野村真依子のレビュー一覧
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かなり辛口。原著は2022年刊、原題は“Néandertal nu”、ありのままのネアンデルタール人。著者リュドヴィック・スリマックはネアンデルタール人の遺跡掘りで30年。なかでも、ロシア北西部、北極線近くのビゾヴァヤ遺跡(31,000-34,000年前)、フランス南東部のマンドラン洞窟(42,000年前)の発掘が有名。
ネアンデルタール人はどのような存在であったか。いま、彼らをめぐる議論がかまびすしい。彼らの遺跡にも遺物にも触れたことのない人たちが、勝手な想像と、過度の外挿、拡大解釈、そして現在の自分たちの投影をもとに、あれやこれやいろんなことを言う。困ったもんだ。この30年に限ってみても、ネアンデルタール人のイメージは、はるかにネガティブなものからポジティブなものへと大きく変わった。その振り子の極端なまでの振れ具合もまた、嘆息もんだ。
というのが第1章。第2章では、北極圏まで進出したネアンデルタール人について、第3章から第5章ではそれぞれ、狩りや食生活、儀礼、芸術と美意識について論じてゆく。読みどころは、ネアンデルタール人の寒冷地適応についての議論(スリマックは、寒さに慣れれば、北極圏でも裸足で大丈夫だというのだが、ほんまかいな)。
著者のスリマック、ご尊顔を拝すると、顔の半分が髭、どこかしら隠者を思わせる。古老かと思っていたら、意外にも1972年生まれだった。現在の所属はトゥールーズ第3大学。 -
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哲学者40名が生活の糧を得ていたもう一つの職業を紐解く。
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著名な哲学者たちは、本職で生活の土台を支えていたからこそ、思索を深めるゆとりを持てた(そういう人たちの言葉だけが残った)とも言える。スティグレール「強盗」からのエピクテトス「奴隷」がパンチ効いてる。
翻って、今を生きる職業哲学者たちは、教育や執筆など多岐にわたりつつほぼ専業でしょうか。
本職
は◯◯だった〜!?だけで終わらず、教えの裏付けや「逆説的に考える」アプローチの提案もあって学びが多い。
個人的に「哲学とは、哲学書だけでなく思索のきっかけとなるありとあらゆるものから生まれ出る」という思いなのですが、それを肯定してもらったようでした。
古代ギリシャの哲学者から、93年生まれギヨーム・マルタンまで対象も幅広く。今年刊行された教養系書籍の中で、今のところ暫定1位の面白さでした。 -
Posted by ブクログ
哲学者は、哲学がご飯を食べる職業(生業)ではありませんでした。
ちょっと安心しませんか?
哲学者たちは、いわば二刀流、副業・兼業従事者だったのです。
つまり、わたしたちも、哲学者になれる(かもしれない)わけで、勉強・思索しだいで、次代へ繋げる思想が展開できるかもしれないのです(わたしは、しませんけどねw)。
みなさんのご贔屓の哲学者は、何のお仕事をしていたでしょうか。
または、ご自分と同じお仕事の哲学者はいるでしょうか?
職業や環境が哲学者の思想とどのように関わるか(全く関わらないか)も読み取れるかもしれません。
例えば、「◆マルクス・アウレリウス――皇帝」の関係は、彼の到達した思想に不可欠なものでしたものね。。。
一度、お手にとってご覧になってはいかがでしょうか♡
どんな職業にも(生き方にも)、「哲学」が必要でしょうから♡
〔作品紹介・あらすじ〕
真理を求めるにも、愛を問うにも、なによりもまずは飯を食わねばならぬ!
キケロもアーレントもデカルトも霞を食って生きていたわけじゃない――
哲学者たちのもう一つのアイデンティティ
本を読んで考えにふけるだけで、毎日の生活費が自動的に入ってくるなんてことは起きない。著名な哲学者たちも、今を生きるわたしたちのように、生活のために「仕事」をしてきた。
眼鏡を磨くスピノザ、嫌々ながら市長をつとめたモンテーニュ、工場労働で思索を深めたヴェイユ……。古代から現代まで40名の哲学者をとりあげ、生活の糧を得ていたもう一つの職業をひも解いていく。
労働は想像力の源にも、知的活動の妨げにもなる。職業人生に光を当てる、唯一無二の哲学入門。
◆スピノザ――レンズ研磨職人
◆ハンナ・アーレント――ジャーナリスト
◆マシュー・クロフォード――整備士
◆モンテーニュ――市長
◆ディドロ――美術品のブローカー
◆アンリ・ベルクソン――外交官
◆ライプニッツ――司書
◆ジャン=ジャック・ルソー――譜面書き
◆マルクス・アウレリウス――皇帝
◆シモーヌ・ヴェイユ――工場労働者
……など40名を紹介! -
Posted by ブクログ
個人的には久しぶりの趣味の読書のカテゴリーに入る本。
この本では芸術作品を題材に、多様な物の見方、特に他の人の視点を考える事にフォーカスが当たっていたと思います。つまり、名画をこう見るべき、作者はこう言う意図で作ったと言う形ではなく、どう見たら良いのだろうか?と考える事を推奨していた様に思います。そして、ただ多様な見方が存在する事だけに注力するのではなく、多様な見方がある事を認識しつつ、発生した問題にどう対処すべきか、矛盾にどう対処したら良いか、ミスに対してどう対処したら良いか等、答えを自ら(もしくは周りの人と)導くための手引きが書かれていました。
著者は、美術史家で弁護士のエイミー・E・ハーマン氏で、美術作品を使用してビジネスマン向けの課題解決のセッションをこなしている方。
名画の見方そのものや歴史的背景等を学びたい人はこの本の想定読者では無いと思います。
スマホのニュースやSNSは、知らず知らずのうちに自分の視野が狭くなるので、ふと我に返りたい方なんかが読むと良いのかも知れません。
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Posted by ブクログ
読むのに10時間ぐらいかかった。
長かったのもあるが、難しかった。
けど、最高に面白かったし、為になった。
以下、印象に残った知識。
基本的に西洋は聖書影響もあり、アジア、ヨーロッパ、アフリカのみが世界とされていた。
農耕は伝搬ではなく、各地で独自に発生した可能性あり。
「ホモサピエンス全史」の認知革命。(想像力などを手に入れる事でホモサピエンスは地球の生態系の覇者になった)は、怪しい。そもそも、認知革命という考え方が発達心理学の分野によるもの。
家畜化された大型哺乳類は全てユーラシア大陸の生き物
アメリカでは車輪は発明されていたが、それを活用するできる馬がらいなかったので、馬車などに実用化されなかった。
中国やベトナムでローマ貨幣が見つかることはあるが、逆はない。これは、ローマに魅力的な貿易品がなかったと思われる。
中国の鄭和による大航海時代が始まり、アメリカ大陸をコロンブスより先に発見したとしても、現在の新疆ウイグル自治区やチベットを見る限り、現在の世界線のような事になっていただろう。
新世界にもちこまれた病。ペスト、天然痘、マラリア。致死性が高い病ばかり。
逆は梅毒。そのため、人口減は新世界にだけ起こった。
日本は西洋と上手く距離をとったため、植民地にされなかった。
などなど。
とにかく、情報量が多い。
定期的に読み直すべき本だと思う。 -
Posted by ブクログ
ネアンデルタール人が、ずっと気になっていて、定期的に関連書を追いかけて読書しています。
本書は、ネアンデルタール人を、なぜ滅んだのか?美意識はあったのか?その精神構造とは?といった点から解き明かしていく内容で、赤道直下から北極圏まで、30年にわたって洞窟の地面を掘り続けたフランスの考古学者の考察が書かれています。
ネアンデルタール人は約40万年前に存在していて、約4万年前に絶滅しました。
本書では詳しく書かれていなかったと思いますが、サピエンスと交雑したということや、サピエンスとイヌがネアンデルタール人を絶滅させたという説や、彼らの遺伝子をマウスに導入するネアンデルタロイド製作プロジェクトについてなども、私は読んできました。
どれも興味深い話で、面白かったのですが、そういった考え方自体が、著者によるとネアンデルタール人物語の消費のようなものである、と本書でいさめています。
現場のネアンデルタール人調査は、かなり気の遠くなるシビアなもので、著者も一年間に2センチ洞窟を掘ってやっとこさ成果があったりなかったりで、かれこれ30年間調査続けてきたと書かれています。
さらにその洞窟も昔誰かが荒らした後だったりで、時代同定がしにくかったりする現状だそうです。
なので現場の探究者にとっては、物語だけが先行してめちゃくちゃな現状に対して苦言を呈するようなところがありました。
他にも、北極圏、ロシア連邦コミ共和国での調査の話や、カニバリズムについて、儀礼や象徴がネアンデルタール人にあったのか、絶滅理由が気候変動のためか?などについての考察は、興味深かったです。
結局、ネアンデルタール人を考察するということは、我々サピエンスを考えることに直面するのです。
著者は、こう書いています。(長い引用ですいません…。)
「それでも、私はネアンデルタール人について想像してしまいます。我々と似て非なる存在、何が違ったのだろう?考えるとキリがありません。ネアンデルタール人はサピエンスの代用品ではない。しかも両者は異なるだけでもないようだ。ネアンデルタール人は精神面の多くで、集団や個人の区別を求めるサピエンスの自我から本質的に解放された、尽きることのない完全なる独創性によって、サピエンスの上に立っていたに違いない。この意味で比較すると、私たちサピエンス集団の創造性は、非常に表面的で人工的である。創造性の分野では、サピエンスはきっとネアンデルタール人の足元にも及ばず、この観点から見ると、私たちの祖先の知性は明らかに劣っているだろうと言ってもよい。だが、世界の物質的合理化という点では、おそらくネアンデルタール人は、サピエンスに一歩譲ることになる。」
どうやら、ネアンデルタール人は、独創性がサピエンスより上であったみたいです。そして我々は劣っていたとのこと。
そして、劣っていたが故に、サピエンスはネアンデルタールより生き残ったのかなとか考え出す・・・けど、これもまた物語消費になってしまうんですよね。
うーん、ネアンデルタール人問題難しい。もっと証拠が欲しいと思いました。