西垣通のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
クオリア,暗黙知,APS,HACS,ネオサイバネティクス,SEHS,分人,アサキモデル...色々な学説が出てきて、思ったよりヘビーな新書だったが筆者の要点としては、
①多様な価値観が混在する人間集団において閉鎖性・不透明性が保たれれば、メンバー同士の二人称対話(信用のキャッシング行為)にもとづき、社会は安定性と動的適応性へ向かう(→盲目的にオープン/フラット化した社会への反対)
②人間(生命体/心)はリアルタイムで閉鎖的な自律システムであり、機械は静的な時間で開放的な他律システムと、異なる性質ゆえに、ITエージェントはAI(Artificial Intelligence)からIA(Intell -
Posted by ブクログ
正直、今の私には少し専門知識が不足していて咀嚼しきれない表現が多かった。通常、新書を読むペースより2倍の時間をかけ、目次を写してメモをとりながら2度読む方法をとった。
西垣通氏の著書は以前に何度か読んでいて社会学的な視点で興味のある眼差しを持っている方だという印象を持っていた。本書も、第一章で今沸き立っている一般意思2.0に安易に乗っかることへの警鐘を鳴らしている。この本を読む一年程前に読んだ『一般意志2.0』東浩紀氏著を読んだ時は、集合知の活用による新しい社会システムを待望したものだ。第三章・第四章と難しく感じたが、第六章は総まとめ的にわかり易く本書を振り返ってくれている。 -
Posted by ブクログ
「グローバルでフラットなIT社会」を目指すというような最近の画一的な風潮に,「個人的な知」からの切り口で批判的に論じた一冊.めちゃくちゃ面白い.
全体的に少し感情的な表現に感じるところもあったけど,何より,「本当にコミュニケーション活性化とか,情報共有とか,徹底的に推し進めていいのかな?」という疑問を持ちながら推進していた自分にとっては刺激的でためになった.
集合知の他の本でも記載があったが,あまり緊密すぎる関係性は,多様性を損ない効率が低下する.というような話があったが,
ここでは「開放系と閉鎖系」の集団モデルの安定性の比較の例で紹介されていた.
どちらにしろ,単純に数値のサマリーを行う -
Posted by ブクログ
ネタバレ集合知とは何か、というタイトル通りの本です。
生命体の集合知では、クオリアという感覚質によって外界の情報を無意識にインプットされ、個体の記憶を基にして情報が再編される閉鎖的自律システム(オートポイエティック・システム)。時間や場所や心理状態が変われば、同じものを見ても感じ方が変わるのは当たり前。そしてその感じ方はその人個人のものなので閉鎖的である。
閉鎖的ならばどうやって他人とコミュニケートできるのか?完全なコミュニケートは不可能(個人の痛みを他人が完全に理解するのは無理!)だが、意識に上ったものは会話等によって意志疎通ができる。
人間個体を理解することで集合知を深く探求することはできる。
ま -
Posted by ブクログ
1948年 ウィーナー「サイバネティックス-動物と機械における制御と通信」
ウィーナー「人間機械論」
サイバネティックスとは、本来、生命体が生き続ける為に、いかに電子機械を活用すればよいか、という実践知に他ならない。
生物の主観世界を考慮した革新的なサイバネティックス1970年代から現れた「二次サイバネティックス(サイバネテックスのサイバネテックス);観察行為を観察する」。(ウィーナーは「一次サイバネテックス」)
二次サイバネテックスの創始者は、ハインツ・フォン・フェルスター。
生命体(人間)は、「作動するシステム」(自分で自分を創り出す)ので、「自律的なシステム」、「オート -
Posted by ブクログ
「情報」「知識社会」「知」「パラドックス」「自己言及」「クオリア」「心身問題」「オートポイエーシス」「自己組織化」「時間」「生命体」「生物」「秩序」「分人」「平野啓一郎」「ベルクソン」「モナド」等々最近、気になっていた言葉が次々に現れて驚いた。
内田樹さんが、「人は何を知りたいかわからないままに知ろうとする。」と言われていたように記憶しているが、まさにそうなのではなかろうかとこの本を読みながら思った。「そうか!私が知りたかったのはそういうことだったのか!」という思いがしたからである。
先日読んだ『リーダーシップとニューサイエンス』で情報の本質が気になりだし、それと同時に水野先生から情報学の -
Posted by ブクログ
西垣通の新刊。集合知は、ゼロ年代のweb2.0のときに微妙に流行って、オープンとかシェアとかあのへんのネットカルチャー的な耳あたりのよいバズワードとも相性が良かった。ノマドだとか新しい民主主義だとか一般意思2.0だとか、10年代の議論にも連なるかもしれない。
しかし、著者はそんな意識が高くナイーブな理想論に与しない。その一見新しく見える思想自体が、20世紀を通じて支配的であった論理主義的な前提に依拠していると指摘する。それらは20世紀においてさんざん議論されたことの変奏あるいは焼き直しでしかなくすでに限界が見えているとして、彼らのユートピア的な幻想ははっきりと否定される。
そうした問題意識のも -
Posted by ブクログ
ネタバレ情報論の西垣さんの本。
原発事故との絡みも多く、面白い。
過度の専門分化と予算不足からくる産学協同の推進が専門知のレベルを落とした。
専門知の普遍性と一般性の崩れ。
正解のない問題
正解の推測より「物事の決め方」へ
依然として「みんなの意見」より専門的権威を信じているという事実
数理社会学者スコット・ペイジ「多様な意見はなぜ正しいか」
一番問題なのは客観的な世界が存在し、しかるべき評価作業をおこなえば透明度がまして世界の様子がわかってくるという単純な思い込み。
...もっと大切なのは、自分が生きる上でほんとうに大切な知を、主体的に選択して築き上げていくことのはずである。
近代知ー普 -
Posted by ブクログ
情報学的転回は「人間中心ではなく生物中心」で、「人間の機械化を否定」し、ITと生命活動との新たな可能性を探る。組織の生命的な活性度を上げるためのタイプIIIアプリケーションを模索せよ。大量生産/大量消費と個人間の熾烈な市場競争にもとづくいわゆる知識社会とは異なる、集合知と共有財にもとづく近未来社会のイメージ。野中郁次郎の知識創造企業論、公文俊平の情報社会論との共鳴。
# 本書のテーマ
- 個人と組織の学習(知識の形成)
- “人間=機械”複合系
# キーワード
- 階層的自律コミュニケーション・システム (Hierachichical Autonomous Communication -
Posted by ブクログ
AIが人間の意思決定を凌駕するシンギュラリティは来ないという。なぜなら、AIは意味解釈ができず、意志を持たないから。
2016年の本でLLM以前だからもう古くなってしまっていることは否めない。意志をもたないことは今でも同じだと思うが、意味解釈についてはかなり実現してしまった。というかむしろそもそも人間の意味解釈自体が確率論的連想にすぎなかったなんじゃないかということがわかってきたと理解している。
AIは道具ということはごもっとも。
「インターネットや人工知能技術の基層には、高みを目指す一神教的な理想主義と宇宙観があるのだ」という考え方には、プロ倫的な意外性に面白さは感じるが、根拠は希薄で -
Posted by ブクログ
2019年 中公新書ラクレ
AIと倫理を考えるにあたり、それぞれを定義する必要がある。例えばAIであれば、推論プログラムを用いるもの、膨大な情報から瞬間的に抽出するもの、深層学習を行うもの、対話型プログラムを行うもの等々が存在する。
倫理は、功利主義、自由平等主義、自由至上主義、共同体主義等の観点がある。(優位性は無い)
しかしAIと倫理の諸問題を考える際、それぞれを十分に整理された状況ではなく、論じることが出来ない。そもそもAIは他律型機械(プログラミングによって答えを出す)為、客観的責任を撮ることが出来ない。
その為自動運転、監視選別社会、AIによる創作物等は、官民学の連携が必要である。( -
Posted by ブクログ
こういう本は、連載の時にリアルタイムで読みたい。
とは言え毎日新聞の読者になる気もない。
デジタル庁に関しては、あまり期待してないと解釈した。
初代デジタル庁長官が、
NECをぶっつぶせ!
とわめいていたのをニュース映像で見た。
期待できないなと思った。
次の地元の選挙区では落選した。
比例区で生き返ったりはしたが。
次のICU出身の女性長官もいつの間にか
いなくなった。
3代目は時々プッツンする人だ。
私はデジタルの意味がわからない。
少なくともアナログに対するデジタルの意味くらい分かっている。
ロジックの回路図くらいはわかる。
行政屋がアバウトに言うデジタルって
インターネットのこと