群像編集部のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ブク友さんの本棚で気になった本。
「寂しい」以外の孤独のかたち、「ひとりの時間」に向き合うエッセイ・アンソロジー。
いろんな人の「孤独の時間」の寄り添い方があって、興味深く読めた。
↓特に共感、良かったもの
・毛布と抜けがら (紗倉 まな)
・まな板のかえす音 (下西 風澄)
・孤独の扇動 (奈倉 有里)
・孤独の克服 (東出 昌大)
・九時間九分 (燃え殻)
自分にとっての「孤独の時間」とは何だろう。
・「自分だけの時間」を楽しむ:読書、散歩、趣味など。
・社会的なリセット:対人関係のプレッシャーから解放される時間。
・自己成長:他人に依存せず、自分自身と向き合う時間。
「孤独の時間」は必ずしも「悪いもの」ではなく、どう過ごすかによって、それは癒しにもなり、成長の糧にもなるものだと思う。 -
Posted by ブクログ
おいしそうな文学というタイトル、表紙の可愛らしさから、きっと美味しそうなお料理のまったり癒される可愛らしいエッセイが集められているんだろう…と思って読むと、肩透かしをくらうと思う。
おいしそう、とあるのに、結構美味しくなさそうな作品を取り上げたエッセイが多くて、このエッセイを依頼した群像編集部はかなりの天邪鬼なのでは…(町田康に依頼してる時点で、普通のお料理文学エッセイなど絶対期待できない…)。そういえば、『休むヒント』というタイトルなのに執筆者がほぼ誰も休んでないエッセイ集を出してるのも群像だったなぁ。
私自身はこういう予想外の方向に振り切った企画は嫌いじゃないので、楽しく読みました。
向坂くじらさんが書かれた、小川洋子の『妊娠カレンダー』と太宰の桜桃についてのエッセイが特に良かったです。
あと関口涼子さんの『味を呼び戻す』というエッセイも。
存在しない料理とか、もう二度と食べられないものとか、自分から遠くにあるものほど強烈にひとを惹き付けるのだなぁと思いました。 -
Posted by ブクログ
群像のオムニバスエッセイ
世の中には、食エッセイというジャンルがあるみたいですが、今作はその派生。
「おいしそうな文学」のタイトル通り、文学作品に出てくる「食」がメインのエッセイ集。
それぞれの作家さんが食に纏わる文学作品を紹介してくれます。
くどうれいんさん関連。
気づけば、今月7冊目でした笑
くどうれいん、野村由芽、穂村弘のが良かったです。
野村由芽さんの引用(ネタバレ)
武田の文章には「まずい」と書かれたものがよく出てくる。そのうえで、これは魔法としか思えないのだけれど、まずいと書いてあるのに、食べたくなるのだ。あまつさえ、食べるっていいな、生きてるっていいものだなぁ.....
と魂がぴかぴかに拭かれてく。
レビューサイトやSNSで、誰かの「おいしい」が数値化されたものを上から順に見ることを内面化している自分の目とはほど遠い、とため息をつく。言葉を尽くされる価値があるのは、一握りの「おいしい食べ物」であることにわたしはどこかで慣れてしまっていた。けれどその世界観に則るならば、言葉にされなかった、この世の無数の食べ物の味わいの記憶は、どこにいってしまうんだろう?と切なくなる。そんなとき、『日日雑記』をひらけば、おいしいものも、おいしくないものも、その間にあるものもよく見て、贔屓せずに書かれた武田の率直な言葉が並んでいる。すべてが等価に魅力的で打ちのめされる。この世界のすべての記憶を運ぼうとするような凄みのある目よ。
単行本未収録エッセイ集『あの頃』で、武田は自身の日記では「くわしく」書くことを心がけていると書いていた。食べたものをくわしく書いていけば、「おいしい」の周囲にある無数の風景の魅力が豊かにたちあがってくる。味覚的なおいしさだけでなく人の情けなさ、愛しさ、おかしみなどの複雑な味わいもこみあげてくる。生の営みの多面性が祝福され、そこにわたしは射抜かれる。
生活というのは、まちがうことの連続。なのに、きれいなところばかり見せたくなってしまう。けれど覆い隠すばかりだと、無数の気持ちを抱く自分がそこにいたことを、いつか忘れてしまいそうだ。「誰にも話せないようなことを自分が忘れてしまったら、そのときの自分がひとりぼっちになってしまう」とあるとき同居人が言っていたことが、胸に残っている。そういえば『日日雑記』の冒頭には、「ーーいなくなった人たちに」と書かれていた。武田は、いなくなっていくすべての人たち、すべての食べ物たちの、世間で「良い」「立派」とされているところだけではない部分もこの世界に「ありありと在ったのだ」という事実を、なくしたくなかったのではないか。日日の雑事こそ忘れないし、ひとりぼっちにはさせないというその意志が、結晶化したのが『日日雑記』ではないか。
*
武田百合子さんに言及したエッセイが本書には、3作もある。読みたくなりました。
穂村弘さんの引用
「おいしそうな文学」と云われて、山下翔の本を思い出した。
中略(短歌と解説)
プラスチックのパックぱんぱんの焼きそばを
両手で持つて運ぶたのしさ
食べるおいしさの前に「運ぶたのしさ」がある。「プラスチック」「パック」「ぱんぱん」と鏡くパ行音の連鎖が、大きく膨らんだ「焼きそば」への期待と響き合う。「両手」で大事に持っているところもいい。
お替りのごはんの量は「たくさん」と答へたり
たくさんたくさん食べる
料理の質というか味を求める気持ちもわかるど、その一方で、この歌のおおらかさには、ほっとさせられる。「たくさんたくさん食べる」が予想を超えていて、その真っ直ぐさに感銘を受けた。
十二月三十一日の風ぬけてうどんがうまい、
いんげんがあまい
年越しの蕎麦ならぬ「うどん」の歌。「うどんがうまい、いんげんがあまい」の平仮名表記と韻の踏み方に本気感が宿っている。
*
短歌も解説もわかりやすくて良い作品だと思いました。
すごく短いエッセイ集なのですが…
なんか頭に入ってこない作品もあり、全体的にはまぁまぁでした。 -
Posted by ブクログ
実用書や自己啓発本ではなく、「休みとはなんたるか」についてを34名が綴ったエッセイ集である。
同年代として気になる書き手が多かったので読んでみた。
わりとみなさん休むことが苦手なご様子で、ワーカホリック気味なところが見受けられがち。無為な時間を過ごすのがもったいない気持ちは大いにわかる。
子育てしてると特に、単に仕事が休みの日だって家事やら子どもの予定やらで、やらなきゃいけないことが山積みなのだけど、増田ミリさんの「自分のために使った、と、思える時間が一日のうちにあるのがええな」という言葉がいちばんしっくりきた。
ごうごうと過ぎていく時間を強制的にスロー再生にさせて、コーヒー片手に、ゆっくり読書したり、よしなしごとを手帳に書き留めたり。
私にとっての休みとは、そういうものな気がする。もちろん流れていく時間は変わらないんだけど、そのときだけは自分のために使った時間だと言えるから。
忙しい合間を縫ってつくりだした自分のための時間、それこそが休み。
益田ミリさんのほかに、武田砂鉄さん、宮田愛萌さん、つづ井さんの文章も好きだったので機会があれば著作を読んでみよう。