桐野作人のレビュー一覧

  • 関ヶ原 島津退き口―敵中突破三〇〇里

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    島津家文書等の一級史料に基づく「退き口」の決定版。
    戦場を離脱した島津軍のその後の運命は。生き残った
    兵士の手記で綴る迫真の戦国ドキュメント。

    本書を読むと、関ヶ原前夜から戦後の撤退行までの流れ
    が良くわかる。家康と懇意にしていた島津義弘がなぜ西
    軍についたのか、島津家家中の事情により、説明されて
    いるが、理由が面白く納得いく。

    島津傍観説というものがある。西軍についたものの、石
    田三成と不仲になった義弘は、関ヶ原の戦い当日、戦に
    加わることなく、傍観していたというものである。
    著書は、史料の記述から島津勢は後陣であったという。
    (つまり予備兵力として待機していた。)
    また、三成自身の参陣要請を断ったのは、小早川の裏切
    りにより、勝敗が決した後のことと推定している。
    なかなか、面白い見方である。

    土地勘も無い中部地方から、本領である鹿児島を目指した撤退行。本書を読むと、その労苦がしのばれる。

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    2014年02月04日
  • だれが信長を殺したのか 本能寺の変・新たな視点

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    ネタバレ

    [ 内容 ]
    「ときは今天が下しる五月哉」。
    三日前にそう詠んだ光秀だが、いまだこのとき、謀叛を決断していなかったことが新発見の書状で明らかになった。
    そんな光秀を追いつめた張本人はいったいだれ!?
    足利将軍か、朝廷か、はたまたバテレンか。
    黒幕説飛び交うその裏で、一人の男の影が浮上した。
    斎藤利三。
    他家を出奔し明智家家老にまでなった勇者には、信長を許せない複雑な事情があった。
    長宗我部元親、三好康長、羽柴秀吉、織田信孝。
    四国情勢をめぐって濃密に絡み合う人間関係に、翻弄される光秀、そして信長の誤算とは。

    [ 目次 ]
    第1章 信長と光秀の天正八年
    第2章 破断への予兆
    第3章 光秀を追いつめた信長の四国国分令
    第4章 本能寺の変の仕掛け人、斎藤利三
    第5章 「不慮謀叛」ついに決行さる
    終章 本能寺の変とはなんだったのか

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2011年04月22日
  • 関ヶ原 島津退き口―敵中突破三〇〇里

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    関ケ原での島津の有名すぎるあの退陣と、その時・その前・その後が詳細に解析されています。
    チェストォォォーーー!!

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    2011年01月30日
  • 島津義久 九州全土を席巻した智将

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    島津の長として、太守として、そして長兄として、思慮深く生きていく義久のお話。
    次男と四男に好き勝手されて、胃が痛いどころじゃない。
    三男の最期に涙。

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    2010年07月27日
  • 愛犬の日本史

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    ネタバレ

    <目次>
    まえがき 犬来たりなば
    第1章  戦国・南蛮犬合戦
    第2章  誰もが欲しがる武将の南蛮犬
    第3章  江戸の世に犬栄え
    第4章  あれも狆 これも狆 たぶん狆 きっと狆
    第5章  生類憐みの令とは何だったんか?
    第6章  薩州犬屋敷~島津家の犬外交
    第7章  幕末・犬絵巻
    第8章  ツンだけではない、西郷隆盛の愛した犬たち
    第9章  国交われば 犬がくる~明治の愛犬家
    第10章  華麗なる愛犬界~大正の犬事情
    第11章  戦争を駆けた犬たち
    第13章  ドッグ・トゥ・ザ・フューチャー~戦後から現代へ

    <内容>
    よくもこんなにも史実の中から「犬関連」を拾ったな、と。結構面白いネタも入っている。

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    2020年08月13日
  • 謎解き 関ヶ原合戦 戦国最大の戦い、20の謎

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    「関ヶ原島津退き口」を読んで、すごく関ヶ原に興味を持ちこの本を購入。日本にとっては、非常に重要な勝負ではあるが、名勝負ではない。なぜか?理由がわからなかった。
    子供のころの喧嘩の記憶は、非常に性格ではないことが多いと思う。大人になって、喧嘩の話をすると、双方それぞれかみ合わないことがある。関ヶ原もその類で、ドラマや小説では非常に巧妙なストーリーが展開するが、たった1日に決着がついたあっけない戦いであったことも事実。そんな事実をいろんな面から検証した本といえる。そのため、この本を読むことでがっかりすることもある。しかし、いろんな面の考え方から、自分なりの捕らえ方を得ることは重要。

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    2012年05月12日
  • 謎解き 関ヶ原合戦 戦国最大の戦い、20の謎

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    戦国最大の合戦にして、並み居る武将の人間ドラマの集大成、豊富な史料からその実態にせまる関ヶ原合戦研究の決定版。
    三成の泥縄、家康の計算違い最後の勝敗を決めたのは。
    天下分け目の一大決戦、通説を覆す群雄たちの真意とは。

    マイミクさんの評価が高かったので読んでみました。
    自分的には「うーん」という感じです。読まず嫌いではありますが、元々、桐野氏の著作とは、相性が悪いのです。(合理的な説明は出来ませんが)

    関ヶ原合戦研究の決定版という割には、触れられていない文献もあり残念な気がします。参考文献をみても、史料が豊富なのは頭が下がりますが、論著は数が少なく偏っている気がします。史料を重視する姿勢はわかりますが、「敗者から見た関ヶ原合戦」(三池純正)や「関ヶ原前夜―西軍大名たちの戦い」(光成準治)に言及が無いのは残念なところです。
    本書では、20の謎を提議し、その謎に答えるという書き方です。わかりやすい纏め方ではありますが、必ずしも的確に答えられている気がしません。
    謎2では「五大老・五奉行制はあったのか」とありますが、著者は、「奉行が誰であるかは特定できないし、ましてや大老という言葉も存在しないのである。かといって、これでは不便なので、便宜上、通説に従った五大老・五奉行という歴史用語を使用したい」としています。結論としては、五大老・五奉行というような制度はあったものの、大老間では力に差が大きかったという事を言っています。うーん、設問の答えになっていない気がするのは私だけでしょうか。以前「五大老・五奉行制は無かった」という説を聞いた事があるので、新説が伺えるのかと期待していましたが、肩すかしでした。(これは設問の方が悪いのかもしれません)

    謎10では、徳川軍の主力は家康勢か秀忠勢かという問題も提起しています。桐野氏は、笠谷和比古氏の秀忠軍が主力であったという説に疑問を呈しています。桐野氏はその言とは逆に、どちらが主力であったかという議論に終始している気がします。笠谷氏の著書(だいぶ昔に読んだのでうろ覚えの記憶)では、秀忠軍が遅参したことにより、関ヶ原で家康は豊臣恩顧の諸将を主力として戦うこととなり、外様大名に配慮した論功行賞を行わなければならなかった。これが、関ヶ原から大坂の陣までの流れに影響したということだったと思います。私としては、桐野氏が言うとおり、どちらが主力であったかという事はあまり意味が無く、秀忠遅参がその後の歴史にどの様な影響を与えたのかという方に興味がありますが、笠谷説への反論としては突っ込み不足のような気がします。(議論の次元がマッチしていないのでは)

    桐野氏の著書では、「関ヶ原 島津退き口」の方が断然面白くおススメです。

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    2012年03月05日
  • 島津義久 九州全土を席巻した智将

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    九州に覇を称えた島津4兄弟の長兄島津義久の生涯を綴った文庫本。島津といえばどちらかというと弟の義弘の方が有名ですが、義久を題材にしているのが珍しい。勢力拡大につれてバラバラになっていく兄弟や晩年の家督相続に対する争いなど最後まで波乱の人生を描いています。

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    2010年01月15日
  • <徳川家康と本能寺の変>主従わずか数十人 苦難の伊賀越え

    購入済み

    家康最大の危機としては

    晩年、徳川家康が自分の人生最大の危機として語ったのがこの伊賀超えだった。それゆえ詳細を明白にしてくれたのはありがたかった。

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    2020年05月02日