木藤潮香のレビュー一覧
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『1リットルの涙』と『いのちのハードル』を読み終えて、私はこの病気が憎くてたまらない。
なぜ亜也さんだったのか。「運命」として受け入れるにはあまりに理不尽だ。神様が与えた試練と割り切るには、そのハードルは高すぎる。ただ普通に友達と勉強や部活、おしゃれ、そしてドラマのような恋もしたかっただろう……。そう思うと胸が苦しくなる。
しかし、亜也さんは十年の闘病生活で、愚痴や諦めの言葉を一度も口にせず、常に家族を思いやり、感謝を忘れなかった。絶望の淵で彼女が生きる希望を失わなかったのは、「私の心の中にはいつもお母さんがいる」という確信があったからだ。
その背景には、母・潮香さんの「亜也の添え木として生きる」という壮絶な決意があった。「限りある命を精一杯生きてほしい」という願いから、潮香さんは「母として何ができるか」を自問自答し続け、強い母を演じてきた。だが、その裏でタオルを口に押し当て、声を殺して嗚咽する姿はあまりに切ない。衰弱していく娘を前に、親として「自分が代わってやりたい」と何度、無力感に苛まれたことだろうか。
「私は何のために生まれてきたの? 人の役に立ちたい」
この言葉が、私の心から離れない。亜也さんが命を削って綴った日記が『1リットルの涙』という形になり、生まれたての本の感触を母娘で確かめ合ったときの喜びは、どれほどだっただろう。溢れる涙が止まらなかった。その本が今、世界中の人に生きる勇気を与えている。
亜也さんとご家族の尊い遺志には、ただ敬服するばかりだ。自らを献体に捧げた彼女の決断は医学の進歩を支え、その言葉は今も多くの医療従事者を育て、誰かの命を救い続けている。それは、母娘の流した涙が起こした「奇跡」だ。お二人の強い思いが報われて本当に良かったと思う。
悲しく辛い読書ではあったが、学ぶべきことが多く、読んで本当に良かった。私も、大切な人が困難に直面したとき、そっと隣で寄り添える「添え木」のような強さを持ちたいと、心から思った。
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購入済み
学ぶものが沢山詰まってました
1児の母です。先天性の障害をいくつも抱えた娘がおります。ひとつ治すとまた次の障害。次々と出てくる障害に母親が不安定になり子供にも不安定な想いをさせながら生きていかせていきたくない。そう思い障害を抱えた子にどのような接し方をしていらっしゃったのか気になり読ませていただきました。
一言では表現できません。学ぶものが沢山詰まっておりました。沢山の方に読んで頂きたい。それしか言えない素晴らしい本です。 -
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ネタバレ姉妹書の「1リットルの涙」が闘病中本人の目線で書かれた本なのに対し、こちらは介護者の目線で書かれたエッセー。
著者が医療介護系の仕事に就いていた、ということもあり、「どうやってよりよい介護をするか」という観点でみれば読み取れるものも多かったんだろうけど…看護・介護を実感を持って理解できない人間にはそういう読み方は難しかった。
かなり闘病している娘の感情を理解しているようである母とはいえ、理解し切れていない部分はあったんだな、と感じたのは、普通高校から養護学校への転校のあたり。娘の感情に寄り添ってはいるんだけど、母の書くそれはあくまで客観的で分量もそれほどとは言えない。娘の日記は書き尽くせない感情に埋め尽くされている。
とはいえ、母親が「怒り」をむき出しにした文章を書いているのは、この普通高校から養護学校への転校のくだりと、病院の付添婦さんに関するトラブルのくだりの二箇所。書き尽くせない思いが、娘の中では悲しみに変わり、母の中では怒りに変わっただけかもしらん。
最後の「嫁に出す」のくだりはいろいろと考えさせられた。人は三途の川で隔てられた「別れ」をどうしても大きく受け止めがちで、それがとても大きな「別れ」であることは間違いないのですが…「別れ」というものの本質はそこじゃないんだろうな、と。
とにかくテーマが重くて…消化し切れてないな、という実感の大きい本でした。
また思い出した頃に読み直すと、違った面に気づけるかも知れない、そういう本でした。 -
Posted by ブクログ
2005年くらいに、長崎か福岡で買って読んだ本。
木藤亜矢さんのお母さんの手記。
こうゆう、病気ものには弱いのです。
病気の子供を持つ、親の気持ち・・・。
私はまだ子供はいないから分からないけど、病気である本人以上に辛い部分もあるんじゃないかなって思う。
たぶん、親は、代わってあげられるなら、代わってあげたいと思うのだろう。
それが、できず、苦しむ我が子を見ているのは辛いと思う。
小中高大学大学院・・・と学校に行けて、一人暮らしもできて、好きな国にも行けて、好きなお酒もたくさん飲める。
そんな自分はとても幸せなんだろうなーって事に気がつかされますね、こうゆう本は。
そして、親より長く生きなきゃ・・・って思わされます。 -
Posted by ブクログ
1リットルの涙で亜也さんと共に賢明に病魔に立ち向かい、生き抜いた母、潮香さんの手記。
ある日、同室の患者さんから「亜也ちゃんは耳が聞こえないの?」と尋ねられる。亜也さんは一人で食事が出来ない、言葉が上手く喋れないなど、身体が不自由にはなっていたものの、脳や感覚器官などには異常は出ていない。母のいない時に家政婦が「この子ちっとも言うことを聞かない。頭が正常だと思っているのは親だけよ。ご飯をいつまでも口の中でもぐもぐと、どうしてさっさと食べれんの? あんたなんかおいて帰っちゃうでね」と本人を前にして酷いことを平気で言っていたと言うのだ。その時亜也さんはにこにこと笑っていたという。亜也さんは自分が悪い。私が失敗したんだからと答える。その他にも自分本位な医師など、意地悪と言う言葉では表せない、人間として何かが掛けた人物などが出てくる。しかし、けしてその人達が特別ではない、そう言う人間は実際、世の中には多く存在する。
実際の医療の問題や、家族のことなど、母と言う視点からみると、亜也さんの日記よりも、どうしても現実的な部分が見えてくる。
しかし、悪い面だけでは無い。人間の良い部分もたくさん見えてくる。俺はこの手記を読んでいて「ありがとう」と言う言葉の素晴らしさを知った。
亜也さんがある日、母に尋ねる「どうして私は生まれてきたの?」亜也さんだけでは無い。それは人間として生まれてきたならば多くの人が一度は疑問に思い、自分に問いかける言葉だ。しかし俺は、少なくとも亜也さんには生まれてきた意味があったと思えるのだ。亜也さんの残した日記によって、今も多くの人々が生きる手助けを受けている。
病気でどれだけ苦しまなくてはいけなかったのか、どれだけ悩まなくてはいけなかったのか。それは俺には分からないけれど、俺は亜也さんにこう言いたい。
「生まれてきてくれてありがとう」 -
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ネタバレ難病であるほど、闘病記録を読むのはつらい。
そしてそれは本人の手記ではなく、看護する側の親のものだとしても。
脊髄小脳変性症という運動機能が消失していき、最後医は呼吸運動の停止か衰弱による合併症のため、多くの場合死亡する。
未だ原因も治療法もわかっていない病。
自分も子どもがあるので、苦しんでいる子どもに何もしてあげられないじれったさはよくわかる。
励まさなければならないのに、心が不安でいっぱいのことも。
ましてや、最終的には死に至る長い長い闘病であることを考えると、著者の判断や行動には頭が下がる。
一番は、生きることを最後まであきらめさせなかったこと。
どんどん体の機能が失われていっても頭脳は明瞭で、だから余計につらい病気であるにもかかわらず、母子ともに今できることを考え、誰かのために何をしたらいいかを考え続ける。
「世の中のためになっている」ということが生きる励みになっていたことがよくわかる。
惜しむらくは、時系列に沿っては書かれていないので、わかりにくい部分が多かったこと。
例えば3歳だった末の妹が、次のエピソードの時は小6で、親に対して生意気なことを言ったりしていること。
本人のエピソードすら前後しているので、その時の病状がとっさにわからない。
そういうところに引っかかって、感動が一時停止になったことが多々あった。
これは、編集の人がなんとかすべき部分なんじゃないだろうか。 -
Posted by ブクログ
1リットルの涙を再読した翌日の深夜に一気読み。
最初に読んだ小学生の時とは違い、母親も子供と同じ痛みや悲しみ、迷い、悩みを抱えた人間であり、決して絶対的な存在ではない事を知っている今読んだからこそ、感じることが多かった。
母親として、亜也ちゃんには障害を持って身体機能が失われていく毎日の中でも人生に希望を持ち、生き続ける意思を強く持っていて欲しい。一日でも一時間でもこの世で娘と一緒にいたい。
その為に、母親である自分は、娘と一緒に喜び泣いて同じ感情を共有しながらも、娘が悩み絶望するときには決して自分も悩んだり絶望する様子は見せない。
娘の精神的支柱として、娘の前では常に前を向いて、強い母親を演じ続ける。
そんな潮香さんの決意と、負の感情を押し殺して気丈に振る舞う様子が、読んでいてとても辛かった。
娘が若くして障害を抱えて日に日に衰弱していく様子を一番側で強い母親を演じながら支え続けることは、どれだけ辛いのだろう。
母親はすごいな、まだ母親でない私には想像を絶するほどの強い思いを感じた。
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Posted by ブクログ
亜矢さんのお母さん目線で色々なことが書かれていた。山本先生の、「医者である限り、亜矢ちゃんを見放さないよ」という言葉…心のない家政婦さんとのバトルもあったから、亜矢さんもお母さんも、この言葉に本当に助けられたと思う。山本ドクター、本当に良い先生。
涙が出る印象的なシーンが3つあった。
●寝たきりになった亜矢さんが自分の分身である「1リットルの涙」が出版されたことを知り、「ウウー」と声をあげたシーン。
●出来上がった本を朗読してほしいと、お母さんに読んでもらうシーン。
●本の印税を何に遣うか答えるシーン。
「ワタシの為にどこへも行けなかった家族に旅行にいってもらいたい」
亜矢さんの、優しさや強さに本当に心がうたれる。
病気を経験することは、それだけ辛い人の気持ちに共感できる。とても勇気をくれた本だった。