アンナ・レンブケのレビュー一覧
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ネタバレ【「好き」より「欲しい」】
・世界は物が足りない場所から、強い報酬刺激がありすぎる場所へ変わった。ドーパミンは報酬を得た快楽そのものよりも、報酬を求める動機、つまり「好き」より「欲しい」に深く関わる。動画やSNS、ゲームをもう一度見たい・続けたいという衝動も、この仕組みから捉えられる。
【快楽と苦痛のシーソー】
・快楽と苦痛はシーソーのように働き、快楽側へ傾くと、脳はバランスを戻すために同じだけ苦痛側へ揺り戻す。刺激を繰り返すほど快楽を感じにくくなり、反対に苦痛には敏感になる。楽になるために快楽を求めているのに、長期的には退屈や不快感に耐えにくい状態をつくるという逆説が印象に残った。
【不快感をすぐ消さない】
・人間は快楽の追求と苦痛の回避に熱心になりすぎた。退屈や不安を感じるたびに動画・SNS・ゲームで埋めるのではなく、その不快感をすぐには消さず、少し待ってみたい。高刺激な娯楽を完全に排除するのではなく、自分で距離を調整し、快楽を感じる力を取り戻すことが大切だと思う。
【身体を動かして報酬を得る】
・適度な苦痛に身を置くと、その反動で快楽を感じやすくなる。運動は気分を前向きにするだけでなく、本来なら身体を動かして手に入れていた報酬を取り戻す方法でもある。ゲーム内のキャラクターを走らせたり跳ばせたりするだけでなく、自分の身体を実際に動かすことを意識したい。ただし苦痛も強く求めすぎれば、仕事依存など別の依存になり得る点には注意が必要。
【正直さが親密さをつくる】
・人との親密さもドーパミンを生む報酬になる。高刺激な商品が他者との関係から得られる喜びの代わりになると、孤立や無感覚につながってしまう。自分の弱さや失敗を隠さず、正直に打ち明けることで、相手も心を開ける余地が生まれる。親密さをつくるのは完璧さではなく、互いの不完全さを認め、一緒に間違いを直そうとする意思なのだと思った。
【今後の実践】
・動画・SNS・ゲームを無意識に続けず、退屈や不快感を少し味わう。刺激が欲しくなったら、運動など身体を使う行動へ置き換える。そして人間関係では、良い自分だけを見せようとせず、弱さや失敗も正直に話す。快楽を増やすより、快楽をきちんと感じられる状態を守りたい。 -
Posted by ブクログ
この本を読み、「楽しい」と「幸せ」は似ているようでまったく違う感情だと気づかされました。
「楽しい」は刺激が強く、人生に濃い味を与えてくれます。友達と笑い合う、挑戦が成功する、評価をもらう、できなかったことができるようになる。
そうした瞬間には躍動感や達成感、承認欲求の満たされる感覚があり、ドーパミンが大量に分泌されます。
一方で、「幸せ・幸福」はもっと静かで薄味です。のんびり、平和、ほっこりとした穏やかさ。強い刺激はないけれど、じんわり心が休まる感覚です。
本書を通じて自分の人生を振り返ると、私はお恥ずかしながら「楽しい=刺激」を優先するタイプでした。
お金、恋愛、セックス、美味しい食事やお酒、旅行、勉強など、多くの行動が
楽しさによるドーパミンを求めるもので、その裏で快楽と苦痛がセットで増えていたことに気づきました。
刺激は魅力的ですが、依存が強まるほど心の平穏は失われていきます。
だからこそ、自分は「刺激に満ちた人生」を望むのか、「穏やかな幸福」を大切にしたいのか、改めて向き合う必要があると感じました。
外部刺激を完全になくすことはできませんが、距離を置き、うまく付き合うことはできるはずです。
実際に私はこの本を読んだことで、お酒は月1-2回に絞って、タバコは完全に断つ事ができました。最初はつまらなく感じましたが、目先の快楽に流されない生活を続けるうちに、時間とエネルギーにゆとりが生まれ、本当に必要なことに集中できるようになりました。今では以前より人生が有意義だと実感しています。
この本に出会えたことに心から感謝しています。
「脳内麻薬」という本と一緒に読むのをおすすめします。 -
Posted by ブクログ
現代はモノに溢れている。私はこれまで快楽を得るため、買い物、デジタルドラッグ(Twitter、YouTube、電子漫画)、本、FX、お菓子、食べ物、ファッション、メイク、サウナ、スーパー銭湯、ゲーム、音楽、水泳、恋愛、勉強などに頼ってきた。これらは、現実から逃避できる手段であり、自分自身から気を逸らすためにやっていたことに気が付いた。私は、要領が悪く、体力がないため、他の人のように時間を有効に使えないことにコンプレックスをもっている。そのため、常に音楽を聴いたり本を読んだりと何か生産的なことをしていないと落ち着かないことがある。その反面、1人のときは相変わらずスマホをだらだら見て無駄な時間を過ごすことも多い。ドーパミンが過剰に分泌されると、日々の些細なことに喜びを感じられなくなってしまうそうだ。習慣的にお菓子を食べていたときは、一つ食べるともっと欲しくなっちゃって満足感や満腹感を得ることがなく、底抜けの渇望を感じた。先日、仲間とフェローで食べたかき氷が美味しかった。以前かき氷を食べた時は、その後さらにお菓子が食べたくなったけど、今回はかき氷だけで満足した。足るを知るということができたのかなと嬉しく思った。
私は遅延報酬割引がとても大きいが、周囲の人が約束を守ってくれると、この世は秩序が保たれていて安全な場所だと思えて、遅延報酬割引が小さくなるそうだ。今はもう大人になった私にとっては世界との関わり方の問題だと思う。周りの人に慈悲の心をもつことができれば、自然と周りの人にも大切にされてこの世は安全な場所だと思えるようになるだろう。一方で、子どもたちに対する大人の責任は大きい。仕事でもプライベートでも、子どもたちと約束をしたら必ず責任をもつようにしたい。
正直さが人との親密な関係をつくり、それがドーパミンを放出させるそうだ。特に、自分の過ちを素直に認め、それが相手に受け入れられたとき、ドーパミンが大量に分泌される。これからは、いつも嘘偽りのない等身大の自分で人と関わり、多くの人と親密さを築いて生きていきたい。これから人と関わっていく中で、トライ&エラーで伝え方や断り方も学んでいきたい。これまで人に譲歩してもらう状況を避け、人と関わらないで生きてきた。だから、「疲れたから少し休みたい」とか「私は行きたくない」などと人に自分の意思を伝えることに慣れていない。相手を傷つけない配慮のある言い方を身につけていきたい。また、その時に最大限配慮のある言い方をすれば、あとは相手がどう受け取るかは相手の問題と割り切って手放せるようにしたい。 -
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世の中はもので溢れているとよく言うが、それは少し違くて、世の中は意味で溢れている。意味が分からない人から見ればただの物である。物を消費するのは限界があるから、意味を売るようになった。
依存症も物を媒介として意味を得たいがための行為だ。つまり現実逃避だ。現実逃避をさせるのが上手な人ほど儲かっているとは、なんてひどい世の中だ。本人にその気はなくとも、本人から私たちに届くまでの媒介物全てに現実逃避させるつもりはない、という気持ちがない、とは言い切れないだろう。私たちは他人の人生を見るために生まれてきたのでは決してない。ということで、自分の理想像を想像して、その理想像がしてなさそうなことを一つ消すことにした。そう思わせてくれてありがとう。ドーパミンを出しては消費するだけの人生はもううんざりだ。何も変わってないのだ。 -
Posted by ブクログ
SNS依存になりかけ、これはやばいと焦って手に取った本。彼女自身も中毒に陥った経験があるからこそのリアルな中毒症状とそして世の中にはありとあらゆる中毒があるんだと思わされる。そしてそれらには糸も簡単に私たちは落ち着いてしまうと言うこと。そしてそれらに対してセルフバインド力、自分をはなし、どのように距離を取るかについて具体的な対策が書かれている点がかなりありがたい。そしてドパミンと言うのは、不快の感情も多く、天秤のようにドーパミンが消えると深い感情の方が強くなり、快楽を感じる体制がついてしまい、量がどんどん多くなると言うのも納得。本当に困った仕組みだ。、、、
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息子へ
PIVOT(YouTube)に著者のインタビュー動画が出ていたので読んでみた。
ドーパミンが出て、いろんなことにこだわってしまう人間の習性について学べた。
一番のTake Awayは、快楽と苦痛は、シーソーの関係にある。つまり強い快楽にハマったあとには、強い苦痛がくる。つまりはメンタルが安定しない。
そこで、著者が勧めるのは、定期的に小さい苦痛を生活に取り込むこと。それにより、程よい幸福感を継続して感じることができる。
ランニング、筋トレ、冷水シャワーを、その意味で、自分の生活に取り込んでいきたい。
君もなんだか気持ちが不安定なときは小さい苦痛の習慣を日常に取り込んで欲しい。メンタルの安定は、体に対するアクションでしか得られないと思う。 -
Posted by ブクログ
この本は科学的なエビデンスに基づいて語られた「ドーパミン」や「依存症」の本ではない。依存症の精神科医が臨床の経験から得た個人的な気づきを元に、「中毒・依存症治療」と「現代社会で社会で生きること」を書いた本である。
この本には重大な欠点がある。それは著者の持論を補強するために出てくる科学的エビデンスに信用がおけないところだ。とても古い事例や賛否両論で受け入れられていない学説も出てくる(ホルミシスにおける原爆の説は日本人として受け入れられない。wikipeidaを読むとチェリーピッキングだという反論がある)。著者は自分なりの経験則があり、それを補強するために学説を持ち出している。順番が逆だから、著者にとって都合のいい学説しか出てこない。この欠点はとんでもなく大きく、そのためいい本だとは言えない。
それでもこの本には教わるところがかなりあった。それは著者の臨床体験と患者の声には真実のところがあったからだ。快楽を求め続けると苦痛になるのはドラッグ常用者から明らかだったし、不安から逃げるために快楽を追求する行為そのものがが不安・苦痛を生むのも理解できた。苦痛が快楽を生むのも、セルフバインディングをすることもやったことがある。
「正直でいよう」には特に感銘を受けた。この本を読んで、無自覚な嘘をついていることに自覚的になれたからだ。恥の章もよかった。
科学的な内容の本でないことに注意して読めば、快楽を追求してむしろ苦痛を覚えている現代人に読む価値がある。 -
Posted by ブクログ
先月、スマホ(SNS)使用を減らす試みをした。結果、読書に耽るようになっただけだった。人は何かに依存せずには生きられないのだろうか。本書には、水風呂依存症ともいえるケースが出てくる。これって「サウナで整う」のサウナなしだ! 水風呂だけでハイになれるんだ。サウナは必要なかったんだ。私、サウナで整ってみたいと思っていたが(コカインレベルの快感と聞いたので)、水風呂が無理すぎてできなかった。でもやってみたい、水風呂でハイになってみたい。そんなことを感じた一冊。
最初の症例ジェイコブのエピソードはかなりえぐい(マスターベーション依存症)。
私には公にしていない依存症がある(違法なものではない)。これを正直に話す場があったり、打ち明ける相手がいたら私は救われるのだろうか?
何らかの依存症にならずに生きていくことは難しい。