上坂冬子のレビュー一覧

  • 死ぬという大仕事

    Posted by ブクログ

    作家上坂冬子さんが、がんでなくなられたのは2009年4月14日。

    本書は「緩和ケア」にふれた筆者が自身の体験として、そしてジャーナリストの視点から緩和ケアを綴った遺作となる。
    2009年6月に刊行されたものの文庫版で、編集者からの追記が加えられている。

    上坂冬子さんの希望が綴られているとともに、当時(ほんの数年前)のがん医療、緩和ケア、終末期医療の課題が浮き彫りにされている。

    上坂冬子さんらしい語り口と、それに対する慈恵医大病院の医師、理事長の率直な意見がお茶を濁すことなく記されている。

    ユーモアあり、ストレートな問題提起ありと満足できる内容となっている。

    がん患者の立場から、また、医療を行う立場からの視点と、深く味わうことが出来た。

    患者の立場からという点では、上坂冬子さんのようなある種達観した状態で入れるのはまれだと思うけども、だからこそ展開できた話題は大変貴重だと思える。また、医療者の視点から、特に慈恵医大の建学の精神「病気を診ずして病人を診よ」という根底にある精神が貫かれていることに胸を打たれた。

    緩和医療実践のためにとる行動にはどのようなものがあるのかはっきりとは分からないけども、現状をしっかりと見つめるという点で非常に勉強になった。

    ----------------
    【内容紹介】
    女流作家の話題の遺作がついに文庫化
    2009年4月14日に死去した作家・上坂冬子氏の遺作が文庫化。08年秋にがん再発が見つかり、手遅れと言える状態から、「緩和ケア」医療を選択することで残された時間を有意義に生きた記録。それは同時に、自らの病状を受け入れて、「いかに自分らしく死ぬか」を徹底して追求した時間でもあった。
    また上坂氏は、望む治療が受けられない「がん難民」が多発する医療制度に疑問を抱き、自らの闘病を詳細に明かすとともに、病室で医師らにインタビューして原稿にまとめた。かつてない赤裸々な筆致で末期がん患者の本音と真実が語られた「最後の傑作」である。
    発売当初から大反響が起きて原書は版を重ね、「死」をテーマとしたノンフィクションとしては異例のベストセラーとなった。
    今回、文庫化に当たって当時の主治医ほか医療スタッフに再取材し、この3年間で医療現場、緩和ケア体制がどのように変わったかを追補した。
    ----------------
    【目次】
    追悼 最期の日まで作家として
    
第1章 がんは治すな、付き合うべし
    ・終末期医療と緩和医療はどこが違うか
    
・「高齢者は進行が遅い」は迷信
    
・「悶絶死」でなければ本望です

    ・もう住んでいた家も売り払ってしまった

    第2章 医者と患者をつなぐ「命を懸けた信頼関係」
    ・女性は枯れ木が朽ちるように、男性はバキッと折れるように

    ・命をあずけたからには担当医の人生観に従います
    
・「散る桜」に美しさを感じる日本人の死生観

    第3章 自分らしく生きるために
    ・「がん難民」を生む医療は許せない

    ・死期は自分でわかりますか?

    ・できることなら誰にも知られずに死にたい

    第4章 すべての患者に全人的医療を
    ・慈恵医大病院長が語る「医療制度の大きな課題」

    ・受け継がれた「病人を診る」精神と、日本人が失ったもの
    ----------------

    0
    2013年01月16日
  • 償いは済んでいる―忘れられた戦犯と遺族の歴史

    Posted by ブクログ

    本書の中で上坂冬子氏は次のように仰っている。「戦後補償を論ずるなら、敗戦から講和条約締結までのあいだに戦敗国が戦勝国から受けた報復の事実と、いわれたとおりに日本が済ませた償いの事実を見極めてからにすべきです。そして、もし日本が国際社会に向かって不戦決議をするなら、まず何よりも不公平な裁判によって戦争”犯罪人”と位置付けられてきた名もない国民の名誉回復を決議するのが先決だ」この言葉は本書の内容を、そして現在の日本の異常とそこからの脱出を的確に表現していると思います。

    0
    2010年05月22日
  • 対論・異色昭和史

    Posted by ブクログ

    ちょうど出たばかりのこの本を、さていつ読もうかな、などと思っている時に、残念なことに、上坂冬子の訃報が入りました。

    思えば彼女は、筋金入りの保守派でした。どちらかというと、まぎれもなく、真剣に対峙するとしたら、とんでもない許し難い保守反動でした。

    悪しき改憲論者で、韓国従軍慰安婦への無理解や、夫婦別姓反対で、戦中派に相応しく皇国史観を残存した前世紀の遺物=シーラーカンスに似た化石に近い存在でした。(けなしているように見えますが、私流にちょっとお茶目に、面白可笑しく装って、誉めそやそうとしているのですが、あまり成功していません・・・)

    そういう、どちらかというと敵なのに、でも何故か、彼女の本を少なくとも20冊以上読んで来ました。

    亡くなった兵へのレクイエムと、遺骨返還を求めた、和智恒蔵という玉砕を免れた人の執念を描く『硫黄島いまだ玉砕せず』(1993年)や、そういえば、いま池袋サンシャイン60が、元の巣鴨プリズンという現在の巣鴨拘置所の前身だということを知っている人が何人いるでしょうか?その場所で、BC級戦犯52人が、戦争中に捕虜を虐待したとか処刑した罪で絞首刑になったこと、職務に忠実だっただけで裁くという正義が米国にあるのかと問うた『巣鴨プリズン13号鉄扉』(1981年)は、涙して感動して読んだ記憶があります。

    いま気づきましたが、ちょうど1930年生まれですから、奇しくも、立場や思想性はまったく正反対で、護憲派ですが、同じく戦争に関する著作を数多く物する、澤地久枝と同い年ですね。

    普通のOLだった1959年に「職場の群像」で思想の科学新人賞を取ってデビューして50年、敵ながらあっ晴れな方だったと思います。

    ご冥福をお祈りします。

    この本は、そのデビュー時に絶賛して見守ってきた鶴見俊輔との半世紀ぶりの対談。

    86歳の哲学者と78歳のノンフィクション作家の、思想的には正反対の二人の会話で、噛み合うはずがない、と思いきや、これが案外、意気投合した興味津々の話題が目白押しです。

    0
    2011年08月06日
  • 新版「生体解剖」事件 B29飛行士、医学実験の真相

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    太平洋戦争が終る3ヶ月前、九州に墜落したB29爆撃機の飛行士が九州大学医学部の解剖室へ運ばれた。そこで生きたまま医学実験や解剖の犠牲となった。終戦間際の混乱の中、いったい誰が指示をしたのか、軍の命令に九州大学の医師たちはNOと言えなかったのか。それとも、医師たちも自分の研究の成果を上げるためにすすんで協力したのか。

    この事件に関しては、遠藤周作の『海と毒薬』を以前読んだことがある。映画化されたものも観ている。しかし、その当時はどちらかというと“フィクション”という感覚のほうが強かった。その後いろいろな本を読み、太平洋戦争中の日本軍のしてきたことを知るようになった今、あらためてこの本を読むと“事実”に恐ろしくなる。

    0
    2019年02月05日
  • 日本はそんなに悪い国なのか A級戦犯・靖国問題・平和祈念碑設立をめぐって

    Posted by ブクログ

    靖国問題について知りたくて読書。

    平成に入るくらいまで臭いものには蓋ように避けてきた問題、憲法改正もそうだし、先の大戦での分析や反省も避け、自虐史観を貫き通してきた印象がある。

    日本が岐路に経つ今、日本人自身が主体的に総括して、中国や韓国へ発信ししていくことは大切なような氣がする。

    靖国神社の問題は、私も含め日本人が知らなすぎる。A級戦犯とB級、C級の違いを知っている人がどれほどいるのか。恥ずかしながら私は、教壇に立っていた時代も正しく認識していなかった。日本のことですら知らないことが多すぎる。もっと謙虚に歴史を学ぶべきだと思う。

    一貫して感じるのは、戦争が人の運命を変え、不幸にすること。戦争を防ぐために外交でしっかりと主張し、国益をつぶけ、対等な付き合いをしていくことが大切だと改めて思う。

    戦後復興期に独立したインドネシアやフィリピン、台湾、中国との貿易や関係に深く貢献した旧日本兵や日本人がいる歴史を忘れてはいけないと思う。

    読書時間:約1時間5分

    0
    2013年01月30日
  • 対論・異色昭和史

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    [ 内容 ]
    雑誌『思想の科学』への投稿がきっかけで交流が始まった二人。
    半世紀ぶりに再会し、語り合った昭和の記憶とは?
    「戦時体制にも爽やかさがあった」と吐露する上坂氏に対して、「私もそう感じた」と応える鶴見氏。
    一方で、「米国から帰国したのは愛国心かしら?」と問う上坂氏に、「断じて違う!」と烈火のごとく否定する鶴見氏。
    やがて議論は、六〇年安保、べ平連、三島事件、靖国問題へ。
    護憲派、改憲派という立場の違いを超えて、今だからこそ訊ける、話せる逸話の数々。
    「あの時代」が鮮明によみがえる異色対論本。

    [ 目次 ]
    第1章 戦時下の思い出(戦時体制の爽やかさ 張作霖爆殺事件の号外 ほか)
    第2章 戦時体制化の暮らし(翼賛議会に異を唱えた「一刻」な議員たち ハーバード大学で都留重人と出会う ほか)
    第3章 戦後日本をあらためて問う(八月十五日の記憶 ラク町のお時 ほか)
    第4章 「思想の科学」の躍動ぶりと周辺の事件(ノーマン自殺の真相 跡取り息子の座からはずされた都留重人 ほか)
    エピローグ 教育とは、そして、死とは(デューイと親交のあった校長先生の話 林竹二の授業について ほか)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

    0
    2011年04月21日
  • 巣鴨プリズン13号鉄扉 BC級戦犯とその遺族

    Posted by ブクログ

    ・読み応えあり。こういうのを丹念に掘り起こすのがカミサカさんの真骨頂だよなあ。時間の降り積もりに埋もれていく一方の歴史を掘り返してくれる。
    ・サンフランシスコ講和条約以降にプリズンの制約がかなり緩んだあたりは、以前読んだ「プリズンの満月」に詳しかったので一助となった。
    ・何にしろ戦犯なんてのは戦勝国の一方的な報復行為に過ぎないんだよ。敗戦国としてはそれは受け入れるしかないんだけど、それは敗戦後の栄華に引き換えて生贄を供出した行為に他ならない。それだけは忘れちゃいけないと強く思う。
    ・そして家族。戦犯とされた人達の家族を思うとき、この文明の名を借りた理不尽についてとことん思い知らされる。

    0
    2010年02月18日
  • ひとりで暮らす ひとりで生きる 女の生活力

    Posted by ブクログ

    ひとりで暮らす知恵
    馴染みの店を確保
    近くに住む他人を大切に
    魔の時間、魔の季節対策
    夜中 目が覚めたらどうするか
    何をするか 
    洗濯物を片付ける 作者の場合
    コンビニの近くに住む
    深夜に電話できる友達
    年末年始 ゴールデンウィーク
    旅行する
    生きている間は一日でも機嫌の良い日を増やした方が良い

    0
    2022年04月07日
  • 日本はそんなに悪い国なのか A級戦犯・靖国問題・平和祈念碑設立をめぐって

    Posted by ブクログ

    一本筋の通った女性論客。本書では、日本だけを不当に貶める従軍慰安婦問題、日本降伏と同時に中国に残された子女がソ連兵に凌辱されて泣き寝入りしている点(占領下の米兵の乱暴狼藉も同様)、東京裁判という勝者の論理だけで推し進められた戦争犯罪裁判(石油を止められ自衛のために戦争をした日本人が悪いのなら、植民地主義を推進していた欧米諸国や原爆や東京大空襲などの無差別殺戮は問題なかったのか)、今なお「戦争犯罪人」というレッテルを貼られて不当な差別を受けている戦犯家族たちの名誉回復など戦後日本が声を上げなかった問題を提起しています。また、本書では上坂との対談内容が収録されていますが、瀬島龍三、山本卓眞、中曾根康弘との話はやはり面白い。
    最後は、著者プロフィールです。

    上坂 冬子(1930年6月10日 - 2009年4月14日)は、ノンフィクション作家。本名、丹羽 ヨシコ。
    略歴:
    東京府生まれ。父は警察官で、特別高等警察に勤務していた。弟は、元河合塾教育本部長の丹羽健夫である。
    永田町小学校(現麹町小学校)を経て、愛知県立豊田東高等学校卒業。1949年にトヨタ自動車工業(現:トヨタ自動車)入社。在職中の1959年、『職場の群像』で第1回中央公論社思想の科学新人賞を受賞したことを機に文筆活動を開始。以後ノンフィクション作家として執筆活動に専念する。
    初期には婦人問題に関する評論を、その後昭和史・戦後史にまつわるノンフィクションを多く手掛けた。1993年には第41回菊池寛賞、第9回正論大賞を受賞。1997年、『原発を見に行こう』で第17回エネルギーフォーラム賞普及啓発賞を受賞した。
    保守系論壇誌において靖国神社問題に関する発言を活発に行なった。左派的とされる思想の科学研究会会員でありつつ保守的な論陣を張ることが多く、上坂を見出した同研究会のリーダー鶴見俊輔とは対極の立場でもあったが、鶴見は上坂を高く評価しており、死去と前後して鶴見との対談本『対論・異色昭和史』が出版されている。
    若い頃の失恋体験から生涯独身を通し、倹約してアパートを建て、やがて4階建てのマンションを建ててテナントを入れ、自らは最上階を専有し、経済的な心配がなくなってから心置きなく執筆活動に打ち込んだ。
    2003年に『「北方領土」上陸記』を出版し、翌2004年には本籍地を国後島へ移した。
    2009年4月14日9時50分、肝不全のため東京都港区の東京慈恵会医大病院で死去。78歳没。
    発言:
    靖国神社問題を解決すべく設立された内閣官房長官の諮問機関「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」の委員として報告書を提出。「追悼・平和祈念を行うための国立の無宗教の恒久的施設が必要と考えるが、最終的には政府の責任で判断されるべきだ」との意見に賛成した(反対委員は坂本多加雄のみ)。(ウィキペディア)

    0
    2021年04月22日
  • 対論・異色昭和史

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    例えば張作霖爆殺事件に関して「河本大作が悪いと決め付けることはできない」という上坂は、「どうせやるなら、ばれないようにやれ」という声にはどうこたえるのか?この失敗が招来した満州事変~シナ事変~太平洋戦争という破滅の流れに一定のきっかけを与えた結果責任はまさに河本らにこそ問うべきだろう。鶴見はそうしたリアリスト的な振る舞いは好みではないようだが、骨の髄から皇国小国民の上坂らにはこういうガチガチのリアリズムから一度徹底的に批判されなければならないのではないか?

    0
    2014年01月08日
  • 対論・異色昭和史

    Posted by ブクログ

     昭和史の対論という表題に惹かれて読んでみたが、鶴見俊輔という巨大な知性が光った本であると感じた。
     鶴見俊輔は、ベ平連で有名なリベラリストであるとは知っていたが、本書でその生まれや過去、考え方がよくわかった。鶴見俊輔は、後藤新平の孫にあたり、戦争前の1938年(昭和18年)16歳時にアメリカに単身留学し、1942年(昭和22年)日米開戦後に交換船で帰国するなど、いいとこのぼっちゃんである一方で冒険的な人生を謳歌した過去を持つ。リベラルといっても、様々な過程があることを伺えさせ、多種多様の多くの知人を持ち、幅の広い人間であることが対談の内容からもよくわかる。それにしても、この知識の広さ・深さはすごい。
     たとえば「日本国憲法」の話題が出れば、打てば響くように、その周辺事情を詳細に語り、関係者の個人名もスラスラ出てくる。その内容も、一家言あり、読んでも面白い。知性とはこういうものかと驚嘆した
     鶴見俊輔は、昭和32年の総理大臣吉田茂の防衛大第1期卒業生の訓示についても語る。「君たちは自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり歓迎されたりすることなく終わるかもしれない。非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。ご苦労なことだと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を変えれば、君たちが『日陰者』扱いされている時の方が、国民や国家は幸せなのだ。耐えてもらいたい」。こう言う言葉を語る吉田茂もすごいが、この言葉がスラスラ出てくる鶴見俊輔もすごい。多くの歴史的エピソードを語る時も、出てくる歴史的人物の多くが個人的知り合いであることは、当時の日本のエスタブリッシュメントのインナーサークルの狭さも伺える。
     「教育勅語」について語る時も、単純な批判ではなく、教育勅語を書いた元田ながざねや、その先生である横井小楠について語ると共に、その内容の「諌争」について、また「軍人に賜りたる勅愉」についても語る。とにかくすごい知識だと感嘆した。
     上坂冬子氏は、小説家だが、その鶴見の知性をふんだんに引きだす力は、やはり知性のひとつのあり方と感じた。二人の長い人生がところどころでクロスするところがこれもまた面白い。
     本人たちも楽しんで対談している雰囲気がよくわかるし、読んで、あまり記憶に残る内容ではないが、歴史のエピソードを知ると共に、より広い視点と知識を得ることもできる本であり、本書は、素直に面白い本であると感じた。

    0
    2011年12月21日
  • 対論・異色昭和史

    Posted by ブクログ

    リベラルと戦後の市民運動を代表する哲学者・鶴見俊輔氏と保守を代表するノンフィクション作家・故上坂冬子女史の「異色対談」

    肩書きだけ見るならば、左右対決、核心と保守の対峙とイメージしがちですが、早計することなかれ。

    市民「である」ことを立ち上げる鶴見氏と、日本「なるもの」に固執するふたりには共通することも多く、初期の『思想の科学』での幅広い交流、物事に対する二人の異なる視座と同じ心情を垣間見ることができる一冊で、単純な思想的対立構造でものごとをスパッと理解することなんて不可能であるということを丁寧に浮き彫りにしてくれる一冊。

    であると同時に、戦後日本の追悼史ともなっている。


    リベラル、市民派を自称する人、そして保守を自認する人こそが読むべき対談であろう。

    0
    2010年11月23日