井本陽久のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
とても面白かった。
ーどんな人生送りたいかではなく、結果的に自分が生きてきた人生を自分でちゃんと引き受けて、そこに意味づけをできる。そんな子どもになっていればいいんじゃないか。
ー子供は結果を見られるより自分が踏んでいるプロセスを見られると安心する。褒める必要はない。頑張りを評価するわけでもない。頑張り評価はポーズ評価。見せかけだけ。どう学んでるかではなく、時間をかけてやるとか量をやったとか、そこを評価してきるだけ。子どもは評価されたいので、頑張ることが評価のためのポーズになっちゃう。
ー子を信用してないから不安になる。親から心配さらると、子どもは自分が信用されていないことに気づくから嫌になる。しかも、親が先回りして心配していたら、子どもはずっと他人事でいつまでも自分ごととして捉えない。
私自身子どもの時、大人に見せるためのポーズが得意だったし、親が先回り心配する人で確かに自分ごとに出来ていなかったので納得感がありました。自分の人生を引き受けて意味づけをできる人でありたいし、子どもにもそれを願います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ
お受験とか、つい子供にいろいろ習い事させたり、自分の夢をおしつけたりしちゃう親こそ読むべき。
男子校にしか当てはまらなそうなところもあるけど、子供そのものを見よ、というのは共通する。
コスパ、タイパとかパフォーマンスがあることが前提になってる社会で、子供の教育にもパフォーマンスを求めてしまう。でも大切なのは結果、成果ではなく、その子自身。
大人が、インプットすればアウトプットがでると信じ、子供にアウトプットを求めてしまうのは、現代の社会がそうだから。現代社会に送り出すために教育も現代的になってる。野人の子供は、いつ変身して、現代社会に対応できるようになるんだ?それとも、対応しないまま、変人として生きていくけど、本人がそれで幸せならいい、ってことなのか??
子供がもともと持っている力を信じて待て、というのは、現代で苦しむ大人には難しいんだよ。
子供を幸せにするには、まず大人が幸せにならなきゃいけないのでは。
二月の勝者の開成受験の子の話でも出てきたけど、産まれた時は生まれてきてくれてありがとう、呼吸してるだけでえらい、のに、成長するとどんどん子供に求めるようになって、親は欲が深い。
でも、人間は社会的な生き物だから、社会が求めるものと合わせて成長に合わせて要求レベルが上がってくのは仕方がないような気もする。でも、やっぱり、生まれてきてくれてありがとう、それだけ、の精神は大事。絶対忘れちゃダメ。
以下、刺さったこと
子育ては、一緒にいた時間ではなく、子供をその子そのままに受け入れることができるかという奥行き
子育てとは、子供をどう変える、どうコントロールするのがではなく、子供を通じて自分がどう変わるか
学歴信仰から逃れたいと思っているのは本当は親自身なのかも
丸暗記は大学受験までしかうまくいかない
敵に渡すな、大事なスイッチ
目に入れても痛くないほど子供を見られるか?
正解できたかどうかはどうでもいい。その子が何をどう考えたか、プロセスを見よ。
親の役割は、将来的には子供に要らないと言われること。本来、野人である子供と、社会との折り合いをつける存在。
産まれたときの写真貼って、いいなぁ、あの頃はなんでも言うこと聞いてくれて、って思う人は、犬でも飼っておけ -
Posted by ブクログ
基本的な考えはすばらしく、その通りだなぁと思える箇所が多数。
親が子供に対してあれもこれもと足し算の子育てをするのは、自分の不安を解消するためなのではないかという指摘や、こどもをすべて自分の思い通りにコントロールしようと思うのが間違いというリモコンの例など、とても耳が痛い。
必要以上に手をかけすぎないようにしようと、自分の姿勢を見直すことができた。
ただ!宮本先生もいもいも先生も、かなり破天荒で特殊な方たちなので笑、普通の子をおっしゃるように育てたるのはかなりリスキーだと感じた、、
勉強したくないなら高校なんて辞めればいい、とか、、
ご自身は相当な才覚があるからそれでも何とかなっているけど、普通の子がそれやったらただただ転がり落ちていくような気がする。引き算の子育てなのか放置なのか、線引きが難しいような。
先生方の事例も、ご自身のことか、ご自身の塾や栄光学園の生徒というかなりハイスペックな子どもがサンプル。
宮本算数教室の授業形態からして、普通の子をもつ親はハードルが高くて入塾させないと思うので、もともと素養のある子どもたちの可能性大。
というわけで、我が子は本の中でディスられ気味だった、単調な計算をひたすら続ける学習塾でこれからも地道に頑張ってもらおうと思う。
基本方針はよいけど、このまま本の内容を採用できないので星は一つ減らした。
同じ系統でより実践しやすいのは小川大介先生の「見守る子育て」だと思う。
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Posted by ブクログ
先の備えとしていま子どもに何をやらせるべきかって発想している時点で、いまを生きるってこととまったく違いますよね。
子どもの代わりに心配をしないこと。自分の心配をしなさい。
いま自分で考えているかどうか
お母さんの勝負しようか、ともちかける。
「いま、ここ」に集中してきた結果
先への備えでいま何しようって生き方をすると、どんなに順調でも「その先」にくるまで不安をずっともつんです。
子どもの代わりに親が心配しているあいだは、子どもは自分のこととしてとらえません。
目の輝きを見逃さないでほしい。
目を輝かせ、体を躍動させ、心を落ち着かせる場面をたくさん見て、アイコンタクトを返していると、そういう場面に気づけるようになっていく。
子どもが目をきらきらと輝かせながら何かを語っているとき、その方向にその子の進むべき道がある。 -
Posted by ブクログ
おっしゃっていることが素晴らしい。感動するくらいに素晴らしい。素晴らしいんだけれども、その通りに子育てしていこうとなかなか思えないのはなぜだろう。そんな思い切ったことできない、と思ってしまうのはなぜだろう。それができたらどんなにいいだろう、と思ってしまうのはなぜだろう。
教育の成果を数値化して、数値化しやすい価値にばかり教育が吸いよせられてしまい、どんどん子どもたちの実存がおきざりになります、ということ。高い偏差値、難関校合格、自由研究で表彰など、表面上は評価されているけれど、その裏にどんな実態が隠れているのかは、実は外からは見えない。あそこのお子さん優秀ですごいね、が実は、大きな爆弾を抱えていて、それが中学受験前に爆発するのか、進学後に爆発するのか、大人になって爆発して、鬱や自殺になるのか、それは絶対に見えない。
だから、表面的に成果が出ていないんです。成績悪いんです、出来が悪くて、というのは、実はそっちの方がまだまともだった、なんてことはあるのではないか。
”外の評価軸は外の評価軸。でも自分は自分。そういうスタンスを貫けることが生きる力だと思うんですよね。生きる力って、何かの手持ちを増やすってことではまったくない。むしろいまある手持ちでなんとかする、そういうたくましさのことをいうんじゃないかなと思いますね。”