武井彩佳のレビュー一覧

  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    ホロコースト否定論を題材に、歴史修正主義とは何なのか、どこに問題があるのかを極めて明快にまとめている。
    「ひとつの歴史の解釈の仕方を言っているだけ」などという一見反論できそうにない主張なども、その問題点をクリアに示す。
    歴史をどう受け止めて何を発言するのか。歴史研究の積み重ねの重さを感じた。

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    2026年09月08日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    23 陰謀論の特徴 証拠を必要としない
     証拠がないこと自体が、真実の隠蔽の結果として説明される

    43 ニュンベルク裁判が歴史修正主義を生んでしまった
    歴史修正主義とは、完全に根拠のない主張により組み立てられるのではなく、事実も盛り込まれている 単なる暴論ではない

    49 言葉の選択 それによる犯罪性の希釈

    52 アイデンティティの喪失をうたうなど
    未来の問題として歴史の修正の必要性を訴える 正義 倫理として議論が展開

    70 歴史修正主義は、人々に認識の揺らぎを呼び覚ますことを意図している
    実際には明らかに白に近いものと、明らかに黒に近いものがあるにもかかわらず、その差が曖昧にされ、学術的な知見に基づいて構築された歴史解釈が骨抜きにされてしまうのだ。こうして、長い時間をかけて形成されてきた社会の合意が浸食されていく。社会が歴史的事実と位置付けてきたものの地位は、それほど堅牢ではない。
    これが歴史修正主義の目的である。次章では、その具体例をホロコースト否定を例に分析しょう。

    90
    ここにはホロコースト否定論の一つの型が見出せる。ホロコースト否定論者は、自分が見た、聞いた、知り得た限定された範囲の事実から、全体を結論付ける。つまり、「私にとっての真実」を全体に拡張する。

    93
    シュテークリヒは裁判官だったこともあり、ニュルンベルク裁判が攻撃の的だ。裁判の証拠や証言を「用できない」として退け、「犯罪者扱いされている私たちドイツ人がガス室は存在しなかったことを証明するのではなく、私たちを非難する者たちがその存在を証明すればよいのだ」と言う。立証責任を犠牲者の側に押し付ける否定論者の常套手段である。
    なかでも証言者の否定には、シュテークリヒはきわめて強い言葉を使り。歴史家は、証言者の言葉を参照すべきではないという。なぜならメディアで反ドイツ・プロパガンダが垂れ流されてきたため、証言者のなかでは人から聞いたことと、自分が経験したことが混じり合っているからだという。伝聞に過ぎないことが実体験として語られると主張する。
    体験者の記憶に、事後的にしか知り得なかった情報が取り込まれ、実体験に基づく記憶と、後付けの記憶との境界が曖昧になることはよくある。これは証言そのものの性格だが、シュテークリヒの批判の目的は、証言の不安定性を指摘することではない。それは次のような言葉から明らかだ。
    「ユダヤ人のガス殺を主張する証言者は、いかなる場合も説得力のある説明が求められる。
    なぜ他の誰でもなく、あなたたちが、抹殺対象から外されたのかという点については」。つまり、生存者が存在すること自体が、絶滅政策などなかった証拠であると言うのだ。ここにあるのは生存者の人格の否定であり、明らかに悪意がある。

    113

    ツンデル裁判が示したマイナス面は、ホロコースト否定論者の極端な主張が司法の場で扱われることでメディアの注目が集まり、否定論の潜在的な支持者が開拓されたことである。裁判では、「主流」の歴史記述に、「異端」の歴史記述が闘いを挑んでいるといった印象が生まれる。その場合、「主流」の歴史は既存の政治や権力を正当化しているように見え、権力に対する抵抗としてホロコースト否定論への支持者を増やしてしまうのだ。
    では、こうした主張にはどのように対応すればよいのか。単に無視すべきだろうか。
    多くの人は無視するのが一番だと考えた。ホロコースト否定論に注目すること自体が、否定論者の宣伝になるからだ。歴史家ヴィダル=ナケは、ホロコースト否定論者について「月がチーズでできている」と主張するような人と警えて、彼らと天文物理学者は議論できないと言った。ホロコースト否定論者は学術レベルを満たしておらず、対話自体を拒否すべきだということである。つまり、彼らを同じ土に上げてはならないということだ。
    しかし、ホロコースト否定論者は月がチーズでできていると確言しているから、主張するのではない。月がチーズでできている「可能性」を繰り返すことで、人々の認識の揺らぎを呼び起こすことを意図している。「真と傷のあいだの境界が曖味になれば、当然視されているあらゆることの土台が緩み、その上にある社会制度が軋み出す。

    130

    国の枠組みを超えた歴史を書く試みは、たとえばドイツとフランスで共通の歴史教科書が作られたり、「ヨーロッパ」を一つの単位として捉え直す流れにも見られる。
    ナショナルヒストリーの枠組みが維持されるアジアでさえ、自国中心主義的でバランスを久く歴史記述は朝轢を生みやすいため、一定の抑制がきくようになっている。物や人の流れがグローバル化した現代では、歴史記述が経済的利益と連動するようになっているからだ。
    このため現在では、国家中心主義的な歴史観を全面的に打ち出す国は、独裁国家くらいしかなくなっている。
    たしかに国民のアイデンティティを鼓舞する歴史記述は、国民の帰属意識を強化する肯定的な側面がある。だが、それゆえに対外的な対立が長期化する要因ともなる。自国を自画自賛する歴史、もしくは逆に犠牲の側面ばかりを強調する歴史は、他者が他者であり続けることを前提としている。それは交渉の可能性を排除し、将来に取り得る選択肢を限定する。っまり、対立を再生産するのである。

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    ノルテの何が問題だったのか。それは実証をいたことにある。
    彼の主張は、実はソ連の収容所群島がアウシュヴィッツに時間的に先んじたということを言っているに過ぎない。だが、両者に因果関係があるように見せている。ナチズムがボルシェヴィズムをモデルにしたといら解釈は、実証的には根拠薄弱だ。
    またノルテはソ連の収容所群島がアウシュヴィッツの先例と主張しながら、具体的な検証を行っていない。それにもかかわらず、繰り返し「比較可能なのではないか」「前例があったのではないか」「~と解釈できないか」といった「疑問」を投げかける。
    疑念だけを表明する点は、多くの歴史修正主義に共通する。問いを立てるが、証明はしない。主張する本人が証明できないことを知っており、証明するつもりもないからである。
    ただし、こうした戦術に意味がないわけではない。なぜなら、歴史修正主義は問いを立てながらも回答しないことで、論破されている印象も免れる。論点をずらし、議論のルールをすり替え、批判されると「問うこと自体は自由である」と開き直る。

    147

    発見した人間に報奨金を出すとまで約束している。
    感史学では、特定の事柄の証拠となる文書が存在しないことは、出来事の背景に意図や計画が存在しなかったことを意味しない。ヒトラーのような強力な指導者が君臨する体制下、トップの決定なしに、部下が勝手に戦争の行方を左右するような大がかりで重要な政策を始
    ー「歴史が被告席に」
    第5章 アーヴィング裁判-
    められるとは考えられない。特定の命令の存在を示す文書がないからといって、その存在を推測するに足る十分な状況証拠がある場合、結論にはあまり影響がない。
    なぜなら、繰り返し述べているように、歴史とは一点ではなく、全体であるからだ。いくつかのピースが欠けているジグソーパズルでも、遠くから見れば全体像が浮かび上がるのと同じで、周囲との関係性のなかから、かなり正確な推論を立てることができる

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    <私が語る歴史のほかに、次、歴史を持つなかれ>などと言うほど、私は思い上がってはいない。私が示す歴史だけが正しい歴史であり、他のヴァージョンはみな間違っている、別の歴史像を広めたりしてはならない、などと言う権利は誰にもない。それが私が『ヒトラーの戦争』で言いたかったことだ。(『ヒトラーについての嘘』Lying about Hitler)
    152
    ここには歴史修正主義者や否定論者がよく使う「私にとっての真実」というレトリックが浮かび上がる。歴史は一つではない(それは正しい)、どの歴史も絶対ではない(それも正しい)、したがって自分は歴史の一つのヴァージョンを示しているに過ぎない、と言う。この主張は一見したところ正しいが、内容を精査すれば、それが歴史のもう一つのヴァージョンなどではなく、単なる歪曲であることがすぐわかる。

    189

    ただし、特定の集団に属す人々への階悪や暴力を帰る言動をヘイトスピーチとして禁止することと、集団に関係する歴史の否定を禁止することは性格が異なる。このため「ホロコー
    何を持ちらとするのか
    ストはなかった」「アウシュヴィッツのガス室は理造である」といった言説を民衆婦動罪で処することはかなりハードルが高かった。民衆煽動罪が適用されるのは、言説が人間の尊厳を損なわせ、憎悪をかき立て、結果として社会の平穏が乱される事例に限られたからだ。
    ホロコーストの否定が実際にそうした結果をもたらすか判断は難しい。
    第6章 ヨーロッパで進む法規制-
    さらに、歴史の否定が拡散するスピードの方が、悪意のある言説を刑事処罰で封じ込めるスピードよりも速い問題もあった。メディアを通して否定言説が社会に拡散されると、拡大を止めることは難しい。この危惧は、第3章で見たように、一九八〇年代後半よりアメリカやカナダからドイツにホロコースト否定論が「輸入」され、ネオナチが国内で否定論を拡散させ、現実のものとなっていく。
    民来煽動罪では歴史修正主義に迅速に対応できないことが明らかになっていくなか、コーストの否定という行為自体を禁止、つまり歴史修正主義的な言説自体を違法化する方向に進む。そうすれば検察は社会の平穏が乱された、人間の尊厳が傷つけられたといった立証
    18g
    の必要がなくなり、ホロコーストが否定されたという事実だけで有罪にできる。

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    2026年04月06日
  • ホロコースト後の機能不全 ドイツ、イスラエル、犠牲と加害の関係

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    ホロコーストのような大きな不正が起きてしまった後は、克服は長く複雑な過程を辿らざるを得ず、ねじれが生じてしまう事を複数の視点から教えてくれる本。

    あらゆる事がそうたが、物事の二面性もしくは多面性があり、より複雑化する事が分かった。賠償は償いの側面もあるが、経済協定でもあり、経済関係が結ばれることで戦争は抑止される。しかし、ドイツがイスラエルに行った武器輸出はパレスチナ問題に影響を与えてしまっている点。パレスチナの難民の帰還は正当であるものの、武力にる帰還を目指した頑なさが和平交渉を遠ざけてしまい、また、他国に逃れた難民が自国に帰還する名目を失う為に、その国の帰化をせずに難民状態が続いている。イスラエルの緑化政策が不可視化するパレスチナへの抑圧。まだまだ沢山あるので次はメモをとりながらの再読したい。

    また、著者が自身の専門から外れて日本に言及する箇所にも意思を感じた。大戦後の在日コリアン・台湾人に日本国籍の選択権を与えなかった背景があるにも関わらず、今の排外主義の蔓延は理不尽だ。また、国家として過去の克服・清算を能動的に行わなかった為に、結果として第三者的な安全圏に留まっている論は、日本のことを指しているはずなのだけど、自分の人生に繋がるような話に思え、振り返り情けない気分になった。

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    2026年02月28日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    歴史修正主義について、経緯、問題点、否定論との違い、確立している法制度などが分かりやすく説明されていて、歴史学とは縁遠い自分でもとても分かりやすかった。

    歴史学自体が、研究者の解釈やその時代が共有する価値観の影響を受けるものであり、歴史修正主義はその前提を都合よくきっかけとしている事や、取るに足らないデタラメな内容であっても、それが誤りであることを証明する事の労力がばかにならない事など、改めてよく理解できた。

    今読んでいると、イスラエルが進めているジェノサイドをヨーロッパの中でどう扱っているのかニュースでは断片的に聞くけれども、歴史学者はどのように考えるのか、とても気になった。今現在起きている事ではあるので範疇にないのかもしれないけど、アルメニアの虐殺のようにヨーロッパから遠く、因果関係の薄い事象ではないと思うので。

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    2026年01月07日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    個人メモ
    ・イデオロギー要素なくフラット
    ・ナチス関連の記述がメイン
    ・ヴィシー政権へのフランス国内での複雑な評価を背景にドイツだけでなくフランスにかなりページを使ってる
    ・EU共通アイデンティティとしてのホロコースト認識

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    2025年10月30日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    大変勉強になった。SNSで、国際的な場で、嘘大げさ紛らわしいが拡散されている現代こそ読むべき一冊だと思う。

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    2025年07月16日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    歴史修正主義。著者はこれを、歴史的事実の全面的な否定や意図的な矮小化、一側面のみを誇張することなどと定義している。この主義に立つ人たちは、ランケ以降の可能な限り客観的にまた価値中立的に歴史を記述するという歴史学の合意事項を受け入れることがない。また主張の際にその証拠を示すことがない(むしろ、証拠を示せと繰り返し主張することさえある)。
    従って彼らは、そもそも学問の枠内で議論する相手ですらないのだが、繰り返し主張することにより、当初取るに足らないようなものが「ひょっとして正しい主張なのかもしれない?」という印象をもつものに変化し得る。これは陰謀論などにも通じることであり、SNSなどで盛んに主張すると、同調する者が少なからず現れ、社会を不安定化する要因にもなると著者は指摘する。
    では、学者でない我々のような一般人は、こうした歴史修正主義にどのような姿勢でいればよいのだろう。まず、学問の成果は尊重すべきだろう。すなわち、歴史修正主義のような主張があったり、そのような本が書店に並んでるような場合には、主張のソースがどのようなものか(あるのかないのか)、ある場合にもそれが主張する者の恣意的な解釈に依っていないかなど考慮する必要があるだろう。後者は、一般人には難しいかもしれない。しかし、関連するトピックの主張なり論文なりをいくつか当たれば、少なくとも多様な見方が存在することがわかり、それらの見方の一つに過ぎないことくらいは分かるだろう。我々一般市民も、昨今は特に情報を分別する力を求められていると実感する。

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    2025年06月22日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    「歴史修正主義」と書くと何か歴史学という分野の一つのような印象を受けます。
    でも、この本を読むと、それはただ自分の思想というか政治信条を発言するだけの戯言だとわかりました。
    歴史学というものは、事実を様々な角度から捉えて、過去の事象をより良く理解しようとするものです。
    対して「歴史修正主義」は、結論ありきで、都合のよい言説だけをとりあげたり、そもそも、なんら証拠を提示しないものです。
    このような「歴史修正主義」を信じている人が、いまの社会に一定数いる、ということが、哀しいというか、考えさせられます。

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    2023年09月30日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    近年、「もうひとつの事実」「フェイク」「陰謀」という言葉がメディアに頻繁に登場するようになりました。また、今年5月の対独戦勝記念日で、米ホワイトハウスのサキ報道官はプーチン大統領を「歴史修正主義者」と批判しています。本書は「歴史とは何か」という切り口から歴史修正主義の実態、発生、法規制、司法での争いを記した中公新書の力作。歴史修正主義概論入門書というような性質の本ですが、事例が多く、面白く読みました。

    著者の武井彩佳さんの専門はドイツ現代史とホロコースト研究。したがい、本書は主にヨーロッパで発生した事例がメインであり、慰安婦問題といったアジアにおける歴史問題は触れられていません。

    本書で記されているのは下記の通りです。

    1)歴史学の観点から歴史とはどのように記されるのか、その基本的な姿勢や手段についての記述。
    大雑把に言えば「歴史学とは過去が全体としてどうであったかを示す学問であり、一点から、一個面からのみ解釈することはしない。また複数の証拠を付き合わせることで判断する。これには専門性と長年の訓練が必要とされる」。一方、歴史修正主義は全体を見ず、ごく一部しか見えていないにも関わらず過去を結論付けてしまいます。「自分の考えと矛盾する事実は単純に無視することが多い。学術的には極めて適切であるだけでなく、事実に対して不誠実なのだ」。
    さらに「最初から事実と異なる歴史像を広める意図で、あからさまに真実を指定する主張を欧米では歴史修正主義ではなく否定論と呼ぶようになっている。日本では歴史修正主義と否定論は必ずしも区別されていない」。例えば、「ホロコーストは存在しなかった」という類の主張が否定論です。
    2)ナチズムとホロコーストについて歴史修正主義(および否定論)は何を目的としどのような形態で現れたのかを検証。「中でも1980年代以降にホロコーストの否定が拡散し、これに欧米社会が対応を迫られる経緯」を追います。この部分は非常に面白いと思いました。ドイツ親世代の自己防衛からくる問題となる歴史の矮小化、イスラエルの軍事強国化がきっかけのようです。ただ、その動機にはサルトルの「反ユダヤ主義は情熱である」を引用して、合理性はないと分析します。
    「歴史が被告席に」置かれたとするアーヴィング裁判については詳述されています。歴史改竄の方法は興味深く、ちょっと笑える箇所もあります。
    3)現在、欧米社会は歴史修正主義や否定論とどのように向き合っているのか?
    欧州では多くの国がホロコースト否定論を法的に禁止しています。それと言論の自由の侵害について考察します。

    歴史修正主義者は自分たちにとって都合の良い過去を繰り返し、人々の認識の揺らぎを呼び起こすことを意図しています。ファクトとフェイクの間の境界が曖昧になれば、当然視されているあらゆることの土台が緩み、その上にある社会制度が軋む恐れすら生じると言われています。
    SNSでいろいろな主張が拡散している現在、本書は読むべき1冊と思いますが、何よりも読み物として面白い本書はお勧めです。

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    2022年08月15日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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     「アウシュビッツにガス室はなかった」「南京事件は捏造」「慰安婦はみんな職業的な娼婦」といった話しを耳にしたことがあるだろうか?歴史的な事実の全面的な否定を試みたり、意図的に矮小化したり、一側面を誇張したり、何らかの意図で歴史を書き換えようとすることを「歴史修正主義(revisionism)と呼ぶ。日本の団体の中には「歴史戦」などと叫び、歴史修正主義を「戦い」とする愚かな発言が物議を呼んでいる。
     本書は、世界史が専門の著者が、あえて日本の歴史には触れず、世界史の中での歴史修正主義との闘いを、各国の情勢や司法の判断などの事案も交えて紹介する。ニュンベルグ裁判、ホロコースト否定論者の勃興とツンデル裁判、アービング裁判などを通じて、ヨーロッパです進む歴史修正主義への法規制が歴史的経過と共に整理される。
     著者は、「歴史修正主義は、表面上は歴史の問題を扱っていても、本質的には政治的・社会的な現象であり、歴史修正主義はむしろ社会と民主主義との関係から考える必要がある。」との説明には、我々が考えるべき点ではないだろうか?

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    2022年06月26日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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     ちょうど鎌倉時代の歴史を読んだ後に読んだ。歴史はいろいろと利用される。学術的なお勉強は騙されないために大切だな。
     あと、歴史を歪めなきゃならんほどの体験をするってのもなかなか気の毒だと思った。
     それと、確信犯的に嘘だとわかってて自分のために利用するの賤しいなと…

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    2022年02月23日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    この本から特に得たことは「特定の歴史言説が社会の前面に押し出されるとき、背後にある政治的意図や経済的利害を読み取るメディアリテラシーが必要となる」という部分だ。
    特に、個人での発信が容易になった現代において、その人物が発信しているコンテキストも理解した上で、判断をするリテラシーの重要性が特に顕著であると思う。
    この重要性を、歴史修正主義という視点から指摘した良書。上記なコンテキストも含め、善悪のような単純化された二項対立をわかりやすさから簡単に迎合する我々の弱さを認知し、それに対抗していく意思を持ちたいと思った

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    2022年02月22日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    新書では珍しく満点評価。とても良い本だった。最近の動向から歴史修正主義について知りたくなったのだが、ナチスドイツ以降、長い歴史修正主義の問題がある事を初めて知った。非常に勉強になったし、歴史学という学問にも興味を覚えた。良書。

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    2022年01月21日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    ヒトラー賛美、ホロコースト否定論を例に挙げながら、歴史修正主義の勃興、衰退について考察した新書。排外主義が台頭する近年において、この本は歴史というものがどのように形作られていくのか、なぜそれが真実として語り継がれることになるのか、手法的なアプローチを教えてくれる。

    「フェイクニュースは無視」「ホロコースト否定=やばいやつ」のような雑な処理をすると、ますます勢力拡大を助長する羽目になるので、いかにして向き合っていくべきか、なぜこういった発想になるのかを理解する一助となる。歴史学は批判検証が絶えず繰り返されている学問だからこそ、陰謀論のような思考が停止した発想とも向き合っていく必要があるのだと思った。

    表現の自由の制限の観点では、欧州と米国では法規制の度合いが異なる点も興味深い。ヨーロッパではヘイトスピーチをはじめ、表現の自由を制限するケースも少なくなく、ホロコースト否定論を唱えると違法なる場合がある。一方アメリカでは合衆国憲法修正第1条で表現の自由が言及されているように、言論の自由に対する介入は消極的な姿勢。

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    2021年12月30日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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     日本もいくつかの歴史問題を抱えている。それに対処しようとするとき、ホロコースト否定論をはじめとした歴史修正主義に向き合ってきた世界の過去を知っておくと良いかもしれない。本書を通じて、ドイツをはじめとした欧州の国々がホロコースト否定論に向き合い、苦悩してきた歴史を知ることができた。
     いまの時代、自分なりの解釈で歴史を捉えようとする人は珍しいものではなくなった。自由に自分の言説を投稿、拡散できるYouTubeなどのプラットフォームが身近になり、何についても個人の解釈を耳にすることが多くなった。しかしあらゆることについて個人の解釈を流布したり、拡散することができるわけではない。ドイツでは絶対に否定または歪曲したりするべきでないTruthがある。

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    2026年04月27日
  • ホロコースト後の機能不全 ドイツ、イスラエル、犠牲と加害の関係

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    ちょっと難しく、もう少し簡単に説明してほしい気もしたが、しっかりと調査研究された良書だと感じた。

    この一冊で終わりにせず、同じテーマの本をもう少し読んで知識を増やしたい

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    2026年04月11日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    歴史修正主義、いわゆる歴史否定主義について、ホロコースト否定論を主張する人についての裁判例を示したものである。日本のこともほんの僅かであるが言及しているものの、ほとんどがアウシュビッツを中心とするユダヤ人の虐殺について、これを否定する人の裁判を説明する。したがって、日本の歴史修正主義、例えば従軍慰安婦や南京大虐殺の歴史を否定する人の根拠について知ろと思って読む人には物足りないかもしれないが、欧米でのユダヤ人虐殺の歴史修正主義者の主張とその裁判を知りたいと思う学生には役立つであろう。

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    2025年11月16日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    歴史修正主義は、証拠の揃った定説を敢えて(無意味に)疑い、一面だけを切り取り、重要な点を無視する。また狡猾にも、完全に否定するのではなく「疑い」を提示するのに留めることで批判をかわす。

    恥ずかしながら大学生の頃、そのようなインターネットを見て歴史修正主義こそ真実と思っていた頃があるが、あれは間違った態度であった。もちろん検証は続けられるべきだが、歴史学の蓄積に敬意を払う必要がある。

    それはそれとして、時代や社会により受け入れられる言説は異なる。冷戦中か後か、私たちのアイデンティティ形成に対する重要性などがその判断に使われる。

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    2023年12月20日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    【感想】
    日本では「歴史修正主義」という言葉を、日常の中で耳にすることは少ない。社会科教師の私がそう思うのだから、他の多くの人にとっては尚更だろう。

    2022年度に、都立高校の附属中学校で時間講師と勤務した際に、育鵬社の歴史教科書が採択されていることに驚いた。もちろん、生徒には育鵬社の相対的・絶対的な立ち位置について説明したうえで、教科書を使用せざるを得なかった。

    日本では、ヘイトスピーチに対する法規制も2016年になるまで行われてこなかった。今なお、十分な法規制があるとは言えない現状だ。
    今後、日本でも歴史修正主義的な動きが出てくることは可能性として存在する。その際に、本書に出てくるような“出鱈目な”言説を取り締まる力を、日本の社会はもてるだろうか?

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    2023年04月18日
  • 歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで

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    ●所感
    歴史修正主義者は歴史(過去)を現在または未来に使役させる。彼らの政治的、文化的イデオロギーに都合の良いように歴史認識を読み替える。しかし、歴史が「客観的な事実」として現前する術をもたず、「解釈」や「過去に対する表象」でしかない以上、修正主義とは無縁の私たちも無意識のうちに、都合の良い歴史認識に陥る危険性はある。
    これはイデオロギーの問題ではなく、方法論の問題だ。歴史認識=物語に事実を隷属させるべきではなく、事実の連続を歴史として認識しなければならない。そうなると課題はいかにして物語の呪縛から逃れるか、である。無理ゲーか。純粋に客観的なナラティブなんてものはない。絶対的な「神の言葉」によって語られ認識されるものでない限りは。

    本著で特に面白かったのは第5章。ホロコースト否定論者への審問で、ホロコーストがあった/なかったのエビデンスとして収容所のガス室や熔鉱炉の建築設計へと話がもつれ込む展開とか、議論が迂回してるようでちゃんと本質ついてるよなと。アーヴィング裁判、映像化したら歴史×法廷ドラマモノとして面白そうだなと思ったらもう映画があった。(『否定と肯定』)

    ●以下、まとめ
    序章
    歴史を書くことについて、ドイツの歴史家ランケは主観を排して事実を収集し記述する実証主義的アプローチを提唱した。だが、デリダに言わせれば、言語で書かれる以上そこに主観的認識は介在し、歴史は過去に対する表象となる。E・H・カーによれば、歴史とは解釈であり、諸事実を並び替え、出来事をより大きな文脈のなかに位置付け、そこから意味を汲み取るのが歴史家の仕事である。
    歴史記述は学術潮流や新たな史料の発見等によって修正される。ただし、政治的なイデオロギーで修正を行い、現在における歴史の効用を求める修正主義についてはその是非を考えなくてはならない。

    一章
    仏語revision(修正)とは、もとはドレフュス事件の事実の解明を求めた、「再審」の意味であった。ドレフュス事件後、20世紀社会主義思想のなかで修正主義が一つの派閥として認識されるようになる。彼らにとって歴史の修正は、主流派イデオロギーによる権力の産物たる歴史観への正義の執行を意味する。
    WW1後、各国で戦争の起源に対する歴史修正が試みられた。起こったことをなかったことにすることはできないが、少なくともその解釈を変えることにより、より好ましい歴史像に近づける試みが、政治の側から要請されるようになった。

    二章
    WW2後の歴史修正について。ドイツの世論調査で約六割が、ナチズムの考え方はよいがやり方がまずかったという意見に賛成した。50年代は、ニュルンベルク裁判での上からの歴史像の押し付けの反発、「ヨーロッパ文明の砦」論などを掲揚する修正主義が盛り上がった。しかし、国の安全保障と経済復興がもたらす生活の安定を志向する大半の市民がナチズムの復活を望まず、大きな勢力には結び付かなかった。フランスでもWW2中の対独協力の正当化、旧来の反ユダヤ主義によりナチスの擁護をする者が現れた。
    歴史的な出来事はどの程度まで「公知の事実」(裁判で証明不要な当たり前の事実)と言えるのか。
    捏造を主張する側が自説の正しさを立証すべきなのに、疑いをかけられた側が捏造でないことを証明しなければならなくなる。でっちあげと決めつけることで証明の責任を相手にすげ替える。
    事実と信じていたことが事実でないかもと示唆されると、疑念はじわじわ広がっていく。歴史事実は相対的なものへと格下げされていく。また、繰り返されると自分の印象が正しかったか不安になる。
    こうして修正主義者は人々に認識の揺らぎを呼び覚ます。社会が歴史事実と位置付けてきたものの地位はそれほど堅牢ではない。

    三章
    ツンデル裁判の功罪。プラス面は、ホロコースト否定論の国際的問題意識の喚起。否定論は歴史の問題というより証人に精神的二次被害を与えうる、公益を損なうヘイトスピーチとして扱うべきとの認識へ。マイナス面は、メディアの注目が集まり、否定論の潜在的な支持者が開拓された(主流の歴史記述への挑戦者)

    四章
    自国中心の歴史記述は国民の帰属意識を高めるが、交渉の可能性を排除し、対立を再生産する 。

    五章
    歴史修正主義者や否定論者は「私にとっての真実」というレトリックを良く使う。歴史は一つではない、どの歴史も絶対ではない、私は歴史の一つのバージョンを提示しているにすぎないというスタンス。
    アーヴィングの敗訴は、ホロコースト否定論は許容できないというヨーロッパ社会の合意形成を促した。

    六章
    ホロコーストと、ホロコースト以外のジェノサイドの否定論が法によって規制、禁止される。ただし国によってばらつきがある。アメリカやイギリスは、歴史修正主義に対する法規制はない。大陸系ヨーロッパ諸国は規制している国が多い。これらの国はナチ犯罪の直接的・間接的な当事者であった。

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    2022年06月08日