五十嵐大のレビュー一覧

  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    旧題、ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと。
    こちらの本を元に製作された映画がとても素晴らしく、原作があると知り、手に取った。

    CODA:Children of Deff Adluts…「聴こえない親の元で育った、聴こえる子どもたち」。
    映画やドラマで、昨年くらいからよく目にするようになった言葉だ。

    主人公-CODAである筆者・五十嵐大さんの苦悩と葛藤は、件の映画でも十分に伝わってくるけれど、こちらではより詳細に背景や感情が綴られている。

    もっと深いコミュニケーションが出来るよう、小学校で手話クラブを作ったこと。
    進路相談や高校受験の孤独な闘い。母が補聴器を買った時の会話…
    親と共通言語で会話が出来ないことが、子供にどんな影響を与えるのか。

    聴覚障害を持つ友人からの「私たちから出来ることを奪わないで」。
    筆者同様、頭をがつんとやられたような気がした。
    自分が相手を守ろう、助けようと思うが故に、障害を持つ一個人の自由を奪ってはいないか。

    そして、「世間からかわいそうな子と同情される苦しみ」。
    人は境遇の辛苦よりも、他人からの不躾な視線に最も傷つけられるということが、
    この本を読んでいるとよく分かる。

    五十嵐さんはあとがきで、
    「マイノリティとマジョリティの分断は『知らないこと』によって生まれる」
    と言及されている。だからこそ、知ってほしいと。
    正にこの本で、CODAの五十嵐さんの人生を垣間見ることで、考えるきっかけをいただいたと思う。大人だけでなく、子供たちにも読んでもらいたい本だ。

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    2025年04月14日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    良い本を読んだな。
    読みやすいし、コーダの苦悩がとても感じられる。
    私は聴者なので、その苦悩や気持ちの揺れなど理解は出来ないが想像するだけで胸が締め付けられる気がする。
    大好きな母親なのに、一方で恥と感じたりしてしまうのは当たり前のことだよなと。
    そしてお母さん素敵な方だな

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    2025年03月26日
  • 隣の聞き取れないひと APD/LiDをめぐる聴き取りの記録

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    自分のことではないかと思って買った本。
    聴力に問題はないのに言葉がわからないという症状があると聞いてから、それにまつわる本がないか探していた。

    読んだ結果、自分のことではないかと思った。
    仕事や人間関係で深刻なことになったことはたぶんまだないけど。

    この本はAPDのことを広く知ってもらうこと、もう一つはもっと広げて自分にはわからない障壁を持つ人たちのことを想像することについて書かれていて、それを書いたのが専門職の人ではないというところがよかった。

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    2025年02月05日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    コーダ、について知ることが出来た一冊。また障害のある親を持つ子どもの、本当の気持ち、を素直に正直に、まっすぐと書かれていて心を打たれた。

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    2025年01月12日
  • 隣の聞き取れないひと APD/LiDをめぐる聴き取りの記録

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    APD当事者のインタビューから引用
    ― むしろ、APDではないと言われることの不安のほうが大きかったんです。(中略)だから診断された直後は、APDというカテゴリーに自分が入ることに安心したくらいです。

    APDの診断を受けるために病院に行くのは聞き取りにくさで迷惑をかけてきたこと、今後もかけることを「APDだから仕方ない」と赦された気になりたいという不純な動機なんじゃないか、また、しっかり検査することでAPDではないと診断される可能性もあり、それを怖いと思っている自分に嫌悪感がありましたが、そんな風に思っていてもいいんだと背中を押されました。

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    2024年12月21日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    何度も泣いた。
    20代の時、手話教室に一時通っていた時があってその時の先生が聾唖の方で奥様も。
    一人娘さんがいてまだ小学生だったかな、その子は聴者で。
    まさにコーダの世界を生きていたんだね。
    著者がおかあさんのことが大好きだからこそ、世間から傷つけられたくないと、パートに出ようとした母親を無理に決まってると反対してやめさせたこと、すごくわかる。
    でもそのことがずっと心にひっかかってて大人になってちゃんと謝れたこと、そしてこのおかあさんが素晴らしい人格者で、このおかあさん無償の愛に心を打たれっぱなしだったよ。
    コーダとして生まれたことを嘆いた時もあったけど、今はほとんどのコーダはその両親から生れたことを誇りに思ってるって、そこでまた安堵の涙が…。
    この作品が映画化されたらしいけど(著者が吉沢亮、男前すぎない?)俄然、観たくなったよ。

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    2024年11月17日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    映画が気になり鑑賞してみて、あまりにも心が揺さぶられて感動したので、衝動で本書を手に取りました。
    映画の内容とは多少は違うところはあったものの、本書はまた違った良さがありました。
    今回の映画や本書を機に「CODA」という「聴覚障害者のもとに生まれた聞こえる子どもたちのこと」を指す言葉も初めて知りました。なので、もしかしたらこれまで私が無知故に知らず知らずのうちに彼らを傷つけてしまっていたのではないかと思い、ものすごく内省しました。できれば、彼らのような存在が実際にいること、様々な苦労をされていることを周りの人に発信して、微力ながら貢献していけたらいいなと思います。
    私は障害を持つ人が身近にいたわけではないので、本当の意味で、著者を含めたCODAの方々の苦悩をわかることができたのか自信はないです。しかし、少なくとも本書を読んだことで、彼らの苦悩や葛藤、思いが少し理解できたこと、そして彼らに寄り添って、健常者・障害者関係なく、共生していくことの大切さを学べたような気がします。マイノリティの方々への偏見意識はないか、差別してないかというちょっとした意識を心がけながら日々を過ごしていこうと強く思いました。

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    2024年10月26日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    聴覚障害の、私の母から勧められて読みました。
    この本を読んで初めて、私は"コーダ"というんだと知りました。
    私は幸いにも、家族が障害者だからといって差別や偏見に苦しんだことはないですが、住んでる地域や年代によっては偏見が色濃く残っていることもあるのだなと感じました。
    しかし、母が私の話を聞き取れなくて言い直さないといけないとか、手話を使ってるのを人に見られるのが恥ずかしいとか、共感できる部分が多くあって、他人事とは思えませんでした。
    コーダの方も、そうじゃない方も、みんなに読んでみてほしいです。

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    2024年10月19日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    映画を観た。
    何も知識がない状態で映画を観たので、映画に原作があることも知らなかった。
    観終わった時、原作を読みたいなーと、本屋にふらっといったら、ちょうどこの本が。
    すぐに読み始めた。

    映画はうまく繋ぎ合わせて作っていたんだなーという印象。
    映画も原作の本著も、コーダと家族との繋がり。ではなく、コーダと母親との繋がりが描かれている。
    我が家はコーダではないが、酒癖の悪い父がいたために、母は自分の身なりを気にせず働いてくれていた。
    そんな母を愛しながらも、参加日には来て欲しくないといって悲しませ、大学の学費が払えないとわかると罵り。
    自分の母も悲しそうな表情をしていたなーと。
    五十嵐さんのことを読みながらも自分のことを思い出し、少し辛かった場面もあった。

    五十嵐さんが何度となく書いていたこと。
    「守ってあげなければ」という言葉。
    五十嵐さんも書いていたが、この言葉の裏には、どこか自己満足や自分のためという思考が働いている気がする。
    大人になった自分も、同様の思考が無意識に働いている感じが否めない。
    本当は「見守る」ことが必要なのだろうが、それが難しいんだよな。。

    五十嵐さんもあとがきに書いていたが、近年、聴覚障がいの方の書籍や映画、映像が多くなっている。
    でも、やはり、どこかで「可哀想な人」と思う気持ちがないでもない気がしている。(友達に失聴者がいるのに、自分もどこかに感じている気がする。。。)
    もっともっと、「可哀想な人」という感覚がない世の中になっていければな。と切に思う。

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    2024年10月05日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    聞こえない親と聞こえる自分、CODAとしての苦しみや葛藤が描かれているようで、周りと違うことへの自覚や思春期以降の親とのすれ違いなど、多くの人が共感しやすい内容も多く描かれていた。
    映画を観てから読むとより理解が深まり、またひとつ自分の世界が開けたような感覚を覚えた。「電車のホーム」のシーンは映画同様必涙である。

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    2024年09月30日
  • 聴こえない母に訊きにいく

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    単純な母の生い立ちから現在に至るまでを聞いて記した本ではなく、その時代背景に何があって障がいを持った方々に如何に生きづらく苦しい時代があったか丁寧に説明されていた
    困難な時代に苦しみ等を抱えながらも明るく前向きに生きてきた作者の母には学ぶべき部分もあったと感じている

    かつて優生保護の名の下に障がいのある方々の人権が侵害されてきたことを忘れてはいけないし、今も続いている不当な差別を決して許してはいけない

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    2024年08月19日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    葛藤が伝わってくる本。
    読んだきっかけはSNSで「いくら」さんというろうインフルエンサーさんが映画の宣伝を投稿していたから。

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    2024年08月11日
  • ぼくが生きてる、ふたつの世界

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    私がこの作品を手に取った理由、それは私の生徒でこの著者と同じ、耳が聞こえない両親の元で育った姉弟がいるからだ。彼らはまだ小学2年生と1年生。2年生の女の子は、大人と話したい欲が強く、いつも色んな大人に声をかけている。そんな彼女たちがこれから中学高校大学と進んでいくにつれて、壁にぶつかっていく姿を想像すると何かしてあげたい、でも何をしてあげたらいいのか分からなくて、とりあえず今はたくさんコミュニケーションを取って彼女たちとの会話を重要視している。
    この本を読んだだけで、コーダのは人たちの気持ちを100%理解することはできない。たくさんの苦しみや葛藤があったと思う。ただその一部をこうやって文字で読んで知ることができてよかった。

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    2024年07月24日
  • 聴こえない母に訊きにいく

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    ネタバレ

    「大沼先生との思い出がたくさんあるらしく、喋る手を止めない」
    喋る手を止めないっていいね!面白い表現!

    「それが結局は冴子のためなのだ、という当事者を置き去りにした善意の発露」
    これ全場面であるよな、ずっと思い出していたい言葉

    心の綺麗さが伝わってくる言葉たちだった

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    2023年11月14日
  • 聴こえない母に訊きにいく

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    五十嵐大さんのエッセイを拝読すると
    いつも、涙がにじんでしまう。
    〈耳が聴こえないお母さんで、ごめんね〉
    息子からぶつけられた言葉を全身で受け止め
    眉尻を下げて笑ってみせる優しいお母さん。

    〈母のことを書きたい・・・いや、知りたい〉

    1950年代、聴覚障害の情報がないため
    お母さんは地元の小学校に通った。
    みなと思うように意思疎通ができない。
    お母さんの、その6年間を思う。

    「優生保護法」についても詳しく書かれている。
    情報が溢れる時代になっても個々が目を背けてしまえば
    同じことが起こるのでは無いかな。
    読んでいてそう思ってしまった。

    何より、五十嵐大さんのお母様の穏やかな笑顔が目に浮かぶ。

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    2023年05月24日
  • しくじり家族

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    5/100
    作者 2冊目を読み終えた。
    元ヤクザの祖父、宗教に浸かってる祖母、聾者である両親である家族のエッセイ
    絶対に許せない筈の祖父の葬儀を終えた作者に思うのは、やはり「人の優しさ」である。

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    2022年02月06日
  • しくじり家族

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    “家族なのに、最後までわかり合えなかった。
    嫌厭し、寄り添わなかった。
    恐れずに近づいていけば、もっと理解できたかもしれないのに。ぼくはずっとそれを放棄し、諦めていた。やがて、取り返しのつかないところまで来てしまったのだ。
    祖父のことをすべて許せるわけではないけれど、それでも、なにかできたことはあったはずだろう。それをしてこなかったことに対して。”(p.106)


    “いなくなればいいと、何度も思った。でも、いざいなくなってしまうと、その気持ちのやり場も同時に失ってしまい、消化不良な想いが沈殿していくのを感じた。いま、祖父に対してなにを思っても、それが届くことはない。もうなにもできないのだ。(p.138)”

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    2021年03月23日
  • しくじり家族

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    〈生まれて初めて参列した葬儀は、祖父のそれだった〉
    五十嵐大さんのお祖父様は、元ヤクザの暴れん坊。
    P46〈そんな祖父が大嫌いで、憎くて、いなくなってほしいと思っていた〉
    危篤の知らせを聞いたときは
    〈ざまあみろ〉と思ってしまったほどだ。
    そして、お祖母様は、ある宗教の熱心な信者。
    聴覚障害者の両親を支える気持ちが強かった五十嵐さん。
    大人びた子供だったと思う、と書かれている。
    母方の伯母、佐知子さんとのエピソードが好き。
    タイトルから興味津々で読み始めたけれど
    「“ふつう”の人生」ってなんだろう。
    考えるきっかけにもなった一冊。

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    2021年03月13日
  • 拝み屋のおばあちゃんと僕

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    小学六年生の蒼は母親と2人暮らし

    ある日目が覚めると母親がいない机の上には置き手紙が一枚であったこともない祖母がやってきて青森へと転校

    そこで祖母はYouTubeを通じて拝み屋と呼ばれカミサマと呼ばれていた

    人の悩みを解決したり不思議な出来事を御酉様が教えてくれたといい自分で推理をし解決していたのだ

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    2026年08月12日
  • 拝み屋のおばあちゃんと僕

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    拝み屋のおばあちゃんが登場するので、怖い話?と期待したが全然怖くなかった。小学6年生の蒼は母親が突然いなくなり、青森に住むおばあちゃんと一緒に住むことになる。おばあちゃんは拝み屋で地域の人から頼りにされていた。ちょっと詐欺っぽいが、まあ、推理力で解決している。蒼も一緒に拝み屋の仕事を手伝う事になるが…。

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    2026年07月23日