大沼保昭のレビュー一覧
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歴史認識は、加害側被害側それぞれで見方が異なり、そこにイデオロギーが入るため真逆の認識となり、どちらが正しいかの答えが出るものではない。本書は今の世情で色分けするなら、左側の主張にも見えるが、論理主張が合理的かつ公平で、色分けして考えることがナンセンスに感じた。善悪二元論ではなく、自分なりの考えを持つには、客観的公平に書かれた資料から判断し、自分なりに咀嚼するしかないと改めて思えた。人間が書いている以上、当人の主観や価値観が入り込むのは当然で仕方ないが、本書は偏った思想に立脚しないように客観的事実と合理的な思考を提示する努力が感じられ、自虐でも独善でもなく、左右の色分けなしに言うべきことは主張しており、自分の考えを整理する一助になる良書と思われた。
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ネタバレ韓国などと「歴史認識」問題について大もめにもめるようになった時、そもそも「歴史認識」とは何ぞや?そんなもの百人いれば百通りあるだろう?と謎に思って勉強しようと手に取った本。
「日本では1990年代以来、「歴史認識」はある特定の歴史にかかわる言葉としても使われている。」
(はじめに ⅰ)
第一次世界大戦以降の戦争と、日本の他欧米列強の植民地支配問題から、戦後日本がどのように戦後処理、戦争賠償問題にとりくんできたか流れがよくわかりました。冷静な文章でできるだけ偏りがないよう解説をされているのでとても読みやすく、謎に思ってたこともすっと頭に入りました。良書だと思います。
慰安婦問題は世界的な人権意識の高まりが背景にある(特に女性の人権)。
欧米諸国は植民地支配の責任は認めていない。(だからといって日本だけ批判されるのは不公平だという論もおかしい)
ドイツと日本の差はアピール力の差かな、と。
帯にある、「自虐でも、独善でもなく」という言葉にこれからの日本が進むべき道を示されているように思う。 -
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某所読書会課題図書.1931年の満州事変から1945年の太平洋戦争敗戦を踏まえて、東京裁判とサンフランシスコ講和条約の概要を冒頭に述べ、戦争責任さらに戦後責任の議論が続く.戦後間もない時代は、戦争に対する被害者意識が全面で、加害者でもあったことを認識することはなかった由.その通りだと感じた.慰安婦問題の議論で、女性の人権を考慮することが主流化されてきた現代の動きを、改めて考えることの重要性が強調されていた.同様の考え方で、謝罪の時代が始まったとの指摘もあった.欧米列強は日本やドイツの謝罪には文句を言うものの、自分たちの植民地政策等は一切反省していない.その点を日独が諭して、彼らの発想を正しくするべきだとの主張は大賛成だ.
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日本と韓国の関係悪化が止まりません。
従来から懸案だった竹島問題や慰安婦に加えて、徴用工訴訟における日本企業への賠償命令判決、レーダー掃射問題と課題続出です。
両国政府とも先方の責任を主張するのみで、出口が見えないスパイラルに陥っています。
本書は、国際法の泰斗による市民向けの入門書。とはいえ、国際法を体系的に理解しつつ個別論点についても幅広にカバーしていて読み応えのある内容になっています。
国際法の成り立ちから始まり、国内法との相違点や、環境や人権など新たなトピック、戦争と国際法など、興味深い知見がたくさん披露されます。
〇国際法は二国間の条約や協定だけでなく、ガットなどの多国間協定、国連の枠組みでの共同宣言など様々な形態があります。
国内法とちがって管轄権のある裁判所が存在しません(国際司法裁判所の審理は当事国の同意が要件となっている)。したがって、紛争の最終的な解決はどうしても関係各国のパワーバランスに依存 するところが大きく、そうした面から国際法の非力さを揶揄する識者も多く存在しています。
しかし、一方で、成文化された取決めは、大国の恣意的な行動を抑止し、地球環境や人権など、地球全体で取り組まなければならない課題に一定の方向性を与えるという機能は否定できません。
〇それ故、各国とも自国の行為を国際法の文脈に位置づけ、国際法に則っているということを国際世論に積極的に発信します。「国際法違反」というレッテルをいったん貼られてしまうと、国際的な非難のみならず、国連による制裁、関係諸国による内政干渉を招きかねないからです。
その反面教師が、第二次大戦時の日本、ドイツでした。日・独の行為は、1928年のパリ不戦条約(国際紛争を解決する手段としての戦争の禁止)違反とされ、当時の指導者が平和に対する罪で裁かれました。筆者も、東京・ニュルンベルク両裁判は、勝者の裁きという側面を否定できないけれど、戦争の違法化を史上はじめて明記した不戦条約の前では、その正当性は揺らぎようもないと指摘します。
〇筆者は慰安婦問題、徴用工、領土問題にも言及します。慰安婦問題については、1993年の河野談話とアジア女性基金の設立(基金は国費から支出されている)で、日本は公式に本人たちに謝罪しているにもかかわらず、マスメディアが同基金が公的なものではないと報道したことで、国際的に謝罪していないことになっていると、メディアの姿勢を批判します。徴用工については、日韓基本条約、日韓請求権協定を前提とする限り、韓国国内の問題とせざるを得ないとの立場です。が一方で、国際司法裁判所をはじめとする国際法専門家の間では、条約締結時の取決めよりも、その後の人権観の発展により判例変更される「発展主義」が優勢なので、その点も留意する必要があると指摘します。領土問題では、北方領土については日本政府の「日本固有の領土」の主張根拠は弱く、竹島、尖閣については韓国・中国の主張に無理があると指摘します。無難に断定を避ける他の有識者とは異なり、かなり思い切った意見を示されている印象です。
〇筆者は筆をおくにあたってこう述べます。「大国のパワーゲームの前に国際法は無力だという現実に何度も打ちのめされたが、それでも国際法には平和な世界をつくり自由、人権保護を希求する力を持っている。21世紀の日本は、経済的には影響力を低下させつつあるが、だからこそ、国民、メディア、政治家が国際法を理解し、国際法を活用する知恵をソフトパワーとして身につけるべきだ」と。
〇本書の脱稿をおえて間もなく大沼先生はお亡くなりになられました。巻末に娘さんが最後の日々について書かれていますが、命の尽きる最後まで、本書の完成に心血を注がれたそうです。全巻を通じて、筆者の国際法に対する信頼があふれでた名著だと思います。 -
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江川紹子が慰安婦問題について 2013 に取材を申し込んだところから始まっている。大沼氏から江川氏に共同作業を申し込む形で、インタビュー形式の本書が成立している。主張が分かれ対立する主題に関するわかりやすい見取り図を提示している。
話題は、東京裁判、サンフランシスコ平和条約、日韓・日中の正常化、戦争責任と戦後責任、慰安婦問題にわたっている。2015 年までの時間の流れの中で、南京問題や慰安婦問題をどう考えたらよいかの指針となる。
現在騒がれていることは、本質を外していると思えてならない。
中共が賠償を放棄したこと、
一方、戦争と植民地支配の責任認識に関して、敗戦国の日独は進んでいて、戦勝国は緒にもついていないと感じられる。「知識人」とされる人でも、植民地支配を肯定的にしか捉えられずにいる様子。
日本にしても、戦後二十年ほどの認識は実に貧弱。
第一次大戦後に戦争が国際法で違法化された画期的時期に満州事変を起こすという情勢認識能力の欠如も目を覆うようだ。人種差別も、自分が差別されることには抵抗しつつ自分が差別する側に回りたいだけだったこと。
満州事変を批判した横田喜三郎は脅迫に遭って沈黙したが、国際連盟脱退に反対した石橋湛山は正しいことを言い続けて逮捕されずに生き延びたことも教えられた。 -
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確かに、現在「歴史認識問題」と言えば、韓国併合から満州事変、太平洋戦争を経て、その戦後処理に係る日韓、日中の対立を限定的に指している。靖国参拝、竹島や尖閣諸島、慰安婦といった問題は、それなりに報道に注視し、親と語らい、解説書や小説を読むことで、自分なりに認識しようと努めてはきたけれど、容易じゃない。感情を排するのは無理だから、多様な角度から学ぶことで素直な感情を抱きたい。けれども、他国の激しく執拗な批判や、自国の政治家の言わずもがなの繰返しに憤り、冷静を保てない。本書で改めて学ぶに、この問題は今後「きっぱりと加害と被害に分ける二分法的な物言い」に辟易しつつ、自負と呵責の狭間で揺れ続けることが大切に思う。
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ネタバレ政府やメディアの思惑や政府の世界に向けた広報面から加害国と被害国の情報の差が認識の違いを生む側面があるのだということを学んだ。また、被害国の経済的地位や国民の人権意識の向上が加害国へ強く訴えを起こす動機になることがわかった。
誰かにとっては友人、家族、知り合いが戦争に関わり、人を殺め、強制させられていた事実を他人事で済ませてはいけない。
私たちは、未来に向けてどんな過程を踏んで戦争に発展し、問題が生じたのか過去の歴史を学び、一国民として向き合い、思考し続ける必要性を改めて感じた。
日本人として、日本は加害国であり被害国である両方の側面から省みる時間を大切にしていきたい。 -
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聞き手の江川紹子さんによる解説より(P.232):「『歴史認識』を問い直すことは、他国とのつきあいをうまくやるためではなく、日本がどういう国であろうとするのか、つまりは日本の”国柄”を考えるために大切なのだ。過去を振り返るためというより、将来の日本のありようを決めていく土台として、『歴史認識』は重要なのだ。」
P.83「『歴史認識』の問題を考えるとき、国家間関係、外交関係だけをみていては、全体像がみえてきません。多様なメディアに示された社会の動き、文学作品、映画などにあらわれる人々の意識をとらえなければならない。」(この点は、並行して読み進めている益田肇「人びとの社会戦争──日本はなぜ戦争への道を歩んだのか」(岩波書店)に共通する指摘。)
日本の戦後史に疎いこともあり、初めて知ったり、驚いたことも多々あったが、インタビューに答える形のためか、非常に分かりやすくまとめられている。 -
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著者は2004年に東大で慰安婦問題を通して歴史を考えるゼミを実施、村山富市や上野千鶴子などそうそうたる講師を招くが、当初ご受講登録者はたった1名。焦って二次募集を行いやっと9名集めたらしい。そのゼミの内容をもとに慰安婦問題に関する本を発行したらしい。
東京裁判、サンフランシスコ講和条約などについて、アメリカや中韓の認識など書かれていてわかりやすい。A級戦犯が祀られている靖国神社を参拝すると中国から猛烈に批判されることについては、周恩来が「感情で政策を決めてはならない。日本の人民も一部の軍国主義者の犠牲者だ」と言って戦後賠償を放棄したから中国人民と日本人民の共通の悪であるはずのA級戦犯をなぜ参拝するのかという認識、と分かりやすい。でも著者の認識で説明が終わっているところも結構多い。「東京裁判は寛大な判決だった」は東京裁判に関する本がいくらでも出ているから良いとして、サンフランシスコ講和条約はこの本で読んでも中国韓国インドが参加しなかったり、ソ連が調印しなかったり、アメリカが独善的に進めたことがわかるのに、「寛大だった」で終わっている。日本は市民を無差別に大量殺害した原爆や空襲についてアメリカに賠償請求をするべきではなかったのか?このことについては著者の考えだけで完結しないで先勝国の歴史認識という観点でもう少し掘り下げてほしかった。
ところで、東京裁判では7人が死刑、有罪は25人。BC級戦犯が1000人以上死刑になったことを思うと寛大な処置。世界で日本のBC級戦犯がそんなに死刑になっていたことを今さら知った。
戦勝国による裁判なのでアメリカの原爆投下などは弁護側が取り上げようとしても許されなかった。 -
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東京裁判、日中国交正常化なども重要論点だが、慰安婦問題にも紙幅を割く。
「強制連行」などの史実にかかわる部分については、「ないものはない」と歴史学者としての冷徹な分析を徹底しつつ、一方で問題そのものについての日本の道義的責任は回避できない、との立場。
同時に、アジア女性基金の設立、歴代日本国首相による直筆の「手紙」の被害者への手渡しなど、国際的な類例(典型的にはナチス政権を反省するドイツ)と比較しても決して恥じるべきではない、むしろ先進的で踏み込んだ謝罪も行ってきている、という点も強調(そしてそのことが韓国国内で全く知られていないことのPR不足への指摘も)。
右派左派双方の論客から批判的に読まれているようでもあるが、マスコミで取り上げられる「歴史認識問題」について、「学者」の冷静な整理をコンパクトに読みたいというニーズにふさわしい本と思う。