山岸俊男のレビュー一覧
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がんばって読み終わった。
集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊する。
信頼には関係強化だけでなく関係拡張の側面もある。
不信の無駄。役所仕事は非効率。規則が多いから。国民が役人を信頼しないから。不信が非効率の強制を伴う規則を生む。
信頼が必要とされるのは社会的不確実性の大きな状況。パラドックス①常識的には信頼が生まれにくい社会的不確実性が大きな状況で信頼が必要とされ、生まれやすい状況で必要とされない
②集団主義的な安定した社会である日本がアメリカよりも他者一般への信頼の水準が低い
③他者一般を信頼する傾向が強い人は騙されやすいお人好しではなく、信頼度を測る情報に敏感で予測の正確度が高い。
これまで、コミットメント関係のネットワークを拡大することで社会的不確実性を抑えながら機会コストもなるべく払わないようにしてきた(系列や終身雇用)、しかし、コミットメント関係の拡大だけでは近年の急速に拡大する機会コストに対処できなくなってきた。オープン市場的な関係の持ち方へ変わっていくだろう。そのことでコミットメント関係が提供してくれていた社会的不確実性の低減作用とそれに基づく安心が、日本社会の様々な側面から消える。
アメリカの開かれた社会を支えてきた一般的信頼の崩壊が緊急の問題として認識されるようになってきた。
これからは人格の時代?
開かれた社会の基盤としての一般的信頼は社会的知性に裏付けされている。その育成には、関係に依存しない普遍的な原理に従った効率的で公正な社会、経済、政治制度の確立が必要。正直者が得をする社会。 -
Posted by ブクログ
契約社会に住む米国に暮らす人々の方が日本人より他者を信頼している。驚きの調査結果から本書ははじまる。日本人が「信頼」と思っているのは実は「安心」でありそれは減少傾向にあるというのが著者の主張である。
またよく信頼する人はバイアスにだまされずに相手のことを正しく理解することに長けているということのようだ。安心社会から信頼社会に変えていくにはこの対象者を正しく見抜くという能力の向上が必要なようだ。
本書のタイトルにもなっているこの事実について原因についても多様な研究結果を引用している。その中でも興味深いの現在だと差別と言われそうな女性より男性が優れている的なバイアスが、過去のデータから単純に導き出され無自覚にそこに依拠して判断してしまうことから生じるという話がある。
昨今のAIの発展はディープラーニングによるところがある。この技術は推論を多層のニューラルネットワークを使うところにあるがそこには教師データなる過去データの利用が含まれている。つまるところ、AIとは過去の実績に左右されるものであり、周到に確認しなければ「差別」を助長しかねないものであるということだ。 -
Posted by ブクログ
「世界標準の経営理論」で参考図書として取り上げられていた。
「安心が提供されやすいのは信頼が必要とされない安定した関係においてであり、信頼が必要とされる社会的不確実性の高い状況では安心が提供されにくい。」
「安定した社会的不確実性の低い状態では安心が提供されるが、信頼は生まれにくい。これに対して社会的不確実性の高い状態では、安心が提供されていないため信頼が必要とされる」
…筆者の主張は、人間はどんな場合でも意識的に自己利益を追求するというのものではない。そうではなくて、人間の社会には意識的に自己利益を追求しない人間―信頼に対する人格の持ち主や、他者一般を信頼する人間―の方が、意識的な自己利益の追求者よりもうまくやっていける環境が存在している、という点こそ筆者の主張なのである。
…本書は1つの中心的なメッセージをめぐって書かれている。集団主義は安心を生み出すが信頼を破壊する、というメッセージである。これを本書の「表の」メッセージだとすれば、本書には実はもう1つの「裏の」メッセージがある。それは、社会的環境との関係を抜きにして人間の心の性質を考えることはできない、というメッセージである。
信頼性、すなわち信頼に値する行動をとろうとする内的な傾向性は、コミットメント関係にない相手から新しい関係の相手として選ばれる際に求められるもっとも重要な特性だと言えるだろう。このことは逆に言えば、新しい関係の相手として選んでもらうためには、信頼に値するようにふるまう特性を身につけることが役に立つということを意味している。
…信頼に値する人間性を身につけていない人にとっては、他者一般を信頼する傾向は、自己利益にとって不利な心理特性だということになる。これに対して、誰からも望ましい相手だと思われる信頼性の高い人間にとっては、他者一般に対する一般的信頼を身につけて、コミットメント関係から離脱し、新しい関係を追求することから大きな利益が得られる可能性が存在している。 -
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信頼社会と安心社会など切り口は面白いが、なんとなく要約さえ読めば足りてしまうのではないかいう物足りなさ。一応この手のテーマに馴染みがあるせいかな?そもそも、そんなに字数の多い本ではないですが。
アメリカ⇔日本
個人主義⇔集団主義
信頼社会⇔安心社会
信頼性検知力⇔関係性検知力
日本人は、周りはほとんど集団主義者だが自分は例外と、ほとんどの人が思っている。
他人を信頼する傾向が強い人ほど信頼性検知力が高い。
(信頼性検知力と関係性検知力って、同じの能力の違う使い方ではないのかと思ってみたり)
人のフリを見てわがフリを決める社会では、集団の行動様式を左右する臨界質量がある。ある行動パターンをとる人が臨界質量を越えると、均衡点まで右にならえ現象が起きる。 -
Posted by ブクログ
大学の時に読み残した本シリーズ4冊目。
ソーシャルキャピタルの勉強してた時に買ってたんだけど、なぜか読んでなかった。
先日読んだ糸井重里さんの「インターネット的」が、
この本から着想を得たという記述を見て引っ張り出してきました。
経済成長やら人口増加などなどを背景とした日本型システムによる日本的な大きな物語が崩壊したこれからの日本では、
個人個人が周囲の人に対する捉え方を変えてかないとこれからどんどん変化していく社会ではうまいこと回っていかなくなっちゃいますよ、というお話。
これまでの日本(式集団主義社会)では集団内部の仲間内における「安心」がある一方で、よそ者に対する不信感をも生み出していた。
社会システムの前提条件であったものが崩れていく中では、固定された仲間内の協力だけでは新たな問題に対処していくことができない。
このとき必要になるのは、他者一般に対する「信頼」であり、適切に他者一般との関係を築くことのできる共感的能力である。
とても面白いことが書いてあるのですが、
中盤は社会心理学の実験に関してかなり長いこと解説されていて、ここらへんは興味のない人にはちょっと退屈かもしれません。
結論部分、今後の社会のあり方に関しては、
情報公開・透明性という部分だけでは足りないかなとも思いますが、それが必要ないということではなくてすでに前提になっていってるのかなと。自治体とか企業とかのレイヤーでは。
透明性でもって社会的不確実性を担保した上で、さらに効率や成功の可能性を高めるための方法が模索されている段階、なのかな。
一方で個人のレイヤーではこの「情報を公開することによって社会的不確実性を低下させる」という方策はとても大切になってると思う。
ここらへんが、糸井さんが「インターネット的」で主張されていた「正直は最大の戦略である」につながるわけですね。
もうちょっと早めに読んでおけば良かったなという思いが強いですが、今読んでも考えることが多かったので良かったです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本によると、「社会的ジレンマ」の定義とは「こうすればよいと分かっている行動を取ると、その行動を取った本人にとっては、その行動を取らなかった時よりも好ましくない結果が生まれてしまう状態。ただし、全員がこうすればよいと分かっている行動を取れば、最終的には全員にとって最もよい結果を引き出すことができる」ということ。
端的な例として、みんなが公共交通を使えば環境問題や交通渋滞は解消するが、自分ひとりだけ車通勤から電車通勤に切り替えてもたいして状況は改善しない。そのため、相変わらず車通勤を続けてしまう、というものが挙げられている。
この社会的ジレンマと、誰でも一度は聞いたことがあるはずの「囚人のジレンマ」を主軸に据え、人間が社会環境に適用し、社会を発展させてきた原理を丁寧に検討している。結構しっかりした本なので、頑張って読まないと主張の軸を理解できなくなるけど、説そのものは面白い。欲を言えば、本の大半が社会的ジレンマの分析に割いているので、もう少し実例を交えて、自分の身近なところにも適用できる話なんだ、という実感が持てるようにしてほしかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレここまで書いてある内容に「それは違うだろ!」とツッコミを入れながら読んだ本は珍しい。
それでも興味をもって読み切ったのは、同意しないけれど協調的に受け止めるという対話的な態度の成果だろう。
結局のところ、著者が判断の拠り所としている打算に基づく行動決定には、それだけじゃないだろとか、囚人のジレンマの実験で一匹狼を選ぶのは他人を信頼できない場合のほかに、他人に迷惑をかけたくない、かけるかもしれない自分が嫌という理由もあるのでは、などと納得できない部分も多くあった。
だたし、日本における「安心社会」の崩壊と「信頼社会」に行けないメンタリティの提示は興味深く読んだ。
著者は「信頼社会」への移行を流れとして考えているようだが、欧米の「信頼社会」も決してハッピーではない状況の中、混用してはいけない商人道と武士道のメンタリティの他に道があるのか、それとも両者の使い方に活路があるのか、意識のステージを上げてもらった。
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Posted by ブクログ
『安心社会から信頼社会へ』の山岸博士による本。最後の方まで読むと、なんだか矛盾のようなものを感じた場所があったのですが、もう忘れてしまいました。ちょっと「?」が浮かびます。
なるほど、と思わせられるところがたくさん出てきます。
この著者の「安心社会から信頼社会へ」という本も以前、読みましたが、
そっちのほうはけっこう難しかったし、内容もあんまり覚えていません。
それに比べて、こっちの本は、内容もしっかりしているし、読みやすいです。
あとがきで著者が書いてらっしゃいますが、「論理を明確にすれば分かりやすくなる」
というのが、これまでの書き方だったのが、ちょっと違う書き方をしたそうです。
それが功を奏しているように思いましたが、
読んでいてつっこみたくなる所も多々ありました。
読み終えてほとんど忘れちゃったけど。
読んでいる人じゃないと、わからないかもしれませんが、
たとえば、市場の倫理(信頼社会の倫理)と統治の倫理(安心社会の倫理)
というのが、人類の持つ二種類のモラルの体系だとあります。
そして、その二つを混ぜて使ってしまうと、
「救いがたい腐敗」が始まってしまう、とある。
それで、現代の日本は信頼社会へ移行しようとしている時期なのに、
安心社会のモラルを使おうとしている、それが腐敗を生み出す、みたいなことが
書かれています。それなのに、安心社会であったかつての日本では、
本田宗一郎や松下幸之助などの市場の倫理にかなう価値観を持った人が成功し、
かれらの本も売れた、と書いてあります。え?腐敗は?と思ってしまいます。
どうも、読んでいて考えてしまいましたが、安心社会ベースで信頼社会の倫理が
混じってくるのはOKで、信頼社会ベースで安心社会の倫理が混じってくるのは
NGみたいな感じなんですよね。そのへん、もうちょっと詳しく書いて欲しかった。
また、企業による「賞味期限偽装」や「耐震強度偽装」というような最近の問題
については、「安心社会から信頼社会への過渡期だから」というような観点で
語られていますが、冒頭で著者自身が述べている、「高度成長期の公害問題」
についてはその後、触れられていません。
そういうところがちょっと不満ではあったけど、
それは読み手である僕の読解力に問題があるやもしれないことを、
ことわっておきます。
とはいえ、面白い本です。
じっくり読んでしまいました。
「武士道」だの「品格」だのが時代錯誤だということが書いてあって興味深い。
さらに、日本人の性質を、実験をして明らかにしていくところなどは唸らせられます。
人間の心は環境に左右される、というような論旨も納得させられます。
一読の価値、あります。