芳賀達彦のレビュー一覧
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濃い。オーディオブックでなかったら完走できなかったかもしれないが、私はすごく好きだった。私ってアナキストの素質があるのかしら。好きなところ全部は書けないし、一部を選ぶのも難しい。
訳者の酒井隆史さんによる『ブルシット・ジョブの謎』を先に読んで(聞いて)いたから入りやすかったが、当然ながらグレーバーさんの原著のほうが分量も多いが密度もみちみちで、酒井さんの本で難しかったところや腑に落ちなかったところは、グレーバーさんの語りでだいぶ納得した。
中世ヨーロッパ北部のライフサイクル奉公からの、資本主義、プロテスタント、トマス・カーライル(漱石が博物館に行った話書いてた人だ!)、労働価値説から資本と消費価値説への転換、労働=生産という偏り(女の仕事は出産のみということになるらしい)……いろんなモヤモヤがすべてつながった。
普遍的ベーシックインカムが実現すると、被雇用者が「じゃあやめてやる」と言えるようになる。つまり対等になる。縦の関係から横の関係へ、ってこれはアドラーだ。そういう世界は探せばきっとある、よね? 想像することをやめなければ。グレーバーさんは若くして亡くなられたそうだ。このような大著を残されたことに敬意。 -
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自分の仕事がブルシットジョブで向こう20年を耐えるのはムリだから転職する、という人生の節目で、じゃあブルシットジョブという言葉を作った人の本を読んでみようと手に取った。
語感だけで使ってた単語だが、著者の定義を見てその通りで驚いた。被雇用者本人でさえ存在を正当化しがたいほど完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態で、とはいえその雇用条件の一環として本人はそうではないと取り繕わなければならないように感じている、と。そしてこれはシットジョブとは違うんである。
ブルシットジョブの種類や、市場が生み出した仕事になぜそんな非効率なものがあるのか、なぜブルシットジョブが増えているのかという問いと答え、ブルシットジョブがサドマゾヒズム的状況を生み出す仕組み、そしてブルシットジョブをなくすための1つのアイディアとしてのベーシックインカム。
著者はアナキストの人類学者で、他の著作を読んでみたくなった。 -
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この本は語られること多くして、実際にはあまり読まれていないのではないか。
実際読んでみると、グレーバーはここで、現代の資本主義の根源的な問題を抉り出しており、その最も本質的な批判になり得ていると思う。
この書物の結論のひとつは、この社会においては、労働が他者の助けとなり他者に便益を提供するものであればあるほど、そしてつくり出される社会的価値が高ければ高いほど、それに与えられる報酬はより少なくなるということ。そして逆に報酬の高い労働とりわけFIREセクター(金融、保険、不動産)におけるそれは、社会的に徹底的に無意味であると本人に感じられるようなものであるということだ。
すなわちいわゆる「負け組」は貧に甘んじ、いわゆる「勝ち組」は無意味に耐えなければならないということ。どちらにせよ、浮かばれることはない。
いずれにせよ、この社会は、働くことの意味を根底的に転倒させ、そのことによって人が生きる意味をも喪失させた、ということなのである。 -
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若干冗長に感じたところはあるけど、面白かった。特に最後の何章かがとても面白かった。
世の中のあり方に対する著者の姿勢に心を動かされた。
結局のところ、この本で一番私がグッと来たのは、意思の発露みたいなものだ。アナーキストっていうのはこういうことなのかなと。
本を読む楽しみというのはそういうことにある気がする。
ずっと、カタカナの何とかコンサルタントみたいな人がこんなに増えていて、しかも現場に対する意見が異常に抽象的で、人がわからないような英語が多く、ケアリングの場所においては何の役にも立っていないにも関わらずコンサルタントとして入ってきては結果を出せ結果をだせ(そして、ケアリングワークをしている人たちは何も結果を出していない)、と叫んでいるのをあたかも役に立っているように扱わなければいけないのはなぜかと考えていたけど、ずいぶん腑に落ちた。
6,7章はいわゆる現代のブルシットジョブがどのように発生してきたか、対極(というか見えないところに配置されている)ケアリングワーク(エッセンシャルワーク)との関係を示していて、大変興味深い。
解決法としてUBIが挙げられている。
ただ、事例についてのところはちょっときつかった。
自分がブルシットではないと思っている仕事(人の役に立っていると思うもの)が、ブルシットというふうに感じる人もいるのだなと思うのは、ちょっとショックだった。
同様に、私がブルシットだと思っていても、当事者はそう思っていないかもしれないのかなと思うとちょっと切ない気持ちがした。
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朝の通勤電車は今日も人であふれる。眠そうな顔、スマートフォンを見つめる目、資料に赤を入れる手。皆、どこかへ向かい、何かを支えているように見える。だが、その仕事は本当に社会に必要なのだろうか、とふと思うことがある。
人類学者 (デビッド・グレーバー)は著書『(ブルシット・ジョブ)』で、働く本人でさえ「なくても誰も困らない」と感じる仕事が少なくないと指摘した。機械化が進めば労働時間は減り、人はもっと自由になる――そんな未来予想図は外れた。むしろ会議のための会議、報告のための報告が増えた。
忙しさは、しばしば充実と混同される。だが、埋まった予定表が人生の豊かさを保証するわけではない。働くことが目的化したとき、人は静かに疲弊する。
庭木を剪定すると、不要な枝を払うだけで風が通り、木は息を吹き返すという。社会もまた同じかもしれない。本当に必要なものを残し、余計なものを削ぐ。その先に、人が人らしく働ける風景がある。 -
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働いていることが善、働くことでお金を稼いでいることが善という認識がこびりついているため、いくら機械やAIに仕事が奪われても人間は何らかの仕事をしないといけない、そのためにブルシットジョブ(意味のない仕事)が生み出されているのだという話。
お金がないと生きられない、働く以外にお金を稼ぐ方法がないことが全ての問題ですね。ただ、私は上手くブルシットジョブを掴めた人に羨ましいの感情以外ない。「ブルシットジョブをしている人はリアルジョブをしている人を羨ましいと思っている」というような記述が何度も出てきたが、「でも俺にはあれはできない」と思ってる人も同じくらい多いと思う。
労働とお金を稼ぐことが同じ意味でなくなればいい。仕事の種類が給料の金額でなく「自分が生きながら何をしたいか」で選べるようになる。やっぱベーシックインカムってありよなぁ。労働が強制でなくなれば、生まれてきてよかったとも思えるかも。
一番胸が苦しくなったのは、p.319の「わたしたちは仕事に生活が侵食されているために、短い時間でできる娯楽、つまりお金を使った消費でしか快楽を得られない」という旨の記述。そうなのよね。お金を使うことが唯一の息抜きで、また働き、またお金を使いわずかな息抜きをする……その繰り返しが資本主義社会の人生。
よく「家事労働は給料に換算するといくら」みたいな論争が上がるが、給料に換算することでしか労働の価値を語れなくなっているってやばいね。 -
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他の人も書いている通り、とにかく冗長で読みづらい。が、筆者の言いたいことは納得できるし面白い。
本文の後に続いた訳者の文章は1番要約してあってわかりやすいのだが、だったら本文の訳もう少しわかりやすくしてよ…と言いたくなった。。
ケアリングの話は全くその通りで、簡単にロボットによる代替ができると思わないし、それを数量化しようとするからおかしなことになる、というのは実際にブルシットジョブをやっている人間として非常にわかる。
そして最後は少し違う観点からベーシックインカムの議論に。ここが非常に面白かった。
人間の本質はきっと労働そのものに価値を感じるはずであって、だったらそこに集中する環境を作るべきだと。
とても腹落ちしてしまった。
総じて苦行でもあったが、読んで正解だった、かな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ新年度にぴったりの本、かもしれない!
就職や就活を通して「社会人」になる洗礼を受ける私たち。
社会に貢献する、
組織の役に立つ、
どんな仕事も尊い、
そうやって社会に出たときに世界中の働く人が直面する矛盾や葛藤は、
きちんと説明されてこなかった。
だからこそ、多くの共感を読んだんだろうと思います。
本書が出版されたのは2018年、この日本語版も2020年7月、パンデミック発生後に出されています。
著者のブルシットジョブ論が世に広まったのは、2013年のウェブマガジンへの寄稿記事からだそうです。
その後のコロナがさらに彼の議論を現に裏付け、「グレーバー現象」がさらに広まっていったのも納得です。
人類学者でありアナキスト活動家でもある著者は、2011年のウォール街占拠運動や『負債論』執筆もされていた。
そして、この日本語版出版直後、2020年9月に急逝されたそうです。
働く場の状況は、変わったのかな。どうでしょうか。 -
Posted by ブクログ
アメリカのアナキストでもある文化人類学者デヴィッド・グレーバーが書いた世界のカラクリを解き明かす「解放の書」との触れこみで、前から気になっていたものをついに読んだ。
3名で訳しているのもあり、かなり読みにくい。訳も色々と迷ったようで、訳注も多い。原文も修飾語が多く一文が長いのだと思う。日本語もそのとおりに訳しているらしく、やたらと「~の~の~における~については~か?」みたいな冗長な表現が多く、章立ても行き当たりばったりで、全然頭間に入らなかったため、2回ほど通読するはめになった。
ブルシット・ジョブというのは「その仕事にあたる本人が、無意味であり、不必要であり、有害でもあると考える業務」、「それらが消え去ったとしてもなんの影響もないような仕事であり、なにより、その仕事に就業している本人が存在しない方がましだと感じている仕事」のことである。本書の目的は、各種の仕事の社会価値を明らかすることではなく、自分の仕事にそれらが欠けていると考えながら働くことの心理的、社会的、政治的効果を理解することである。
■ブルシット・ジョブの5類型は以下のとおり
・取り巻き 企業の受付など
・脅し屋 ロビイストなど
・尻ぬぐい 無償ソフトウェアへの互換性対応を行う有償プログラマーなど
・書類穴埋め 役人など
・タスクマスター 取り巻きの逆(必要のない従業員ではなく、必要のない管理者)
また、ブルシット・ジョブの特徴として、欺瞞と曖昧さもあげられている。欺瞞というのは、どんな無意味な仕事でも、どんなに時間を持て余していても、働いているふりをしなければならないということ。つまり堂々とサボってはいけないのだ。曖昧さは、その欺瞞をまわりの人がどこまで自覚し、演じているのか分からない状況であり、「サボり」はどこまでが許容範囲か、「手が空いている」と宣言していいものか不明確ということである。
なぜブルシット・ジョブが人間の精神を侵すのか、なぜ人はブルシット・ジョブに耐えるのか、なぜブルシット・ジョブは増えているのか、なぜ問題視されないのか、といったことが400ページをもって解き明かされる。正直なところ、ちょっと長くて回りくどくて、読むのが面倒になりかけた。歴史に残りうる良書だと思ったし、もはや「革命の書」なのだけど、咀嚼に時間がかかる。何度も読んで、考えて、じわじわと蒙が啓かれる。
本書にはグレーバーのもとに届いたブルシット・ジョブの実例がいくつも含まれていて、それがかなり面白い。ドイツ軍内で隣の部屋にPCを動かすためにいる委託業者(遠くからやって来て隣室にPCを運んでくれる)とか、会社受付ですることがなく、クリップの色分けに従事する人とか…。ブルシット・ジョブに就いて自尊心が傷つき辟易している労働者が多いが、正直、それでそれなりの給料がもらえるならいいのではと思う。労せず大金を得られるのは幸運だと考える者はグレーバーは少ないと考えているようだが、本当だろうか。また、出てくる例が暇そうな仕事ばかりだけど、ブルシット・ジョブのくせにやたら忙しく責任も重い仕事も多くあるはずで、それが一番精神を蝕むのではと思う。
ジョブ型雇用の国とメンバーシップ雇用の国、キリスト教圏とそのほか(イスラムや儒教、仏教圏等)でかなり労働観は違うのではと思いつつ、そのあたりの論考はなかった。