田中克彦のレビュー一覧

  • 言語学者が語る漢字文明論

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    この言語学者さん、昔〜しから、気になってましたが、読んだのは、はじめて、、なんかワザと極論いってて、そこまで言わなくても、と思うところはあるけど、最近、漢文やんなくちゃ、とか、、こつこつサンスクリットかじってる自分には、相当ショッキングな、考え方だけど、よ〜く考えてみると、そんなに違った方向ではなく、例えばお経の扱いとか、日本語として考えてみると、とても変で、文字・オト・意味の関係がおかしい、、でも消え去ることがないって、どういうことなんだろうとか、、

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    2017年09月11日
  • ことばと国家

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    社会言語学者の著者が、言葉と国家をめぐる複雑な問題を分かりやすく解説している本です。

    言葉はダイナミックな政治の文脈に置かれており、そのことに早くから気づいていた言葉の研究者たちは、国家や民族といった言語外的な要因を慎重に取り除いていくことに注意を払ってきたと著者は言います。そして、まさにこのことが、微細な権力構造が言葉に投げかけている影についての精妙な眼差しを社会言語学が獲得することを可能にしたと言ってよいでしょう。本書で取り上げられている諸問題は、そうした言葉と政治の絡み合いを垣間見せてくれます。

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    2015年12月24日
  • ことばと国家

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    丸谷某をはじめとした所謂日本の知識人への痛烈な批判の小気味良さは初めて読んだ時と今もって変わらない。
    でも今回の再読で一番感じたことは、現在の否応なく巻き込まれているグローバルな環境、つまりは英語優先主義の現状をどのように見ているのだろうか?ということ。
    アイデンティティーと深く結びつく言語の行く末を考えると、SF的世界を簡単に想像してしまう当方は完全に底の浅い輩と言うしかないかもね。

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    2013年08月24日
  • 漢字が日本語をほろぼす

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    良書。漢字のよくない面を取り上げており、漢字大好きの自分にとってはおもしろくない内容のはずだが、これがかなりおもしろかった。この著者のほんをもっと読んでみたくなった。

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    2013年08月15日
  • 漢字が日本語をほろぼす

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    日本語は漢字に毒されている。廃止すべきだ、という議論である。
    言語の本質は音であり、表意文字である漢字と表音文字であるひらがな、カタカナが並存することで、言語のリニアな構造が断ち切られる。
    それは、言語として不自然なことだと、筆者は言う。
    これに加え、筆者が熱心に漢字を廃止せよと主張するのには、世代的なものもあるのかもしれない。
    専門家が権威付けのためだけに、難解な漢語を使うのが、非民主的だという感覚があるようだ。

    どちらかというと、漢字制限をなし崩し的に撤廃しようとしている現在、非常に「過激」に見える議論だと思った。
    だが、貴重な意見なのかもしれない、とも思う。

    水谷静夫の『曲がり角の日

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    2012年09月28日
  • ことばと国家

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    言語学は客観的な学問であり、あることばを徹底的に記述研究すればよいとする立場とは全く異なる、「国家がことばをつくる」、話しことばこそが言語の基本であることを前提とした言語学の観点からの本。特に琉球語に関する考察は自分にとって身近な例であり、全体主義・言語純粋主義のもとに少数言語を抑圧する国家的体制の歴史の中にそれらの置かれてきた境遇の悲しみを感じる一著でした。

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    2011年12月06日
  • 漢字が日本語をほろぼす

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    少し年老いてきたが、著者田中克彦さんが相変わらず元気に言語における民主主義のために発言されている。学問的厳密さはないのかもしれないが、ユーラシアからの歴史観による漢字文化圏を相対的に見る視点、漢字という表意文字の持つ魔力などなど、刺激されることの多い本です。

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    2011年05月21日
  • ことばと国家

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    ネタバレ

    [ 内容 ]
    だれしも母を選ぶことができないように、生まれてくる子どもにはことばを選ぶ権利はない。
    その母語が、あるものは野卑な方言とされ、あるいは権威ある国家語とされるのはなぜか。
    国家語成立の過程で作り出されることばの差別の諸相を明らかにし、ユダヤ人や植民地住民など、無国籍の雑種言語を母語とする人びとのたたかいを描き出す。

    [ 目次 ]
    1 「一つのことば」とは何か
    2 母語の発見
    3 俗語が文法を所有する
    4 フランス革命と言語
    5 母語から国家語へ
    6 国語愛と外来語
    7 純粋言語と雑種言語
    8 国家をこえるイディシュ語
    9 ピジン語・クレオール語の挑戦

    [ POP ]


    [ お

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    2011年04月24日
  • ことばと国家

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     ○○語、ということばを想定した時点で、もうすでに国家という政治的な概念が含まれてしまっており、純粋な言語を取り出すためにはどのような困難が伴うかという言語学の基本的な問題について、母語と母国語、純粋言語と雑種言語、ピジン・クレオール、といった観点から分析している。ドーデの『最後の授業』の舞台となったアルザス地方の言語状況、フランスにおけるオック語とオイル語、世界に離散したユダヤ人のイディッシュ語とヘブライ語の復興などの具体的な事例が挙げられている。
     琉球語が「琉球方言」にならざるを得ない状況、ラテン語やギリシャ語にしか文法はないと思われていた状況と同じことがピジン・クレオールの問題にも起き

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    2013年09月15日
  • ことばと国家

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    言葉と言うものは、外国語という名称にもあるように、
    国家が成立するとそれにあわせて分類されることが多いが、
    実はそうではないという主張から始まり、
    早くから国家が成立し、言葉の整備が始まったフランス語の
    ラテン語からの脱却などが説明されている。
    それとは対照的に、国家の整備が遅れ、
    フランス語からの借用語が入るだけ入ってしまっていたドイツ語も説明されている。
    言葉は純粋に学問的に見たい場合でも、
    政治的要素を多分に含んでいるものだと思った。

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    2009年10月04日
  • ことばと国家

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    #2024年に読んだ本 30冊目
    #5月に読んだ本 1冊目

    随分前に買ったのだけど
    ずっと寝かせておいた本…

    たいへん興味深い内容

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    2024年05月07日
  • ことばと国家

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    母語と母国語の違いは何か,こういうことを考えたことがあるだろうか.また,通じて「正しいことば」とは何か,ということも考える.方言や俗語もれっきとした「ことば」なのである.

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    2015年06月19日
  • 漢字が日本語をほろぼす

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    言語は使いやすくおおらかで親しみやすいものがマーケットで選ばれる。複雑怪奇、きわめて難しい言語である日本語は決してスタンダードにはなりえない。窒息するような難しさは外国人にはまず無理。とりわけ、医学用語は、医術の秘儀性、患者との距離を広げようとしたのか、難解極まりない。漢字の難しさが外国人の医療現場への流入を妨げているとも言われている。明治の初期すでに森有礼が日本の公用語として英語を導入しようとしている事実は興味深い。国際的場面で日本語は窮地に追い込まれている。漢字の多用は言葉の力の貧しさなのであると深く自戒しなければならない。

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    2014年08月14日
  • ことばと国家

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    言語と方言。祖国と故国。母国語と母語。話し言葉と、書き言葉。

    母語とは、母から口語で聴いて自然と受け継いだ言葉。
    ユダヤ人や、第二祖国を持たない、日本人である自分は、母語≠母国語でなく、故国・故郷とは別の祖国を意識する事がないが、都内で仕事・生活を続けるにあたって、方言が自分の中から失われようとしている現実は、故国、母語をも失い兼ねない事になるのだと気付かされた。

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    2013年03月05日
  • 漢字が日本語をほろぼす

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    志賀直哉の復刻版かと思ったら田中克彦だった。昔から漢字廃止論があるのは知っていたし、私が今住む地では事実上廃止されている。しかし日本語と韓国語では音韻・文字体系が異なるので、日本語では現実的でないと思っていた。日本語の表記法が優れたものとは思わないし、筆者の言わんとすることも分かる。それでも、唯でさえ弁当箱と一部で揶揄される京極夏彦本が正立方体になり、片手で持てなくなるという一点において私は反対だ!(笑)途中苛ついたが読後感は悪くない。どうやらツラン文化圏のロマンにやられたようだ。トルコ語でも勉強するか!


    活字好きには、かなり挑発的なタイトルだなあ。^^;取り敢えず、お手並み拝見! 201

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    2012年09月12日
  • 漢字が日本語をほろぼす

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    82ページ
     みずず書房
      ◆みずず書房→みすず書房

    180ページ
     一九七四年のことだと言われる。日本の訪問団が中国を訪れた際に、一行の代表西園寺公一氏が、中国側に、かつて日本が中国に加えた蛮行をわびたところ、鄧小平氏は、「中国もまた日本に迷惑をかけた。一つは『孔孟の道』を伝えたことであり、二つ目は「漢字の幣」を与えたことだ」と応じたという。
      ◆漢字の幣→弊

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    2011年08月31日
  • ことばと国家

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    以前も読んだはずですが…すごく新鮮でした。ことばという日常どこにでもあるものが最も権力と結びつきやすい。でも、水とか食料もそうですね。

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    2010年03月02日
  • ことばと国家

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    文章が難解で読みにくいです。

    言語における考察を作者がつらつらと書いてる。特に大した感想を抱かなかった。ふーんって感じの本。

    母語っていう単語にすごい執念を持っているが、専門領域にしている人でなければ母国語と敢えて区別しないところをつっこみまくっている。

    いや、ほんとに可も不可もなくって感じの本です。

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    2009年10月07日
  • ことばと国家

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    「母国語」と「母語」は違うのか。ふむふむ。

    気になった表現。
    「現実にある言語共同体が用いていることばであって、話されているだけで書かれることのないことばは存在するが、書かれるだけで話されることのないことばは存在しない。つまり、話すことはつねに書くことに先行する。」p.26
    「文法の安定と不変を願う気持が、それを正しいときめ、それからの逸脱を誤りとするから、言語の変化はいつでも誤りであって、正しい変化というものは論理的にはあり得なくなるであろう。そのことはつまり、言語に関するかぎり進歩という概念はあり得ないということになる。」pp.72-73

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    2009年10月04日
  • ことばと国家

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    大学生のときに読んで、「国語」とはつくられたものだったということを知ってかなりのショックを受けました。

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    2009年10月04日