佐々木毅のレビュー一覧
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狐のような狡猾さと獅子のような獰猛さを以て統治せよ、といったフレーズで議論を巻き起こしたと言われる本。まぁ一つのフレーズが一人歩きして印象を代表してしまうことはこの本に限らずいくつもあるだろうけど、ご多聞に漏れずこれも言うほど過激ではないと思う。表面上穏やかなだけな人を「優しい人」と呼ぶ種類の人間にとっては、過激と捉えられるだろうが。
全部で20数章にわたって著者が仕える君主に対して上梓する君主足るものこうすべき、といったことが書かれている。様々な事象を持ち出すのはよいことだが、それぞれのケースについて知らないとあまりピンと来ないどころか、どっちが味方だかわからないというようなことにもなって非常に読みづらい。それに、例外のケースも挙げるのはよいが「幸運だったから」と片付けられるのもなんだかなぁ。
ただ、それぞれの理論についてはなかなか面白かった。個人的にお気に入りなのは23章の良き君主でないと良き助言は得られない、というくだり。なんでも他人のせいにしちゃうような上司に言ってあげたい御言葉でございます。 -
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現代の政治学を学ぶにあたって欠かすことのできない重要な文献の内容紹介をおこなっている本です。とりあげられているのは、ウェーバー『職業としての政治』、ミヘルス『政党の社会学』、リップマン『世論』、ハイエク『隷従への道』、アレント『人間の条件』、ダール『ポリアーキー』、ロールズ『正義論』、ハーバーマス『後期資本主義における正当化の諸問題』、丸山眞男『現代政治の思想と行動』など、15冊です。
編者の佐々木毅には、本書のほかに『政治学の名著30』(ちくま新書)という著作もあり、こちらは単著のかたちで政治学の重要文献を紹介しています。これに対して本書は、それぞれの著作の内容とその現代的意義を、各執筆者がそれぞれの解釈を交えつつ解説をおこなっており、かいなでの紹介とはちがったおもしろさがあります。 -
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世界史をほとんど知らないので、今一つ具体的事例がピンと来なかったが、抽象度の高い記載は、君主をリーダーや経営者に置き換えて読むと、十分現代にも通じる。(当たり前だが。)
内容的には、韓非子に通じるように感じた。韓非子よりずっとコンパクトだけど。
「心の訓練についてみるに、君主は歴史を読み、その中で偉人達の行動を考察しなければならず、戦争において彼らがどのように行動したかを知り、勝因と敗因とを検討して後者を回避したり前者を模倣したりできなければならない。そしてこれら偉人達も彼ら以前に称賛と栄光を体現していた人物を模倣し、その者の立ち居振舞を座右の銘としたのであった。」
「恐れられるよりも愛される方がよいか、あるいは反対であるか、と。これに対して双方であることが望ましいと人は答えるであろうが、しかし両者を得ることは難しく、したがって両者のうちどちらかが欠けざるをえない場合には、愛されるよりも恐れられる方がはるかに安全である。それというのも人間に関しては一般的に次のように言いうるからである。人間は恩知らずで気が変わり易く、偽善的で自らを偽り、臆病で貪欲である。君主が彼らに対して恩恵を施している限り君主のものであり、生命、財産、血、子どもを君主に対して提供する。しかしこれはすでに述べたようにその必要が差し迫っていない場合のことであり、その必要が切迫すると彼らは裏切る。したがって彼らの言葉に全幅の信頼をおいている君主は他の準備を整えていないために滅亡する。」
「『この戦いに関与しないことが諸君の利益であるという見解ほど、間違った考えはない。中立によっては感謝もされず、尊厳も得られず、勝利者の餌食になるだけだからである。』
いつも起こることであるが、味方でない者は中立を要求し、味方である者は武器を執るように要求するものである。優柔不断な君主は、現前の危険を回避しようとして多くの場合中立政策をとり、多くの場合滅亡する。」
「…君主は諸々の事柄について下問し、彼らの意見を聴取し、その後一人で自分なりの判断を下すべきである。この場合これら助言者達および各々が、腹蔵なく意見を述べれば述べるだけますます受け容れられることを各人が知るようにしなければならない。またこれらの人々以外には耳をかさず、決断したことは実行し、決定は断固として守ることが必要である。もしこのように行動しないならば、追従者によって危険に陥れられるか、あるいは他人の意見が種々雑多であるのに応じてしばしば意見を変更することになり、君主の評判の低下を招く。」 -
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マキアヴェッリの『君主論』は「目的のためには手段を選ばず」というマキャベリズムを説いた書として長年批判されてきたものであるが、マキアヴェッリが本書を著した時代背景を踏まえると、大分異なる捉え方のできる著作である。
マキアヴェッリが活躍したルネサンス末期、16世紀初頭のイタリアは小国に分裂し、互いに領土を奪い合い、かつ大国フランスやスペインからも領地と財産を狙われる戦乱の時代で、マキアヴェッリは弱小国フィレンツェ共和国の官僚として外敵の脅威にさらされ続けた。
そして、他国の様々な権力者について見聞きしたことから学んだ君主のあるべき姿をまとめ、自国の君主メディチ家の小ロレンツォに献呈したものが『君主論』であるが、マキアヴェッリは、本書で、フランスのような安定した王政ではなく、新しく君主となって人民を支配し、権力を維持・発展するための方策を具体的に提言しているのである。
マキアヴェッリが理想とした同時代の権力者チェーザレ・ボルジアを取り上げ、「愛されるよりも恐れられる方がはるかに安全である」と言う第17章、「君主、特に新しい君主は、人間が良いと考える事柄に従ってすべて行動できるものではなく、権力を維持するためには信義にそむき、慈悲心に反し、人間性に逆らい、宗教に違反した行為をしばしばせざるを得ない、ということを知っておかなければならない」と述べる18章は、マキアヴェリズムの真髄を示すものとして物議を醸し、後代の批判の最大の的となったが、上記のような時代背景を無視しては、マキアヴェッリの真意を取り違えかねない。
また、マキアヴェッリは、ほぼ同じ時期に『リヴィウス論』という共和制ローマの歴史を踏まえた、本書と主張を異にする政治論を著しており、相互に補完する著作として読まれるべきであるとも言われる。
状況を踏まえて参考にしうるリーダー論の一つである。 -
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どのみち協働は避けられないのであれは、リーダ、フォロワのいずれの立場であったとしても統治の本質は理解すべきであり、本書はヨーロッパという様々な国を例に幾つかのパターンと比較によりその本質を暴く本である。
何らかのヒトのまとまりで協働する場合、その統治について過去の経験を得るための本である。現在や日本という土地にいると気づきにくい観点も含め広く論じられている。
統治される側からすれば、自らをより有利な環境に置きたくなるのは当然であり、その判定はかなり本能的になりがちである。その本人の資質も当然関与するだろうが、他者との関係性などの環境要因が大きいと改めて思った。
本書では、トルコ、フランスの統治が異なるため、仮に侵略があった場合に起こり得る状況を比較している。集団としての構成員はその環境下の損得と理念により判断をしているという前提に基づいている。
自分に振り返ると、自らの専門能力のスペックアップに注力し、環境を理解したり、環境を変えたりするなどの統治に関するスキルはあまり意識していなかった。当然、あまり上手くいかない訳であるが、その理由と今後の対策の一端に気づくことができた。
残念なのが、今の自分に活用するための読み替えに手間取る事である。その原因の一つは世界史の知識の無さである。学校の勉強から逃げてきたツケである。 -
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本書では二つの視点から、「学ぶ」ということが語られる。
一つは自分自身の人生における在り方としての学び。
もう一つは歴史的にみた上で、いわゆる人にとっての学び、という観点である。
東日本大震災という一つの出来事をクローズアップした章から、世界史に登場する各人の思想や作品を取り上げながら幅広く語られた章まで様々。
また、第四章では「学び」の四段階を示してくれる。(これを待っていた、笑)
勉強することと、学ぶことの違い。
情報が溢れる社会に生きていながら、その環境に満足してしまっているだけのように思う。
高校、大学生に読んでいただきたい一冊である。 -
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<きっかけ>
先に読んだ本「選ばれるプロフェッショナル」で紹介されていた。
<学んだもの>
リーダーが備えるべき資質、取るべき配慮・行動
<内容/感想>
前半でマキアヴェッリの人生、後半で君主論の和訳を記述。
前半を受けて後半を読む構成はとても良かったが、前提知識がない中では前半の文章が非常に読みづらかった。後半はすっきり明快。
あるべき君主像を論じるというよりは、「傭兵は用いない」「万人受けを狙わない」「人に憎まれることだけは避ける」など、新しく君主になる際に気をつけること、君主になった後に気をつけることといった、君主が取るべき配慮や行動について具体的・実践的に記述されている。 -
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最近のマイテーマ「戦争・戦略論」の自主課題図書。
もーっとえげつない権謀術数論かと思いましたが、思ったより、普通。
暗黙の了解を敢えて文章にしました的な。
まあ、その時代にそれをしたことに意義があるのでしょうけれど。
さすがに今の時代にそぐわないと思われるありますが(1513年の作品ですから…約500年前?)むしろ今でも十分通用する指摘もいっぱい。
個人的に16章~19章、23章、25章はなるほどと思わされた。
あくまで「上に立つ者」として、だけど。
私には無理だ。
しかしこの本を書いたマキアヴェリ自身が当時の政治情勢・君主に翻弄される人生を送ったのは皮肉であること。