桐野作人のレビュー一覧

  • 島津義久 九州全土を席巻した智将

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    戦国島津と言えば四兄弟が力を合わせて九州を平定した…と思っていましたが、そんな単純な話しではなかったです。今回、義久の行動原理や領国統治の考え方を詳しく知ることができ、義久の偉大さを実感できました。同時に、ままならない状況のなかでの義久の苦悩や憂心を知って、人間義久をますます好きになりました。まさに、大将の中の大将。義久なくしてその後の島津はありえないと思いました。義久がもっとも心を許したであろう弟…歳久との最後の宴の場面は泣けました。「兄者が兄弟(キョウデ)でよかったど。さらばじゃ」

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    2024年12月17日
  • 愛犬の日本史

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    最高です。いくつかあるコラムではオチのしっかりした犬にまつわるオモロ話を仕入れたので犬仲間に披露します

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    2021年06月10日
  • 島津義久 九州全土を席巻した智将

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    弟義弘は有名だが島津家当主義久は余り知られていない。まだ兄弟4人が若い時は祖父、父の悲願三州統一を心を一つにして目指していた。しかし領地が増え戦線が拡大されていくと自分の担当の方面の攻略を優先させてゆく。特に義弘と家久にはその傾向が強く義久は上手くお互いをコントロールする。まさに大将の大将と言う表現がぴったりの戦国大名。しかしこれだけ有名な武将なのにいまいち業績も肖像画も残っていないのが昔から不思議だったが後書きの忠恒との軋轢が原因だとわかり納得した。

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    2021年01月20日
  • 薩摩の密偵 桐野利秋 「人斬り半次郎」の真実

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    桐野利秋は、武断派で剣のみに生きた男、特に幕末は人切り半次郎と呼ばれるなど、冷たい暗殺者、というイメージがあったのだが、覆された。藩にスパイとして信用され、また、必ずしも武断一辺倒ではなく、木戸孝允を始めとして藩内外の多くの人士と交わる見識と能力を持った政論家であった。
    桐野に関する新たな人物像を提示しているのみならず、王政復古の政変や明治六年の政変、西南戦争についても、最新の研究を盛り込みながら、わかりづらい構図を極めてわかりやすく示してくれている。

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    2018年10月18日
  • だれが信長を殺したのか 本能寺の変・新たな視点

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    本能寺の変関連の諸説の中で、一番説得力を感じる。陰謀論は朝廷にしても足利義昭にしてもイエズス会にしても無理がある。主犯なら変後の対応がまず過ぎる。シンプルに明智光秀単独犯。重臣斎藤利三と長宗我部氏の関係の深さと信長の四国政策の転換、明智と稲葉氏との斎藤と那波の帰属を巡る確執に原因を求める桐野氏の論はわかりやすい。一見、一回転して昔に戻った感もあるが、主な原因を怨恨とするより説得力がある。斎藤利三の遺族の多くを長宗我部氏が保護しているのも両者の関係がただの遠い親戚ではなかったことを傍証している。個人的には斎藤利三を筆頭とする家臣団の激発を明智光秀が押さえ込めなくなったのではないかと思っている。秀

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    2012年09月26日
  • 関ヶ原 島津退き口―敵中突破三〇〇里

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    [誤記訂正]
    P102 3行目 「白川口」→「白河口」
    P228 2行目 「義久が立腹して義久を厳しくたしなめた」
    →「義久が立腹して義弘を厳しくたしなめた」

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    2012年09月02日
  • 島津義久 九州全土を席巻した智将

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    本作の義久は、「人として」或いは「リーダーとして」の“道”を説く祖父、日新斎の教えと、日新斎が彼に託した「三州統一」という悲願を胸に成長して悲願を達成するが、動乱の時代の中で波乱に満ちた人生を送る。それぞれに個性的な弟達もなかなかに味わいが在る…読みながら「格好の“大河ドラマ”ネタだ…」等とも思った…

    非常に愉しい作品なので、多くの皆さんにお奨めしたい!!

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    2012年01月14日
  • 愛犬の日本史

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    日本における犬の歴史(主に江戸期以降)の情報いろいろ。ただ、やや詰め込みすぎか。桐野作人氏はあとがきによると犬はそれほど好きではなく、薩摩というくくりで書いたそう。ということで全体的にはほぼ共著者の吉門裕氏による作か。

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    2023年05月10日
  • 関ヶ原 島津退き口 - 義弘と家康―知られざる秘史 -

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    関ヶ原の合戦前後の島津家について。
    関ヶ原の敗戦の将達の話は珍しくないですが、関ヶ原から逃げ切って、薩摩までの道中の話は初めて知りました。
    三成と義弘の関係や家康と義弘の関係もまた、以外に良好なものだったのですね。
    それ以上に義弘と義久の家中の複雑な関係が次期藩主の決定に深く関わっていたとのこと。

    義弘の配下の武将への気遣いは、生きていく上で、必要不可欠なものの様に思えました。働く上でも、長い目で見たら、人の情は必要なもののように思えます。

    色々と新発見があった一冊でした。

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    2022年11月22日
  • 薩摩の密偵 桐野利秋 「人斬り半次郎」の真実

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    ネタバレ

    人斬り半次郎の真実に真っ向から向かう作者
    は名字こそ同じ桐野作人(幕末・九州担当作家w)
    ※本能寺の変についての著作で名をあげた

    タイトル通り、他藩に潜入する腕扱きの工作員
    (西郷隆盛も他藩・幕府の人間を扇動する工作員)
    多くの人と話ができるのは勤王の志士同様に時代
    が産みだした才能ではないか?

    著者は、従来のパターン化された桐野利秋の人物
    像に一つ一つ根拠をあげて異名と異なるスマート
    な姿を浮かび上がらすことに成功した

    さ、広瀬仁紀先生の薩南の鷹-人斬り半次郎異伝
    でもよむかな(´・ω・`)

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    2021年06月26日
  • 愛犬の日本史

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    犬たちが愛された歴史、日本人と犬との関係を紐解く。
    第1章 戦国・南蛮犬合戦  第2章 誰もが欲しがる武将の南蛮犬
    第3章 江戸の世に犬栄え  
    第4章 あれも狆 これも狆 たぶん狆 きっと狆
    第5章 生類憐みの令とは何だったのか?
    第6章 薩州犬屋敷ー島津家の犬外交  第7章 幕末・犬絵巻
    第8章 ツンだけではない、西郷隆盛の愛した犬たち
    第9章 国交われば、犬が来るー明治の愛犬家
    第10章 華麗なる愛犬界ー大正の犬事情
    第11章 戦争を駆けた犬たち
    第12章 ドッグ・トゥ・ザ・フューチャーー戦後から現代へ
    参考文献有り。コラム多数。 
    二人の著者が本文とコラムを分担しての執筆。
    参考文献も

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    2020年08月13日
  • だれが信長を殺したのか 本能寺の変・新たな視点

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    ネタバレ

    (書いたのに消えた)
    先の二作は未見だが、朝廷黒幕説だったのが、単独説になったようだ。
    胆的に言えば不満怨恨説
    ・四国政策変更
    ・斉藤利三自害命令(取り消したが)

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    2020年01月23日
  • だれが信長を殺したのか 本能寺の変・新たな視点

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    ネタバレ

    「ときは今天が下しる五月哉」。三日前にそう詠んだ光秀だが、いまだこのとき、謀叛を決断していなかったことが新発見の書状で明らかになった。そんな光秀を追いつめた張本人はいったいだれ!?足利将軍か、朝廷か、はたまたバテレンか。黒幕説飛び交うその裏で、一人の男の影が浮上した。斎藤利三。他家を出奔し明智家家老にまでなった勇者には、信長を許せない複雑な事情があった。長宗我部元親、三好康長、羽柴秀吉、織田信孝。四国情勢をめぐって濃密に絡み合う人間関係に、翻弄される光秀、そして信長の誤算とは。


    真相は誰にも分からないが、このテーマは日本史上の永遠の謎である。

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    2019年05月05日
  • 関ヶ原 島津退き口―敵中突破三〇〇里

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    関ケ原での西軍の敗戦。
    島津義弘率いる軍勢は、いかにして敵中突破し、薩摩へ帰還したか。
    かの島津退き口を、多数の史料から解き明かしていく。
    その壮絶な十九日間!
    敵は東軍だけでなく、飢え、村人が襲い掛かってくる。
    大坂城から親族の女性たちの奪還、海上での戦闘・・・危機連発!
    島津家内での事情、家来たちの目からの撤退の様子等、
    まるでドキュメンタリーのようでした。

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    2018年03月21日
  • 島津義久 九州全土を席巻した智将

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    島津と言えば「義弘」の方が有名なのかもしれませんが、当主はコチラでございます(義弘が義久の次の当主説もあり)。
    とにかく長男は「義久」、次男が「義弘」です。
    で、島津4兄弟、名将・猛将ぞろいで4兄弟の元、九州統一したと思い込んでいたのですが、4兄弟が団結しての統一という訳ではなかったんですね。
    まぁ、薩摩隼人・鬼島津の名の通り強かったんだろうなぁ~という結論です。
    島津については「島津の退き口」ぐらいしか詳しく知らなかったので読んで良かったと思います。

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    2015年06月26日
  • 織田信長 戦国最強の軍事カリスマ

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    「軍事カリスマ」という縦糸を通すことで、かなり長い文章でありながら読みやすい構成になっている。

    ただし、筆者も言う通り、時代ごとに割かれる分量に大幅な偏りがあり、しかもそれが最も古い時代に重心が置かれていることがやや残念。天下統一事業に乗り出してからの軍事政策などの記述がもうすこしあれば良かった。

    軍事カリスマという観点から通したために、逆にその視点に頼りすぎ、信長の求心力や他者との比較優位性についての考察が不足しているようにも感じた。読みやすさの点からは致し方ないかもしれないが。

    しかし、これまでの信長に関する研究をまとめ、そのそれぞれに批判を加え、もっとも合理的と考えるものを採用して

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    2015年04月25日
  • 謎解き 関ヶ原合戦 戦国最大の戦い、20の謎

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    所在  :展示架
    請求記号:210.48/Ki54
    資料ID :11400411
    選書担当:豊田

    後に夏の陣と並び戦国時代最大の戦いとされる「関ヶ原の合戦」。例の武将さえいなければ西軍は勝てたと言われていますが、この本を読んだあとは、それすら定かではありません。どちらも圧倒的な力をもっていたわけではなく、両者のミスの積み重ねの量が勝敗を決しました。そして、この合戦はもともと家康VS三成という構図ではなく、両者のそれぞれの問題を家康が画策し、「家康VS三成という構図」に仕立て上げたことも綴られています。戦国時代がお好きな方は必読すべき1冊だと思います。

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    2014年07月21日
  • 謎解き 関ヶ原合戦 戦国最大の戦い、20の謎

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    豊臣秀吉死去から関が原の戦いまでを丹念につづった一冊。

    今まで何となく徳川家康と石田光成の人望の統率力の差、そして小早川秀秋の裏切りによって決したと思ってたのが覆された。
    実際は双方共にミスを重ね、結果として東軍の薄氷の勝利であったということがよくわかった。

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    2014年06月09日
  • 島津義久 九州全土を席巻した智将

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    非常に分厚く、かつとにかく登場人物と見慣れない地名が多いので、読むのに苦労するが、しかしその苦労の見返りとして、有名なようでいて、あまりどのような人物か明らかではない島津義久の考え方、行動原理、島津家の統治方法等を深く理解できた。

    「島津家久と島津豊久」では、島津の血の掟に従い弟と家老を暗殺する厳しい義久像が描かれていたが、本書では、秀吉や家康との力関係を見極めながら、いかに薩隅日3ヶ国守護の島津家を維持するかの観点で、島津家を俯瞰的に統治する義久像が描かれている。

    島津家を、九州引いては日本全土を支配できる大名とみるか、薩隅日3ヶ国守護とみるかで義久の行動に対する評価は分かれるのかもしれ

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    2014年01月19日
  • 関ヶ原 島津退き口―敵中突破三〇〇里

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    島津家文書等の一級史料に基づく「退き口」の決定版。
    戦場を離脱した島津軍のその後の運命は。生き残った
    兵士の手記で綴る迫真の戦国ドキュメント。

    本書を読むと、関ヶ原前夜から戦後の撤退行までの流れ
    が良くわかる。家康と懇意にしていた島津義弘がなぜ西
    軍についたのか、島津家家中の事情により、説明されて
    いるが、理由が面白く納得いく。

    島津傍観説というものがある。西軍についたものの、石
    田三成と不仲になった義弘は、関ヶ原の戦い当日、戦に
    加わることなく、傍観していたというものである。
    著書は、史料の記述から島津勢は後陣であったという。
    (つまり予備兵力として待機していた。)

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    2014年02月04日