あらすじ
近代政治学の古典として名高い『君主論』。その著者マキアヴェッリは、都市国家が並び立つルネサンスのイタリアにあって、共和政のフィレンツェ市書記官として活躍。国際政治の荒波のなか、軍事、外交にわたり東奔西走の日々を送った。その豊かな体験を生かして権力の生態を踏まえた統治術として執筆した名著を、政治学の第一人者が全訳し解説する。(講談社学術文庫)
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Posted by ブクログ
私が読んだのは講談社版の2022年第31刷版なのですがこれがとにかくおすすめです。というのもまずこの本は「大文字版」ということでシンプルに文字が読みやすいです。文字の見やすさって意外と大事ですよね。特にこうした古典作品ですと小さな文字が並んでいるだけで「うっ!」となってしまう方がたくさんおられると思います。私もそうです。読み始めるのにもかなり覚悟が必要になってきます。その点でこの「大文字版」は非常にありがたいです。
また、本書の冒頭に訳者による「まえがき」があり、そこで時代背景やこの本を読む際のポイントなどを解説してくれています。これもわかりやすく、挫折しがちな『君主論』を読み通す際に大きな助けになってくれると思います。
そして『君主論』そのものについてなのですが、正直前半部分はあまり面白くないです。内容も掴みにくく、読むのが苦しい展開が続きます。ですがそれを耐えて中盤に差し掛かる頃、第六章くらいですね、この辺から一気に面白くなってきます。ですので前半はなんとか耐えてください。厳しければ流し読みでも構いません。中盤まで来てしまえば一気に読みやすくなります。別物の作品なのではないかというくらい面白くなってきます。
私もかつて『君主論』に挫折した一人でありますがまさにこの前半で躓き、中盤からの展開を全く知らずにおりました。もしあの時中盤までたどり着けていたら挫折することなく読み切ることができたかもしれません。それほど中盤からの展開は面白いのでぜひご期待ください。
そして繰り返しになりますがぜひ『君主論』を読む前に高階秀爾著『フィレンツェ』とサマセット・モーム著『昔も今も』を読んで頂ければと思います。この二作品を読めば『君主論』がとてつもなく意味深く面白い作品であることがよくわかります。これは絶対におすすめしたいです。
Posted by ブクログ
ヨーロッパの数々の君主たちの行動を冷静に分析することにより、統治する際のあらゆるケース、求められる君主像を論じている。君主論が古典の中でも色褪せないのは、現代でも通じる組織論でありリーダー論だからだと思う。帝王学の一端はいつか役立つ知識になるかと。
Posted by ブクログ
理解しやすかった。
必要に駆られて読んだからかな。
分からないけど、読みやすくてよかったよ。
権力者はなぜ権力者たり得るかという問いに
力量があるからだという答えを出していたのは衝撃。
今のエジプトとか北朝鮮とかがこれをそのまま採用しているなんてことはないだろうけど、視点として持っておいて損はない。
Posted by ブクログ
以前に岩波文庫のものを読んだが、二度同じものを読むよりは訳者が違うものを読む方がいいと考え、今回は講談社学術文庫のものを手に取った。
改めて目次を見てみると、目次のすごさが目を引いた。目次を見るだけでマキャベリという人が対象をどれだけ明快に分類し、考察していたかがわかる。
「本は目次が大事」はその通りかもしれない。目次が良くないものは、著者も明快に考察できていないと考えた方がよい。
この本を読むのは二度目で、しかも『わが友マキアヴェッリ』や『マキアヴェッリ語録』を読んだ後なのでスーッと入ってくる。なんといっても一気に読み通せてしまう長さであるのが良い。訳は特別良くもなく、悪くもなく…。一章ごとに少しの解説が書かれているのは良かった。大文字版の親切設計も良かった。
Posted by ブクログ
なかなか上質なビジネス書でございました! ビジネス書じゃない? まっさかー(^^)
んで、本書が書かれたのは1500年頃とのことですが、その理念は現在にも通ずるところがあります。君主を上司、リーダーと置き換えてみたり、臣民を部下と置き換えてみたりすると、意外としっくりきちゃうのです。今後、まったくの新天地にリーダーとして招きいれられた場合、どのようにふるまったらいいのか、そのヒントがここに記されています。
もちろん、すべてが全て使えるというものでもないでしょう。さすがに、権力者を一同に集めて暗殺するなんてね。まあ、そのへんは比喩的に捉えてみたらいいのだと思います。
繰り返しになりますが、一つのリーダー論がここにあります。リーダーたる者、どのように行動すればよいのか? 部下とどのように接すればよいのか? 自分と同程度の権力を持つ方を対処するには? などの考え方を参考にしてみるのも面白いです。こんな時代だからこそ『君主論』! (`ー゜)b
ただ、作品の成立背景から「世界史」的な世界観が見え隠れし、そのような記述が多く見られます。そのため、高校時代に「世界史」を嫌いだった方、特に「え、僕? いやあ日本史選択だったなあ。世界史ってカタカナ多いじゃん? ああいう人名とかマジ無理なんだよねー」なんて言ったことのある人には、読んでいて辛いところもあるかと。まあ実際、僕がそうだったんですがね。
【目次】
まえがき
君主論
マキアヴェッリ年表
索引
Posted by ブクログ
訳が上手くてとても読みやすかった。
なんとなく孫子と似ているな、と思う。
ただ、孫子は主に軍事面から論じており、君主論は統治面から論じている点が違いだと思う。
当時のイタリアの世相や社会情勢が本からよく伝わってくる。
孫子はあまり感情的な記述が少なく作者の想いはあまり見えてこない教科書的な内容(これは善し悪しではなく)だけど、君主論は作者の感情面が伝わってきて面白い。
自分のキャリアから得た経験を客観的かつ冷静に分析している著者マキャベリの頭の良さ、みたいなものがにじみ出てます。
内容としては、思い当たる節が色々ある。
【メモ】
ところが人間は思慮が足りないために、あることを始めるに際して好ましい面があるとそこに潜んでいる毒には気がつかないものである。
→全くですね。はい…笑
Posted by ブクログ
立場によって読み取り方が異なる本。
世間でいうマキャベリズムとこの本で本当に言おうとしていることは違うと思います。
君主がどうあるべきかを述べた本であり、君主になるための方法論ではありません。
エッセンスをビジネス書として読むことができます。
1.この本を一言で表すと?
・超現実的な政治手法
2.よかった点を3〜5つ
・人間は寵愛されるか、抹殺されるか、そのどちらかでなければならない(p38)
→人間の本質を見抜いている。
・すべての国にとって重要な土台となるのは、よい法律とよい武力とである(p105)
→権力の根源をわすれてはいけないという戒め。
・賢明な君主は信義を守るのが自らにとって不都合で約束をした際の根拠が失われたような場合、信義を守ることができないし、守るべきではない。(p142)
→言い訳はいくらでもある。言い方次第。
・君主は愛されるより恐れられる方が安全である。(p136)
→君主はあくまで権力者ということ。
・君主が軽蔑されるのは無節操、軽薄、軟弱、臆病、優柔不断と見られる場合である。君主はあたかも暗礁を警戒するように、このように見られないように用心しなければならない。(p147)
→軽蔑される⇒権威がなくなる⇒権力なくなる⇒破滅
2.参考にならなかった所(つっこみ所)
・国の維持、権力の維持は何のためにするのか、説明が無いのでは?
・国民の幸せという視点が一切ない。
Posted by ブクログ
さすがは古典の名著。読み応えあり。かつ、16世紀初頭の個別の事象を念頭に置いて書かれながら、いや、書かれているがために、21世紀においても意味を持つ書として捉えうる。必ずしも「こなれた」訳ではないが、気にはならない。
Posted by ブクログ
中世ヨーロッパの専制君主制を時代背景とした持論展開なので、多少暴力的な面は否めないが、展開内容をビジネス論に置き換えると、現代にも充分通用する。忘れられないとある件がこれ→「良き助言というものは、誰から発せられても、必ず君主の思慮のうちに生まれるのであり、良き助言から君主の思慮が生まれるのではない。」職場の上司もそうありたい。
Posted by ブクログ
当時のヨーロッパの歴史を知っていると非常に興味深く読めると思います。現代にも応用できる内容が多く含まれているのではないでしょうか。
何回も読み返したくなるような本でした。
Posted by ブクログ
もっと仰々しくて難解なものだと思っていたのですが、読んでみると各章が短めなおかげか、肩に力が入りすぎる事なく気軽に読めたのは驚きです。語られる統治論に現代との共通点が多く、応用も利くことからビジネス書のような側面に注目されがちな君主論ですが、中世にしてはめずらしく宗教的思想に縛られない統率論は人の上に立つ立場であろうがなかろうが、なにかと参考になると思います。世界史に疎い私としては、ローマ教皇の政治的権威の強大さに対する疑問や傭兵の台頭など、イタリア史に興味を持たせてくれたので意外な収穫のあった本でした。
Posted by ブクログ
マキアヴェッリの代表作と言えば、この『君主論』か『マンドラゴラ』でしょう。後者は、最近はRPGで人の形をしたニンジンみたいなのの名前として有名になっちゃったりしましたが、たぶん関係ないと思う。
彼の時代において、君主とはどうあるべきか、どんな君主ならば長く自分の治世を続けることができるのか、という点に関して持論が展開されています。さすがに、その内容を「現代の日本」に当て嵌めるのは難しいですが、それでも「上に立つ人間としてどんな美徳を備え、どんな欠点を修正していくべきか」という視点から見ると、いまだに参考になる部分も多いです。
この講談社の『君主論』は、マキアヴェリについていくつかの著作がある佐々木毅さんが訳し、さらに各章ごとに簡単な解説もつけられているので、他の出版社のものに比べても読みやすいと思います。この本に限らず、哲学系の本は単なる翻訳ではなく、詳細な解説が付いているものを求めた方が無難です。高校の哲学の授業みたいな退屈な時間を過ごしたくないならば。
Posted by ブクログ
■君主論
1.君主論は、マキアヴェリが書記官時代に体験した「政治の現実」を踏まえた統治術として執筆されている。従って、そこで描かれているのは、当時のフランスのような安定した王政の姿ではなく、「新しい君主」が権力を打ち立て、それを維持するための君主の有り方である。
2.気前が良いという評判を維持しようとすれば、豪奢な行為を避けられなくなり、全ての資産を使い果たすことになる。そして最後には民衆に課税を課し、金銭を得るためにあらゆることをせざるを得なくなる。
3.慎重であるようりも果敢である方が好ましい。
Posted by ブクログ
読書会の課題本として読みました。
今、なぜ君主論をよむのか。読んでみた後に、その質問をしてみたいですね。
15世紀のイタリアを中心とした時代背景や、ローマ帝国についての知識を持ち合わせていないとなかなか読み解くのが難しいと感じました。
いわゆる君主、としてではなく「第一人者」としたリーダー論として読むこともできるかもしれません。個人的にはあまりそのような読み方はできなかったですが。
講談社の訳は比較的わかりやすいものとなっていますので、あまり読み切るのに自信がない方には講談社をお薦めします。文字も大きいですし。
総論として読んだ場合、時代背景や価値観の違いが鮮明にですぎていて、なかなか自分のために「活かす」ことは難しいと思いましたが、各章を各論として読んだ場合は、さすが古典、なかなか含蓄のある言葉に触れられることができると思います。
Posted by ブクログ
エッセンスだけなら、わかりやすい『よいこの君主論』だけで十分だと思った。ただ特筆すべきなのは、マキアヴェッリの記述は政治学的にシステム化されたものからではなく、フィールドワーク的な歴史的な君主の観察によって行われているという点で学問書というよりも実用性が高いハウトゥ本の趣きが強く、ユニークなものとなっている点だ。今もなお読まれているということが、マキアヴェッリの観察力の高さが裏打ちしている。
Posted by ブクログ
ふむ、後半から面白くなってくるな。
教会への対応の仕方とか今の世の中であまり役に立たないだろJK。
性悪説に基づいて書かれている君主論。
文章から若干怖さを感じる、何か辛い実体験があったのかなマキャヴェリさん(´;ω;`)ウッ…
--気になった言葉--
人は些細な危害に対しては復讐をするが、大きなそれに対しては復讐出来ないからである (P39)
他人に勢力を得させる原因を作る者は自ら滅びる(P48)
偉大な人物が新たに与えられた恩恵によってかつて受けた侮辱を忘れ去ると考えるのは誤りである。(P80)
同胞市民を殺害したり、友人を裏切ったり、信義や慈悲心、宗教心を欠いていた人物が有徳であったと呼ぶことはできない。そしてこのような手段によって権力を得ることはできるが、栄光を得ることはできない。(P83)
危害を受けると思っている人物から恩恵を受けると、人間はその恩人に対していっそう義務の念を感じる(P93)
「自らの力に基づかない権力や名声ほど頼りなく、不安定なものはない」(P119)
人間に関しては一般的に次のように言いうるからである。人間は恩知らずで気が変わり易く、偽善的で自らを偽り、臆病で貪欲である(P136)
人間は恐れている者よりも愛しているものを害するのに躊躇しない(P137)
運命の女神は冷静に事を運ぶ人よりも果敢な人によく従うようである(P194)
Posted by ブクログ
君主かくあるべきを、著者の経験から緻密にまとめた書
翻訳の割に、読みやすい日本語だった
成功する君主、失敗する君主、それぞれの立ち居振る舞いが事細かに書かれている
イタリアを中心とした古典であるが、その中身は、現代のビジネスにおけるマネジメントに通じる部分も多い
その観察眼と表現力と、しかもそれが何百年も前に書かれた書物であることに驚かされると共に、人間の本質はそうそう変わらないのだと考えさせられた
Posted by ブクログ
狐のような狡猾さと獅子のような獰猛さを以て統治せよ、といったフレーズで議論を巻き起こしたと言われる本。まぁ一つのフレーズが一人歩きして印象を代表してしまうことはこの本に限らずいくつもあるだろうけど、ご多聞に漏れずこれも言うほど過激ではないと思う。表面上穏やかなだけな人を「優しい人」と呼ぶ種類の人間にとっては、過激と捉えられるだろうが。
全部で20数章にわたって著者が仕える君主に対して上梓する君主足るものこうすべき、といったことが書かれている。様々な事象を持ち出すのはよいことだが、それぞれのケースについて知らないとあまりピンと来ないどころか、どっちが味方だかわからないというようなことにもなって非常に読みづらい。それに、例外のケースも挙げるのはよいが「幸運だったから」と片付けられるのもなんだかなぁ。
ただ、それぞれの理論についてはなかなか面白かった。個人的にお気に入りなのは23章の良き君主でないと良き助言は得られない、というくだり。なんでも他人のせいにしちゃうような上司に言ってあげたい御言葉でございます。
Posted by ブクログ
世界史をほとんど知らないので、今一つ具体的事例がピンと来なかったが、抽象度の高い記載は、君主をリーダーや経営者に置き換えて読むと、十分現代にも通じる。(当たり前だが。)
内容的には、韓非子に通じるように感じた。韓非子よりずっとコンパクトだけど。
「心の訓練についてみるに、君主は歴史を読み、その中で偉人達の行動を考察しなければならず、戦争において彼らがどのように行動したかを知り、勝因と敗因とを検討して後者を回避したり前者を模倣したりできなければならない。そしてこれら偉人達も彼ら以前に称賛と栄光を体現していた人物を模倣し、その者の立ち居振舞を座右の銘としたのであった。」
「恐れられるよりも愛される方がよいか、あるいは反対であるか、と。これに対して双方であることが望ましいと人は答えるであろうが、しかし両者を得ることは難しく、したがって両者のうちどちらかが欠けざるをえない場合には、愛されるよりも恐れられる方がはるかに安全である。それというのも人間に関しては一般的に次のように言いうるからである。人間は恩知らずで気が変わり易く、偽善的で自らを偽り、臆病で貪欲である。君主が彼らに対して恩恵を施している限り君主のものであり、生命、財産、血、子どもを君主に対して提供する。しかしこれはすでに述べたようにその必要が差し迫っていない場合のことであり、その必要が切迫すると彼らは裏切る。したがって彼らの言葉に全幅の信頼をおいている君主は他の準備を整えていないために滅亡する。」
「『この戦いに関与しないことが諸君の利益であるという見解ほど、間違った考えはない。中立によっては感謝もされず、尊厳も得られず、勝利者の餌食になるだけだからである。』
いつも起こることであるが、味方でない者は中立を要求し、味方である者は武器を執るように要求するものである。優柔不断な君主は、現前の危険を回避しようとして多くの場合中立政策をとり、多くの場合滅亡する。」
「…君主は諸々の事柄について下問し、彼らの意見を聴取し、その後一人で自分なりの判断を下すべきである。この場合これら助言者達および各々が、腹蔵なく意見を述べれば述べるだけますます受け容れられることを各人が知るようにしなければならない。またこれらの人々以外には耳をかさず、決断したことは実行し、決定は断固として守ることが必要である。もしこのように行動しないならば、追従者によって危険に陥れられるか、あるいは他人の意見が種々雑多であるのに応じてしばしば意見を変更することになり、君主の評判の低下を招く。」
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新たに君主となるべきものの方策を説く。同時代のヨーロッパ情勢に疎い為理解しづらい面も多かったが、それでも建前を放棄した提言が当時に於いて異質なものだったことは想像つく。
欧州圏のこういう著作は初めて読む気がするが、話題が限定的なので、個人的には孫氏や韓非子のような中国古典の方が性に合うな
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マキアヴェッリの『君主論』は「目的のためには手段を選ばず」というマキャベリズムを説いた書として長年批判されてきたものであるが、マキアヴェッリが本書を著した時代背景を踏まえると、大分異なる捉え方のできる著作である。
マキアヴェッリが活躍したルネサンス末期、16世紀初頭のイタリアは小国に分裂し、互いに領土を奪い合い、かつ大国フランスやスペインからも領地と財産を狙われる戦乱の時代で、マキアヴェッリは弱小国フィレンツェ共和国の官僚として外敵の脅威にさらされ続けた。
そして、他国の様々な権力者について見聞きしたことから学んだ君主のあるべき姿をまとめ、自国の君主メディチ家の小ロレンツォに献呈したものが『君主論』であるが、マキアヴェッリは、本書で、フランスのような安定した王政ではなく、新しく君主となって人民を支配し、権力を維持・発展するための方策を具体的に提言しているのである。
マキアヴェッリが理想とした同時代の権力者チェーザレ・ボルジアを取り上げ、「愛されるよりも恐れられる方がはるかに安全である」と言う第17章、「君主、特に新しい君主は、人間が良いと考える事柄に従ってすべて行動できるものではなく、権力を維持するためには信義にそむき、慈悲心に反し、人間性に逆らい、宗教に違反した行為をしばしばせざるを得ない、ということを知っておかなければならない」と述べる18章は、マキアヴェリズムの真髄を示すものとして物議を醸し、後代の批判の最大の的となったが、上記のような時代背景を無視しては、マキアヴェッリの真意を取り違えかねない。
また、マキアヴェッリは、ほぼ同じ時期に『リヴィウス論』という共和制ローマの歴史を踏まえた、本書と主張を異にする政治論を著しており、相互に補完する著作として読まれるべきであるとも言われる。
状況を踏まえて参考にしうるリーダー論の一つである。
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どのみち協働は避けられないのであれは、リーダ、フォロワのいずれの立場であったとしても統治の本質は理解すべきであり、本書はヨーロッパという様々な国を例に幾つかのパターンと比較によりその本質を暴く本である。
何らかのヒトのまとまりで協働する場合、その統治について過去の経験を得るための本である。現在や日本という土地にいると気づきにくい観点も含め広く論じられている。
統治される側からすれば、自らをより有利な環境に置きたくなるのは当然であり、その判定はかなり本能的になりがちである。その本人の資質も当然関与するだろうが、他者との関係性などの環境要因が大きいと改めて思った。
本書では、トルコ、フランスの統治が異なるため、仮に侵略があった場合に起こり得る状況を比較している。集団としての構成員はその環境下の損得と理念により判断をしているという前提に基づいている。
自分に振り返ると、自らの専門能力のスペックアップに注力し、環境を理解したり、環境を変えたりするなどの統治に関するスキルはあまり意識していなかった。当然、あまり上手くいかない訳であるが、その理由と今後の対策の一端に気づくことができた。
残念なのが、今の自分に活用するための読み替えに手間取る事である。その原因の一つは世界史の知識の無さである。学校の勉強から逃げてきたツケである。
Posted by ブクログ
【君主】のあり方について色々な側面から述べている。
時代背景が違う事もあり当然と言えば当然だが現代では一般的に善とされている事が必ずしも当時ではベターではないという今の常識から外れた見解も所々散見されるのが面白い。
また、たえず行動を起こし続けることによって運命を切り拓く事の大事さは昔も今も不変であることが印象深い。
翻訳の問題なのかやや読みづらいのが難点。
Posted by ブクログ
あまりの読みづらさにずっと積読状態でしたが、授業の強制力で指定章を通読。
昔、学校で、「あまりに過激な内容で禁断の書扱い」という体で習った記憶がありますが(記憶違い?)、そんなに衝撃的な印象は受けませんでした。
特にマキアヴェリの時代はイタリアが混乱を極めていたので、そんな中で良く国を治めようと思えばキレイごとばかりではダメなのだ、力を付けよ…ということと理解しています。
しかしこの本、誰に聞いても読みづらいと言いますが、日本語との相性悪いのかな。。。笑
Posted by ブクログ
最近のマイテーマ「戦争・戦略論」の自主課題図書。
もーっとえげつない権謀術数論かと思いましたが、思ったより、普通。
暗黙の了解を敢えて文章にしました的な。
まあ、その時代にそれをしたことに意義があるのでしょうけれど。
さすがに今の時代にそぐわないと思われるありますが(1513年の作品ですから…約500年前?)むしろ今でも十分通用する指摘もいっぱい。
個人的に16章~19章、23章、25章はなるほどと思わされた。
あくまで「上に立つ者」として、だけど。
私には無理だ。
しかしこの本を書いたマキアヴェリ自身が当時の政治情勢・君主に翻弄される人生を送ったのは皮肉であること。
Posted by ブクログ
本屋で古典特集をされていて、勢いあまって買ってしまった。
古典を読めるかどうかという、自分への挑戦として読んでみた。結果、読めることは読めるが、あまりおもしろくはなかった。古典でも今の自分に役立つものを読みたい。
Posted by ブクログ
世界史を知らないためか、前半を理解が難しかった。後半は君主の性質に関する事であったため前半より比較的理解できた。君主を企業の経営者と置き換えながら読んだが、リーダーシップを学ぶのに役立つのでないかと思う。
世界史を把握したうえで再読すると更に興味深い本になるだろう。