難波優輝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
著者は性的なものは好きだが、街中にある性的な広告は嫌いだといいます。私も著者と同様に駅などに貼られる性的な広告が苦手です。
性的なイメージを公共の場に置くな派と表現の自由だから問題ない派が争って堂々巡りになる…という騒動をSNSなどでよく目にします。
本書はそうした議論を整理し何が起きているのかを哲学的にはっきりさせることが目的だといいます。この辺りの議論に興味があったので本書を手に取りました。
性的なものとはなにか?最初に性的なものとえっちなものとの区別を行います。性的なものは①性行為②裸体③性的興奮の三要素から定義されます。そして、美的性質としての「えっちさ(エロティックさ)」と区別します。
性的広告がなぜ悪とされるのかというと、一つ目の理由は性的な広告は性的な雰囲を醸し出す要素となるからだと著者はいいます。
雰囲気は、私たちの振る舞いや情動を制限し、ある特定の価値観や視点を押しつける力を持ちます。それゆえ、ある雰囲気が誰にとって過ごしやすいのか、誰を中心に設計されているか、誰を居心地良くさせているのか、誰を居心地悪くさせているのかを考えなければならないと述べられています。
雰囲気はその特性上曖昧なものです。そのため、苦情を訴えても単なる主観として片付けられてしまうことが多い。こうした事態は「認識的不正義」と呼ばれるそうです。認識的不正義とは、ある人の知識や経験が、社会に根付いた偏見や誤解によって不当に歪められるような構造的不正義を指すそうです。
性的広告の悪さの二つ目は、意図しないタイミングで性的興奮を催させることです。
では、性的興奮をかき立てられなければ性的広告に悪さはないのかといえば、そうではない。性的な広告は、特定のジェンダーに性的な役割を押し付けることで、そのジェンダーを生きる人は、性的に見られたくないにもかかわらず、性的な役割を担う人として見られてしまうのです。
上記の二つの理由は納得がいくものです。特に性的広告が女性に性的役割を押し付けることはSNSなどでも性的な広告を非難するときによく指摘されていることだと思います。
また、性的であるということとは別に「えっちさ」という概念について考察していきます。
この辺りからちょっと著者の主張が自分にはよく理解できず…。
えっちさには崇高のえっちさと崩れのえっちさがあると筆者はいいます。
筆者が崇高なえっちさの代表として挙げたのが、コンスタンティン・ブラクーシの『魚』という彫刻です。無駄を極限まで削ぎ落としたシンプルな形に美しさを感じますし崇高さというのも分かりますが、えっちさといわれると…??
筆者にとって「世界はなんでもえっち」だそうですが、このえっちさの概念が私の思うそれとは多分大きく違っていて…それがどういうことなのか結局よく分かりませんでした…。 -
Posted by ブクログ
現在からの延長で未来を考える「フォアキャスティング」手法が一般的であるのに対して、本書で紹介されているSFプロトタイピングと呼ばれる手法は、未来を「バックキャスティング」で考えます。そこではロジックよりも想像力、創造力が求められることになります。たとえば「いまから100年後には機械を通じて動物と人間がコミュニケーションしている」と想定します。そして、ではそのような世の中になるためには50年後にはどのくらいのことができているだろうか、どんな議論を皆が重ねてどんな技術が開発されているのだろうかと想像するような手法ということになります。
本書ではビジネスへの適用についても述べられていますが、特に大企業においてSFプロトタイピングで考えた施策を実行することは、経営陣の相当のコミットメントもしくは経営者の強い思いが伴っていないとかなりハードルが高いと思います。未来は予測するものではなく創造するものだ、といわれますが、SFプロトタイピングを大企業の人がする前に、そもそもその会社のミッション、ビジョン、バリューが相当強力かつ粘着力のあるものでないとほとんど効果はないのではないでしょうか。
本書は対談をベースにした本ですので、SFプロトタイピングの教科書的な本ではありません。書かれていることもあまり印象には残っていませんが、読み終わった後の感想を一言で言うなら、「これまで以上にSF小説もしくはファンタジー小説を(古典も含めて)意識的に読んでみよう」という気分になったということでしょうか。鈍った想像力を鍛えたいと思います。 -
Posted by ブクログ
「SFプロトタイピング」という新しい概念を知って、
何冊か本を買ってみました。これはその1冊目。
SFプロトタイピングが何?ということに対して、
自分なりに明確に定義付けができていないのですが、
この本を通じて何となくやろうとしていることを理解することはできます。
まだまだ出来上がったばかりの概念なので、
やり方・手法は厳密に定義されていない様子です。
ゆえに、読者側もこの本を読んでも、少しふわふわした感じで終わるかもしれません。
本の構成は、6割くらいがSFプロトタイピングを実践されている方の対談で構成されているのですが、
若干自分には無理やりSFプロトタイピングのカテゴリーに収めている感が拭えませんでした。
しかしながら、SFプロトタイピングの概念自体はとても興味深く、
こういった新しい概念を普及させる際には必要なステージなのかなとも思います。
今後は、デザイン思考をIDEOが上手にマーケティングして広めたように、
SFプロトタイピングも同じようにマーケティングできるかどうかが、
今後普及するか、すたれていくのかの分岐点になるかと感じました。