本書の副題は、「モノからコトへ」でして、「モノからコトを見つける上手い方法」がないかと探索中の一冊なのでした(……という目的にはそれほど参考になりませんでしたが……)。
本書を一言で言えば、Wikipediaの廣松 渉の解説にある、
実体があって関係があると考える物的世界観に対し、関係があっ
...続きを読むてこそ実体があると考える事的世界観を提起した。
という哲学の入門書です。
まえおきに、
本書は、著者がこれまで出した本のうちで最も判り易いかたちにかけていると信じています。
と書いてあるように、予備知識なしで読むことができます。でも、独特の言い回しや漢字の使い方があるのですらすら気軽に読むというわけにはいきませんでした。
さて、内容に入りますが、廣松 渉が否定する「実体があって関係があると考える物的世界観」とは何のことかというと、根底にモノが存在してそのモノとモノとの関係から世界が成り立っているという考え方だそうです。
廣松は、量子論を出して物理的なモノ自体の基盤のもろさを指摘したり、相対性理論を持ち出して、主観-客観という認識関係が成り立たないことを示します。
その後、モノの認識の話に移るのですが、ここで、
「抽象」という手続きによる「概念」形成ということは論理的にみて成立しえない。
という話が載っているのですが、それがおもしろかったので、引用し紹介します。
今、人が概念を抽象によって形成しようと努めているものとする。そこでの作業手続きはどのようになっているであろうか?
それは二段階の手続から成るものと考えられている。第一段において、比較校合する素材的与件たる一群の個物が弁別収集され、第二段において、それら与件群の普遍本質的な規定性がピック・アップされる、云々。──これが「機能的抽象」の手続だというわけである。
はい。科学的方法として、サンプルを集めてきて、それを分別・分類・分析することで本質的な何かを発見するのと私も思っていました。
ところが、、、
だがしかし、謂うところの「第一段」(これは現物を実地に寄せ集めるというより、実際問題としては、当座の概念形成に必要な与件群が記憶その他をも動員して意識野に引出される過程なのであるが)、そこにおいてすでに重大な先決問題がある。
人は、<犬>という概念を形成しようと試みるさい、自家の飼犬ポチ、隣家の飼犬ジョン、……等々の個体群を“集め”ることであろう。が、ミケ、タマ、等々の個体は初めから除外してかかる。ましてや、<犬>という概念を抽象しようという今の場合、机とか石とか、木とか草とか、……こういった多数のものどもは与件群に入れられない。
おぉ。確かに!!
では、一体なぜ、ポチやジョン……を比較校合の素材的与件として集めるのか? まさに、それらは犬であるから。また、ミケやタマや、机や石や草や木……などを排除するのは、まさに、それらは犬でないから、であろう。
言われてみれば……。
ということは、人は<犬>という概念を今から抽象・形成しようと企てているのであるにもかかわらず、何は犬であり何は犬でないかを与件収集の場面ですでに知っているということを意味する。ポチ、ジョン……を集め、ミケ、タマ、机、石……等を除外するさいの、判別基準は何か? まさに<犬>という概念、つまり、今から形成すべき概念を事前に知っているということにならないか? もし、そうなら、なにもいまさら、<犬>という概念を抽象などという手続で形成する必要もあるまいではないか!
この後、もう少し精緻にこの問題の考察が続き、外延と内包の話にまとまり結論としては、
論者たちは、概念形成は抽象という論理的手続によっておこなわれると称し、第一段の作業工程として、外延群の集拾をを云々する。が、実態においてはサンプルの集拾しかおこなわれないのであって、しかもそのさい、選別・集拾の基準として“概念態”を事前に所持している。そして、自覚的概念形成と称される手続はたかだかこの既知の“概念態”の陶冶(みがきあげ)にすぎないのだが、当の“概念態”たるや、今から形成されるという触れ込みの「概念」と、不明瞭ではあれ実質的には既にほぼ同じものである。“概念態”が直感的に既知とされるとき、今から抽出するという触れ込みの概念が実質上は既知という論件先取の事態となってしまっている!
議論は、さらに「内包抽出」の行程に進み、そこもとてもおもしろいのですが、読むほうも疲れていると思うので結論だけ引用すると、
普遍的本質なるものは、帰納的抽象といった順次的手続によってではなく、直覚的に観取される。
なのですね。
最後の章では、これらの考察を受けて、「対象→内容→作用」というつまりは、モノがあってコトが生ずるという認識ではなく、「所与→所識」によって、つまりは、事的世界観を展開するのですが、本書ではその詳細までは至れずでした(廣松渉は1994年にお亡くなりになってしまったので完成させることはできなかったようです)。