石田光規のレビュー一覧
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都会で外食するのが苦手だ。
ただでさえ「何食べたい?」と自分に問うのが苦手なのに。
田舎に住んでいるので、ふだんの生活では大きく困ることがない。
今のお腹具合、営業日と営業時間、懐事情、現在地からの距離、気分、などをもとに脳内で絞り込む作業にさして心的コストがかからないからだ。
都会で困るのはこの作業がほとんどできないことだ。
選択肢が多すぎる。
情報は少なすぎる。
いきおい、心ならずも某サイトや某マップに頼ってしまうことになる。
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「自由には責任が伴う」みたいな手垢のついた言い回しは今でも飽きずに使われているが、特に若い人たちにはあまり鵜呑みにして欲しくないなと思う。
私た -
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前半部分は日本のメリトクラシーを詳細に記述。自己決定の理論が強者の理論と言われる所以がよく分かった。行動に対する結果は運による要素が多大に影響するにも関わらず、行為の結果を個人の努力に帰結するという理論の暴力性を痛烈に批判する。しかしそういう側面があることもまた事実。胸に留めておかなければいけない。神の亡霊を読みたくなった。
63〜64ページの集団の決定は個人の決定より影響が大きいにも関わらず、関与する人数が多いために責任が分散しやすい。という記述は腑に落ちる。たしかに。政府の決定に対し、または会社大学のプロジェクトが失敗した際にその責任の所在をはっきりさせなければならない。責任が拡散するとい -
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本書は、自己決定そのものを否定する本ではない。著者は、他者に一方的に決められるよりも、自ら判断できる余地があることは望ましいと述べている。
本書の問題提起は、自己決定と自己責任が過度に結びつくことで、判断に影響した環境条件や制約、支援の有無が見落とされやすくなる点にある。形式的な選択肢が存在していても、実際の格差や不平等は無視され、失敗や不運が個人の問題として回収される場合は少なくない。その結果、自己決定が尊重される社会で、かえって人が孤立しやすくなるという逆説が生まれる。本書はこの因果関係を、感情論ではなく社会構造として整理している。
この構造を可視化し、考え直すための視点を提示した点に -
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理性など西洋哲学に疑念を持っていることから、発売日すぐに手に取った。自分で決めるという自由は一見良さそうに感じるが、責任を負う・孤独に陥ることなどマイナス面も大きい。例えば、孤独は肥満・運動不足より死亡するリスクが高まることが研究で判明している。なぜこのようになったのか。読んでいて感じたことは、ムラ社会・空気など過去から研究されていた人間関係からの脱却。物・サービスが豊かになり「今・ここ」が即時的に楽しめるようになったことが影響しているのではないだろうか。コミュニケーションも体力と同様に鍛えないと衰える。どうすればつながりを保てるのか、関心のある人に読んで欲しい本。
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現代は『人それぞれ』の多様性が認められはじめて、ずいぶんと昔よりは生きやすくなっていると思う反面、他人とクイックに繋がれる希薄な人間関係にうっすらとした寂しさを感じてこの本を読みました。
・異質な他者を取り込むには深い対話が必要
・最適化願望をいったん脇におき、つながりへの期待値を下げ、人にはプラスの面もマイナスの面もあるというごく当たり前の事実に立ち返る必要がある
・人付き合いの基本と本質は、期待通りにいくこと、期待にそぐわないことも含めて共に過ごしていくこと
人間関係を築く際に自分に足りてないことや、これからの人付き合いに意識していきたいことが明確になった気がします。 -
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超良かった。ぜひ「昔は良かったなぁ」と思っている人には読んでほしい
個人主義の弊害について書かれているが、
ネットでの過剰な「叩き」、「親ガチャ」にまで言及されており、とても読み応えがあった
気づき
・集団から離れた「人それぞれ」社会は、「つながりは自分で調達する」ことを意味する。それは「相手からも魅力的である」必要があるため、人間関係がコスパ重視になる。
・人間関係のコスパ主義は、人間関係を狭める。
「人にはプラス、マイナスどちらもある」ということを今一度思い出すべき
・現代の「叩き」に共通するのは「異質な他者の不在」である。異質な他者をも取り込む必要性
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誰しもが口にしたことのある、「人それぞれ」という言葉。
多様性の受け皿として、便利に使われているものの、それは対立を避けるためのものであり、極端に言えば、それは無関心なのです。
この本では、集団から個人への転換と共に訪れた、個人主義と多様性の間でどう生きるべきかを事例を用いて解説しています。
「人それぞれ」を枕詞にし、個人主義とは言いながらも、他人をまるで腫物扱いにして、無関心を正当化するのは、やはりどこか歪んでいると思います。
そして、大きな問題は、個人レベルで行われるそれらのことが、社会全体に浸透して、自己責任論が蔓延っていることだと思います。
サンデル教授が述べていた、能力主義 -
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自己決定できる社会、一見良い社会に思えるけれど、そのデメリットについてまとめた本。
特に印象的だったのが以下
自己決定ができる社会は、個人化社会。一人でできる、一人で楽しめる。でも、それを続けていくと、人と一緒にいるための「筋肉」が衰えてしまう。
人と一緒にいるための「筋肉」の話、どこかでも読んだ(聞いた)気もするけれど、改めて身に染みる。特に最近はAIとの会話が楽で、その世界に閉じこもりたくなる。たまには筋トレ、しないとな。
以下メモ
・自己決定ができる条件
物理的な豊かさ、個人を尊重する思想
・「自分で決める」と「自分で決めることを半強制的に求められること」は別の話
そして、自分 -
Posted by ブクログ
社会学がご専門の教授による「自分で決定すること」について述べた本。ご専門の人間関係の視点から自己決定とはなにか考察されていて、なかなかおもしろかった。
自己決定は自分で決めているはずなのだが、結構環境に影響されているんだなと思った。人間は集団で生きているから、周りのことはどうしても気になるし、決定も左右される。周囲の目を気にした自己決定は自己決定といえるのか疑問。一方で、周囲を気にしない自己決定も無いと思う。自分で決めたと思っていても、無意識のうちに周りのことは自己決定に影響を与えているのではないだろうか。
自己決定するときは、どうしてそう決めたのかを、自分の意見・考えだけに求めるのではな -
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ネタバレ独身未婚中年男性の自分が読んでみました。
社会学の本なので具体的な解決策などは書いてありませんが、社会構造として、個人に責任が押しつけられやすい現代になっている、ということはかなり解像度高く描かれていると感じました。
個人的には、恋愛・結婚のところが印象的でした。
自分が比較的、この人の論がしっくり来ると思っていた御田寺圭さんが引用されていて、石田先生は半分同意、半分反論といったところでしょうか。
自分としては、たしかに石田先生仰るように、恋愛に「同意」が必要になったことで救われる性被害者がいるというのには激しく同意。
一方で、(特に男性側で)恋愛に消極的な人はもう性行為や結婚には及べず、か -
Posted by ブクログ
ネタバレ自分で決められる⇔責任を負わされる
ひとりを尊重する⇔孤独・孤立に陥る
やりたいことをやる⇔思わぬ非難を受ける
自分で決めたはずなのに息が詰まるのはなぜか。
自分のことは、自分で決める――。
本来善しとされるはずなのに、どこか疲れるのはなぜ?
そもそも自分で決めるってそんなによいものなのか。
他人の決めたことにはどこまで踏み込んでよいのか。
「自己決定」をめぐるこの社会の自縄自縛をときほぐす。(紹介文より)
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第一章 自分で決めることに息苦しさを感じてしまう
・自己決定を可能にするには、物質的な条件と思想的な条件がある
・「自分のことを自分で決める」を「社会」