小沼理のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ個人的なことですが、昔から人に感情移入しすぎて辛くなることがよくある。これは私の長所でもあるけど、同時にずっと怖い。
わかるはずがない他者の痛みや苦しみがわかるような気がしてしまうこと。私の経験や、勝手に想像したストーリーに当てはめてはいないか。もしそうならそれによって見落とすものがあるだろうし、加害にもなりうると思う。
そもそも遠くの誰かの痛みを想像しては落ち込むことを日々繰り返してるのは、人としては悪くないかもしれないけど、健康じゃない。
少し頭を冷やして、共感と上手に距離を取りたいと思って手に取った本。
結果、知りたかった答えは書いていなかったけど、答えがないままに揺れ続けるような文章に、少なからず救われた一冊だった。
世界が混沌を極める中で自分がどうあるべきかを考えては、迷ったり、すぐに上手に言葉にできなかったりする自分に対して、それでもいい、と思えた一冊。
どうしたってわからないことを自覚していたい。それでもできればわかりたい。だから想像で手を伸ばしてしまうのかもしれない。
楽しいことだけを見て、知らん顔していられたらどんなに楽かと思うことがある。でもそうはいたくない。私が私でいられなくなる。
これから先も、失敗したり、落ち込んだり、ときに意図せず誰かを踏んでしまうことがあるかもしれない。それを避けようとして、正しくあろうとしすぎても動けなくなってしまう。
「一人ひとりの生は、もっとずっと膨大で豊か」。私も多様で豊かな世界を形づくる一人として、個人のままで、自分を振り返りながら、できることを重ねていきたいと思う。 -
Posted by ブクログ
「はじめに」を読んで、まさに「あぁ、わかる」と思ってしまい、とても気になっていた本
著者の性的指向はもちろんこの本を読む上で切り離せないのだけど、異性愛者の女性であるわたしが読んでも「わたしも知っている感情だな」と思う心の揺れをたくさん見つけた
その「わたしも知っている感情だな」と「わたしには知り得ない葛藤があるのだろう」が読書中ずっと混ざり合ってて、まさに、共感と距離感の練習や
どうか、この本のセクシュアリティの部分だけが一人歩きして伝わってしまいませんように
それはすごくもったいないことです
自分の価値観や感情の「揺れ」の部分を人と話すことってあまりない うまく言葉にして話せないしわかってもらえないと思ってしまうから
でも著者はこの過程を丁寧に、誠実に言葉に落とし込んでくれて、まるでいっしょに立ち止まり絡まり混ざり合うような気持ちになる その中で自然と脳内で自己対話も行われる
これは会話では難しいことで、わたしのタイミングで早さで咀嚼しながら向き合える読書の醍醐味やなぁと噛み締めながら読んだ
ほんでおまけ、
表紙を開いた1枚目に挟まれる色紙が、2色の淡いグラデーションになっていてあまり見たことのない紙やった
それがまるで「わかる」と「わからない」の境界の曖昧さや、どちらか一方との区切りがないことのようで、文章だけでなく造本としての表現もまた楽しめる
この本がとてもよかった、と思う点をちゃんと言語化したいと思いながらずっと読んでた そしたらすごい長文になりました ここまで読んでくれる人がいましたらほんと感謝です -
Posted by ブクログ
ネタバレあなたはあなたでしかなく、私は私でしかないことを思い出す。お互いがはっきりした輪郭と異なる質感を備えていて,混ざり合ってなどいない。
よくないことが起こった時、問題を無かったことにはせず直視すること。混乱もある、だけどもそれも自分が求めているものを知る機会になる。
今起きていることを見ないようにして生きるのは、嫌だ。それは、自分を決定的に裏切ってしまうことのように感じた。
では、どうしたらいいんだろう?ようやく、自分で考え始めた。漠然と心を痛めるのではなくて、本を読み、ニュースを見て、発信している人のSNSを追いはじめた。
私も老いるあなたも老いる
関心を持つのは早い方がいい
もっと無防備で自分の言葉を話そう -
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ネタバレ2020年からの3年間は、ゆっくりと、でも確実に日本が良くない方へと向かっているような実感を国民に芽生えさせたと思う。そんな3年間の一部を筆者が日記として綴った本。
当時の自分は何をしていただろうか、と重ねながら読む部分もあったし、(自分も当事者なので)差別される側としての気持ちに共感できるところもあった。何より良かったのが、筆者の普段の生活や考えなどのパーソナルな部分に触れられたことだと思う。日記を読むということは本棚を見たり音楽の趣味を知ったりするのと同じように、その人のことを知れているような気がして楽しい。
以下、好きだった本文。
「世界が最悪の方にどんどん向かっているようで鬱々としてくる。それでも手を動かせばちゃんと料理ができていく、そのことに救われる。」
「しっかり動揺してうまく言葉にできずにいるこの人を、私は信頼していると思う。」
「思考の癖や弱さは手ごわい。ずきずきと痛まないと意識しなくなるし、そうやって意識している間に少しでも自分を変えていけるように、思考と判断を重ねていくしかない。」 -
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誰かの日記は自分とは異なる現実や日常であって、それを読むことはそこには書かれていない自分のそれらの輪郭も浮かび上がるような気がする。そこには他者がいて、その人の人生がある、ということはなにか救いのようなやわらかな光のような暖かさを感じる。
パートーナーや家族のことが書かれている日記には嫉妬ではないけど、羨ましさもある。それは自分が一人暮らしが長いからなんだろう。
日記は過去のことしかないから、当時感じていた著者の気持ちや考えが読むと今に孵化するように読み手の中に入ってきて、少し混ざる。時間軸がいくつもある、そんな多様性や多幸感があるように思えるからページが少なくなってくると少し寂しくなった。 -
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今だけは
「明るい話」
をしよう。
絶望しないで
話し続ける
ために。
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インスタで流れてきて、
タイトルと帯、そして表紙に一目惚れでした。
ガザの話も出てくるのですが、
あれ、この言葉見覚えあるなぁと思っていたら、
「ガザとは何か」の著者の講演に参加されていたようで。
全然違う場所にいる私が、
偶然手に取った本と本が繋がる瞬間は、
初対面の人とと話してたら、
突然共通の知人がいたような驚きと嬉しさでした。笑
全く知らない世界と、
私が知っている感情が本書内で描かれていました。
理想と現実。
頭ではその方が良いとわかっていても、
感情が追いついてこないことも。
それでも、問い続けること、考え続けること。
私たちが絶望に呑み込まれず、
明日を続けていくこと。
まだまだ言葉も気持ちもまとまらないですが、
読めて良かったと思う一冊でした。 -
Posted by ブクログ
「わからないけどわかるよ」という気持ち
共感はするけど、共感はされたくないみたいな。
連帯や共鳴しながらも他者同士であることを理解し、共感と距離感の狭間で揺蕩う。
マイノリティが集まればすごい力にはなるのだけれど、マイノリティの中にもマジョリティとマイノリティが生まれてしまう。
ラインを引くことはとても難しく危険であり残酷だ。
様々なジェンダーやセクシュアリティがあって、共通する似たような価値観を持っていても完全に一致するなんてことはない。
その差異の分だけの距離感を保つことが大切なのかもしれない。
詮索するのもわかった気になって共感するのも違う。
それぞれが自分以外に当事者なんていないのだから、自分の立ち位置をちゃんと理解して時に守り合うような、お互いがお互いのアライであるような姿勢。
善意や正義は強くなり過ぎると歪んでしまう。
考え続ける距離感。
まずは自発的に知って考えること。
考えて考えて、考え直すことを続ける姿勢。
態度ではなく姿勢。それが大切だと思います。
「共感はいらない」
星野源の日常という曲が、心の中で小さく鳴り響いていた。 -
Posted by ブクログ
わかるかも、と思うことがよくあることを悩んでいて、分かるわけないのにそんなふうに言われるのも、言うのも嫌でモヤモヤしていた頃に出会った本。
自分より少し年上の人もそんなふうに揺れながら考えて生きているということが、私を少しホッとさせた。自分もこの揺れる気持ちを持ちながら過ごしてもいいんだなとか、そんなふうに思えた。
東京レインボープライドの話が印象的だった。商業化されすぎていること、スポンサー企業のブースがずっと活動している団体よりも大きいことなど、自分も参加したことがある手前、そう思わせている一因だったのかも。
だからどうするとかそういうわけではないけど、そういうふうに思っている人がいることを考え続けながら何か行動をおこしていきたいと思っている -
Posted by ブクログ
1992年生まれのゲイ男性のライターである著者の2020年から2022年にかけての日記を集成。コロナ禍や東京オリンピック、安倍元首相銃撃事件などで揺れる時期の日々の生活や思いを綴る。
自分も日々生きている足跡を残すという意味で日記はつけるようにしているが、他人の日記をじっくりと読むというのは今回が初めてで新鮮な体験だった。この時期、自分は何をしていたかなと重ね合わせながら、著者の日々の暮らしや思考に没入していく感じで、とても面白く読み進めた。
著者には共感する部分も、自分はそうは思わないかなと感じる部分もあったが、自分自身や社会に対して誠実に向き合っている人だなという印象を持った。日々の出来事に対する自分の思いを言語化するというのは、著者のように実践するのは難しい気もするが、大切なことだなと感じた。
この日記を読んで著者のことをもっと知りたくなったので、まえがきなどで著者がどんな人間か(家族構成、恋人との経緯、仕事内容など)というのを紹介してくれていたら、より深く本書を読めたかなとは思った。 -
Posted by ブクログ
私はおそらく普通より共感力が高い人間で、若いころはとくに、そういう性質により心が苦しくなることも多々あった。
歳を重ねるごとに「自分と他人のあいだにきちんと境界線を引くこと」を心がけるようになったけれど、元々の性質はそんなに変わっていないと思う。
でも、共感する、ということについて深く考えたことはそんなになかった、と本書を読んで思った。自然発生的に起こってしまうもの、と捉えていたからだ。
女性はとくに共感だけで数時間話せてしまうようなところがあるけれど、「わかるわかる」と言いながら、その「わかる」について深掘りすることはほぼない。
著者の小沼さんはLGBTQのQにあたる、「クィア」に属するセクシャリティの持ち主だそう。「クィア」について調べてみたら「男性にも女性にもはっきり当てはまらない性自認をしている人の総称」とあった。
そして元々「わかるかも」が口癖になっていた時期があったそうで、それを友人に指摘されて以来、言わないことを心がけるようになったとのこと。
私は共感力は高いほうだと思うけど、セクシャル・マイノリティに関しては、かんたんに「わかる」とは言えない。自分がそうでないものを、心からはわかるとは言えない。
著者も「クィア」に関することではすぐに「わかる」と言われるのは抵抗があるのだろう、と感じる一節があった。
それはそうだ。生まれてからこれまで深く悩むことも多かったであろうことについて、かんたんに「わかる」とは言われたくないだろうと思う。それはセクシャル・マイノリティに限らず、人のあらゆる面において言えることだ。
共感してもらえて、誰かとわかり合えて、とても嬉しかったり安心することもある。一方で、かんたんにわかられてしまうことに抵抗を感じる場合も、やはりある。
共感についての話題以外でも、読んでいて、著者はとても繊細な方なのだな、ということを感じた。
日々のさまざまな事柄について、少し立ち止まって考えたり、違和感について見つめてみたりする。受け流すことで楽に生きられるようにはなるけれど、それを自分の心が良しとしない人間は、世の中に一定数いる。
共感力も想像力も、他者と良好なコミュニケーションを取るためには必要だ。だけど共感に関しては、時と場合を考えずに表明しすぎると、相手を傷つけてしまうこともある。
本書のタイトル通り、共感と距離感、セットで持つことが大事なのだと思う。ときに混ざり合い、ときに混ざり合わないでおくこと。わかり合えても人は独りだということは、けして哀しいことではない。
「相手になれそうなほどの共感力」を持つからこそ、距離感も同時に練習することが必要。自分が自分であり、他者と同化できるわけではないことを自覚するために。
そんなことを言いながら、最終的に、「わかるなぁ」と思いながら、読み終えました。それはまぁ、いいのかな。笑 -
Posted by ブクログ
表紙とタイトルだけで本書を手に取ったので、想像していなかった内容に戸惑いました。
普段気にもしていなかったけれど、自分が圧倒的に大多数側に分類されること、それでも日常で自分と異なる立場の人に対する差別的な態度に接すると自然に怒りが湧いてくるのだけれど、それはここでいう「わかる」には、到底当てはまるものではないのだと思う、そういうことを考えたりしました。
自然に書かれている単語や表現にも分からないことが多くて検索しながら読みました。
こんなにも知らないのは、きっとそれらにこれまで触れてきても気づかずに通り過ぎてきたからで、それが「無関心」ということなのだと思いました。
ではどう考えればいいのか?なにか行動しなければいけないのか?今回はただ知ったということだけでも得るものがあったのか、色々と考えてしまいました。
著者があまりにも追い詰められ、思い詰めているようで読んでいてしんどくもありました。