及川茜のレビュー一覧
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雨が降らなくなってしまったために、餌となる虫を食べられなくなってしまった知り合いの鳥「胖胖」のために語った、とされる六つの物語が入った長編小説。
人とうまくコミュニケーションを取れないミミズ研究者と鳥類行動学者。恋人を失ったツリークライマーと、無差別殺人で妻を失った弁護士。絶滅したクロマグロを探す男と、囚われた虎を解放しようとした青年。それぞれの物語では、対になる似た傷を負った人たちの傷が癒されるまでが語られる。
プロローグでは、雨が多かった島に、雨が降らなくなってしまったことで、畑が死にかけていることが語られる。そのため、この物語において雨は、命を救う恵みの雨として描かれる。
「雲は高度二千メートルに」では、妻を失った弁護士が、妻の書きかけた小説の続きを自ら書くことを決意する。「それは雲の上の雨で、雨の上の雨、往時が化した雨だった」という小説の終わりは、どことなく未来へと繋がる明るさを持っていて、好きだった。
一番印象的だったのは「アイスシールドの森」だった。ツリークライマーだった恋人が、木から転落したことで植物人間になってしまったことに負い目を感じる主人公は、高所恐怖症でありながら、自分も恋人と同じツリークライマーとなる。植物人間となってしまった恋人を、再び木の上に吊り上げ、一緒に過ごすラストが、とても印象的だった。
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東アジア~東南アジアの若手作家による『絶縁』という共通テーマのもとに書き下ろされたアンソロジー。
かなり読みごたえがある。
読み終えるのに結構な時間がかかった。
同じ時代を生きているのに、その国の政治・社会状況によりこんなにも違った世界が広がっているとは、想像もしなかった。そう、同じテーマのもとに書かれているにも関わらず。
作家の個人的な傾向もあるだろうが、それとてその国の社会情勢に影響されることは少なくないだろう。
村田沙耶香、チョン・セランの作品は、読みながら(村田沙耶香のはディストピアのようだったが)その状況や心理が掴みやすかったのは、やはり似通った社会構造の国の作家だからだろうか。
他の作品は、知識のなさゆえに想像力が追い付かないものもあったが、アジア文化圏の多様性と奥深さを感じ、もっと和訳されてほしいと思う。
2023.1 -
Posted by ブクログ
近未来の台湾。ミミズ研究に没頭する女、鳥の生態を手話で表そうとする男、恋人がフィールドワーク中の事故で植物状態になった女、亡き妻が書き残した小説を読んでウンピョウに取り憑かれた男など、マジョリティの世界から逸れざるをえなかった人たちが、オブセッションに駆られて山や海にのめりこんでいく。未来のフィールドワークのありようを描いた連作短篇集。
今年は英米以外の海外文学を積極的に読もうと意気込んで手に取った本作が早速の当たり!著者はもともと蝶に関するネイチャーライティングで名を知られ、その後フィクションを発表するようになったという経歴の持ち主。そこから期待される〈自然と文明〉というテーマと、随想と虚構のあわいに揺れる文章のスタイルがドンピシャで好みだった。本人の手による台湾固有種の博物画も各話の扉に挿し込まれ、ユーディット・シャランスキー『失われたいくつかの物の目録』にコンセプトは近い。
だが、シャランスキーの本が幻想怪奇小説の作風で過去を向いているのに対し、本作はSF的な想像力を働かせて未来を語る。繰り返しでてくるコンピュータウイルス〈クラウドの裂け目〉をはじめとして、トラウマを抱えた人の記憶を別の物語に置き換えて癒すカプセル型の装置だとか、安全対策バッチリだけど傍目には本物そっくりに見えるクライミング用人工林など、世界をひっくり返すような大きいガジェットではないものの近未来の暮らしに根付いたテクノロジーのあり方が描かれている。
マグロが絶滅危惧種になった世界でクロマグロを探す旅に出る「とこしえに受胎する女性」は、日本人には耳の痛い話もありつつ、五十嵐大介漫画のノベライズかと思うような雄大な航海のさなかに突如〈アンドロイドクロマグロ〉という不穏な存在が現れ、海と人類の未来を思って呆然とするしかないラストが印象的だ。
また「人はいかにして言語を学ぶか」は、手話のことばが生まれでる瞬間を描く。鳥の鳴き声や生態から、既存の("聞こえる人たち"の)ことばに拠らない新たな呼び名を考案し、ある鳥の種類を示すものとして「水草が渓流で緩やかに揺れている」という手話が誕生する。この物語は手話が詩のことばになる瞬間のこと、そしてことばは元々すべて詩だったのだということを教えてくれる。詩は人の心を表現するためのテクノロジーなのだ。
そして、親が遺したものと向き合う、というのも本作のテーマの一つだと思う。〈クラウドの裂け目〉によって通底するのは親と子の物語。だが、各話の主人公たちは作中時間で誰も子をなしていない。生殖について考えることが精神的苦痛になる人だろうと思う人もいる。彼ら/彼女らの姿は希少になってしまった生き物たちと重ね合わされてもいるんだろうか。アンドロイドクロマグロのように、外見はそっくりでも中身は全く異なるシステムによって殖えていくようになるのだろうか。最後に置かれた「サシバ、ベンガル虎および七人の少年少女」は収録されたなかで唯一過去を向いたノスタルジックな作品だが、後味は苦い。
読み味はまったく異なるのだが、人との関わりではなく自然との交わりに取り憑かれていく人びとを描いた点で古川日出男『ロックンロール七部作』に近しいものを感じた。他にも管啓次郎のエッセイや、ネイチャーライターであるロバート・マクファーレンの『アンダーランド』で学んだ〈ソラノスタルジア〉という概念のこと、人の記憶とテクノロジーの関係を描いたジョン・クロウリーの短篇「雪」も思いだした。
ただ、上に挙げたどの作品よりも本作はわざとらしさがなく穏やかで、近未来のテクノロジーも主人公たちの生活に自然に馴染んでいる。まるでこの小説自体が〈クラウドの裂け目〉を通って近未来から現在へ送られてきた手記であるかのように。その静けさが心落ち着くようでもあり、慌てたところでもう取り返しはつかないと言われているようでもある。 -
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村田沙耶香『無』 メモ
私たちが感じること、考えることは全て一つの象徴的存在から操作されている。私たちは得体のしれない大きな存在から受け取る電波によって思考し行動する。私たちの混沌の世界において思考と行動はすべて自分ではない存在の影響を受けているため、自分の責任ではない。判断を下したのは自分ではない。これが混沌……ではなく、これこそが無であるかもしれない。思い出せないことは無ではない。思い出せない中でも想起されることがことがある。混沌の世界にも無の世界にも優劣がある、優劣というトピックは私にとって最も興味のあるトピックだからそれに落とし込んで解釈する。ほかの人にとっての混沌と夢は違うのかも? -
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ネタバレ読み始めてからだいぶ間が空いてしまったので忘れてしまったけれど…
ゆるく関連した短編集。クラウドの裂け目というウイルスが、人のSNSを分析して、個人のファイルを閲覧する鍵を知人に交付する近未来。でもその鍵を使って今は亡き人の足跡に触れ、何かが解明される、というのが主軸ではなく、それぞれの主人公が自然との関わりの中で、あるいはその他者に思いを馳せたり追憶したりしながら生きていく姿がメインだった気がする。亡き妻が残した小説から、幻の雲豹を探しにいくとか。傷を抱えた個人が自然の中でもがきながら、その傷を見つめて乗り越えていこうとする話、というか。そこまですっきり解決するわけではないんだけど、その葛藤が描かれている感じ。 -
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流石の村田沙耶香。「無」
ますます筆が冴える。これからは、このくらいの毒が吐ける作家でなくてはね。
「産んでしまった後は私が家畜だった。夫にとって私は古くて汚いけれど性欲処理ができて、放っておけば家事をしてくれる肉性機械道具だった。娘は私で性欲処理をすることはないが、いくら成長しで当然のように私を使いつづけた。でもいつか、未来では娘が私たちの道具になる、それだけが心の支えだった。」
痺れる〜!
ラシャムジャ「穴の中には雪蓮花が咲いている」
悲しくもふっくらした短編。これはこれで、好きだなあ。このふっくらした感じは人柄なのか、チベットという国が持つものなのか。
チョン・セラン「絶縁」
分断は経済格差だけでなく、価値観や倫理観にも表れてくる。もう絶縁しかないのか?
このような形の書物が世に出ること、そのことを祝福したい。
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Posted by ブクログ
アジアの女性作家九人によるアンソロジー。しかもテーマは「絶縁」。「しびれるテーマ」と村田沙耶香は言ったそうだが、確かに「しびれる」。なかなか、こんな本が存在するというだけで意義深いような、圧がある。ある特定の層には熱い支持を受けそうな一方、この価値観、というよりはこれに「しびれる」感覚って、普遍性ないかもしれないな…とも思う。
Audibleで聴取。朗読は、どの作品も独特の色が浮かび上がり、とても良かった。ただ終盤は私の集中力/モチベーションが枯渇してきて実はちゃんと聴けてない。いつかちゃんと読み直したい。
■村田沙耶香(日本、一九七九〜)『無』
うん。絶縁だ。村田沙耶香の絶縁だ。
■アルフィアン・サアット(シンガポール、一九七七〜)『妻』
絶縁どころか新しい縁を自分の意志で結ぼうとしたのに、絶縁だ。「するとサウダはだしぬけに、縄が切れてしまって井戸の中を落ちていくような感覚になった。」怖い。
■ 郝景芳(ハオ・ジンファン、中国、一九八四〜)『ポジティブレンガ』
これは絶縁と思い込んでいたところから始まっての、縁のつながりの確認、と感じた。
■ウィワット・ルートウィワットウォンサー(一九七八〜)『燃える』
タイの政治情勢についてものを知らなすぎ、ついていけてない感を味わいながらの本編だったが、訳者解説のおかげでなんとかキャッチアップ。
■韓麗珠(ホン・ライチュー、香港、一九七八〜)『秘密警察』
重かった。
■ラシャムジャ(チベット、一九七七〜)『穴の中には雪蓮花が咲いている』
「穴の中には雪蓮花(せつれんか)が咲いている」。覚えておこう。
■グエン・ゴック・トゥ(ベトナム、一九七六〜)『逃避』
親子の関係には犠牲がある、特に東アジアでは親が子どものために犠牲を払うことが暗黙の了解になっている。というあとがきのことば。
■連明偉(リエン・ミンウェイ、台湾、一九八三〜)『シェリスおばさんのアフタヌーンティー』
ちょっとスタンド・バイ・ミーを思い出した。
■チョン・セラン(韓国、一九八四〜)『絶縁』
なかなかストレート。(読み直し要。)