23 陰謀論の特徴 証拠を必要としない
証拠がないこと自体が、真実の隠蔽の結果として説明される
43 ニュンベルク裁判が歴史修正主義を生んでしまった
歴史修正主義とは、完全に根拠のない主張により組み立てられるのではなく、事実も盛り込まれている 単なる暴論ではない
49 言葉の選択 それによる犯罪性の希釈
52 アイデンティティの喪失をうたうなど
未来の問題として歴史の修正の必要性を訴える 正義 倫理として議論が展開
70 歴史修正主義は、人々に認識の揺らぎを呼び覚ますことを意図している
実際には明らかに白に近いものと、明らかに黒に近いものがあるにもかかわらず、その差が曖昧にされ、学術...続きを読む 的な知見に基づいて構築された歴史解釈が骨抜きにされてしまうのだ。こうして、長い時間をかけて形成されてきた社会の合意が浸食されていく。社会が歴史的事実と位置付けてきたものの地位は、それほど堅牢ではない。
これが歴史修正主義の目的である。次章では、その具体例をホロコースト否定を例に分析しょう。
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ここにはホロコースト否定論の一つの型が見出せる。ホロコースト否定論者は、自分が見た、聞いた、知り得た限定された範囲の事実から、全体を結論付ける。つまり、「私にとっての真実」を全体に拡張する。
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シュテークリヒは裁判官だったこともあり、ニュルンベルク裁判が攻撃の的だ。裁判の証拠や証言を「用できない」として退け、「犯罪者扱いされている私たちドイツ人がガス室は存在しなかったことを証明するのではなく、私たちを非難する者たちがその存在を証明すればよいのだ」と言う。立証責任を犠牲者の側に押し付ける否定論者の常套手段である。
なかでも証言者の否定には、シュテークリヒはきわめて強い言葉を使り。歴史家は、証言者の言葉を参照すべきではないという。なぜならメディアで反ドイツ・プロパガンダが垂れ流されてきたため、証言者のなかでは人から聞いたことと、自分が経験したことが混じり合っているからだという。伝聞に過ぎないことが実体験として語られると主張する。
体験者の記憶に、事後的にしか知り得なかった情報が取り込まれ、実体験に基づく記憶と、後付けの記憶との境界が曖昧になることはよくある。これは証言そのものの性格だが、シュテークリヒの批判の目的は、証言の不安定性を指摘することではない。それは次のような言葉から明らかだ。
「ユダヤ人のガス殺を主張する証言者は、いかなる場合も説得力のある説明が求められる。
なぜ他の誰でもなく、あなたたちが、抹殺対象から外されたのかという点については」。つまり、生存者が存在すること自体が、絶滅政策などなかった証拠であると言うのだ。ここにあるのは生存者の人格の否定であり、明らかに悪意がある。
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ツンデル裁判が示したマイナス面は、ホロコースト否定論者の極端な主張が司法の場で扱われることでメディアの注目が集まり、否定論の潜在的な支持者が開拓されたことである。裁判では、「主流」の歴史記述に、「異端」の歴史記述が闘いを挑んでいるといった印象が生まれる。その場合、「主流」の歴史は既存の政治や権力を正当化しているように見え、権力に対する抵抗としてホロコースト否定論への支持者を増やしてしまうのだ。
では、こうした主張にはどのように対応すればよいのか。単に無視すべきだろうか。
多くの人は無視するのが一番だと考えた。ホロコースト否定論に注目すること自体が、否定論者の宣伝になるからだ。歴史家ヴィダル=ナケは、ホロコースト否定論者について「月がチーズでできている」と主張するような人と警えて、彼らと天文物理学者は議論できないと言った。ホロコースト否定論者は学術レベルを満たしておらず、対話自体を拒否すべきだということである。つまり、彼らを同じ土に上げてはならないということだ。
しかし、ホロコースト否定論者は月がチーズでできていると確言しているから、主張するのではない。月がチーズでできている「可能性」を繰り返すことで、人々の認識の揺らぎを呼び起こすことを意図している。「真と傷のあいだの境界が曖味になれば、当然視されているあらゆることの土台が緩み、その上にある社会制度が軋み出す。
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国の枠組みを超えた歴史を書く試みは、たとえばドイツとフランスで共通の歴史教科書が作られたり、「ヨーロッパ」を一つの単位として捉え直す流れにも見られる。
ナショナルヒストリーの枠組みが維持されるアジアでさえ、自国中心主義的でバランスを久く歴史記述は朝轢を生みやすいため、一定の抑制がきくようになっている。物や人の流れがグローバル化した現代では、歴史記述が経済的利益と連動するようになっているからだ。
このため現在では、国家中心主義的な歴史観を全面的に打ち出す国は、独裁国家くらいしかなくなっている。
たしかに国民のアイデンティティを鼓舞する歴史記述は、国民の帰属意識を強化する肯定的な側面がある。だが、それゆえに対外的な対立が長期化する要因ともなる。自国を自画自賛する歴史、もしくは逆に犠牲の側面ばかりを強調する歴史は、他者が他者であり続けることを前提としている。それは交渉の可能性を排除し、将来に取り得る選択肢を限定する。っまり、対立を再生産するのである。
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ノルテの何が問題だったのか。それは実証をいたことにある。
彼の主張は、実はソ連の収容所群島がアウシュヴィッツに時間的に先んじたということを言っているに過ぎない。だが、両者に因果関係があるように見せている。ナチズムがボルシェヴィズムをモデルにしたといら解釈は、実証的には根拠薄弱だ。
またノルテはソ連の収容所群島がアウシュヴィッツの先例と主張しながら、具体的な検証を行っていない。それにもかかわらず、繰り返し「比較可能なのではないか」「前例があったのではないか」「~と解釈できないか」といった「疑問」を投げかける。
疑念だけを表明する点は、多くの歴史修正主義に共通する。問いを立てるが、証明はしない。主張する本人が証明できないことを知っており、証明するつもりもないからである。
ただし、こうした戦術に意味がないわけではない。なぜなら、歴史修正主義は問いを立てながらも回答しないことで、論破されている印象も免れる。論点をずらし、議論のルールをすり替え、批判されると「問うこと自体は自由である」と開き直る。
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発見した人間に報奨金を出すとまで約束している。
感史学では、特定の事柄の証拠となる文書が存在しないことは、出来事の背景に意図や計画が存在しなかったことを意味しない。ヒトラーのような強力な指導者が君臨する体制下、トップの決定なしに、部下が勝手に戦争の行方を左右するような大がかりで重要な政策を始
ー「歴史が被告席に」
第5章 アーヴィング裁判-
められるとは考えられない。特定の命令の存在を示す文書がないからといって、その存在を推測するに足る十分な状況証拠がある場合、結論にはあまり影響がない。
なぜなら、繰り返し述べているように、歴史とは一点ではなく、全体であるからだ。いくつかのピースが欠けているジグソーパズルでも、遠くから見れば全体像が浮かび上がるのと同じで、周囲との関係性のなかから、かなり正確な推論を立てることができる
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<私が語る歴史のほかに、次、歴史を持つなかれ>などと言うほど、私は思い上がってはいない。私が示す歴史だけが正しい歴史であり、他のヴァージョンはみな間違っている、別の歴史像を広めたりしてはならない、などと言う権利は誰にもない。それが私が『ヒトラーの戦争』で言いたかったことだ。(『ヒトラーについての嘘』Lying about Hitler)
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ここには歴史修正主義者や否定論者がよく使う「私にとっての真実」というレトリックが浮かび上がる。歴史は一つではない(それは正しい)、どの歴史も絶対ではない(それも正しい)、したがって自分は歴史の一つのヴァージョンを示しているに過ぎない、と言う。この主張は一見したところ正しいが、内容を精査すれば、それが歴史のもう一つのヴァージョンなどではなく、単なる歪曲であることがすぐわかる。
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ただし、特定の集団に属す人々への階悪や暴力を帰る言動をヘイトスピーチとして禁止することと、集団に関係する歴史の否定を禁止することは性格が異なる。このため「ホロコー
何を持ちらとするのか
ストはなかった」「アウシュヴィッツのガス室は理造である」といった言説を民衆婦動罪で処することはかなりハードルが高かった。民衆煽動罪が適用されるのは、言説が人間の尊厳を損なわせ、憎悪をかき立て、結果として社会の平穏が乱される事例に限られたからだ。
ホロコーストの否定が実際にそうした結果をもたらすか判断は難しい。
第6章 ヨーロッパで進む法規制-
さらに、歴史の否定が拡散するスピードの方が、悪意のある言説を刑事処罰で封じ込めるスピードよりも速い問題もあった。メディアを通して否定言説が社会に拡散されると、拡大を止めることは難しい。この危惧は、第3章で見たように、一九八〇年代後半よりアメリカやカナダからドイツにホロコースト否定論が「輸入」され、ネオナチが国内で否定論を拡散させ、現実のものとなっていく。
民来煽動罪では歴史修正主義に迅速に対応できないことが明らかになっていくなか、コーストの否定という行為自体を禁止、つまり歴史修正主義的な言説自体を違法化する方向に進む。そうすれば検察は社会の平穏が乱された、人間の尊厳が傷つけられたといった立証
18g
の必要がなくなり、ホロコーストが否定されたという事実だけで有罪にできる。