せやま南天のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ今回の本は養育里親のストーリーです。
養育里親は期限があるゆえに別れの日がやってくる。
そのタイムリミットの日に向け主人公が揺れ動くさまが超リアルに描かれています。
環境に振り回されてようやく辿り着いた安住の地が終わるとなりゃ動揺もするよな、と思いました。
諦めの境地になっちまう気持ちもわかる。
そんな彼が素敵な廻りあわせで変わるんです。
特に後半の盛り上がりがいいと思いました。
本作は大人視点でも子供視点でも学びの多い作品なのかなと感じました。
養育者達の考え方は参考になりまくると思いますし、大人も完璧じゃないと認める部分も良いです。
少年の苦しむさまに圧倒的なリアリティがありました。
主人公は諦観に染まる中学二年生。
つらい生い立ちゆえに心に枷を付けたまま生きてきた彼が、育て親のもとを離れる期限が迫るなかで、感謝を形にしていこうと足掻きます。
里親でイメージするのとはまるで違う養育里親制度の存在を初めて知りました。
大好きな場所に居られる残り時間に葛藤する少年の感情が、爆音さながらに魂にまで響くような、そんな感覚。
序盤で内向的すぎる少年にモヤっとする瞬間もあったんですけど、気づけば少年の変わりゆく心の動きから目が離せませんでした。
冷めきった少年が熱を帯びていく流れには、美しい調べに全身が泡立つような喜びがありました。
やさしさの化身のような両親や元気印の中学生二人なども魅力いっぱいで、おじいちゃんとおばあちゃんも絶妙に物語を彩ります。
重い事情を抱えた主人公の成長ぶりを実感できるラストは結構好みです。
作中にこんな言葉が出てきます。
「自分を幸せにできるのは自分自身。」
困難な境遇や別れに向き合いながら、主人公がバイオリンの音色と自身の成長を通してたどり着く、前を向くための気づきで、私はこれに心から感動したんですよね。
でも考えてみれば当たり前のことで、他人の言動や行動にいちいち左右されて、いちいち落ち込んで悲しんでってあほらしいなって。
もちろん、自分のことをどうしても好きになれない人だっていると思います。
でも、最終的に自分を幸せにできたり自分の味方でいてくれるのは自分自身なんだから自分のことをもっと愛してみてもいいんじゃないかなと思いました。
これからの人生それぞれ山あり谷ありだと思いますが、みんなの人生に幸在らんことを。 -
Posted by ブクログ
切ないけど温かい……。読んで良かったです。
これは子どもの立場でも、親の立場でも泣いてしまう。
養育里親家族との別れに向き合う日々を描いた作品。里親制度を物語の軸に家族を描きながら、里父が弦楽器職人ということで音楽小説のような側面も感じました。
養子縁組とは異なり、寄託期間が設けられ、実の親の元に戻されることが前提の「養育里親」という制度。驚いたのは、実の親との暮らしが始まれば、里親と会うことはほぼ許可されないという厳しい現実。(許可されるケースもあり)
子どもの立場になってみると、自分では選べない従うしかない大きな環境の変化に無力さを感じるし、歯噛みしたくなる。
理由あって子供を手放した親の気持ち。親子として過ごしてきて、一生会えなくなる里親の気持ち。実の親と里親、否応なく二度も別れを強いられる子供の気持ち。
どの立場にもそれぞれのしんどさはあって、福祉的観点からの判断も理解できるだけに感情が追いつかずもどかしい……。
拓実が幼いうちから自分を抑えて、いろいろなものを諦めているだろう姿に胸が痛みました。
そして、ここまで育ててきたご両親(里親)の深い愛情を感じて涙腺が緩みっぱなし。
頑なだった拓実の気持ちの変化が嬉しい。
子どもの気持ちを思うと苦しいけど、周りとの関係性や心境の変化に希望を感じました。読みながら頭のなかで音楽が鳴り響いているような感覚。
別れは辛いものだとぼんやり想像していたのに、こんなに笑顔と温もりに満ちているだなんて嬉しい誤算。
読書から学ぶことは多い。
子どもの行く末が明るく幸せなもので満たされていくようにと願うばかりです。
初めて読む作家さん。良き出会いでした!
『自分ですべて選ぶことができなくても、何かに負けてしまっても、思い出をかかえて、時々そのあたたかさに触れてみて、僕の幸せを、これから先もきっと僕なりにつくっていく。』
『大人は親だけじゃない。一人ひとりの大人は完璧じゃなくても、みんなで助けることはできる。それに、家に閉じこもってないで、自分自身で扉を開けて、外に出ることだってできる。』
-
Posted by ブクログ
穏やかな内容の本を読めるということは、自分の心の状態が穏やかだということ。
自分の苦手分野を主題とした内容の本を読めるということは、苦手を克服したいという願望が芽生えてきているということ。
今、このタイミングでこの本に出会えてよかった。
主人公は、商社の激務で身体を壊して退職し、家事代行サービスで働き始めた津麦(つむぎ)。
幼い頃から、毎日取り憑かれたように家事にのめり込む母親に手厳しく教育されてきた影響で、一通りの家事はこなすことができるようになっていた。
彼女が新しく受け持つことになった織野家には、シングルファーザーと、五人の子どもたちがいた。
部屋の床一面は家族全員分の洋服で埋め尽くされ、見たこともない光景に津麦は呆然とするが、要望は片付けではなく、予想外にも「食事を作ってほしい」。
自分が織野家のためにしたいと思うことと、織野家から求められることとの間に乖離を感じた津麦は、悩みながら、そもそも家事とはなんなのか、何のために人は掃除や料理をするのか、考えるようになる。
津麦がご飯を作るシーンが何度か出てくるのだが、その料理がどれも本当に美味しそうで、心があったまって、不覚にも急に涙まで出てきてしまった。
食材も、調味料も、手順も至ってシンプル。
誰でも、どこのスーパーにでも売っている食材で、ぱぱっと作れるメニューばかりだ。
それなのに、読んでいると、フライパンで熱されている食材の香りがふんわり漂ってくるような、油がパチパチいう音が聞こえてくるような、あったかくて、穏やかで、どこか切ない気持ちになった。
その切なさの根源は何だろうと考える。
わたしは家事が苦手で、中でも料理が絶望的にできないので、夫や息子にいつも気を遣わせてしまっている。
何品か作っても全体的にイマイチで徒労感だけが残ったり、美味しいと言ってもらえたものを繰り返し作って飽きられてしまったり、わけのわからない高い調味料を買ってみるも、慣れない味に全員で顔をしかめることになったり、そんな苦い記憶ばかりだ。
「名前のある料理を作るのが間違いないよ」
「◯◯の××風、というようなレシピは、だいたい味が複雑なことになるから避けた方がいいね」
というのが、夫から来る定番のアドバイス。
名前のあるもの。肉じゃが。生姜焼き。カレー。筑前煮。照り焼き。そうね、間違いなさそう。
でも性格が捻くれたわたしはつい、基本の味が確立されていないのにふらふらっと脇道に逸れて、隠し味とか言ってバルサミコ酢とかフレーバーのついたオイルとかなんか珍しい種類のよく知らない野菜とか、そういうものを入れてしまう。
自分でも、絶対にそれが間違っていると思う。
津麦が作る料理の数々を見て、やっぱり夫の言うことは正しいな、と、改めて反省したのだった。
結婚してもう15年になるけれど、年々、夫の言葉に対して反射的にシニカルな対応を返してしまうことが増えてきた自覚がある。
いやでもこれ入れたら味に深みが出るって聞いたし。あなたがこないだもうこれ飽きたって言ったから仕方なくちょっと変えてみたんだし。旬の食材がいいって言われたから今が旬の(この見たことも聞いたこともない野菜だか何だかもわからない)これ、買ったんだし。
わたしにだって言い分はいくらでもある。
でも、どちらが正しいのかは明白だ。
最近は、スーパーやコンビニで売っているお惣菜の類もクオリティが本当に高くなった。
種類も豊富で、どんどん新商品も現れる。
手間はかからないし、洗い物もいらないし、野菜や米の価格が高騰していることを考えれば、下手したら自分で作るよりも安上がりでさえある。
日々そういうものに甘え、頼りまくっているわたしは、この本を読みながらあたたかい気持ちになれたけれど、同時に、切なさも感じずにはいられなかった。
便利さや楽さを追求した食卓には、やはり何か足りないものがあって、わたしはそれを今からでも、少しずつでも埋めていきたいと思った。
鶏肉とキャベツのトマトカレー。
ブロッコリーのバター醤油炒め。
二度目に織野家を訪れた際に津麦が作ったメニューの一部だ。
ちょうど今日はスーパーで鶏肉が特売日で、戸棚にトマト缶もあったので、真似をして作ってみた。
食材や調味料の細かい分量は記載がないから、苦手な目分量で、しょっちゅう味見をしながら。
たぶん、美味しくできたと思う。
今夜は夫が出張でいないので、息子と二人の食卓になる。
美味しいって言ってもらえたらいいんだけれど。 -
Posted by ブクログ
程度の違いはありますが、胸が揺さぶられる場面がたくさんあった物語でした。
そして、おしえられることもあり、決して後ろを向いてるわけではないのですが、前を向いて生きていこう!という気になる作品でした。
***ネタバレ***
また、登場人物がみなさん素晴らしい。
そんな中でも「じいちゃん」に1番興味を持ちました。日本屈指のバイオリニストで81歳、音楽大学の名誉教授というカッコ良さ、最初は怖くて厳しく、取りつく島もないじいちゃんが、拓実にバイオリンをおしえるあたりから、だんだん優しいじいちゃんが見えてくるところが「あ、好きだな、こんなじいちゃん」と思い(笑)、拓実とじいちゃんの場面は、ニコニコしながら読んでいました。
そして、大事な事をおしえてくれた子供たち。
「自分がやりたい事を外に向けて見せる、背負っていい」とおしえてくれた八木沢くん。
「そばにいる大人に幸せにしてもらうわけじゃない。自分を幸せにするのは私!」
と、どんな環境や立場にいても、幸せは自分で幸せにするんだとおしえてくれた果鈴ちゃん。
そして、
最初は、どうせ自分では決めれないから、辛いだけだからと、ただバイオリンを弾く以外の事はせず、自分の気持ちをおさえ、伝えることもせず平気なふりばかりしていた拓実が、八木沢くんに自分の事を話した辺りから、自分の気持ちに正直になり、周りの人に自分の気持ちを伝え、先の不安よりも今の気持ちを大事にし、やりたいことを手放すのはやめようと、演奏会でパルティータを弾くことだけを考え突き進む姿に、私もこうであろうと、こちらも決意させられました。
里親の父さん、母さんとの別れが待っていて、里親解除後は会えないという現実が待っていて、なんとも寂しく、切ない思いを抱きましたが、拓実くんが大人になった時は、自分の意思で会いにいけばいいよって、そんな事を想像しながらこの作品を読み終えました。 -
Posted by ブクログ
幼い頃実の母親と離れ、弦楽器職人里親のもとで育った中学2年生の拓実。
いずれ里親との委託期間を終え実母の家へ戻ることが分かっていた拓実は、バイオリンを弾くことだけを好み淡々と日々を過ごしていた…。
里親、養子、名前は知っていても「養育里親」という制度は耳慣れない言葉でした。
養子縁組を前提とせず、実親に戻る可能性を考慮しながら子供を育てていくなんて…相当な覚悟が必要だと思います。
拓実はまだ中学生なのに達観していて、里親にも「聞き分けの良い、育てやすい子だったと思われたままでいたい」と自分の気持ちを抑え込み、何でも諦めざるを得ない経験をしてきたことに胸が痛かったです。
実母も里親も児相もそれぞれ里子のことを第一に考え、「あなたの気持ちが大事だから」と言ってくれるけど実際は里子の要望は通らず、結局周りの大人(養育里親という制度)に振り回されているように感じました。
1番驚いたのは委託期間を終えて実親の元に帰ったら、基本的に里親と会うことは出来ないということ。
様々な配慮の上での決まりとはいえ、子供の希望があっても交流が許されないのか…。
ただ本作の登場人物はみんないい人ばかりなので現実は上手くいく里親家庭は少なく、双方と良好な関係を続けていける方が難しいのかもしれません。
もう2度と会えないとしても拓実に愛情をそそぎ、行く末の幸せを祈る里親に心打たれました。
こういう親子のお話は昔だったら子供の視点で読んでいたのに、いつの間にか親側に感情移入して涙するようになってしまいました。笑
血の繋がりだけが家族ではない、家族の形に正解はないのだと改めて感じます。