と思い当たっている方もいるかと思いますが、
そこはどうか自分をお責めにならないでください。
これって、練習と技術でかなりうまくいくものなのです。
結局、問題のヘッドピンはどこか、人が一番求めているのは何かというと、
「共感してもらえること」なのです。
「受容してもらうこと」なのです。
「ジャッジせず、価値判断を交えずに受け止めてもらいたい。」
答えを出してもらえるとか、問題を解決してもらうことは、その後なんですね。
というよりも、「心から受け止められた」と感じることから自動的に変化、変容は始まっていきます。
そのための技術の一つとして、
「ミラーリング」というものを紹介させていただきたいと思います。
例えば、ある人が「もう限界」と言ってきた時に、どう返すか。
「頑張れよ」と励ましたり、
「どうして?」と聞いたり、
「いやいやそんなことないよ。大丈夫」と言ったり、
「そんなこと言っちゃダメだよ」と責める人もあるかもしれません。
それらの反応とは異なり、
「もう限界なんだね」とそのまま反射で返す、ということです。
もちろん単なるおうむ返しではなく、
聴き手は、余分な方向づけをせず、話し手が表現したことを足場にしてさらにそこから表現を発展させるように促しているのです。
◆
ひょっとすると現代人の多くの孤独や悩み苦しみの淵源にはこの
「共感」の欠如が横たわっているのではないでしょうか。
「どうせ誰も自分のことなんかわかってくれない」が満ち溢れている。
伝えてばっかりで、コントロールしようとしがちで、
存在をそのまま受容できない。じっくり受け止められない。
そこから人と人とのほつれが始まり、断絶に至る。
もし、私たちが少しでも、この「共感」と「受容」という態度を身につけるだけで、あらゆることが変化していくのではないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレp46 あなたは共感しようと努力する必要は少しもありません。ただ、いつの間にか共感している自分に気がつくだけです。
p56 誰かに共感するためには… 観察力、想像力、注意のコントロール力、表現力
p62 価値判断を留保した態度で、そのままに、ありのままに受けとめる態度が受容であり、そこで感じられることに注意を向けて感じ取ることが共感なのです。
p108 葛藤の両面をつなぐときに、そして、それと同時に、その一方でといった接続詞を使ってその二つを穏やかな関係でつなぐ。コメント全体を穏やかな声で言う。
p155 自分の気持ちに注意を向けることをしない習慣を長年にわたって発展させてきた人の場合、単にそのときあなたはどんな風に感じましたか?という質問をシンプルに尋ねるだけでは、いったいなにを尋ねられているのか、質問の意図がピンときてないことが多い。
p178 悪意のある話の背後に、必ず傷つきの体験があると保証できるわけではありませんが、私の経験からはしばしばそうだと言えます。悪意そのものよりも、その悪意の背後にそうした傷つきが感じられるかどうかがら、その人と共感を深めていけるかどうかの重要な分かれ目だと思います。
p185 率直に謝ることは強さであり、それ自体が大切な教育です。
p186 共感があからさまに失敗したこうした最悪の瞬間を修復する作業が、共感を深めます。共感は、「共感の傷つき」を共感自体で癒し、それによって太く育つのです。