中谷宇吉郎のレビュー一覧
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文章が美しい本。
とりあえず本論に入る前の第1章「雪と人生」。主張のひとつは「雪の降らぬ地に生活しているものに向かって、雪の災害を説き知らせることは至難のこと」というもの(初めに引用する『北越雪譜』という本の主旨らしい)。
そしてもうひとつは、「日本において雪の研究をもっと真剣にしなければならぬ」ということで、こちらがメイン。
但し力ずくで説き伏せるのではなく、むしろ雪(国)に対する人々の生きざま・苦しみざまを丁寧に描写することで、いいたいことを自然に繰り返す構成は、説得力に満ち、心地よくさえある。
もっとも、主張への共感を求めるためにしたたかにそうしたというよりは、そもそも著者中谷自身が研究のモチベーションの底に社会性を抱きかつ保っているのだろうと敬意を抱くのだが。
雪の結晶の形状にもさまざまな姿があるとの話。涙ぐましいほどの努力が含まれていそうな内容で、ミクロな話なのに読んでいて手に汗握る。
それにしても、読んでいて心地よさを覚える。
研究の目的に「雪の本質を知りたい」ということと「雪とは天から送られた手紙であり、その暗号を読み解きたい」ということを併記しているロマンティックなところが好きた。
また、「とにかく、よく観る」という手法を徹底的に重視したり、「研究とは丁度"ねじ"の運行」と言って、その迂回を繰り返す方法論を示していたりするのも印象的。
「おっ」と思うのは、中谷の、研究(成果)への"謙虚さ"。「分かったみたいな書き方だけど、分からないこと(謎)はまだ多い」「ここに示した類型化も不十分("不定形"も案外多い」と言い切る謙虚な姿勢は、中谷の業績への自信の裏返しかもしれない。
ただ私にはそれが「読者へのきめ細やかな配慮」の現れであるように感じられてならない。文中でも度々、"読者への"メッセージを発しているし、述べる内容(レベルと量)の"調節"もしばしばうかがえる。それでいて、研究や観測の面白さ(及びそれを伝えるエピソード)は存分に伝えてくれる。"知識の本"ではない"知恵の本"との解説も見事。学生にうちに、こんな"ロマンティシズム"と"人間味"に満ちた研究の本を、読んでおきたかったものである。 -
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理科離れというものがある。
実態は詳しく知らないが、うぃきによると
理科離れ(りかばなれ)とは、理科に対する生徒・児童の興味・関心が低くなったり、授業における理解力が低下したり、日常生活において重要と思われる基礎的な科学的知識を持たない人々が増えていたりすると言われる一連の議論である。科学的思考力や計算力の低下により、特に高等教育において授業の内容を理解できない生徒が増え、専門的知識・技能を有する人材の育成が難しくなることが問題として指摘されている。
一般的に科学技術が発展している国ほど市民の科学的思考力が低下しているとの指摘もある。これは科学技術が高度になり複雑化するにつれてブラックボックス化し理解しにくくなっているという側面もある。ただ、日本では、一般市民の科学リテラシーが先進諸国と比較しても極めて低いことが指摘されている。
ということらしい。
理科離れしても生きていける良い時代になった、というところが実態なような気もする(森博嗣風)。
理科離れがあるとして、その主な原因としてというものを考えてみると、上記のような科学技術の高度化によるブラックボックス化と、科学について勉強したってもう良いことなんかない、という幻想の2つが主なものだろうか。科学の全盛期は過ぎた、あるいは自分が勉強しても追いつけないだろうという幻想である。
この二つに対して「科学の方法」はこういう。
p22 “科学が発見したものの実体もまた法則も、こういう意味では、人間と自然との共同作品である。”
p158 “今日ほど科学が進歩しても、まだ我々の知らないことが、この自然界には、たくさん隠されているということは、常に頭に入れておいて良いことである。”
p196 “しかし自然科学は、人間が自然の中から、現在の科学の方法によって、抜き出した自然像である。自然そのものは、もっと複雑でかつ深いものである。従って自然科学の将来は、まだまだ永久に発展していくべき性質のものであろう。”
こういわれるとなんか元気でる。
科学が人間と自然との共同作品と考えると、作品であれば俺でも作れそうなんて単純に思えてくる。
まあ前半は主に科学の限界の話なので科学万歳ってわけでもないんだが。
理科離れに嘆く人、理科離れしたっていいじゃんと開き直る人に読んでほしい一冊。
目次
1.科学の限界
2.科学の本質
3.測定の精度
4.質量とエネルギー
5.解ける問題と解けない問題
6.物質の科学と生命の科学
7.科学と数学
8.定性的と定量的
9.実験
10.理論
11.科学における人間的要素
12.結び
付録
茶碗の曲線 -
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ネタバレ今週おすすめする一冊は、中谷宇吉郎の『雪』です。中谷博士は雪
の研究の第一人者で、1936年に世界で初めて人工雪の実験に成功。
本書は、博士が雪の研究に着手してから人工雪の実験に成功するま
での過程を描いた本で、初版は1938年。70年前の、博士38歳の時の
作品ですが、今だに読み継がれている科学書の古典的名著です。
随分と昔に買ったままになっていた本書を突然読みたくなったのは、
博士の「線香の火」という随筆の内容に感銘を受けたからです。
中谷氏は、日本を代表する物理学者である寺田寅彦の下、東大で最
先端の物理学を研究していましたが、その後赴任したのは実験器材
も満足に揃っていない北海道大学。しかし、中谷氏は師匠である寺
田寅彦から言われた「線香の火を消してはいけない」という言葉を
大切にしていました。「とにかく手を着けて、細々となっても必ず
研究を続けていくことが大切」という意味のこの言葉を、寺田氏は
弟子達を送り出す時に贈っていたのだそうです(「線香の火」は岩
波文庫の『中谷宇吉郎随筆集』に納められています)。
「線香の火」を消さないために目をつけたのが、北国に豊富にある
雪でした。本書はこの研究を形にしていく過程を描いているのです
が、これがとにかく面白く示唆に富むのです。難しい問題を前にし
ながら、できるところから手をつけて、観察と実験を繰り返し、よ
り本質的な問いに近づいていく。科学の精神や態度、アプローチ方
法とはこういうものなのか、と目を見開かされる思いがします。そ
れは「何度でもぐるぐる廻り」しながら少しずつ進む「ねじの運行」
のようなやり方ですが、「決して迂遠な道ではなく、むしろ最も正
確な近路を歩いていることになる」ものなのです。
その根底にあるのは自然の工(たくみ)の美への憧憬です。そして、
自然の美の探求は、一人の人間が一生を費やしても完成することで
はなく、「今後の有為な人々が、何十人か何百人かあるいは何千人
かが、更にその上に真剣な努力を積み重ねることによって一歩一歩
と完成に近づく」性質のものです。このような科学の営み。それを
支える科学者の精神と態度。「崇高」とはこういうことを言うので
しょう。
「雪は天から送られた手紙である」という有名な言葉は本書から生
まれました。読み解くことに一生をかけようと思える手紙を見つけ
ることこそが人生の僥倖なのだということを教えてくれる一冊です。
是非、読んでみてください。
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▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)
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今日我が国において最も緊急なことは、何事をするにも、正しい科
学的精神と態度とをもって為すことが必要であるということであろ
う。
雪の結晶は誰が最初にその姿を正しく認識したであろうか。そして、
その後どのような歴史をもって今日に及んでいるか。今その大略を
ここに述べて見よう。そうしてこの歴史を調べることによっても今
更に感ずるのは、如何に自然の秘められたる工(たくみ)は深く、
人智によるその認識が遅々としているかということなのである。
あらゆる問題について、道具や器械が揃っていなければ科学的研究
が出来ないと思うことそれが科学的精神に反する道であると知らな
ければならない。
凡ての事象を自分自身の眼によって見ようとする願望、これがあれ
ば必ずしも専門的に知識や素質がなくともよいのである。しかしこ
のように自然現象を自分の眼で見る人には、やがてその科学的説明
を求める気持が出て来るであろう。
今日学問的のあらゆる研究において、この世界各国の研究者が互に
連絡をとることは最も必要なことなのである。今日世界の情勢が急
迫して、各々の国が鎖国的態度を取ろうとしていることは、科学の
進歩という点からいえば、寒心に堪えぬ次第である。
夜になって風がなく気温が零下十五度位になった時に静かに降り出
す雪は特に美しかった。真暗なヴェランダに出て懐中電燈を空に向
けて見ると、底なしの暗い空の奥から、数知れぬ白い粉が後から後
からと無限に続いて落ちて来る。
十勝岳へ出かける度に、毎日のように顕微鏡で雪を覗き暮している
うちにも、これほど美しいものが文字通り無数にあってしかも殆ど
誰の目にも止らずに消えてゆくのが勿体ないような気が始終してい
た。そして実験室の中で何時でもこのような結晶が自由に出来たな
ら、雪の成因の研究などという問題をはなれても随分楽しいもので
あろうと考えていた。
研究というものは、このように何度でもぐるぐる廻りをしている中
に少しずつ進歩して行くもので、ちょうどねじの運行のようなもの
なのである。
われわれの今問題としているのは、天空高く、飛行機も気球も大凧
も窺い得ない世界の気象状況を知ろうという欲望である。(中略)
雪の結晶形及び模様が如何なる条件で出来たかということがわかれ
ば、結晶の顕微鏡写真を見れば、上層から地表までの大気の構造を
知ることが出来るはずである。
雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そし
てその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているので
ある。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるというこ
とも出来るのである。
われわれが日常眼前に普通に見る事象の悉くが、究めれば必ず深く
尋ねるに値するものであり、究めて初めてそのものを十分に利用す
ることも出来、またもし災害を与えるものであればその災害を防ぐ
ことも出来るのである。それ故に出来るだけ多くの人が、まず自分
の周囲に起っている自然現象に関心を持ち、そしてそこから一歩で
もその真実の姿を見るために努力をすることは無益な事ではない。
結晶の研究などは如何にも迂遠な路を歩ように見えるかも知れない。
しかし或る種の仕事は、何年やってもその効果が蓄積しないもので
あるが、科学的の研究は、本当の事柄を一度知って置けば、その後
の研究はそれから発達することが出来るのであるから、そういう意
味では決して迂遠な道ではなく、むしろ最も正確な近路を歩いてい
ることになると少くとも科学者はそういう風に思っているのである。
「雪を研究する」という仕事は一人の人間が一生を費してやっても
到底かたづくような問題ではない。一石ずつ築いた研究の上に立っ
て、今後の有為な人々が、何十人か何百人かあるいは何千人かが、
更にその上に真剣な努力を積み重ねることによって一歩一歩と完成
に近づくというような性質の問題であろうと思われる。
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●[2]編集後記
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最近、「わらべうた」の魅力にはまっています。わらべうたは各地
で子ども達に受け継がれてきた唄で、「通りゃんせ」のように、そ
の内容は、かなりシュールだったり、怖かったりするものが多いの
ですが、とにかく独特の節回しがいいのです。日本人の身体に馴染
んでいるというか、耳ををついて離れないものが多いですね。
NHKの「にほんごであそぼ」を始め、わらべうたを集めたCDが出回
っていて、我が家では皆で楽しんでいるのですが、最近の娘と私の
お気に入りは「でんでらりゅうば」という不思議な歌です。
でんでらりゅうば (出ようとして出られるならば)
でてくるばってん (出て行くけれど)
でんでられんけん (出ようとしても出られないから)
でーてこんけん (出て行かないからね)
こんこられんけん (行こうとしても行けないから)
こられられんけん (行くことはできないから)
こーんこん (行かない行かない)
何でも長崎に伝わるものだそうですが、節回しも言葉もとても独特
で、一度聞いたら頭の中をぐるぐると回り続ける魔力があります。
娘はこの唄にちょっと前に異常にはまって、ところかまわず「でら
でら」と唄っていたのです。それがこちらにも感染して、一緒に唄
い始めたのですが、一体何と唄っているのかよくわからない。唄お
うにも唄えないので、歌詞を調べて娘にも教えてあげたのですが、
その途端、娘は唄わなくなってしまったのです。
これは反省しました。娘には娘の聞こえ方があって、正確な歌詞や
意味よりも、そちらのほうが大事だったのです。或いは、普通の日
本語ではない、わけのわからない感じがあるからこそ、神秘的で惹
き付けられたのでしょう。娘にとって神秘に満ちていたた世界を大
人の浅知恵で壊してしまった。。。先週の苦い思い出です。 -
Posted by ブクログ
中谷さんは、1900年生まれの物理学者。世界に先駆けて人工雪を作ってしまった人。
この、岩波文庫の名著『雪』では雪の被害に始まり、生成条件を解き明かし、雪の正体をつかまえるために人工雪を作る過程が描かれています。
科学のお話なので、一般人にわかりやすく書かれたものではあるけれど、わたしには少々難しい箇所もありました。
それでも「へえ~」「へえ~」の連続で面白かった!
こんなことを研究されている方がおられるんだなぁ…。文章もとても読みやすくて、確かに名著。
と思ったら、なんと中谷さんは寺田寅彦のお弟子さんなんだとか。エッセイも山ほど書き残しておられる。
『雪』にはベントレーのことも出てきた。もちろんこの写真集のことも。
彼は科学的素養をもたず、美しい雪の写真を撮ることを楽しみとしていた人だから、倍率や降った時期の記載が全然ないのが惜しまれるとしたうえで、こんなふうに書いている。
雪の結晶について多くの人の人々の関心と興味とを喚起した。この点においてウイルソン・ベントレーなるアメリカの一老人は偉大なる功績を残したということもできる。厳密にいってそれは科学的研究の産物とはいえないかもしれないが、その一生を通じて自然に対する純真な興味を失わず、うまずたゆまず成し遂げた彼の事業に対しては、われわれは尊敬を払わなければならないであろう。
でもね、こう書いたあとで、雪の結晶というのはほんとはベントレーの写真集に並んでいるような美しい結晶ばかりではないので、一般に雪の結晶というものがベントレーの写真集のようなものだと思わせたことは注意する必要がある、とも書いておられます。 -
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昭和13年に出版された、雪に関する研究の紹介本。
科学への尽きない興味、実験を通して自然と向き合う姿勢に尊敬の念を抱く。
如何に自然の秘められたる工は深く、人智による認識が遅々としているか
これほど美しいものが文字通り無数にあってしかも殆ど誰の目にも止まらずに消えてゆくのが勿体ないような気が始終していた
雪の結晶は、天から送られた手紙
など、美しい言葉で語られている
なかでも、次の部分が心に残る。
「雪を研究する」という仕事は一人の人間が一生を費やしてやっても到底かたづくような問題ではない。一石ずつ築いた研究の上に立って、今後の有為な人々が、何十人か何百人かあるいは何千人かが、更にその上に真剣な努力を積み重ねることによって一歩一歩と完成に近づくというような性質の問題であろうと思われる。
これは、最近読んだ『音のない理髪店』に書かれていたことと同じだなと感じた。日本初のろう者の理髪店のお話なのだけど、障害者に対する偏見、差別について、一人の人が一生かかっても解決しないことではあるけれど、ひとりひとりの想いが、行動が積み重なり、いつか道筋が見つけられるだろうと。自然科学も人間の性質もそうやって少しずつ進んでいくのだなと、それが人がつくりうる最良のものではないかと思っている。 -
Posted by ブクログ
著者は、人工雪を初めて作った科学者。
恩師の寺田寅彦博士の影響か、科学を身近に感じられる読みやすいエッセイで、戦後すぐに書かれたとは思えないくらい、今読んでも、なるほどと思える内容が多い。
中学生が思いついた霜柱の実験、天皇行幸の際に人工雪を作るところをご覧いただくための準備の様子や当時の宮内庁の厳しいけれどよくわからないルール(実験補助員も同席不可。行幸の3時間前には部屋から出なければならないなんて、一般人にはウイルスでもついてると考えられていたのか?)など。
「科学を学ぶと、得るところが二つある。一つは科学上のいろいろな知識を得られることであり、もう一つは科学的なものの考え方ができるようになる点である。この後者の方が非常に大切なのであって、このほうはどんな職業についている人、どんな階級の人にも、大いに役立つ
ものである。」