小川和也のレビュー一覧
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変化していく世の中を予習しよう。
未来のためのあたたかい思考法
という本を読みました。小川和也さんの著書。(木楽舎)
「ソトコト」という雑誌で連載されていた記事の書籍化だそうです。
タイトルがまずグッときましたね。
「未来のためのあたたかい思考法」
未来…それはぼくが知りたくてしょうがないもの。
あたたかいってなんじゃ?!
ピースフルな感じ?ソトコトって雑誌にはそんなイメージあるけど…
「ゆったり」とか「気楽に」とかそういうの?
(木楽舎だけに…)
ぼくは小川和也(おがわかずや)さんを知らずに、タイトルからこの本に興味を持ちました。
ラジオJ-WAVEのナビゲーターや起業家、大学客員教授、そして著者。
複数の顔を持つ、昔から未来のことを考えるのが好きなタイプの人のようです。
先に結論書きますけど、とても面白い本でしたよ。
[たくさんの「もしも」があらわれる]
生活の大部分が自動で行われるのが普通となり、
仮想と現実を上手く行き来しながら快適に暮らす。
そんな未来をまず提示されます。
たしかにそんな未来が、本当に起こりそうだなっていうものばかり。
家で本格イタリアンを作ってくれる料理ロボットとかね。
想像するだけで、ワクワクしてきました。笑
[人間VSロボットにはならない…はず]
昨今、「未来」について考えるとほぼ間違いなく指摘がある
人間VSロボットの構図について。
著者は「そんなことはない」と考えているようです。
なぜならば、
人間そのものが進化するから。
考え方しかり、ロボットとの付き合い方しかり。
人間が進化した上で、ロボットと上手に暮らせるようになっていくんじゃないかと語ります。
そして、「そうすべきなんじゃないか」とも。
[テクノロジーとの向き合い方]
コンピューターテクノロジーは日々の生活の中で、もはや切っても切れないくらい浸透しています。
大事なのは距離感。
頼りすぎても、生きる上でもったいないシーンがあったりします。
楽しむ心のゆとりみたいなものは忘れずに生きたいものです。
[まとめ、あたたかく思考して未来をより良くしよう]
「未来のためのあたたかい思考法」(小川和也著、木楽舎)
を読んでみて、人間にとっての仕事や遊びの考え方が変化していくことへのある種楽しみな気持ちが増しました。
また、これから地球とどう向き合うべきかといったことを考えるきっかけになりました。
・過去の事実は変えられないこと(解釈は変えられる)
・未来がやってくること
これらは不可避であり不可逆のものです。
時間を戻すことは出来ないのと同様に、時間が進むことを止めることは出来ません。
だからこそ、予測や予習はなるべくやっておいた方が
心の準備が出来ていいのではと思います。
「未来への心の準備」としての効能に溢れた良書です。 -
Posted by ブクログ
まさにAIの暴走を人類は止められない。
そして遺伝子操作は、異次元の進化を人類にもたらし、その暴走も止められない。
何億年もかけて、少しずつ育んできた進化のプロセスが一気にショートカットされる。
この副作用が、人類にどんな影響を与えるのかを想像するのは、非常に難しい。
何百年後かに何らかの影響が出たとしても、それはもう後の祭りである。
AIについては2022年の大ブレイクから、すでに数年経過している。
2026年の時点で、シンギュラリティは「既に訪れている」と指摘する識者もいるくらいだ。
進化の歩みを慎重に進めたいと思っていても、きっと誰かの思惑や私利私欲によって暴走することは大いにあり得るだろう。
人間はそもそも不完全な存在である。
だからこそ間違いは必ず起こり得る訳で、それだけ人間とは完璧と程遠いのだ。
そういう前提で社会を作っていかないと、間違ってからでは取り返しがつかないことになる。
そう考えると、「遺伝子操作」についても、慎重に進めたいところだ。
遺伝的な病気をお持ちの方にとっては、もしかすると救いの手のように感じるかもしれない。
しかし、病気を治す一方で、その他の問題を引き出してしまうリスクをどう先読みすればよいのだろうか。
私自身も「こうすれば」という明確な答えを持っている訳ではない。
本書を読みながらも、未来を想像すると、なかなか難しい課題を突きつけられたものだと思ってしまう。
生成AIの登場によって、私たちの生活は劇的に変化してしまった。
どんな質問をしても、とにかく答えてくれる。
瞬時に文章や画像を生成してくれる。
当初はハルシネーションや、AIの嘘が問題になったが、徐々に精度は高まっている。
まさに、指数関数的なスピードで進化している、と言える。
このままAIが自己増殖と自己進化を始めたらどうなるのだろうか。
AIには、人間の感情や、倫理観のようなものは存在しない。
もし人間が、AIに対し「地球環境を最適化する行動をとってくれ」と命令したらどうなるか。
その最適解が「環境を破壊している人類を排除すること」となった場合にどうすればよいのか。
これは極端な例かもしれないが、論理的には十分に起こり得る話だと思う。
AIが人間をはるかに超える知能を獲得したとき、我々人間はAIを止める術を持たない。
AIの暴走は、決して空想の話ではないと言える。
さらに恐ろしいのは、人間自身の劣化である。
AIが全ての仕事をこなしてくれるようになれば、人間は思考することをやめてしまう。
自分で考え、判断し、行動する力を失っていく。
計算や情報処理の速度において、もはや人間はコンピューターに勝つことはできない。
事務的なルーティーン作業や、膨大なデータ分析は、AIに任せるのが合理的だ。
しかし、便利さに甘えきった結果、人間はAIの家畜のような存在になり下がるかもしれない。
向上心も失い、ただAIから与えられるものを消費するだけになる。
困難を乗り越え、試行錯誤するからこそ、人間は成長できる。
そんな成長の機会を奪われた人類に、果たして生きていく意味はあるのだろうか。
AIを賢く使いこなす側になるのか。
それとも、AIに使われる側になるのか。
私たちは今、その大きな分岐点に立たされているのだと思う。
どうすれば人間としての矜持を保てるのか。
真剣に向き合わなければならない、大きな課題である。
もう一つの悲劇のシナリオが、ゲノム編集である。
生命の設計図であるDNAを、まるで文章を編集するように書き換える技術。
医療の分野では、難病の治療など大きな期待が寄せられている。
農作物の品種改良など、食糧問題の解決にも繋がるだろう。
これらは間違いなく、人類を救う光の部分である。
しかし、これが人間にそのまま適用されたらどうなるか。
病気になりにくい体。高い知能。優れた運動能力。
両親が望むような能力を備えた「デザイナーベビー」が誕生する可能性は高い。
遺伝子改変が進んだ彼らを、「ホモ・サピエンス」と呼んでよいのだろうか。
明からな新人類。
名称は後付けするとしても、いわゆる「ポストヒューマン」の誕生だそこにある。
彼らから見れば、自然のままの私たちは、明らかに劣った存在に見えるだろう。
ホモ・サピエンスは、ポストヒューマンによって淘汰されてしまうのだろうか。
ホモ・サピエンスが他のホモ属を滅ぼしたように、これは進化の歴史において、過去の人類が辿ってきた道でもある。
AIもゲノム編集も、技術自体は人類を豊かにする可能性を秘めている。
しかし前述したように、人間とはそもそも不完全な生き物である。
誰かが私利私欲のために、あるいは悪意を持って技術を悪用するかもしれない。
「制度設計の不備」があれば、そこを突いて暴走する人間は必ず現れる。
たった一部の暴走が、全人類の破滅を招いてしまう。
そんな不安定な時代に、私たちは生きている。
だからこそ、国際的なルール作りが急務である。
確かな倫理観に基づく管理と規制。
それを世界で共有していくための仕組み作り。
不測の事態が起きれば、すぐに対処してルールを修正できるように。
その上で、何よりも大切なのは、私たち一人ひとりの意識である。
テクノロジーの進化は、確実に私たちの日常を変えていく。
その恩恵を受けるだけでなく、影の部分にも目を向けること。
常に最悪の事態を想定し、それに備えることだと思う。
人間には幸福を追求する権利がある。
どうすれば、世界の破滅を避けられるのか。
人類の叡智が試されていると感じるのだ。
(2026/1/25日) -
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【効率の呪縛を解き、地球と共生する道を探る】
「効率性」という名の神話が、いかに人類を破滅へ追い込んでいるか。本書は、私たちが当たり前だと思っていた進歩の定義を根底から覆します。産業革命以来、人類は地球を「資源」と見なしてきましたが、その報いとして気候崩壊という現実を突きつけられています。
著者が提唱するのは、効率よりも「回復力(レジリエンス)」、所有よりも「アクセス」、支配よりも「共生」を重視するパラダイムシフトです。単なる環境保護の啓蒙書ではなく、科学、歴史、経済を横断する壮大な文明論として、未来への羅針盤となる一冊でした。変化の激しい現代を生き抜くための「真の強さ」とは何かを深く考えさせられます。特にビジネスパーソンにこそ、この不都合な真実に触れてほしいと感じました。 -
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AIとゲノム編集技術は、それぞれ人類滅亡のリスクを孕んでいると大真面目に語る。
AIが人間には制御不可能な超知能となることが人類滅亡につながる危険性を持つことは十分に同感。一方、ゲノム編集技術は少なくとも建前上は各個体が等しく尊重される存在であるはずの人類社会の前提を崩壊させる可能性がある意味で注視し続けなければならない技術だが、人類の滅亡ではなく、エンハンスされたポストヒューマンに置き換わるという話。
滅亡リスクは同感しつつも、その回避策として、ゲノム編集については国際的規範の確立を、AIについては汎用型の超知能を生むような開発をせず機能特化型に留めておくことが提示されていたが、どこかの誰かが抜け穴を抜ければ圧倒的優位性を確立できるような技術領域において、それを禁止し続けることがどこまで有効なのかは疑問であり、解決策については薄さを感じた。 -
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人類滅亡二つのシナリオ 小川和也 朝日新聞
一つは人工知能AIであり
もう一つはゲノム編集技術だと言う
確かに人間自体を制御する遺伝子操作は
人間のエゴや恐怖心によって
確実に歪んだ結果をもたらすだろうが
AIが人間の手を離れて
自己増殖する段階になると
アラジンのランプの聖とは別物になる
常に俯瞰した全体観をとらえて判断した
前向きな選択をすることになるのではないか
つまりパニクルこともなく
俯瞰の度合による誤差はあっても
精一杯の制度を出しながら決断していくだろう
しかし問題なのは人間が依存心から脱皮できずに精神的な進化を怠った場合である
そうした人間は感情や物欲から逃れられずに
ランプの聖を駆使して超越型の冷静なAIに戦いを挑もうとするだろうことである
楽観的私見はさておいて
この著者は冷静に紐解いていき
最終章で
この世の終末を避けるために何ができるかを考察しているが
善悪や損得が何を根拠とするのかを
語ることはない
そこで最も危険なのは
恐怖による悪意を持った
人間の手の内にある段階の
ランプの聖同士による代理戦争だろう
敵対する人間同士がそれぞれに操る
ランプの聖を開発して戦わせる戦争である
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1.あたたかい思考法とは何だろうと思い、購入しました。
2.テクノロジーが人間の仕事を奪うことで、人間の雇用はなくなっていくという考えがいまだに強くはびこっています。本書では、そういった側面を否定し、テクノロジーとの共存共栄ができる。そのためには人間らしさに焦点を当てて動くべきと述べています。人間らしさとは、心に響く言葉をプレゼントしたり、相手に感謝される行いをやっていくことで、嬉しい気持ちにさせることです。テクノロジーのように、課題がこれだから解決策はこれという風に簡単に済むなら問題はないですが、実際はそうではなく、「人間への興味を絶やさないこと」が根本にあります。それがあるからテクノロジーがきてもポジティブに受け流し、利用するところは利用する。という考えが柔軟に形成されています。
そこで、本書は未来はこんな感じになるというイメージを持ちながら、どうやって生きていくかを問いてくる本です。 -
Posted by ブクログ
起業家や研究者、ラジオ番組ナビゲーターと様々な肩書きを持つ著者が発達するテクノロジーとの向き合い方について自身の思いや考えをまとめた一冊。
IoTやAIなど私たちの生活を便利にするテクノロジーを先端で研究する著者がそれらを人間特有のあたたかさを持つとどうなるかということから書かれていて新しい視点を得ることができました。
身体、感情、体験などいくらテクノロジーが発達しても人間の根幹にあるものは揺るぎないものであるとも感じました。
また、お金と時間をテクノロジーがどう変えるかやモノや仕事をテクノロジーによってどう変わっていくかという変化について人間の本質に迫って上手く調和していくための考え方を学ぶこともできました。
そして、建築家や火山の専門家から聞いたテクノロジーとの付き合い方の対談も興味深いものでした。
本書を読んでいくらテクノロジーが発達しても人間が触れ合う本質は変化しないという教えがありました。
そして、無駄やバグといったものがテクノロジーに人間らしさを感じ愛着が生まれることも感じました。
本書で学んだあたたかい思考法をもってこれからのテクのロジーとの付き合い方を考えていくことが大切であると感じた一冊でした。 -
Posted by ブクログ
「未来のためのあたたかい思考法」
32編の寓話的思考から「あたたかい思考法」につながるヒントを見つける。
思考法とあるが、HOWTO系ではない。寓話的なストーリーを通じて、これからも革新的に進むだろう技術との付き合い方を提示している。または、読者に付き合い方の気づきを促すことを目的にしていると感じる。めちゃくちゃ面白い内容では無く、強く訴求する構成でもないが、寓話に盛り込まれるヒントは興味深い。
AIやロボット、テクノロジーは革新的に進化を遂げることで、人間から仕事を奪うのではないか?と議論が続いているが、個人的には彼らにできることできないことは当然あり、そこを見極めていく必要があると思う(当たり前か)。なんでもかんでもAIやロボット(RTA含む)を導入するのではなく、何のために導入するのか、何故導入するのかを明確に定義し、導入するならば掛かるコスト(維持込)と効果を検証し、その後にやっと「入れます?」みたいな話をすべき。
しかし、AI達を入れたら何でも出来る、人間の業務は不要になる、といったAI達ありきに考えるのが当たり前みたいな風潮が強い。メディアがメリットばかりを取り上げる影響もあるのだろうが、普通に考えてみれば、メリットばかりあるわけなく、あるメリットもたいしたことなく、これならば人間がやる方が良いケースなどザラにある。
今後、Deep Learning(専門領域ではDeep Learningは二種あるらしい。自己学習と自己学習から進化する奴、だった気がする。ここでは後者)が、凄まじくなり、人間の感性やセンスを問う仕事や人間のことを理解しないといけない業務(例えば、メールにしろ、定型系はRPAで可能だが、この人に向けた場合はちょっと表現を変えた方が印象良いな、と言った相手に合わせたメールは人間にしか出来ないのでは?)まで完璧にこなす可能性はある。
しかし、AI達には得意不得意があり、人間にも得意不得意がある。お互いパズルの凸凹みたいな形はしているはずで、ピタリと嵌るところで、AI達の力を借りれば良い。本書の寓話はそんなこともメッセージにしている気がする。