木藤潮香のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
介護について深く考えさせられた。
寝たきりだったり、上手く身体が使えなかったり、話せなかったりする相手に、
どう接するか(ユーモアを忘れないこと)、
希望をもたせるか、
意思を尊重すること、
心地よい環境を整えること(家政婦や病院の理解)、
自分ひとりの問題ではなく家族の問題とすること、
自尊心を損なわせないこと(特に女の子としての)、
負担を感じさせないこと(化粧をし疲れ顔は見せない)
親は子供のことを1番に考えるとはいえども、
仕事に家庭に育児に病院通いにと、
どれも手を抜かず負けず頑張る潮香さん、
正にこの母にしてこの子あり。
特に印象に残ったのは、
食べられなくなった亜也さんに新人看護士が食事の量を問う箇所。
潮香さんは怒った。
例え無知であったとしても、無神経であり看護士として事前に予備知識を持つことはできると。
傍からみると、そのくらいで目くじら立てなくてもと思うが、食べられなくなったことは生命を維持する大切な機能を失ったこと、母親にとって決してささいなことではない。
自分を振り返ってみると、
あまり深く考えずに言葉を発することが多い。
これまでに気がつかずに傷つけてしまった人もいるかもしれない。
自分の言葉に責任を持って、相手の立場に立って、言葉を発していこうと思った。
一読の価値ありです。 -
Posted by ブクログ
突然病魔は少女の体から運動機能を奪っていく。わずか5年ほどで歩くことはおろかの字を書くことも出来なくなってしまう。その5年後にはその命をも奪ってしまった。「1リットルの涙」は文字を欠くことのできた5年間の少女の日記。「いのちのハードル」は少女とともに闘った母の手記。日記の中に「学校には養護があっても、養護の社会がないんだから」とあった。県立高校で将来を夢見ていた亜也チャンは障害が進み養護学校に転校を余儀なくなる。何とかこのまま普通に高校生活を送りたいと望み苦悩の末に決断し転校した養護学校もその1年後には「卒業したくない・・・私には次の光がみえないから・・・一人っぽっちになりたくない・・・」と思うほど障害は進行する。依然読んだ「お母さん僕が生まれてごめんなさい」の中にもあった。学校に言っている間は社会や他のひととの接点があるが、卒業すると障害が重度になればなるほど家に閉じこもることになる。そのかなしみがどうにも切ない。そしてそれを取り巻く家族の愛情、特に幼い兄弟たちの優しさにただただ頭の下がる思いがする。そのお母さんの手記には、健気に病気に向き合う娘に対する愛情があふれている。何とか励ましいっしょに障害に立ち向かおうとする姿、でもやがて命を奪っていく病気だと知りながら何をしてやれるかを時々精一杯にしている姿。共働き、子供5人、そのうち一番上の子は重度の病気と闘い、下の子は未だ幼い。そのパワーに敬服する。いま自分は何をしているのだろうと考えてしまう。生きることに一生懸命だろうか。誰かのために一生懸命だろうか。言い訳を探して怠慢に暮らしてはいないか。亜也チャンは18歳のとき自分が社会に貢献できるのは死んだあと、医学の進歩のために体を提供することぐらいしかないのかと考える。そして死んだとき本当に献体を望んだ。どうにかして何か社会に貢献できないかと考える姿勢は、きっとご両親や兄弟や周りのひとの愛情にあふれる姿を見ていたからだろう。私はそんな姿を子供に見せたことがあるだろうか。まず、明日は朝早起きして一つ一つ出来ることをやっていこう。元気が出る朝食を作り、家の中をちょっと普段より頑張って掃除しよう。気負って計画倒れになるよりも目の前にあることを一生懸命にやってみよう。そうしたら何か見つかるかもしれない。毎日を大切にしなければと思ってしまう。
-
Posted by ブクログ
「脊髄小脳変性症」という、現在ではまだ不治の病である病気と闘った木藤亜也さんの母親・潮香さんの手記。亜也さんが自分で書くことができなくなってからの様子なども記されている。
亜也さん自身の日記「1リットルの涙」を読んだだけではわからない事実がたくさんあった。それは、周りの人間が亜也さん自身に余計な心配をさせないようにしようとする配慮が成功していたということでもあるだろう。病気と闘う娘を支える側としての配慮、苦悩、葛藤・・・。病院選びや家政婦さん選びにここまで神経を使い苦労されているとは、こんな経験をしたことがないものからは想像もできない。日に日に悪くなっていく身体に恐怖や失望を感じながらも、なんとかして生きていこう、そして自分にしかできないことをしようとしていた亜也さんは本当に立派だが、それをずっと支えてきたお母さんにも同じくらい拍手を送りたい。母親の愛情は本当にすごい。最後、自分の身体がほとんど言うことをきかなくなった後でも「他の同じ病気で苦しんでいる人のために」と、死後、献体となることをずっとお世話になってきた病院の先生に希望した亜也さん。このことでどれほど世の役に立ち、また、この本を読んで自分の命について考えた人がいるだろうか。 -
Posted by ブクログ
平成元年(1989年)に出版された、木藤亜也さんのお母さんが娘の一生を振り返った手記。
本人の日記は恐怖と絶望と希望が渦巻いていて感情だけが伝わってきたが、「母の手記」からは生活の変化が具体的に書かれていて、状況とそのときの感情がつかみやすかった。
どんどん機能しなくなっていく自分の身体、考える能力はあるのにそれを表現できず、人に伝えられないもどかしさ。想像するだけで怖い、と感じた。
亜也さんのように、したいことができない人がいる。
私は社会に対して何ができるだろう。自分は無力だと考える時もあるけれど、歩ける私にはたくさんの道が開けている。