石田光規のレビュー一覧

  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    都会で外食するのが苦手だ。
    ただでさえ「何食べたい?」と自分に問うのが苦手なのに。
    田舎に住んでいるので、ふだんの生活では大きく困ることがない。
    今のお腹具合、営業日と営業時間、懐事情、現在地からの距離、気分、などをもとに脳内で絞り込む作業にさして心的コストがかからないからだ。

    都会で困るのはこの作業がほとんどできないことだ。
    選択肢が多すぎる。
    情報は少なすぎる。
    いきおい、心ならずも某サイトや某マップに頼ってしまうことになる。

    ******

    「自由には責任が伴う」みたいな手垢のついた言い回しは今でも飽きずに使われているが、特に若い人たちにはあまり鵜呑みにして欲しくないなと思う。
    私たちが"自由"(だと思っているもの)を得たのは本当に、ごく最近の話だ。
    ほんの少し前まではよほどの例外を除き、自分の人生を自分で選び取る、決める、なんてことはほぼできなかった、らしいのだし。

    そもそも「自己」という概念が生まれてきたのだって人間の歴史からすればさほど古いものではないだろう。人はあくまで属する社会の一部であり、目の前にある選択肢は(あったとしても)ごく限られたものであったろう。そもそも社会自体がさして複雑ではなく、大多数の人にとってはあまり広いものでもなかったわけで。

    「自己決定」はそんなに手放しでよいものなのか。
    著者は問う。
    自分のことを自分で決める。決めないという選択肢はなく、「何も選ばない」こと自体がひとつの選択であるとされる社会では、何がどうなっても、どこまで行ってもその結果がすべて「自己責任」とされる。

    ……本当に?

    不可抗力も運も社会状況もあるこの世界で、結果が全て自己責任であるのなら、それは本当に良きことなのだろうか?そしてそれは本当に全て「自己責任」とされるべきものなのか?そもそも「責任」とは何か?

    自由なのだから選びなさい。
    選ばないことは許されない。
    選べないのならそれもまたあなたの責任であり選択である。
    これは本当に自由なのだろうか。
    「自由」とは何なのだろうか。

    私たちが今や「独立した個人」であり、意思も欲望も価値観もある一個の人格であること。
    それはもちろん、誰にも隷従せず束縛されず制約を受けずにいられることであり、それ自体は素晴らしいかもしれない。
    しかし、「いち個人であること」がともすると容易に「孤独」「孤立」に繋がってしまう現状で、それは単純にもろ手を挙げて賞賛されるだけのものだろうか?

    すべてを「自己決定」「自己責任」で斬って捨てるのは思考停止であり社会的責任の放棄ではないのだろうか。事件も、犯罪も、自然災害も、貧困も、ブラック企業も、虐待も。
    ひどいものでは、"子どもの貧困"問題に対する「そんな両親のもとに生まれてきたのは自己責任」などという言説さえ見たことがある。ここまで来ると醜悪でしかないが、社会的な問題について責任の一端が自分たちにもあることを直視したくないということなのだろうなあ、と思ったりもしてしまう。

    本書では、自由であること、選べること、自分で決められること、すなわち「意志と行動の自由」の"光"と"影"について真摯に論じられる。
    はっきりとした結論も解決もなじまず、結局は個々人がどう考えていくのか、どう判断していくのか、どうバランスを取っていくのか、を考える粘り腰を育むトレーニングのような一冊だ。

    ちくまプリマー新書はいいぞ。

    ******

    私は人と群れるのが苦手だ。
    学校に行っていた頃から、集団行動が好きでなかった。
    休み時間ごとに集まったり、一体感を求められたりすることが性に合わなかった。
    "仲良しグループ"で仲良くあることが難しかった。
    人と映画や旅行に行く機会は積極的には求めない。

    一人は気楽で、行きたい時に行きたいところでしたいことをして食べたいものを食べるのがよいと思っていたし今も思っている。

    けれど、少数ながら親しい友人たちとその時々に発生するゆるやかな繋がりが自分を「社会的孤立」から守ってくれていることを、仕事をしていることが社会の中に確かにある居場所を作ってくれていることを、折に触れて感じている。

    友人たちは食事や遊びに誘ってくれたりする(私も誘うことがたまにはある)。
    仕事中は時間も行動も制約があるけれど、その分休日に何をしようか楽しみにすることができる。

    ほどほどの枠と、ほどほどの自由。
    方角さえわからない荒野で私たちは安心してどちらへ進むか決めることなどできない。
    無限の選択肢は怖いものなのだ。
    ちょうど、東京や大阪で何を食べていいかわからなくなる時のように。

    そんな時は仕方なく、「つまんねえなー」などと呟きながら、某マップを立ち上げて「レストラン」「カフェ」とか検索するのだ。

    0
    2026年06月19日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    積読チャンネルにて紹介されていたため気になって手に取った一冊。

    過去と比べ個人の選択肢が増えたはずの現代において、なぜか息苦しさを感じる部分を的確に考察・解説しており、非常に読みやすく高校・大学生にもオススメできる内容。

    士農工商でやること/責任が明確であった過去は現代と比較して一定生きやすかったのかもしれない。

    0
    2026年06月01日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    前半部分は日本のメリトクラシーを詳細に記述。自己決定の理論が強者の理論と言われる所以がよく分かった。行動に対する結果は運による要素が多大に影響するにも関わらず、行為の結果を個人の努力に帰結するという理論の暴力性を痛烈に批判する。しかしそういう側面があることもまた事実。胸に留めておかなければいけない。神の亡霊を読みたくなった。
    63〜64ページの集団の決定は個人の決定より影響が大きいにも関わらず、関与する人数が多いために責任が分散しやすい。という記述は腑に落ちる。たしかに。政府の決定に対し、または会社大学のプロジェクトが失敗した際にその責任の所在をはっきりさせなければならない。責任が拡散するという表現良い。
    中盤の記号化する消費に関しても言葉は聞いたことがあったが意味は分かっていなかった。服に気を使いたくなくても(気にしなくても)、周りから、その選択の責任(理由)を見定められる。なんで生きづらい世の中なのか。現代の息苦しさの一端がここに起因するのではないか。
    偏差値の序列を過剰に気にする日本の大学受験。これは94ページの記述によればリスクを回避する行動なのだという。たしかに。
    後半の孤独に関する記述も大変興味深かった。孤立している人に助言するべきか否か大変難しいところであるが、諦めたくない。

    0
    2026年01月25日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    自分で好きに決めていいと言われながらも炎上や周囲の目を気にしなければならない息苦しい社会。推し疲れ、キャンセル界隈など流行の言葉についても自己決定の視点から分析する。面白かった!

    0
    2026年01月22日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    理性など西洋哲学に疑念を持っていることから、発売日すぐに手に取った。自分で決めるという自由は一見良さそうに感じるが、責任を負う・孤独に陥ることなどマイナス面も大きい。例えば、孤独は肥満・運動不足より死亡するリスクが高まることが研究で判明している。なぜこのようになったのか。読んでいて感じたことは、ムラ社会・空気など過去から研究されていた人間関係からの脱却。物・サービスが豊かになり「今・ここ」が即時的に楽しめるようになったことが影響しているのではないだろうか。コミュニケーションも体力と同様に鍛えないと衰える。どうすればつながりを保てるのか、関心のある人に読んで欲しい本。

    0
    2025年08月11日
  • 「人それぞれ」がさみしい ――「やさしく・冷たい」人間関係を考える

    Posted by ブクログ

    現代は『人それぞれ』の多様性が認められはじめて、ずいぶんと昔よりは生きやすくなっていると思う反面、他人とクイックに繋がれる希薄な人間関係にうっすらとした寂しさを感じてこの本を読みました。

    ・異質な他者を取り込むには深い対話が必要

    ・最適化願望をいったん脇におき、つながりへの期待値を下げ、人にはプラスの面もマイナスの面もあるというごく当たり前の事実に立ち返る必要がある

    ・人付き合いの基本と本質は、期待通りにいくこと、期待にそぐわないことも含めて共に過ごしていくこと

    人間関係を築く際に自分に足りてないことや、これからの人付き合いに意識していきたいことが明確になった気がします。

    0
    2024年07月05日
  • 「人それぞれ」がさみしい ――「やさしく・冷たい」人間関係を考える

    Posted by ブクログ

    超良かった。ぜひ「昔は良かったなぁ」と思っている人には読んでほしい
    個人主義の弊害について書かれているが、
    ネットでの過剰な「叩き」、「親ガチャ」にまで言及されており、とても読み応えがあった

    気づき
    ・集団から離れた「人それぞれ」社会は、「つながりは自分で調達する」ことを意味する。それは「相手からも魅力的である」必要があるため、人間関係がコスパ重視になる。
    ・人間関係のコスパ主義は、人間関係を狭める。
    「人にはプラス、マイナスどちらもある」ということを今一度思い出すべき
    ・現代の「叩き」に共通するのは「異質な他者の不在」である。異質な他者をも取り込む必要性

    0
    2023年02月22日
  • 「人それぞれ」がさみしい ――「やさしく・冷たい」人間関係を考える

    Posted by ブクログ

    この著者さんの言っていることが、自分に当てはまっていた。一人でいるのが気楽で落ち着くし、人との関係は疲れるし面倒くさい。何より自分と合わない人との関係なんて、もっといやだ。だけどこの本を読んで、少し価値観を変えてもらえた。

    0
    2022年09月07日
  • 「人それぞれ」がさみしい ――「やさしく・冷たい」人間関係を考える

    Posted by ブクログ

    誰しもが口にしたことのある、「人それぞれ」という言葉。

    多様性の受け皿として、便利に使われているものの、それは対立を避けるためのものであり、極端に言えば、それは無関心なのです。

    この本では、集団から個人への転換と共に訪れた、個人主義と多様性の間でどう生きるべきかを事例を用いて解説しています。

    「人それぞれ」を枕詞にし、個人主義とは言いながらも、他人をまるで腫物扱いにして、無関心を正当化するのは、やはりどこか歪んでいると思います。

    そして、大きな問題は、個人レベルで行われるそれらのことが、社会全体に浸透して、自己責任論が蔓延っていることだと思います。

    サンデル教授が述べていた、能力主義の裏側にある自己責任論に、こうした背景もあるのではないかと、思わずにいられませんでした。

    社会的な問題に対して、個人レベルでどう解決していくか、それは非常に難しいことだと思います。

    しかし、だからと言って動かないのではなく、また、自分と異なる意見にフィルターをかけるのではなく、まずは興味を持つことが、あるべき多様性なのかな、と読み終えてから感じました。

    「受け皿を広げよう。」

    0
    2022年01月27日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    非常に面白かった。自分はあまり新書は読まないのだが、とても読みやすかった。現代、日本が経済的に豊かになったことで、どこに住むのか、何を食べるのか、何を着るのか、どう働くのか、若しくは働かないのか、などのありとあらゆる事を自分で決められる様になったのに、どうして自分で決めたことに苦しめられるのか。「自己責任」とは何なのか。決めたことに苦しめられる人を助けていいのかなどを分析して、「自己決定」がどう窮屈な世の中を作っているのかを言語化した本である。

    自分が特に面白いと思ったのが、第5章「決めたことへの介入は余計なお世話?」で述べられている、自己決定と孤独・孤立の問題との関連である。
    もし、隣に住む人が明らかな孤立状態にあるにも関わらず、他人と関わらなない事を決めていたら、どうするべきなのか?という例題から分析が始まる。
    現代の日本では、孤独・孤立が社会問題となっており、その根源は何でも一人で完結できるようなったからであると分析し、望むのなら誰とも関わらないことも可能な社会になっている。
    ここで面白いのは、作者は他人と関わることを「筋トレ」だと表していた点である。
    他人と関わると時間もコストもかかるし、嫌な思いをするかもしれない。しかし、それを恐れて他人と関わることを避け続けると、コミュニティに参加することが難しくなり、コミュニケーション能力も低下して行く。こうなると悪循環に陥り孤独・孤立に繋がる上に、当事者自身も人を信用できなくなり、相談をしようとも思わなくなると作者は統計調査を用いて主張していた。
    これを見て、人生のどんな段階に立っても恐れずに人と繋がっていようと思った。

    作者が本著で主張しているように、現代人は他人を、そして「決定と自己責任」を買い被っているのかもしれない。あたかも自分で決めた様に見えても、そこには多くの圧力が作用していたかもしれないし、その決定が悪い結果を招いたとしても、全体を見れば、とても本人が責任を負うべきではない事象が絡んでいたりなど、決定と責任とは絶対的なものではない事を改めて考えさせられた。
    自分は「連帯責任」という言葉が嫌いだった。理不尽で意味が分からないものだった。しかし今は少し存在意義を感じることができる。責任を「尊重」することと「個人に押しつけること」を混同せずに、「連帯」している意識を持てば、もう少し楽な社会になるのかもしれない。

    0
    2026年09月21日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    自分自身が30代に入り、年下の後輩との価値観のズレを言語化したくて読み始めた本。

    私自身はゆとり世代になるため、書いてある内容も理解できるし、年上のレールが引かれた道を進む感じも理解できる。
    両世代の価値観を知っていて思うのは、書いてある内容のみの価値観だとしんどいよねー、と。

    たくさんの考え方を知った上で、自己決定にならないと、少ない選択肢から最善を選び続けられない。
    だけど今の子たちはそれをしようとしている。
    それを言語化できたので、私には実りのある本でした。

    0
    2026年08月28日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    パイプラインという考え方…なるほど…確かに僕はタワマンに一切興味ないし風呂キャンセル界隈の人達になりたいと思わないな…タワマンにこだわり続ける人が滑稽のように見えていましたがそういうことなのか…

    自己決定で自己責任が重すぎるの世の中…飲み会は参加しといたほうがいいよおじさんもコスパ悪いから行かない若者も…何がいいか悩みどころですよねぇ

    0
    2026年08月16日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    人生の岐路にしても日常の買い物にしても、何かを決めることに対して時間とストレスと後悔が常につきまとっていた。その苦しみを解析して言語化してくれたのはたいへんにありがたい。
    文章も平易で読みやすい。読みやすいからといって議論がスカスカなわけではなくしっかりと充実している。
    しかしながら、理解促進のために提示された事例がいただけない。たとえばイラク人質事件を事例に取り上げているが、この事件の人質の行為については、その善し悪しの評価が人によって大きく分かれており、しかも思想と感情が強く入り込むため互いの意見は相容れにくい。それなのに作者が何か一つの正解と言える結論(決定)がある前提で議論を進めていることに強烈な違和感を覚えた。本論と関係ない話に対する作者の思想が見え隠れするところに気持ち悪さを感じる。
    また、タワマン文学のある作品を登場人物のキャラやストーリーを含めかなりのページを割いて紹介しているが、しょせんはフィクションである。読者を刺激するために登場人物の感情を極端に描いていくものだ。実際のタワマン居住者にも勝ち組としての苦悩はそれなりにあるだろうけれど、大半は自分なりの生活スタイルを築いて折り合いをつけながら日々暮らしているのであって、そんなフィクション作品のように葛藤と苦悩の日々を送っているのが常識なわけない。こんなフィクションを根拠に持論を煽るやり方は好ましくはない。変にリアル時事ネタやフィクション小説なんかを引用せずに、作中に他にあったシゲル君やフミオさんみたいに全て作者の創作事例にすれば良かったのに。
    もう一つ不満なのは、本書は自己決定についての話だったのに、結局はコミュニティ(つながり)の問題であると結論づけてしまったことである。そもそもあらゆる社会問題というのはコミュニティの問題に帰結されることを、作者は理解しているのだろうか。高齢化問題、イジメ問題、防災問題、格差問題・・・どれも突き詰めてしまえば「コミュニティ、つながりが大事なんです」と言ってしまえばそりゃそうだろう、で全て終わらせることができてしまう。そんな当たり前の結論に導いておきながら学者面されても、こちらは戸惑うしかない。学部生のレポートじゃないんだから。

    かなり批判的ではありましたが、自己決定や自己責任の難しさと昨今の暴走状況については世の中にもっと知られてほしいから、甘めに☆4とします。

    0
    2026年08月12日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    自己決定できる社会、一見良い社会に思えるけれど、そのデメリットについてまとめた本。

    特に印象的だったのが以下
    自己決定ができる社会は、個人化社会。一人でできる、一人で楽しめる。でも、それを続けていくと、人と一緒にいるための「筋肉」が衰えてしまう。

    人と一緒にいるための「筋肉」の話、どこかでも読んだ(聞いた)気もするけれど、改めて身に染みる。特に最近はAIとの会話が楽で、その世界に閉じこもりたくなる。たまには筋トレ、しないとな。


    以下メモ
    ・自己決定ができる条件
    物理的な豊かさ、個人を尊重する思想

    ・「自分で決める」と「自分で決めることを半強制的に求められること」は別の話
    そして、自分で決められる範囲は思ったほど広くない
    自分で決めたことへの責任を求められる
    (決めたことの結果には「運」の影響も多分にあるにも関わらず)

    ・自己決定と同時に、責任も負う
    しかし、責任の体系が力を持っている側にあることも
    例)女性が男性の自宅に一人で行かない方がいいよね、論


    ・自分が決めたことに、責任が生じ、結果逃げられない、楽しめない

    ・個人の決定を尊重する社会はある意味、硬直的
    パイプラインの中を流れることを求められ、離脱は許されない

    自己決定を尊重すると言いながら、社会の監視は強まる
    リスク回避の名のもとに、社会の経路(パイプライン)が整備される

    ・個人化社会
    嫌なつながりから離脱することができると同時に、孤独・孤立の不安を抱える

    問題のある孤独、問題のない孤独は見分けられない。
    「問題」」が発生したからこそ、識別できるようになる

    孤立しているけど、孤独感を覚えない人とは。
    相談する相手がいる人は相談に意義を感じ、相談する相手がいない人は、相談に意義を感じないという調査がある。
    (孤立しているけど孤独感を覚えない人、それは本当に自分が選んだ孤立なのか——それとも、選んだと思い込まされているだけなのか)

    ・手間を省くモノやサービスは、「人とつながる必然性」をうばう

    ・ではどうすれば。どのような社会が望ましいのか
    人間は「弱い主体」であるという認識を社会全体が持つ
    そのうえで、ゆるやかな自己決定をする
    人とのつながりを保つ

    ・弱い主体
    自分で決められない
    誤った決定をする
    決めたことを成し遂げられない

    0
    2026年07月29日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    自己責任とは何か、それが重んじられる社会で生きる息苦しさにはどのようなものがあるかをわかりやすく整理していた。印象的だったには、一般的な自己責任が人間誰しもが強い個人であることを前提にしていること。
    自分が人に優しくなったり、居心地の良いコミュニティ、社会とは何かを考えるきっかけになる

    0
    2026年05月17日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    決定とその責任について、考え方を少しだけ整理してくれる本でした。

    選択に対する自己責任論は強者の論理であるという内容は、とても腑に落ちました。

    取り上げられている例がちょっと極端ですが、責任について考える良いきっかけになりました。

    0
    2026年04月10日
  • 「人それぞれ」がさみしい ――「やさしく・冷たい」人間関係を考える

    Posted by ブクログ

    「人それぞれ」多様性が尊重され、個人で生きれる時代になったからこそ出てきた言葉であるが、月並みであるが人は一人では生きれない。時代の進歩、特にネットの進化(特にSNS)がコミュニケーションの質を変え、個人化が深まり分断が生まれている。分断されている人もわからないまま、どうすればいいかの処方箋は、月並みであるが「他者理解を目指す対話」を繰り返していくしかない、分断によって世界が破滅しないように、これを繰り返し、新たな人間関係の構築を目指すしか、新たな世界は気づけない、と思った読後感であった。

    0
    2026年02月28日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    自己決定できる幅が広い社会は素晴らしいけど、その決定を全て自己責任にする社会はギスギスして生きづらい。
    責任は社会秩序を維持するために必要な仕組みだが、自己決定に至る過程、結果が生じる過程には、環境や運が作用するため、決定し生じた結果について、個人の背景を考慮できる社会、人々のつながりが必要。

    0
    2026年01月28日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    社会学がご専門の教授による「自分で決定すること」について述べた本。ご専門の人間関係の視点から自己決定とはなにか考察されていて、なかなかおもしろかった。

    自己決定は自分で決めているはずなのだが、結構環境に影響されているんだなと思った。人間は集団で生きているから、周りのことはどうしても気になるし、決定も左右される。周囲の目を気にした自己決定は自己決定といえるのか疑問。一方で、周囲を気にしない自己決定も無いと思う。自分で決めたと思っていても、無意識のうちに周りのことは自己決定に影響を与えているのではないだろうか。

    自己決定するときは、どうしてそう決めたのかを、自分の意見・考えだけに求めるのではなく、その考えはどこからきたのか、さらに一段掘り下げて意識してみるとよいのかもしれない。

    0
    2026年01月09日
  • 自己決定の落とし穴

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    独身未婚中年男性の自分が読んでみました。
    社会学の本なので具体的な解決策などは書いてありませんが、社会構造として、個人に責任が押しつけられやすい現代になっている、ということはかなり解像度高く描かれていると感じました。

    個人的には、恋愛・結婚のところが印象的でした。
    自分が比較的、この人の論がしっくり来ると思っていた御田寺圭さんが引用されていて、石田先生は半分同意、半分反論といったところでしょうか。
    自分としては、たしかに石田先生仰るように、恋愛に「同意」が必要になったことで救われる性被害者がいるというのには激しく同意。
    一方で、(特に男性側で)恋愛に消極的な人はもう性行為や結婚には及べず、かなり高度な信頼関係を築ける人でないと性行為や結婚のできない時代になったのだと自分は理解しています。

    あと、この本のことと共通すると思うのは、会社など組織などでの意思決定の仕方。
    要らない会議が多いし、最終的に、責任をとらなければいけない立場の人が、「自己決定」を逆手にとって、自分の責任逃れの装置として会社や組織を利用しているというのが日本ではかなり多いのではないでしょうか。
    自分の提案を会議で出して通しますが、まずパワーバランスからして逆らえない雰囲気。そして決定した事項を進め失敗します。その責任は負いません。「だって、会議でみんな賛成して決まったじゃないですか」
    自分の意見を、さも全体の意思であるかのように偽装する、無責任上役のなんと多いことか。
    まあ、そういう組織は、「いい人」が率先して辞めていって滅びはするんですが。

    気の弱い人が神経すり減らさずに、あと、決められない人も生きやすい日本や世界であってほしいなと思いました。

    0
    2025年11月19日