犬怪寅日子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレわたしはこの小説が刺さるほうの読者だった。
はるか昔から一族に仕えてきた少女型アンドロイドによる、静かな語りがよかった。血を分け与え生きてきた一族という独特の世界観だけれど、歴史書を見ていくと不思議と愛さずにはいられなくなる。
読者としては、無理なく自然に過去の記録を読ませてもらえるのがよかった。はじめは家系図がややこしいと思ったけれど、人と人との繋がりが頭の中にできてくると、本当に面白い。
一族の全員が束縛のなかで自由を思い描いて行ったり来たりと苦しんでいた。それでも仕来たりに従うことを選ぶ者、束の間でも自由を得ることを選ぶ者、反骨精神を隠し持つ者、さまざまな思いがあって胸が締め付けられた。
姑と嫁の絆の深さが意外だった。こういう一族の話って、嫁姑はいがみ合っていることが多いから。この作品ではむしろ、女同士の心の強い繋がりによって子孫を残しているという面すらある。
歴史の随伴者としてのyouも、自分を作った人の面影を子孫たちに見て、一族を丸ごと愛していることがわかってよかった。これは愛の話だったと思う。最後は少し泣いた。 -
Posted by ブクログ
これはやさしい本当の物語。─これはやさしい偽りの記録。
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アンドロイドは電気羊の夢を見るかを想起させる要素が散りばめられながらも、その実、対極な作品であった。どちらかというと、日本のSF(少し不思議)の要素を色濃く受け継いだ作品である。そもそも本作に登場するサイエンスフィクションとしての要素は希薄である。科学技術が発達したことによる虚構は「you」のみであり、それ以外はファンタジーとしての虚構となる。つまり、物語の構造としてもアンドロイドは電機羊の夢を見るかとは全くの対極という立ち位置となる。
また、感じさせるテーマも別物であろう。「アンドロイドは電機羊の夢をみるか」は機械生命体であるアンドロイドが人間と同じ価値観、魂、意志を持てるのか問題定義を行う。その中で、相互理解という壁にぶつかることで理解し合うこと、共生の無意味さを思わせる作品である。対して本作は、機械生命体である「you」が人間になり得るものとして物語が展開される。そして、当然のように人間と共生し、共生するが故に生物としての違いに苦しむのである。前提が違う上で、追い求める過程も異なるのであるから対極な作品といえよう。
さて、本作は「フェイク」である。
(なにを当たり前なこと言っとるんじゃこいつは)と思われるだろうが、重要なのは「フィクション」と形容していないところである。本作には「本来の自分」を他人に見せる登場人物はいない。全員が分厚いペルソナを被っているのである。そのような状況で、「you」だけは全員の心の内を知っている。正確には、「you」だけにはペルソナを被った状態で接する必要がないと全員が思っている。嫌な言い方をすれば、「you」は機械であり、道具である。それを分かった上で共生してるものだから、他の「人間」には見せない「本来の自分」がまろびでてくる。だから「you」は一族の他者にしか見せない「ペルソナ」と、自分にしか見せられない「本来の自分」と二つを記録している。どちらも本物であり、偽物である。本来の自分であるときは、ペルソナの側面が偽物となり、ペルソナを被っているときは本来の自分が偽物となる。陰陽対極図的な関係を保つ。
本作で重要なのは、一族の男が御羊になることではない。人間を看取るということである。一族の人間が死ぬ間際、御羊に姿を変え、一族でその肉を食べる。死んでから御羊に姿を変えるのではなく、死ぬ間際に姿を変えるということは、確実に死ぬ瞬間を看取るものが発生する。故に、本作の最大のフェイクは御羊に転身する事であり、ファクトが看取りである。
羊を捌くのは「you」である。つまり、看取るのモノである。これは何を表すかというと、一族の男は「ペルソナ」と「本来の自分」の二つを視てきた「you」と最期を過ごすということである。家族でもなく、愛した人でもなく、「自分」の全てを知っている隣人と最期の時を過ごす。看取られる側からすれば、なんともやさしい終わりである。では、看取る側はどうなのか。それは貴方次第だろう。 -
Posted by ブクログ
人物描写が上手すぎる。群像劇で、しかも風俗嬢の女の子がたくさん出てくるというのに全く混乱しなかった。
私は所謂、(あえてステレオタイプ的な書き方をすると)こういう女の子たち、とは無縁なところで生きてきたのに、この子達のことを知っている気がする。
特にニコのことは表情も気配も全部思い描ける。文章だけでこう思わせてくれる、のに、説明的な文章でもないところがすごい。
そして彼女たちは揃いも揃って全くまともではないし、社会から全然逸脱しているし、でも彼女たちが楽しそうに笑っていると嬉しくなるし、その幸せがあまりにも儚いものに思えて幸福を祈らずにいられない。つまり大好きになってしまう。真も含めて。
人は殺しちゃいけないのはそう、そうなんだけど、じゃあ彼女たちに付けられた傷の責任は誰が取るんだろう、誰も取らないならこうするしか無かったんじゃないか、極論だと分かっていてもそう思ってしまう。
はあ、本当に幸せになって欲しいな。コンビニの前でタバコを吸いながら、適当なコンビニスナックを食べながら、しょうもない話で笑っていて欲しい。
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Posted by ブクログ
語り手はアンドロイド。
男子が死ぬ間際に御羊になるという一族を、何世代にも渡って見守ってきた。彼ら彼女らは屋敷の敷地内で一生を終える。そのうち男は死ぬ間際に御羊になり、御羊になってからアンドロイドによって捌かれ、一族の者たちに饗される。なぜそのような儀式が必要なのか、なぜ彼らは御羊になってしまうのか、そのような謎は謎のまま終わる。
けれど、アンドロイドがそれらを明かさなくても全然気にならない。アンドロイドが、人間的な性質を求められながらも人間にはなれない彼女が、今まで彼女が仕えてきた一族の人々、今もなお仕えている一族の人々との思い出を振り返る。一癖も二癖もある皆のことを。
その記憶はあたたかい。体温がある。思い返しているのは、記録のみを持つアンドロイドだというのに。
アンドロイドの奏でる本作の文体は、心地よく、声に出して読み上げたくなる。
アンドロイドは、一族の皆から、ユウとかゆうとかユゥーとかUとか、いろいろに呼ばれる。呼び名の数だけ、アンドロイドとの思い出があるのだろう。
そう思うと、初見ではややこしいなとしか思わなかった冒頭の家系図が、愛おしく思えてくる。
幻想的で素敵な作品だった。
最後の場面は、胸に迫るものがあった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ4.2
p67
とりわけ特別な情の類いは、単なる破滅の前触れであることが多い。
p166
こういう時、平然を装うことが第一の自己防衛になる。自分は大丈夫なのだと他人に知らせることで、自分の心を守る。
p227
幸せとは、こういうことを言うのかもしれないと思った。最悪の一歩手前で、小さく遊ぶこと。
p337
好きなものを知られているというだけで、なぜこんなに苦しい気持ちになるのかわからない。
p342
偽物の名前と、その場限りの関係だったからこそ、本当だった。
p370
一瞬でも同じ世界にいられたということは、未来の救いになるはずです。だから私はこの先どうなっても、あの時のことも、今日のことも、忘れません。 -
Posted by ブクログ
ある朝、羊になった男主人が寝室で発見されたところから始まる。その羊の肉を残された一族の者たちにふるまうため、儀式の準備を進めるアンドロイドの一人称視点の物語。
先に言っておくと、なぜこの一族が羊になるのか、なぜその肉を食べなければならないのかをアンドロイドは説明してくれない。羊に変わる一族の人たちもそれぞれ抱えているものはあるが、その心情を推し量ることもしない。それでも、アンドロイドが愛情深くこの一族に寄り添おうとする姿が心を打つ。
シームレスな時系列の切り替えや文体は人を選ぶかもしれないが、アンドロイドから見るこの一族はこうも幻想的で耽美に映るのかと思うと面白い。語られないことによる想像の余地があって私は好き。 -
Posted by ブクログ
ネタバレXで見かけて、好きな感じだろうな…で読み始めましたがドンピシャ。好みの世界観!!
You、あくまでも式のための機械かと思いきや、この一族の精神安定剤みたいにもなってるのかな。皆さん呼び方が違うのもいい。
一体桃子は何歳なんだ……トロッコに乗れるしぬいぐるみぶん回してるけど、幼女の言葉遣いと気遣いではない。一族、皆さん微妙に年齢がわからない
文体が読みづらいのもわかります、地の文が尊敬語というのは初めてと思うけど思いの外読みづらいんだな。わからない言葉遣いではないので慣れるのに時間がかかりました。
宮木あや子「太陽の庭」と綾辻行人「暗黒館の殺人」を連想してしまいました。違うけど。
ラムとマトンの中間の羊肉があることを知りました。御羊それくらいで饗されるのかなぁ。